”梯子外し”もここまで来ると・・・

自分はファッションに疎い。だから、”ファッション・ロー”などと銘打った話ができる実務家や学者の先生方に対しては、ただただ畏敬の念しかない*1

だが、そんな自分も「ルブタン」のヒールの靴底が赤いことは知っている。

別に国内外のドラマで主人公が履いてるのを見たとかそんな洒落た話ではなく、知っている理由は唯一つ、あの忌まわしき色彩商標制度の導入時に↓のような資料を散々見ていたからに他ならない。
https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/shohyo_wg/document/05-shiryou/07.pdf

もちろん、それは自分だけの話ではなく、あの2010年代の真ん中くらいの時代に商標の世界にどっぷりはまっていた者であれば、まさに「新しいタイプの商標」を象徴する時代の申し子、レッドソールこそが、第25類で最初に色彩商標の登録を受けるにふさわしい、と誰もが思ったことだろう。

だが、クリスチャン ルブタンが出願した商願2015-29921号は、出願1年後の拒絶理由通知から始まった長い審査官との戦いの末、2019年7月30日に拒絶査定を受け、今もなお査定不服審判の渦中にある*2

他の出願も含めた色彩商標への特許庁の対応を見れば*3、こういう結果になることも十分予測できたのではあるが、当事者にしてみれば、世界各国で認められてきた「PANTONE 18-1663TP(G)=赤」がようやく日本でも、と思ったところでこの仕打ちだから、”梯子を外された…”という思いもきっとあるに違いない。

そして、そんな失望に輪をかけるような判決が、本日公表されている。

題してルブタン vs ゴム底パンプス~残酷な日本の不競法」

以下、この判決がいかに原告・クリスチャンルブタンにとって酷なものであったか、ということを簡単にご紹介することとしたい。

東京地判令和4年3月11日(平成31年(ワ)第11108号)*4

本件の原告は、「クリスチャン ルブタン」のデザイナーかつ代表者と、製造販売会社。
これに対し、訴えられた被告は婦人靴を販売する株式会社エイゾーコレクションという会社である。

原告は商標出願時に用いたものと全く同じ図を使って「靴底部分に付した赤色」を特定し、それを「商品等表示」とした上で、

「被告商品の製造、販売及び販売のための展示は、原告商品と混同を生じさせるなど、不正競争防止法2条1項1号及び2号に掲げる不正競争に該当する

と主張した。

被告商品がいかなるものか、ということは、引用した公開判決文PDFの末尾(37~38頁)を見れば一目瞭然だが、確かに靴底は赤い

いかに商標権を取れていない国だからといっても、そこはかつて米国ではイヴ・サンローランとも訴訟で争った原告のこと、八潮市を本拠に廉価なパンプスを売り捌く会社に「赤い靴底」を使われることなど到底許容できなかったのだろう。裁判所が要約しても5ページ半にもなる怒涛の主張で「靴底の赤」の商品等表示該当性を力説した。

「特別顕著性」という一ひねり入った要件の充足が必要になるとはいえ、商標権を取得しづらい商品形態やいわゆる”トレードドレス”で、不競法に基づく請求が認められたケースは過去にもある。

だから、そこは世界のルブタン、特許庁に外された梯子をここで綺麗にかけなおして、「日本には不競法がある!」と高らかに宣言できるはずだった。

だが、東京地裁は以下のように述べて、原告の請求を退けた。

「不競法2条1項1号は、他人の周知な商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)と同一又は類似の商品等表示を使用等することをもって、不正競争に該当する旨規定している。この規定は、周知な商品等表示の有する出所表示機能を保護するという観点から、周知な商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認混同させて顧客を獲得する行為を防止し、事業者間の公正な競争等を確保するものと解される。そして、商品の形態(色彩を含むものをいう。以下同じ。)は、特定の出所を表示する二次的意味を有する場合があるものの、商標等とは異なり、本来的には商品の出所表示機能を有するものではないから、上記規定の趣旨に鑑みると、その形態が商標等と同程度に不競法による保護に値する出所表示機能を発揮するような特段の事情がない限り、商品等表示には該当しないというべきである。そうすると、商品の形態は、①客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴(以下「特別顕著性」という。)を有しており、かつ、②特定の事業者によって長期間にわたり独占的に利用され、又は短期間であっても極めて強力な宣伝広告がされるなど、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知(以下、「周知性」といい、特別顕著性と併せて「出所表示要件」という。)であると認められる特段の事情がない限り、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である。そして、商品に関する表示が複数の商品形態を含む場合において、その一部の商品形態が商品等表示に該当しないときであっても、上記商品に関する表示が全体として商品等表示に該当するとして、その一部の商品を販売等する行為まで不正競争に該当するとすれば、出所表示機能を発揮しない商品の形態までをも保護することになるから、上記規定の趣旨に照らし、かえって事業者間の公正な競争を阻害するというべきである。のみならず、不競法2条1項1号により使用等が禁止される商品等表示は、登録商標とは異なり、公報等によって公開されるものではないから、その要件の該当性が不明確なものとなれば、表現、創作活動等の自由を大きく萎縮させるなど、社会経済の健全な発展を損なうおそれがあるというべきである。そうすると、商品に関する表示が複数の商品形態を含む場合において、その一部の商品形態が商品等表示に該当しないときは、上記商品に関する表示は、全体として不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないと解するのが相当である。」(25~27頁、強調筆者、以下同じ)

「これを本件についてみると、原告表示は、別紙原告表示目録記載のとおり、原告赤色を靴底部分に付した女性用ハイヒールと特定されるにとどまり、女性用ハイヒールの形状(靴底を含む。)、その形状に結合した模様、光沢、質感及び靴底以外の色彩その他の特徴については何ら限定がなく、靴底に付された唯一の色彩である原告赤色も、それ自体特別な色彩であるとはいえないため、被告商品を含め、広範かつ多数の商品形態を含むものである。そして、前記認定事実及び第2回口頭弁論期日における検証の結果(第2回口頭弁論調書及び検証調書各参照)によれば、原告商品の靴底は革製であり、これに赤色のラッカー塗装をしているため、靴底の色は、いわばマニュキュアのような光沢がある赤色(以下「ラッカーレッド」という。)であって、原告商品の形態は、この点において特徴があるのに対し、被告商品の靴底はゴム製であり、これに特段塗装はされていないため、靴底の色は光沢がない赤色であることが認められる。そうすると、原告商品の形態と被告商品の形態とは、材質等から生ずる靴底の光沢及び質感において明らかに印象を異にするものであるから、少なくとも被告商品の形態は、原告商品が提供する高級ブランド品としての価値に鑑みると、原告らの出所を表示するものとして周知であると認めることはできない。そして、靴底の光沢及び質感における上記の顕著な相違に鑑みると、この理は、赤色ゴム底のハイヒール一般についても異なるところはないというべきである。したがって、原告表示に含まれる赤色ゴム底のハイヒールは明らかに商品等表示に該当しないことからすると、原告表示は、全体として不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当しないものと認めるのが相当である。」(27頁)

公表されている判決文PDF別紙の写真だけではちょっと分かりにくいかもしれないが、幼い頃から田舎の「しまむら」の広い店内で転がされていた身としては、判決が指摘するような「質感」の違いは痛いほどよく分かる。

原告にしてみれば、「だからこそ自社のブランドを毀損させないように差し止めるんだ」ということになるのかもしれないが、後述するように裁判所が原告の「赤」の周知著名性をそこまで高く評価しなかった本件では、そのような”違い”の存在が原告にとっては完全に裏目に出た。

そして、この判決が恐ろしいのは、説示が上記の点にとどまらなかったことである。

「のみならず、前記認定事実によれば、そもそも靴という商品において使用される赤色は、伝統的にも、商品の美感等の観点から採用される典型的な色彩の一つであり、靴底に赤色を付すことも通常の創作能力の発揮において行い得るものであって、このことはハイヒールの靴底であっても異なるところはない。そして、原告赤色と似た赤色は、ファッション関係においては国内外を問わず古くから採用されている色であり、現に、前記認定事実によれば、女性用ハイヒールにおいても、原告商品が日本で販売される前から靴底の色彩として継続して使用され、現在、一般的なデザインとなっているものといえる。そうすると、原告表示は、それ自体、特別顕著性を有するものとはいえない。また、前記認定事実によれば、日本における原告商品の販売期間は、約20年にとどまり、それほど長期間にわたり販売したものとはいえず原告会社は、いわゆるサンプルトラフィッキング(雑誌編集者、スタイリスト、著名人等からの要望又は依頼に応じて、これらの者が雑誌の記事、メディアでの撮影等で使用するため原告商品を貸し出すという広告宣伝方法をいう。)を行うにとどまり、自ら広告宣伝費用を払ってテレビ、雑誌、ネット等による広告宣伝を行っていない事情等を踏まえても、極めて強力な宣伝広告が行われているとまではいえず、原告表示は、周知性の要件を充足しないというべきである。したがって、原告表示は、そもそも出所表示要件を充足するものとはいえず、不競法2条1項1号にいう商品等表示に該当するものとはいえない。」(27~28頁)
「また、前記認定事実によれば、原告商品は、最低でも8万円を超える高価格帯のハイヒールであって、靴底のラッカーレッド及びその曲線的な形状に加え、靴の形状、ヒールの高さその他の形態上の顕著なデザイン性を有する商品であるのに対し、被告商品は、手頃な価格帯の赤色ゴム底のハイヒールであることからすると、ハイヒールの需要者は、両商品の出所の違いをそれ自体で十分に識別し得るものと認めるのが相当である。さらに、いわゆる高級ブランドである原告商品のような靴を購入しようとする需要者は、その価格帯を踏まえても、商品の形態自体ではなく、商標等によってもその商品の出所を確認するのが通常であって原告商品、被告商品とも、中敷や靴底にブランド名のロゴが付されているのであるから、需要者は当該ロゴにより出所の違いを十分に確認することができる。しかも、原告商品のような高級ブランド品を購入しようとする需要者は、自らの好みに合った商品を厳選して購入しているといえるから、旧知の靴であれば格別、現物の印象や履き心地などを確認した上で購入するのが通常であるといえ、上記の事情を踏まえても、このような場合に誤認混同が生じないことは明らかである。」
「このような取引の実情に加え、原告商品と被告商品の各形態における靴底の光沢及び質感における顕著な相違に鑑みると、原告商品と被告商品とは、需要者において出所の混同を生じさせるものと認めることはできない。そうすると、被告商品の販売は、不競法2条1項1号にいう不正競争に明らかに該当しないものと認められる。」(28~29頁)

この合議体、ルブタンに何か恨みでもあるのか・・・?と思うくらい壮絶な「全否定」。

確かに、先にも述べた通り、質感の違い等を考慮すれば、「混同のおそれなし」という結論になるのはやむを得ないと思われるし、その結論を正当化するためなら、多少疑問の残るような需要者の行動に関する「経験則」を持ち出したり*5、何かと理由を付けてアンケート結果を否定する*6というのは、これまでの事例でも用いられてきた手法である。

ただ、その論点に行く以前に、「商品等表示に該当しない」というところで完膚なきまでに打ちのめされてしまったのが、原告にとっては正に痛恨事で、これは当事者にとって、商標権を確保できなかったこと以上にショックが大きい出来事だったのではないか、と思わずにはいられない。

当然ながら、これで原告側が引き下がるとは到底思えないし、いずれ、第2ラウンドの知財高裁での判断も示されることになるのだろうが、

「オーストラリア、カナダ、フランス、欧州連合、ロシア、シンガポール、英国、米国等の主要国を含む50か国において、識別力が認められた上で商標登録されている」(原告主張9頁)

という「靴底の赤」が、一度ならず二度までも、日本の法制度の壁に「識別力のある標章ないし表示」としての保護を阻まれた、というのは、わが国の商標法、商品等表示保護制度を考えるうえでも極めて示唆的な出来事のような気がして、今後の帰趨をもう少し追ってみたいと思う次第である。

*1:自分の知らない世界のことを語れる方々、というだけで尊敬に値するに十分だと思っている。

*2:https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2015-029921/482FDA34028BAF70421334182C4BA71BBC84F5A69844354B3759098A1F025329/40/ja。経過記録を見ると「ファイル記録事項の閲覧(縦覧)請求書」のあまりの多さに圧倒されてしまう。

*3:3年の時を経て現実となった「色彩商標」への懸念。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~のエントリーも参照のこと。

*4:民事第40部・中島基至裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/030/091030_hanrei.pdf

*5:いくら高価な品だからといって、今どき全ての需要者が履き心地まで確認してから買うのか?等々、本件でも突っ込みどころはある。

*6:ちなみに今回は、この手の立証には強いはずのNERAエコノミックコンサルティングのアンケートを原告が証拠として用いているが、裁判所はそれでも「本件に適切ではない」として、判断には取り込んでいない。

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