「四半期報告書」廃止の意味。

世の中は丼屋の話で盛り上がり過ぎているようで、すっかり埋もれてしまった感もあるが、長年の懸案だった”多重開示”問題が改善に向けてようやく動き始めた。

金融庁は18日、金融審議会の作業部会を開き、上場企業が開示する2種類の決算書類を一本化することを了承した。金融庁金融商品取引法で上場企業に開示を義務付けている四半期報告書を廃止し、内容を充実したうえで証券取引所のルールに基づく決算短信に一本化する方針だ。」(日本経済新聞2022年4月19日付朝刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)

この日の朝刊の記事では、これに続けて、「短期的な利益を求める市場のあり方にメスを入れる狙いで・・・」という現政権が好むフレーズも掲載されているが、それは今回の制度改正における本質的な話では全くない、と自分は思っている。

そもそも、企業の経営数値に関して言えば「四半期」は短期でも何でもなく、投資家の視点でいえば、売上と粗利くらいは「月次」で公表してくれ、というのが正直なところ。

中長期的な視点で経営に当たるのが重要、ということを否定するつもりは全くないが、だからと言って、それが日々の業績の低迷を正当化する口実になるはずもなく、過去に、毎四半期の業績の悪さを「中長期的には・・・」という説明でしのいできた会社がどういう末路を辿ったか、ということを振り返ってみるだけで、「四半期開示」=「短期的な利益偏重」という安直な発想が的を射ないものであることは容易に気付くだろう*1

一方で、同じ新聞社が今朝の朝刊の「社説」に堂々掲載していた「四半期開示の量と質保て」というご主張にも、おいおい、とツッコミを入れたくなるところは多々あった。

「まず、開示情報の量を保つべきだ。報告書は事業リスクに関する考え方や分析、財務諸表の注釈などが詳しい場合が多い。こうした情報が短信への一本化でなくなっては、情報開示の後退につながる。重複は省きつつ、どんな情報を短信に移行させるか。投資家から広く意見を募る手もある。」(日本経済新聞2022年4月20日付朝刊・第2面)

いやいや、これを書かれた記者は、この手の事業リスクの定性的な分析や、財務諸表に注釈を打つような会計処理方針を、「四半期ごと」に開示させる必要がある、と本気で思っているのだろうか?

実務上も、”べき論”としても、この手の記述が四半期ごとにころころ変わる(だから載せないといけない)ということだとしたら、そちらの方が大問題なわけで、有識者も、こういった記載は年一回の有価証券報告書だけで十分、と考えたからこそ、「四半期報告書廃止」という結論に至ったのではないか。

「数字」は景気動向や市場環境を受けて常に変わるものだから、短信で定期的にしっかり開示させる、一方、定性的情報や非財務情報はそこまで頻繁に変わるものではなく、変えるべきものでもないのだから、年に4度も開示させることを義務付ける必要はない*2

そして、何より、過剰な開示や開示の重複を排し、真に投資家に必要な情報を適切な頻度で開示させることで、各企業の限られた人員リソース(これは今後減ることはあっても飛躍的に増えることは決してない、というものでもある)を効果的に活用することができる。

それこそが、自分が今回の決定を支持する最大の、かつ唯一の理由。

開示が重複する、とは言っても、証券印刷会社が提供する便利なツールを使えば作業は共通化できるし、そもそも「数字」以外は、どの四半期も中身は基本コピペなんだからいいじゃない・・・と声が聞こえてこなくもない。

もっと掘り下げれば、四半期ごとにこの「無駄」で稼ぎを得ている人々もいるぞ・・・という表には出しにくい声も何となく聞こえては来る。

ただ、本当に必要なことが何であるか、そのために何をすべきか、ということを真摯に考えるなら、ここに挙げたような理由を根拠とする”抵抗”に全く理がないことは、火を見るより明らかだと思われる。

より長い歳月をかけて議論されてきた事業報告と有価証券報告書の完全一元化に関して言えば、今回の「四半期報告書の廃止」が通ったくらいでポジティブな夢を見ることは到底できないのだが*3、それでもなお、「無駄」をなくす方向に世の中がちょっとでも動いてくれることを期待して、ここからのさらに先、と見守りたいと思うところである。

*1:もちろん、四半期ごとに2ケタ増収増益を求める、といった過剰な要求は排されるべきだし、先行投資に伴う減価償却費やら何やらで一時的にP/Lの見栄えが悪くなることを殊更に批判することは避けられるべきだろうが、この変化の激しい時代に、純粋に事業が不振に陥っている会社をフィルターではじくために半年、1年、開示を待たなければいけない、というのでは、誰も株式投資などできなくなる。

*2:もちろん、急激な環境の変化による新たなリスク要因の発生等、期初の開示では到底カバーできないような事態になった時は、速やかに重要事実として開示する、ということがここでの前提にはなるのだが。

*3:少なくとも「短期的な利益を・・・」という話と全くリンクしない施策なので、政権の後押しも容易には期待しづらいだろうな、と思うところである。

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