試される知財部。

昨年のコーポレートガバナンス・コード改訂と、それを受けた極めて”局地的な”盛り上がりに対しては、当時このブログにも記したとおり、自分は一貫して懐疑的な目を向け続けている。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

そんな中、皆忘れかけた頃に燃料を投下してくれる日経紙が、2日付の朝刊に知財・無形資産生かすには』という1面ぶち抜きの特集記事を再び掲載している*1

当然ながら、ここに登場する4名の識者は、冒頭に取り上げられている小堀秀毅・旭化成会長を筆頭に、この「知財・無形資産の戦略的活用&開示」というトレンドに対してはいずれもポジティブなコメントを発信されていて、”こういう世界”にしたいんだろうな・・・という聞き手(書き手)側の強い意志を感じる一方で、「知財・無形資産」という極めて抽象的なキャッチフレーズの下、方向感が統一されているはずの識者の間でも、念頭に置いている世界が微妙に異なっている、というところが透けて見えてしまうところがまぁ何とも・・・。

これまでも再三書いてきた通り、自分も、ビジネスモデルに始まり、ブランドから蓄積されたノウハウに至るまで、「無形」の価値を重視して活用すべき、ということについては全く異論はない。

見かけ上の財務諸表の数字、機械的にはじき出される経営数値に引っ張られすぎたばかりに、守るべきものまで失い、グローバル市場で競争優位に立てるだけのポジションを失ってきた多くの日本企業(とそれを後押しした市場関係者たち)に、”無形の資産”の価値と意義を再確認させることの意味は、どれだけ強調されても足りないということはない、とさえ自分は思っている。

ただ、そういった話を、法が作ったルールの下に成り立っている「知的財産」という制度とごちゃまぜにすることへの強烈な違和感は未だ消えないし、「知的財産権の取得のための投資」を「無形資産の創出」と同視した上で、そこに

「現時点で知財・無形資産の開示には、財務におけるROE自己資本利益率)のような指標がない。ROEやROIC(投下資本利益率)のように企業を横並びで比較できる指標ができれば、投資家側でも知財・無形資産の情報活用が一気に広がる可能性がある。望ましいのは単純明快で、数値で比較できる指標だ。
日本経済新聞2022年5月2日付朝刊・第7面、波多野紅美氏コメント)(強調筆者、以下同じ)

というような思想が持ち込まれるようになってしまうと、それこそこれまでの二の舞、三の舞になってしまう。

大事なのは、「無形資産」を少しでも早く目に見える形で事業化することであって、そこに至るまでの過程は所詮”プロセス”に過ぎないのだから、投資家に対するアピールに過度に血道を上げるような愚は避けるべきだし、ましてや、”ビジネスとして成功するかどうか”と言う価値観からは中立的な立場で存在している「知的財産」制度をそこに絡めるのはもってのほか・・・というのが、依然として変わらない自分の意見である*2

なお、「知財に目覚めた」旭化成の小堀会長が、知財分析を事業戦略に活用している、という話は、「知財経営」の数少ない成功例として今後も随所で取り上げられることになるのだろうが、そこに書かれた以下の一文を見て、背筋が凍る思いがした知財関係者は決して少なくないのではないだろうか

「改訂指針を受けた施策として、特許の出願などを担当する従来の知財部とは別に知財分析と、分析結果に基づく経営戦略への迅速な支援を専門とする「知財インテリジェンス室」を4月1日付で設け、経営企画担当役員に直属させた。」(同上)

同社が発表している4月1日付の人事発令を見ると、知的財産部長がこの「知財インテリジェンス室」に異動されているようだから、既存の知財部門との関係が寸断された組織、ということではないようだが、最初はそうでも人が替われば・・・なんて例は世の中枚挙にいとまがない。

CGコードに取り込まれて”地位向上”と喜んでいたら、屋上屋。

中には”なるほど”と思う「経営の視点」もある一方で、明後日の方向からの指示もあり、既存の知財実務部隊がこれまで淡々と回していた仕事へのプレッシャーとそれに伴う対応工数が飛躍的に増す・・・。

そんな悲劇が生まれないにこしたことはないが、生まれないとは限らない。

おそらくは次のCGコード改訂まで続くであろうそんなアンビバレントな状況がこの世界をどう変えていくのか?

怖いもの見たさで、少し見守っていくことにしたい。

*1:日本経済新聞2022年5月2日付朝刊・第7面。

*2:個人的には、次の改訂のタイミングで「知的財産」という言葉が消えて、「無形資産」だけCGコードに残る、というのが理想的な落ち着かせどころだと思っている。

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