あと一歩まで追い詰めた、その先に。

気が付けばもう記事を見てから1週間・・・という古新聞ネタになってしまうのだが、幸か不幸か今日は新聞休刊日、法務面もお休み、ということで、それでは・・・とばかりに先週のネタを取り上げてみることにしたい。

日経紙の法務面を飾っていたのは、以下のような書き出しで始まる記事だった。

「ネット技術に関する特許侵害の「抜け道」に懸念が広がっている。ニコニコ動画」などを手掛けるドワンゴが、同業他社に対し動画のコメント表示を巡る特許侵害を訴えた訴訟の判決があり、相手方のサーバーが米国にあるとの理由で侵害が否定された。特許は登録国で保護されるとの原則が厳格に適用された形だが、柔軟な法運用で対応する欧米と比べ「時代遅れ」との指摘も出ている。」(日本経済新聞2022年6月6日付朝刊・第13面)

これは、今年の3月24日に東京地裁が出したドワンゴのFC2に対する特許侵害訴訟の判決を受けての記事なのだが、振り返ればこの株式会社ドワンゴと、FC2,Inc.の戦いの歴史は長い。

最初に話題になったのは、動画へのコメント表示方法をめぐって平成28年ドワンゴがFC2を特許権侵害で提訴した件だったが、これは原告の請求がすべて棄却される、という結果で終わった(東京地判平成30年9月19日)*1

その後、FC側がドワンゴが侵害訴訟で用いた特許2件を無効審判で潰しに行き、そのまま取消訴訟までもつれ込む、という話もあったし(知財高判令和2年2月19日判決)*2、それと平行して「ブロマガ」の商標権をめぐる紛争でも両者が激突したのは既に当ブログでも紹介したとおりである。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

そんな中、再び特許を使ってFC2に攻撃を仕掛けたのがドワンゴだった。

訴訟に用いられたのは「コメント配信システム」(特許第6526304号)という特許だったのだが、元を辿れば、特願2006-333850号に基づく国内優先権出願を行い登録された登録4263218号(2009年2月20日登録)にまで遡る。

そこから分割出願を重ねに重ね、特願2018‐202475号として出願後、登録されたのがこの第6526304号。実に第8世代、という執念の産物である。

主張されている特許技術の内容は、平成28年の訴訟と大きく変わらないように思われるのだが、クレームが洗練された分、今回はFC2側も防御しきれず、その結果示されたのは、

「被告システムは本件発明1の技術的範囲に属するものと認められる。」(84頁)
「被告システムは本件発明2の技術的範囲に属するものと認められる。」(96頁)

という、ある意味歴史的な判断*3で、自分もここまで読んだ時におおっ、と思ったものだった。

かくして大逆転で5年超の紛争が完全決着・・・となれば、”めでたしめでたし”だったのかもしれない。

だが、冒頭の記事にあるとおり、東京地裁の判決には続きがあった。

「物の発明の「実施」としての「生産」(特許法2条3項1号)とは、発明の技術的範囲に属する「物」を新たに作り出す行為をいうと解される。また、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味する属地主義の原則(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁、最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁参照)からは、上記「生産」は、日本国内におけるものに限定されると解するのが相当である。したがって、上記の「生産」に当たるためには、特許発明の構成要件の全てを満たす物が、日本国内において新たに作り出されることが必要であると解すべきである。 」(105頁、強調筆者、以下同じ。)

「被告サービス1により日本国内のユーザ端末へのコメント付き動画を表示させる場合、被告サービス1が前記(1)ウ(ア)の手順どおりに機能することによって、本件発明1の構成要件を全て充足するコメント配信システムが新たに作り出されるとしても、それは、米国内に存在する動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバと日本国内に存在するユーザ端末とを構成要素とするコメント配信システム(被告システム1)が作り出されるものである。 したがって、完成した被告システム1のうち日本国内の構成要素であるユーザ端末のみでは本件発明1の全ての構成要件を充足しないことになるから、直ちには、本件発明1の対象となる「物」である「コメント配信システム」が日本国内において「生産」されていると認めることができない。」(106~107頁)

特許法2条3項1号の「生産」に該当するためには、特許発明の構成要件を全て満たす物が日本国内において作り出される必要があると解するのが相当であり、特許権による禁止権の及ぶ範囲については明確である必要性が高いといえることからも、明文の根拠なく、物の構成要素の大部分が日本国内において作り出されるといった基準をもって、物の発明の「実施」としての「生産」の範囲を画するのは相当とはいえない。そうすると、被告システム1の構成要素の大部分が日本国内にあることを根拠として、直ちに被告システム1が日本国内で生産されていると認めることはできないというべきである。」(107頁)

この結果、結論としてはまたしてもドワンゴ側の請求棄却となり、これに対して冒頭の記事では、有識者が口を揃えて「なんか変だよ?」と物申す展開に・・・。

条文の文理解釈や日本の最高裁が示した属地主義の解釈、そして本訴訟で被告側も主張していた基準の明確性を重視した結果、今回のような結論に至ったのは、十分理解できるところではあるし、こういう場面で殊更に政策的配慮だけを強調するのも妥当なことではないと自分は思っている。

ただ、いかに特許請求の範囲がシステム全体を対象としたものだったからといって、実質的には日本のユーザーを対象として提供されているサービスに関し、「サーバが日本国外にある」というだけで特許権侵害の成立を否定するのはいささかバランスが悪いように思えるのも確かだ。

だから、もしかしたら「法創造」とエポックメイキングな判断を示すことにかけては当代一流の知財高裁が、何らかの練り込んだロジックを使って結論を逆転させる、というパターンはあり得るのかもしれないし*4、逆に、そこまで至らず、技術的範囲に属するかどうか、というところで知財高裁が結論をひっくり返す可能性もないとはいえない。

知財高裁では、日本版アミカスブリーフ(意見募集)制度を使いたい」

と前記記事の中でコメントしている原告代理人側の動きと合わせて、この先がますます気になるところではあるのだが、まずはここまでたどり着いた原告側の執念に最大限の敬意を払いつつ、次のステージでも、より研ぎ澄まされた、冷静かつ客観的なジャッジが下されることを今は願っているところである。

*1:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/073/088073_hanrei.pdf

*2:結論としてはFC2側の請求は棄却され、ドワンゴ側は特許の無効化を免れている。

*3:東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号、第29部・國分隆文裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/124/091124_hanrei.pdf

*4:ただし、さらにそこから最高裁まで上告された場合には、最高裁が原理原則に立ち返って再度大きな結論をひっくり返す、というパターンもまた最近しばしば見かけるところではあるが・・・。

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