「責任追及」より先に考えるべきこと

先の週末から、何日にもわたって続いていたKDDIの通信障害がようやく「全面復旧」した、と報じられたのは昨日の夕方のことだった。

KDDIは5日、2日未明に起きた大規模な通信障害が全面的に復旧したと発表した。4日午後にデータ通信と音声通話の利用は「ほぼ回復」していたが、サービスの利用状況について確認を進めていた。5日午後3時36分時点で確認作業を終了し、障害発生から86時間での全面復旧を宣言する異例の事態となった。」(日本経済新聞2022年7月6日付朝刊・第1面)

今や世の中の様々なものがインターネットでつながっている時代。それゆえ一通信会社の障害は、「携帯電話がつながらない」という単純な話にとどまらず、様々なところに波及した。

トヨタのコネクテッドカーのサービスが止まった、というニュースを聞いた時は、思わず、日本の新興通信会社の栄枯盛衰を象徴するような「KDDI」という会社の成り立ちに思いを馳せざるを得なかったし*1、なかなか原因が判明せず、「完全復旧」とは言い難い状況が続いていた時は、王者ドコモ、技術のJ-PHONE、安かろう悪かろうの・・・と言われていた頃のことも何となく頭をよぎった。

自分の場合、メイン携帯はauだが、休日はもちろん平日でも「音声通信」に頼ること今やほとんどなく、Wi-Fiの電波さえちゃんと飛んでいれば、日常生活にも仕事にも全くと言ってよいほど影響は出ない(そしてWi-Fiは、万が一に備えてドコモとワイモバイルを併用している。)。だから、週末多くの人が頭を抱えていた(らしい)長時間の回線接続不良も日曜の夜にニュースを見て初めて気づいたくらいで、影響らしい影響は全くと言ってよいほどなかったのだが、スマホWi-Fiau一本で賄っていた方はさぞ大変だっただろうな、ということも一応想像はつく。

だから、総務大臣が当事者たる事業者に厳しいコメントを発し、メディアも鬼の首を取ったかのように激しく事業者を指弾しているのは、そういった”被害者”たちを代弁する、という意味合いもあるのだろうな、とは思うのだが・・・。


この国の基幹インフラがいかに高い技術と、労を惜しまない献身的な技術者集団に支えられているか、ということの一端を知る者としては、今回の不運な「事故」のみをもって事業者を責め立てる気には到底なれない。

24時間365日、何事もなくサービスが提供され続けていても、それが称賛されることはめったになく、逆にそれがちょっとでも寸断されようものなら、たとえ数時間の単位でも猛烈なバッシングを浴びることになってしまうのは、このジャンルの事業者のさだめのようなもの。

とはいえ、どんなに高度な技術をもってしても、稼働し続けるシステムを100%完全な状態のまま維持することなどできない、ということは初めから分かりきっている話なのであって、「不可能」を「可能」に近づけるためには膨大なコストを費やさなければならない、という前提の下で、ユーザーが許容しうるコストとリスクを天秤にかけた上で成り立っているのが、今の通信インフラの仕組みであり、料金体系である

そう考えると、何年かに一度こういう事態が生じることも織り込んだうえで、ユーザー側でも「プランB」を用意しておくことが本来は求められるのであって、ユーザー側がそれを怠った結果、(主観的に)甚大な損害を受けたように感じたとしても、その矛先をすべて事業者に向ける、というのは筋違いだと自分は思っている。

特に法人にとっては、「通信障害」もBCPの中に当然組み込まれているべきインシデントの一つ

業種によっては、発生頻度や業務へのダイレクトな影響の大きさ、という観点から、純然たる自然災害起因の被災パターンより対策順位を上げていたりするケースもあったりするわけで*2、にもかかわらず、何らバックアップ策を講じないまま「通信障害が起きました。だから何もできなくなりました。」と嘆くなんてことは、本来あってはならぬことだと思っている*3

日経紙の記事などを読むと、今回の障害による「影響範囲の広範さ」を指摘した上で、「補償」の話にまで論点を広げようとする展開になっているのだが、いかに「自覚のない事業者はけしからん」と声を荒げたところで、実際に起きたことに照らせば、約款*4 の解釈は、(債権法改正の立役者のお一人である)松尾博憲弁護士が紙面でコメントされているとおり、

「あくまで『つながりにくい状況』が続いたという状況であれば、(約款で賠償の条件として定める)『全く利用できない状態』に当てはまらないと主張できるだろう」(日本経済新聞2022年7月6日付朝刊・第3面、強調筆者)

と考えるのが妥当だと思うし*5、ユーザーが現実に被った「損害」を客観的に分析すれば、その換算額は1日あたりの基本使用料にも到底満たないだろう。

もしかしたら、「対法人」という文脈では、営業的な側面も考慮して事業者側で一定の補償をするケースもあり得るのかもしれないが*6、それもあくまで”サービス”の域を出るものではない。

そもそも、これだけ多くの人々が影響を受けている場面で損害賠償の「請求」を認めたところで、求償の流れが循環し*7、無駄な社会的コストを増大させるだけだから、これまでの様々な公共インフラ事業者の約款と同様、裁判所がユーザー側の請求を認める方向で判断を下す、ということはちょっと考えにくいのではなかろうか。

政策的な見地から言えば、今回の障害発生を機に、「基幹インフラである通信網を民間事業者だけに委ねるのはリスクがある」という問題意識を多くの人々が共有した中で、公共のWi-Fi通信網をより整備する方向に動く、というような発想はあっても良いと思っている*8

ただ、ここで大事なのは、今回のようなケースでかさにかかって通信事業者を責め立てたところで何もポジティブな結果は生じない、ということ、そして、いかに「インフラの安定性」という点では他に類を見ないレベルの高水準のサービスを享受できるこの国で暮らしているからといっても、ユーザーがそれに安住しきってはいけない、ということを自覚すること、だと自分は思う。

障害は復旧しても、原因究明と再発防止に向けたプロセスはまだまだ続いていく。

そして、いずれ誰かがどこかで責任を取らねばならない時が来るとしても、それをもって今回の一事を忘れず、必ずやってくる「次」に備えることこそが、事業者のみならずすべてのユーザーにとっても我が身を守る最善の策である、ということを強調して、このエントリーをひとまず締めることとしたい。

*1:自分が初めて契約した携帯電話会社は「IDO」で、会社名は変われど、あれから四半世紀近くキャリアを乗り換えることなく今に至っている。

*2:震災発生時等に、地震の規模自体は致命的なものではなかったとしても、通信網や電力供給の方に影響が出てしまう、ということはままあるので、後者が抜けているBCP案を見かけた時は、自分も必ず指摘するようにはしている。

*3:概して、そういうBCPで描かれている対応プロセスは、「通信遮断で最初の一報をしかるべき人に入れられない」というところで躓いてワークしないこともままあったりはするのだが・・・。

*4:5GでもLTEでもUQでも、事業者の責任については、「****通信サービスを提供すべき場合において、当社の責めに帰すべき理由によりその提供をしなかったとき(その原因が協定事業者の責めに帰すべき理由による接続専用回線の障害であるときを含みます。)は、その****通信サービスが全く利用できない状態(その契約に係る電気通信設備によるすべての通信に著しい支障が生じ、全く利用できない状態と同程度の状態となる場合を含みます。以下この条において同じとします。)にあること当社が認知した時刻から起算して、24 時間以上その状態が連続したときに限り、その契約者の損害を賠償します。」という書き方で責任制限がかかっている。

*5:実際、障害が一番ひどかったとされる週末の間も、自分の携帯宛のメールは、比較的コンスタントに届いていたから、完全に通信が途絶した時間というのは決して長くはなかったのではないかと思われる。

*6:場合によっては個人ユーザーに対しても何らかの形で”料金還元”策が講じられる可能性はある。

*7:さらに言えば最終的な賠償負担を負うのは、通信事業者ではなく保守点検を受託していた事業者になっても不思議ではないから、たとえ「事業者を懲らしめる」という意図で約款による免責を否定したところで、その目的が達成されるのか?と言えば微妙なところもある

*8:実際、新興国との比較でいえば、日本では民間事業者がこれまでしっかりとやってきていた分、公的なWi-Fi通信網の整備・充実、という点では日本での取り組みが周回遅れになっているように思えることすらある。

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