住宅地図の著作権侵害をめぐる地裁判決より。

事柄としては5月に遡る話だが、先月に判決が公表され、それをしばらく経ってから読んでみたらいろいろと示唆に富む争点も潜んでいた、ということで、住宅地図の著作権侵害をめぐる事件の判決を取り上げてみる。

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リリース全文はhttps://www.zenrin.co.jp/information/public/pdf/220530.pdf

「地図」といえば、著作物の中でも広く便利使いされやすいコンテンツ、ということもあって、どうしても無断使用、不正使用の温床になりやすい。
自分がかつて作っていた著作権に関する「コンプライアンスチェックリスト」の中にも、地図に関する項目は必ず入れるようにしていたし、にもかかわらず、あれれ・・・と言いたくなるような事象は定期的に起きていたと記憶している。

もっとも、「著作物」として著作権法で例示されているもの(法第10条第1項第6号)でありながら、その機能性の高さや表現の幅の限界ゆえに、侵害訴訟では必ずしも権利者が意図した結論が導かれないことがある、というのもこの分野の難しさ。

特に住宅地図の分野では、富山地裁昭和53年9月22日が、

「特定市町村の街路及び家屋を主たる掲載対象として、線引き、枠取りというような略図的手法を用いて、街路に沿つて各種建築物、家屋の位置関係を表示し、名称、居住者名、地番等を記入したものであるが、その著作物性及び侵害判断の基準については、基本的には先に地図一般について述べたところと同様である。ただ、住宅地図においては、その性格上掲載対象物の取捨選択は自から定まつており、この点に創作性の認められる余地は極めて少いといえるし、また、一般に実用性、機能性が重視される反面として、そこに用いられる略図的技法が限定されてくるという特徴がある。従つて、住宅地図の著作物性は、地図一般に比し、更に制限されたものであると解される。」

という説示から、原告の請求を棄却した*1という古い話が結構尾を引いていたところもあったような気がする。

実際には、たとえどれだけ著作物性が乏しくてもデッドコピー(あるいはデッドコピーに極めて近いもの)であれば侵害を認めて差し支えないはずで、実際の民事、刑事の運用もそうなっていたはずなのだが、こと民事に関しては、意図的にデッドコピーをした事業者がわざわざ敗訴判決をもらうまで争う、という事態は通常考えにくいので、結果的に裁判例は蓄積されず*2、いつまでも富山地裁の判決が先例的に残っていた、というのがこの分野の状況だった。

だが、それを明確に塗り替えたのが、今回出された東京地裁の判決である。

東京地判令和4年5月27日(令元(ワ)26366号)*3

原告:株式会社ゼンリン
被告:有限会社ペーパー・シャワーズ、A(被告会社の代表取締役

被告会社は、長野県内を中心に、広告物の各家庭ポストへの投函等を業とする「まかせてグループ」や、住宅購入相談を業とする「すまいポート21飯田」等を運営する有限会社、ということだが、ここで問題とされたのは、被告会社が、原告の作成及び販売に係る住宅地図を複写し、これを切り貼りするなどしてポスティング業務を行うための地図を作成し、同地図を更に複写したり、譲渡又は貸与により公衆に提供したり、同地図の画像データを被告会社が管理運営するウェブサイト内のウェブページ上に掲載したりする、という行為である。

判決の中では、被告会社が、

「各家庭に広告物を配布するポスティング業務を行うために、ゼンリン住宅地図を含む住宅地図を購入し、これを適宜縮小して複写し、配布員がポスティングを行う領域である配布エリアごとに、複写した複数20 枚を切り貼りした上、集合住宅名、ポストの数、配布数、交差点名、道路の状況、配布禁止宅等のポスティング業務に必要な情報を書き込むなどした地図(以下「ポスティング用地図」という。)の原図を作成した。」
「配布可能部数、空き家・廃屋の別、新築物件、新たに設置された道、家屋の入り口やポストの位置等の情報を更に得たときは、随時、ポスティング用地図の原図にこれらの情報を書き加えた上、この原図を複写して配布員に渡していた。 」(以上5~6頁)

という形で原告地図を利用したことも認定されているのだが、これを読む限り、被告は少なくとも原告地図の「地図」としての部分は何ら加工することなく利用している、といわざるを得ず、被告側は本件訴訟において、もともとかなり厳しい状況に置かれていたといえるだろう。

そして、裁判所も、お約束のように被告側が争った原告地図の著作物性に関し、

「一般に、地図は、地形や土地の利用状況等の地球上の現象を所定の記号によって、客観的に表現するものであるから、個性的表現の余地が少なく、文学、音楽、造形美術上の著作に比して、著作権による保護を受ける範囲が狭いのが通例である。」(PDF27頁、強調筆者、以下同じ。)

と、機能的著作物であるが故の限界を認めつつも、

「しかし、地図において記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法に関しては、地図作成者の個性、学識、経験等が重要な役割を果たし得るものであるから、なおそこに創作性が表れ得るものということができる。そこで、地図の著作物性は、記載すべき情報の取捨選択及びその表示の方法を総合して判断すべきものである。 」(PDF27頁)

と地図の著作物性の判断要素を示し、結論としては、

「本件改訂により発行された原告各地図は、都市計画図等を基にしつつ、原告がそれまでに作成していた住宅地図における情報を記載し、調査員が現地を訪れて家形枠の形状等を調査して得た情報を書き加えるなどし、住宅地図として完成させたものであり、目的の地図を容易に検索することができる工夫がされ、イラストを用いることにより、施設がわかりやすく表示されたり、道路等の名称や建物の居住者名、住居表示等が記載されたり、建物等を真上から見たときの形を表す枠線である家形枠が記載されたりするなど、長年にわたり、住宅地図を作成販売してきた原告において、住宅地図に必要と考える情報を取捨選択し、より見やすいと考える方法により表示したものということができる。したがって、本件改訂により発行された原告各地図は、作成者の思想又は感情が創作的に表現されたもの(著作権法2条1項)と評価することができるから、地図の著作物(著作権法10条1項6号)であると認めるのが相当である。」(PDF29~30頁)

と原告地図の著作物性を肯定した。

こうなると、後は結論までの一本道。

裁判所は原告地図の著作者は誰か?という争点における被告の主張*4や、「被告地図において原告地図の個性が埋没している」という主張*5を次々と退け、実に「96万9801頁」にわたる複製がなされたことを認定した上で、被告会社に複製権侵害の故意、被告Aにも悪意による取締役としての任務懈怠を認め、黙示の許諾等の抗弁もことごとく退けて、結果、

2億1296万0200円

という巨額の損害額を認定した*6

主張自体は認められても、戦の勝ち負けとしては・・・という事案も少なくない中、権利者にとっては胸のすくような「完全勝利」の判決だけに、原告が冒頭で紹介したような思いのこもったリリースを出したことも容易に理解できるところだし、本件の解決としてはこれでよいのではないかと思っている。


なお、個人的には、被告側が繰り出した様々な抗弁のうち、以下の抗弁については、おっ、と思うところもあった。

争点8(被告らによる原告各地図の利用に対する著作権法30条の4の適用の可否)について
「 配布員は、被告各地図の背景となっている原告各地図の表現を知覚したとしても、原告各地図における家形枠又はその記載方法(家形枠の線の太さ及び長さ、家形枠内に記載された居住者名等のフォント等)を鑑賞する目的ではなく、あくまで被告各地図に記載された配布エリア、配布数、空き家・廃屋の別、新築物件、新たに設置された道、家屋の入り口やポストの位置等の情報を享受する目的で、被告各地図を使用するものである。したがって、被告各地図にその下図である原告各地図の何らかの思想又は感情が残存していたとしても、被告らの利用方法はこれを享受することを目的とするものではないから、「当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」(著作権法30条の4柱書)に該当し、被告らは、いずれの方法によるかを問わず、原告各地図を利用することができる。 」(PDF23頁)

争点9(零細的利用であることを理由とする原告の被告らに対する著作権行使の制限の可否)について
重量のある住宅地図の書籍を持ちながらポスティングを行うことは非現実的であり、配布員が原告各地図を下図とする被告各地図を持ち歩くことについて、それが原告の著作権を侵害する結果となったとしても、零細的利用として、原告の被告らに対する著作権の行使は制限されるというべきである。」(PDF24頁)

裁判所はそれぞれ、以下のように述べてバッサリと被告の主張を退けている。

「しかし、前記前提事実(4)のとおり、被告らは、各家庭に広告物を配布するポスティング業務を行うために、原告各地図を複写し、これらを切り貼りしてポスティング用地図である被告各地図の原図を作成し、ポスティングを行う配布員は、上記原図を更に複写したものを受け取り、これに記載された建物の位置、道路等の情報を基に、ポスティングを行ったものである。したがって、被告会社は、原告各地図に記載された建物の位置、道路等の情報を利用するために、原告各地図を複写の方法により複製したものであるから、被告会社による複製行為は、原告各地図に表現された思想又は感情を自ら享受し、又は配布員に享受させることを目的としたものであることは明らかである。」(PDF50頁)

「原告各地図に係る原告の著作権の行使が制限される法的根拠は明らかではないが仮に被告らが原告による権利の濫用を主張する趣旨であったとしても、前記3(2)のとおり、被告会社は、本件改訂以降に発行された原告各地図を合計96万9801頁も複製したものであり、本件全証拠によっても、そのような被告会社に対する原告の著作権行使が権利の濫用であるとの評価を根拠付け得る事実を認めることはできない。」 (PDF51頁)

「非享受利用」も「零細的利用」も、ここ数年、著作権法の世界でじわじわ使われるようになっているトレンドワードとはいえ、本件の文脈で被告が主張するのはいささか苦し紛れにすぎるように思われるところもあるし、これらのあっさりとした判断からは裁判所も同様の受け止め方をしたことは推察される。

ただ、「零細的」という言葉を使うにはあまりに量・質ともに複製のボリュームが多すぎた「争点9」の方はともかく、「争点8」に関しては、真面目に掘り下げて考えれば、今回東京地裁が指摘した、

「原告各地図に記載された建物の位置、道路等の情報」

を、「地図の著作物において表現された思想又は感情」といってしまうのはちょっとミスリードのような気もする*7

本件の被告側の行為の筋の悪さにかんがみれば、一審判決の細かい書きぶりにあれこれケチをつけたところで、結論は変わらないまま高裁で微修正されてそれまで、ということになるのは必定だろうが、もう少しきわどい機能的著作物をめぐる事案になれば、訴えられた側がこれらの抗弁を選択肢として使う可能性、そしてそれによって結論が動く可能性も皆無ではないと思えるだけに、もう少し状況を見守っていきたいと思うところである。

*1:原告は、「被告が原告の地図をトレースして住宅地図を作成した」と主張して損害賠償を請求していた。

*2:「土地宝典」に関する東京地判平成20年1月31日などは、地図の著作物性と保護範囲を考えるうえで、創作者が援用しやすい判断になっていると思うが、これも純粋な「住宅地図」というカテゴリーからは外れてくる。

*3:第29部・ 國分隆文裁判長、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/250/091250_hanrei.pdf

*4:被告は、原告が地図作成にあたり調査を調査員や外部の会社に委託していること等を指摘して著作者性を争ったが、裁判所は「原告各地図は、原告の発意に基づき、原告の業務に従事する従業員及び業務受託者がその職務上作成したものであり、原告が自己の著作の名義の下に公表したものであるから、著作権法15条1項により、原告各地図の著作者は原告であると認められる。」(PDF33頁)とシンプルな著作者認定を行っている。

*5:裁判所は、「被告各地図は、原告各地図を適宜縮小して複写し、これをつなぎ合わせたものである以上、両者の創作的表現が同一であることは明らかであって被告各地図において、付票が貼付され、配布エリアを構成する部分が太線で囲まれており、原告各地図と比較して1枚の地図で表現する範囲が異なっているとしても、それらの点のみをもって、原告各地図の個性が埋没していると評価することはできない。 」(PDF39頁)としてこの主張もあっさりと退けている。

*6:原告は損害額6億4444万3240円と主張していたため、判決が認めた損害額はその3分の1くらいにとどまっているが、実際の訴訟上の請求は一部請求3000万円となっているため、結果的には満額認容判決、ということになっている。

*7:ここでは、あくまでどういう情報を地図上に表現するか、という選択に思想、感情が認められているだけで、情報それ自体に表現としての保護が与えられているわけではないはずである。もちろん、本件のようにデッドコピーした上での利用ということになると、原告側の「選択」にもただ乗りしていることになるから、「非享受」という抗弁は成り立ちえないように思われるのだが。

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