これまでの誇りと、この先にあるもの。

折しも、地域公共交通のあり方をめぐる議論がじわじわと広がってきていたさなか、遂に”真打ち”とも言えるような、日本最大の鉄道事業者の線区別収支が公表された。

数字を足し合わせれば、これらの線区の営業赤字額は、ここ数年深刻と言われ続けてきた北海道のそれをも大きく凌駕する。
そして、この公表を受けて、”基準値”以下の線区の関係自治体は、現在の路線の存廃も含めた議論に巻き込まれていくことになるのだろう。

民営化から30年も経てば、地域の環境が大きく変わるのも当然のこと。

いわゆるマニアな人々の郷愁に寄り添うためだけに民間事業者に負担を強いるのは論外であって、地元でさえもはや不要、と判断するなら、さっさと代替の交通モードに切り替えるなり何なりで、打てる手を打ってしまった方がよいというのは、改めて議論するまでもないことだとは思う。

ただ、なぜ今なのか・・・。


どうあがいたところで、ローカル線区を単独で収益路線にすることが困難だ、というのは、35年前から分かっていた話なわけで、だからこそ、「分割」に際しても、超ドル箱の首都圏と東北上信越の不採算路線をセットにして、会社の形が作られた。

その後、首都圏と地方の人口格差はますます拡大の一途をたどっていくこととなったが、積極投資で首都圏で稼ぐ利益を最大限にまで引き上げ、逆に地方線区は費用をギリギリまで絞り込むことで、自社エリアのネットワークを一体として守り続ける、というのがかの会社の一貫した戦略であり、そこにインフラ事業者としての矜持もあったはず。

もちろん、新しい高速鉄道路線ができれば、並行在来線は切り離して三セクにしたし、自然災害等で多額の再投資が必要となった時は、復旧を断念したり、三セクに営業移管したり、上下分離スキームを取り込んだり・・・とスキームチェンジをしてきた歴史もある。

だが、それでも、ネットワークを一体で守る、という思想は、ある時までは揺るいでいなかったと自分は思っているし、(経営安定基金の高利運用という前提が早々に崩壊した北海道、四国とは異なり)”稼げる首都圏の独占”という前提に何ら変わりはないかの会社では、その思想を安易に変えること自体に、他の事業者とは異なるより慎重な判断が求められるはずである。

メディアの報道などを見ると、「ここ数年の新型コロナ禍で収支が急激に悪化したことで状況が変わった」といった論調に接することも多いし、関係筋があえてそれを前面に押し出しているように見えなくもないのだが、いかに手強い感染症禍もいつかは収束する。そして少々人々の生活様式が変わったところで依然として圧倒的な稼ぎを叩き出すことができるのが首都圏の首都圏たるゆえんで、本来なら、そこにちりばめられたポジティブ要素の前ではローカルの赤字など誤差の範囲に過ぎなかったはずだ。

それでもなお、ここで”問題提起”をすることの意義をどこに見出しての発表なのか。そして、これから持って行こうとする先の結論は何なのか、そこに会社としての誇りはあるのか・・・?

路線図を眺めればわかる通り、不採算路線の多くはどこかしこかで主要な幹線に接続しているから、喩えて言えば、「毛細血管」である。
そしてそういった毛細血管を引きちぎった後に何が残るのか、そればっかりはやってみないとわからないことも多い。

他にも「ネットワークの一体維持」というミッションを放棄してもなお首都圏の事実上の「独占」が実質的に正当と認められる余地があるのかどうか等々、気になることは何点かあるが、そういった議論が公式の場に出てくるのもいつのことになるのか、今は想像もつかない。

だから、ここからしばらくは、大きな流れの中で、いつ終わるともわからない様々な協議が淡々と進んでいくだけ、という展開になるのかもしれないが、願わくばその過程でも、ここまで培われてきた”誇り”が大事にされることを自分は願っているし、さもなければ事業者として存在する価値はない、というくらいの覚悟がこの場面では必要だろう、と思う次第である。

後々、”どさくさ紛れ”と後ろ指をさされるようなことがないように・・・。

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