週明け早々、我らが日経紙の1面に躍る記事を見て、ひっくり返りそうになったのは自分だけだろうか。
昨今のトレンド、「フリーランスの保護」もここに極まれり、といった感じのニュースである。
「政府は組織に属さずフリーランスとして働く人を下請法(略)の保護対象に加える調整に入った。一方的な契約変更や買いたたきといった不公正な取引から守る。2023年の通常国会への関連法案の提出をめざす。」(日本経済新聞2022年9月5日付朝刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)
ここまでの記事本文と、「フリーランス保護対象に 下請法改正 一方的な契約変更是正」という毎度のミスリードな見出しを見ると、どんな素人が書いてるんだ・・・という気になってしまうが*1、大事なのはこの先に書かれていることである。
「現行法では発注者側が資本金1000万円超の企業であることが要件だ。資本金1000万円以下の小規模な事業者は取り締まり対象にならない。法を改正し、下請けが個人事業主の場合は「資本金1000万円以下」の発注者も対象に加える方針だ。フリーランスの定義を明示することも検討する。」(同上)
本当にこの方向で法改正が進められるのであれば、破壊力抜群であり、これまで「下請法」という法律を形作ってきた基本思想が根底から覆っても不思議ではない、と自分は思っている。
幾重にも階層を重ねた多重構造で成り立っているのが今の取引社会。夕暮れだろうが真夜中だろうが、弱い者がさらに弱い者を叩く構図が存在するのは事実だから、一番弱い(と思われている)個人事業主を助けるためにはこれくらい当然だろう、と思う人はいらっしゃるのかもしれない。
そもそも、今の下請法だって、ある時は「下請事業者」として保護される事業者が、同じ取引商流の中で「親事業者」として規制対象となるケースはまま見られる*2。
ただ、それでも「資本金1000万円未満」なら、刺す側に回ることはあっても(少なくとも下請法で)刺されることはない、というのが、これまでの「下請法の世界」で築かれていた秩序だった。
それが崩れる。
独禁法上の優越的地位の濫用規制の特則、という下請法の位置づけを考慮すれば、これまで下請法の規制の枠外だった事業者でも、要求されている規範は変わらないはず、という理屈は一応あり得るだろう。
だが、冒頭の脚注でご紹介したリーフレットの4頁、「発注時の取引条件を明確にする」という項が象徴するように、下請法上は親事業者に義務付けられた事柄であっても、独禁法に目を移せば、
「発注事業者が、発注時に取引条件を明確にする書面を交付しないことは、その時に取引条件を明確にすることが困難な事情があるなどの正当な理由がない限り、独占禁止法上不適切です。」
という記載にとどまっており、明確に「違法」と断言できないことは当局自身も認めているといって過言ではない。
それが変わる。
自分も、一方的な発注の取り消しや報酬減額、やり直し指示、といった親事業者の行為に対しては、資本金額の大小にかかわらず、「ダメなものはダメ」で良いと思っているのだが、それが「3条書面の作成・交付」といった話になってくると別。
今後、今日の朝刊の記事の線でとんとん拍子に進んだとしても、全ての(零細)親事業者に「3条書面の作成・交付」まで義務付ける意味が果たしてあるのか、そして、万が一、新・下請法の規律には見向きもしないような親事業者が現れた場合に、そこに制裁をぶつけるためのエンフォースメントを当局が的確に遂行することが出来るのか等々、考えていくとそれなりの不安材料もある。
それでもなお、”フリーランスを救う”ためにフルスペックの規定を用意するのかどうか・・・。
どちらかといえば「保護される」側の身としては、この画期的な法改正とそれに向けた方針転換がうまくいくように、と願うことしかできないのだが、ついでに言えば、そうでなくても「当局に目を付けられるかどうか」で天国と地獄が分かれてしまうのがこの不安定な法律だけに、明確性が少しでも増す方向で事が運ぶと良いなぁ・・・という言葉だけつぶやいて、今後の議論を見守ることとしたい。
*1:改めて解説するまでもないことだが、いわゆる「フリーランス」が下請事業者となる場合には、現行法の下でも一定の要件を充たせば当然に下請法が適用されるし(過去に話題になった際のエントリーとしてこれは朗報、なのだろうか? - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~など)、既に丁寧なリーフレットまで作成されている(https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/freelance_leaflet.pdf)。
*2:特に資本金がギリギリ5000万円に届かないくらいの規模の会社だと、あっちでもこっちでも、「『親』に拳を振り上げる機をうかがいつつ下請事業者にも気を遣う」というややこしい立ち位置に置かれることになる。