父の数字に並んだ日。

快調だった夏競馬から一転、様々な雑音の影響もあってか、勝利からしばらく遠ざかってファンをハラハラさせた時期もあった今村聖奈騎手。

だが、10月10日、約1カ月ぶりの勝ち星を挙げ、翌週から三場開催のローカル場所に戻ってからは再びの勝ち星量産体制。

そして土曜日、22日に藤田菜七子騎手の持つ「女性騎手年間最多勝」に並んだかと思えば、翌23日には2勝を挙げ、一気に記録を過去のものとした。

これまで度々玄人観戦者たちを唸らせてきた彼女の騎乗技術とここまでの勢いを考えれば、「女性騎手」というカテゴリーで括られる記録などを目標に差せるのも失礼だろう、と思っていたし*1、実際、デビューしたのが3月だったにもかかわらず、8カ月目にして通年の記録をクリアしているのだから、結果的には「43」という数字などただの通過点に過ぎなかった。

ただ、同じ週末に「45」という数字まで勝ち星を伸ばしたのを見て、ふと思ったのは、「ああ、これでお父さんに並んだのだなぁ」ということ。

1997年にデビューした今村康成騎手が引退するまでの15年で重ねた勝利数は「45」。

競馬学校騎手課程13期生。派手なデビューを飾った武幸四郎元騎手はもちろん、秋山真一郎騎手、勝浦正樹騎手、といった個性あふれた腕利きたち*2が揃った代、しかも福永騎手、池添騎手といった将来を有望視された若手騎手たちが凌ぎを削っていた当時の栗東で騎乗機会を確保することは容易なことではなかったのだろう。

途中からはハードル専門騎手のような位置づけになっていたこともあって、メインレースで姿を見かけるような機会もほとんどなかった。

そんな父の騎手引退からちょうど10年経った2022年、愛娘は快進撃を続けている。

戦績の数字だけ見れば、親子の差は歴然。1年目の騎乗機会が僅か100鞍で1勝も挙げられなかった父に対し、娘は既に470鞍に騎乗。夏には初重賞タイトルを手に入れ、人生通算の勝ち星にまで並ばれた。

でも、それが実力の差か、と言われれば、そうではないこともまた明らかだろう。

父親が騎手として、そして引退後は調教助手として、築き上げた環境の下で育ってきたからこそ発揮できる力はある。

そこにあるのは、武幸四郎騎手や秋山騎手が1年目から白星を積み重ねたのと同じ構図。

今村聖奈騎手の凄さは、まだシーズンを2カ月以上残す現時点で、他のほとんどの「厩舎関係者二世」たちの1年目の数字に追いつき、追い越してしまったことにあるのだが、だからといって、父親まで追い越せたとは、本人も全く思っていないはず。

彼女がこのまま大きなアクシデントなく勝ち続ければ、歴代の新人騎手の勝利数上位者の記録も視野に入ってくるだろうし、メディアも当然、その数字が近づくたびにより報道を過熱させることだろう。

三浦皇成騎手の「91勝」は、今見ても「神が下りてきてたのか?」というレベルの数字だからさすがに厳しいだろうし、武豊騎手の「69勝」も、これまでのペースからは相当ストレッチしないといけない数字ではあるが、福永祐一騎手の53勝は既に射程圏に入っている。

そして、年が変われば、次に追いかけるのは女性騎手の歴代最多勝記録から、重賞、GⅠ勝利の記録まで、常に様々な記録に追い掛け回されるのもこの世界の常ではある。

だが、そんな記録を超越したところにあるのが、親と子の関係・・・。

父・今村康成騎手は勝利数こそ少ないが、現役時代に挙げた唯一の重賞勝利がGⅠ、それも最低人気馬で中山大障害を制する、という偉業を成し遂げている。

だから、本当の意味で「父の記録を超えた」というには、まだまだ時間がかかりそうだし、仮に今村聖奈騎手が近い将来GⅠタイトルまで手に入れたとしても、父の背中に追いつけた、と思えるようになるまでには、さらに長い時間がかかるだろうけど、騎手としてのキャリアと父親と同じくらいの年数積み重ねた時、彼女の口からどんな言葉が聞けるのか、ということを楽しみに、この長い長いドラマをもう少し眺めていくことにしたい。

*1:実際、6月の時点でそんなことを書いていた。新人騎手の快進撃が止まらない。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*2:そして、武士沢友治騎手、松田大作騎手、と今でも現役で頑張っている騎手が多い世代でもある。

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