昨年、エフフォーリアがダービーからの直行でこのレースを制したインパクトがあまりに大きかったから、なのか、今年は春のクラシックを沸かせた3歳勢が揃って同じ路線を選択し、そこを英国帰りの前年ダービー馬・シャフリヤール&札幌記念組が古馬を代表して迎え撃つ、という形となった今年の秋の天皇賞。
上位5頭は単勝10倍を切るオッズとなり、「混戦模様」という言葉がしっくり来るレースとなった。
概して、こういう時は人気馬がお互い牽制し合って、淡々とレースが進むことも多いもの。
だが、そこで、そんな”予定調和”をぶち壊したのが、「世界の矢作」が育てた稀代の逃げ馬、パンサラッサである。
馬柱を見ただけでも、有力馬のジャックドールから、ノースブリッジ、バビットまで、重賞タイトルを持つ同型の馬たちがずらっと揃っていた中で、ノースブリッジとの先行争いを早々に制し、第2コーナーから向こう正面にかけて徐々にリードを広げていく。
さらに、最初の1000mのラップの「57秒4」という数字にざわつく人々を横目に小気味よく11秒台のラップを重ね、3コーナーを廻る頃にはもはや一人旅。
4コーナーを廻って直線に向いたときに後ろに広がっていたのは、まさに異次元のリードだった。
秋の天皇賞の舞台で、大欅の向こうを単騎で通り過ぎる馬影、といえば、往年のファンが思い出すものはただ一つしかない。
まさかコンマ以下の数字まで同じだったとは見ていた瞬間は気づかなかったが、「57秒台」という数字と、あの「絵」を見ただけで「スズカ」の勝負服が蘇るのは、「神話」と同じ時代を生きた者の特権でもある。
ただ、自分は、最後の直線、残り400mの標識を過ぎてもまだ”セーフティ”に見えるリードを保ちながら走っているパンサラッサを眺めつつ、嫌な予感に駆られていた。
そのまま先頭でゴールを駆け抜けてくれるなら良いけど、もしこれで後ろから来た馬に差されたら、皆が20年以上見続けてきた夢はどうなってしまうのだろう、と。
そして、その嫌な予感は見事なまでに的中してしまった。
今年のGⅠで何度となく繰り返された「届かないルメール騎手の差し」はこんな時に限って見事にハマり、敗れ続けてきた1番人気馬もこんな時に限って勝つ。
もちろん予想的には、追い込んできた2頭の3歳馬の方をしっかり押さえていたから、本当なら展開ハマって嬉しい!ということになるはずだし、レース自体、純粋に「見事」なものだったはずなのだが、ゴールの瞬間の興奮の後にどことなく感じた気まずさや如何に・・・。
24年前、「サイレンススズカ」は、東京の2000㎡を最後まで走り切ることができなかった。
だが、それが彼を「神話の世界」の馬にした。
あのシーズン、逃げて連戦連勝を飾っていたとはいえ、舞台は府中の長い直線。力のある差し馬も揃っていた中で果たして最後まであのまま行けたのだろうか?なんてことを言うと、「野暮なやつ」と思われるのが関の山だが、現実的な思考の下ではそれも消し去ることのできない仮説の一つとしては残っていた。
そんな歓迎されない仮説の一つの証明例が、四半世紀近く経った今になって出てきてしまったのだから、心がざわつかないはずがない。
もちろん、差し切ったイクイノックスにもルメール騎手にも何の罪はないし、ましてや7番人気で一世一代の大仕事をしたパンサラッサ&吉田豊騎手に恨みをぶつけるような話ではないことも分かってはいるのだけれど、どうせ負けるなら、”エイシンヒカリ”でよかった*1、あんな美しい逃げは打ってほしくなかった、というのが、古き者のぼやきだったりもする。
まぁ、唯一救いがあったとすれば、最後の直線、地上波の実況アナウンサーが逃げるパンサラッサを指して「令和のツインターボ」という言葉を発してくれていたことで*2、最初聞いたときは思わずひっくり返りそうになった*3が、レースが終わってあの結果、となれば、間違って「サ・・・」と言ってくれてなくてよかったな、とつくづく思う。
そして、もう一つ。
ラップする残像にいたたまれなくなってYou Tubeで呼び出した「1998年天皇賞(秋)」の映像の中に出てくる逃げ馬のぶっちぎり具合は、今日のパンサラッサの比ではなく*4、それを見て再び、自分の中に「神話」が蘇ったところはある。
同じ「57秒4」でも、超高速化された今の府中の馬場と、秋になるとまだ季節を感じた当時の馬場とではまるで意味合いが違うのだ*5。
だから、今日見えたのも一瞬だけの幻。
いずれ、この国のサラブレッドがより進化を遂げれば、今の時代にふさわしいラップタイムであの時を”再現”し、そのまま「神話」の続きを演じ切る馬も出てくるのかもしれないけれど、その時までは、まだまだ記憶を温めておきたい、と思っているところである。
*1:6年前の“第2のサイレンススズカ”はそう簡単には生まれない。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~のエントリーを参照のこと。
*2:その瞬間、脳裏によみがえっていた緑と黄色のシルエットが「青」に変わった。
*3:最近のファンにどう評価されているのかは知らないが、当時見ていた者の視点で言えば、あの馬はGⅠ級のレースではただの「ネタ馬」に過ぎなかったから・・・。
*4:あのレースは2番手に付けたサイレントハンターも後続を大きく引き離していたので、なおさら逃げた馬のぶっちぎり具合が際立っていたのだった。ちなみにあのレースでサイレントハンターに騎乗していたのは、今日逃げた吉田豊騎手だった。
*5:圧倒的1番人気馬の「故障」という異常事態で他の騎手たちが多少なりとも浮足立った、という面もあったのかもしれないが、98年の「その後」の攻防で叩き出されたタイムは1分59秒3で、今日の勝ちタイムより2秒近く遅い。