「奇跡」という言葉は似合わない勝利。

4年に一度の大イベント、とはいえ、何歳になっても朝は苦手だ。
だから、日本中がそわそわしていた金曜日も、午前4時から始まる試合をリアルタイムで見るつもりは毛頭なかった*1

とはいえ、終わった後の結果をいきなり見せられるのは悔しい天邪鬼だから、昨日、朝起きて最初にしたことは、まずABEMAでダイジェスト映像を見る、という作業だった。

あ、思ったより早く先制されちゃったな・・・え? でもまた堂安ゴールで同点? え?え?さらに逆転? あ、なんだ糠喜びか・・・と思いきや、やっぱり逆転??? で、そのままゲーム終わっちゃったんだ・・・ 

10分に満たないコンパクトな尺ながら、凝縮すればドラマ性たっぷりの映像が、断片的に飛び込んでくる世界のケイスケ・ホンダのパンチの利いたコメントと相まって心をざわつかせる見事な編集。

そして、それに続いて同じ時間帯に行われたグループEのもう一試合のダイジェストも確認し、決勝トーナメントに進出したチームを確認してニュースサイトからSNSに飛べば、そこには当然ながら、予想どおりの歓喜の渦、渦、渦・・・。

昼飯を食べに行っても、普段はサッカーなんぞに興味なさそうな妙齢の方々が「やぁ凄い」「まぁ凄い」と時候の挨拶のような会話を繰り広げていたものだから、先にダイジェスト見といてよかった・・・とつくづく思ったものだが、とにかく金曜日は、まぁそんな感じで過ぎていった。

で、訪れた週末。

世の中には、ミステリー小説のネタばれを聞かされて激怒する人も時々いるが、自分は、結末を知ってから読む小説もそれはそれで面白い、と思うクチである。

特に今回は、スペイン相手に「2-1」というスコアで勝利した、という結果と、断片的なゴールシーンだけが情報として存在する中で、どういう展開を辿って多くの人々が予想だにしなかった結末に辿り着いたのか、その過程をいろいろと想像するだけで結構楽しめた*2

それで、いろいろと想像をめぐらせた末に、またまたABEMAで、今度は試合の映像をフルバージョンで眺めたのだが・・・


見終わった後の感想は、なるほど~ という感じ。

そこにはドイツ戦ほどのスリルもなければ、なぜこれで勝てたんだ?と言いたくなるような意外感もなかった。

もちろん、リアルタイムで見ていれば、他会場の結果を見てハラハラしながら、それなりの興奮は味わえた試合展開だったのは間違いないが、冷静に眺めれば、日本代表チームは、試合が始まってから歓喜の笛を聞くまでの90分+アディショナルタイムの間、一貫したポリシーを貫いて堂々と戦い、そして勝ちきっていた

FIFAランキング7位のチームから勝ち点3を挙げたことは紛れもなく快挙だが、「奇跡」と呼ぶには似つかわしくない、そんな勝ち方だったというべきか。

あまり報道には出てこないが、スペインはグループリーグ首位で迎えた最終戦、メンバーを大きく入れ替えてきていた。

FW陣には日本の宿敵・アセンシオも、フェラン・トーレスも不在でトップに入ったのはスーパーサブのモラタ選手。
DF陣も、ドイツ戦からメンバー3人を入れ替える、という大胆なターンオーバーで、脅威の攻撃力を誇るジョルディ・アルバ選手もベンチスタート。

もちろん、「控え」選手といってもそこは選び抜かれたスペイン代表、ボール扱いはうまいし、パスも難なくつながる。

ただ、自陣でしっかり守備ブロックを固めて、侵入されるや否や鋭いプレスでボールを奪いに来る日本選手たちを前に、「無理をする必要がない」スペインの選手たち、特に新顔のDF陣のボール回しは自ずから引き気味になり、さらに前半11分、サイドからのワンチャンスでモラタ選手があっさり先制ゴールを決めてからは、なおさら弛緩した様相を見せていた。

時折速攻でつっかけてくる日本の攻撃を最後に精度が落ちたところで巧みに交わすが*3、そこから一気に逆襲に出るでもなく、のんびりボールをつないで深追いはしないスリルのない展開に、場内の観衆は退屈しのぎにウェーブを始める。

後半の頭から堂安、三笘の両選手を入れてきたところで、日本のプレスと速攻がより激しさを増すことは容易に想像ができることだったし、実際、前線からののプレスでGKのボール扱いまで怪しくした結果生まれたのが堂安選手の同点ゴール。さらに混乱に陥った相手両サイドが崩壊した末に生まれた田中碧選手の逆転ゴール・・・*4

この6分間の怒涛の攻撃とVARが救った「数ミリ」の映像は、ドイツ戦の浅野選手のゴールとともに、この先しばらくは日本サッカー界の歴史を創ったシーンとして繰り返し流されることになるだろう。

ただ、この試合、エキサイティングな時間帯は事実上ここで終わった。

これまで対戦したチームの右サイドバックをことごとく”無能”化してきた三笘選手のキレキレのドリブルはこの試合でも変わらず、あのカルバハル選手ですら、ほとんど太刀打ちできていなかったし、右サイドからの伊東選手の攻撃も効いていたが、そんな刹那的な攻撃の時間を除けば、ボールを保持していたのはもっぱらスペイン代表。

だが、フェラン・トーレス、アセンシオ、ジョルディ・アルバ、といった看板選手たちを次々と投入しても、攻撃のピッチはなかなか上がらない。

他会場で、コスタリカがドイツ相手にまさかのリードを奪ったことを意識したのか、後半27分辺りから、アセンシオ選手がうまくボールを捌いて日本ゴール前に圧力をかける時間帯が続いたが、いつもならこの時間帯にポストプレーで相手DF陣の脅威となるモラタ選手は既にフィールドを去っていたから、守備を固めた日本相手にゴールをこじ開けるのは至難の業。

そしてその後、他会場のスコアが逆転して、コスタリカ連勝の可能性が遠ざかるのと軌を一にするかのように、スペインの攻撃も個人技主体の単調なものとなり*5、最後の最後でほぼ「5バック」となった日本守備陣に引っかかる展開が続いた末に試合終了のホイッスル。

試合が始まる直前に、決勝トーナメント初戦で相対するグループFでは、モロッコの首位通過とクロアチアの2位通過が決まっていた。

戦前、スペイン陣営からは、「2位狙いなんてあり得ない」「相手をリスペクトして勝ちに行く」といった発言が公式には伝わってきていたが、そこに込められていた本音はどの程度のものだったのか*6。少なくとも本気で勝つつもりであのターンオーバーをしたのであれば、それは対戦相手への敬意をあまりに欠いていた、と言わざるを得ないだろう*7

逆に、「勝つしかない」日本の戦い方はシンプルそのものだった

自分も含めて古い世代の人間は、スペインとかドイツ、といった名前を聞いただけで、どうしても「引き分けならラッキー」くらいに思ってしまうのだが、前の大会からですら既に4年の時が流れているし、かの国々が頂点に立った時からはもっと長い時間が流れている。そしてその間、東京五輪でフランスに圧勝し、スペインにも準決勝で延長戦までもつれ込む戦いを演じたU-24代表の主力選手たちが、今大会の日本代表で主役を張っている面々だったりもする。

だから、視聴者や解説の本田圭佑氏がどれだけハラハラしても、ピッチ上の選手たちは最後まで勝利を疑っていなかったように見えたし、試合が終わる直前になっても浮足立つような気配は全く感じられなかった。

「必然」というには、様々な運やめぐり合わせが介在しすぎてはいるが、かといって「奇跡」と呼ぶには失礼すぎる、そんな勝利。

かくして、これまで繰り返されてきた「グループリーグ突破は2大会に一度」という忌まわしい法則は、初のグループリーグ突破から20年の時を経て打ち破られ、4年前に続いて日本代表はスタート地点に立つことができたのである。


おそらく、この大会は、ワールドカップはトーナメントに入ってからが本番だ、という当たり前のことを日本人が学ぶきっかけとなる大会になるだろうと自分は思っているし、そんな歴史の節目に登場する相手がクロアチアだったことは本当によかったな*8、と思わずにはいられない。

あと何時間か経って出た答えを見て、また赤っ恥、ということになるかもしれないが、信じるのは自由。だから今は信じて願うのみである。

*1:そもそも今よりは”熱”があった過去に遡っても、ドイツ大会のブラジル戦は途中で寝落ちしていたし、ブラジル大会のコロンビア戦は、確か起きた時には後半の途中で、試合が終わってから録画した映像を見返したような感じだったから、この時間帯に行われたグループリーグの最終戦をライブで見たことは皆無に等しいはずだ。

*2:試合直後の報道の多くが情緒的なものばかりで、結論以外の「ネタバレ」を見かけることが少なかったことも幸いした。

*3:映像を見る限り、久保選手と前田大然選手の息がどうにもこうにも合っておらず、そこで攻撃が途切れる場面が多かった気がする。今後のことを考えても、久保選手にはどこかで見せ場を作ってほしい、と思っているのだが、このままいくと、この先の出場機会もどうしても限られてしまうのかな、と。

*4:田中碧選手は、ドイツ戦で「役不足」を印象付けるようなパフォーマンスのまま交代を余儀なくされていただけに、ここで結果を出せたのはさぞ嬉しかっただろうな、と思う。

*5:とはいえ、権田選手の好セーブがなければヒヤリ、というシーンは何度か作られてしまったが。

*6:クロアチアは昨年のEUROでスペイン代表と延長戦まで死闘を演じた相手、さらに前日まではそのポジションにベルギーが来る可能性すらあった。

*7:今大会、最終戦で大胆なターンオーバーをしたチームはどんな強豪国でもほぼ例外なく苦戦していて、フランス、ブラジルといった国々ですら星を落とした。欧州で直前までリーグ戦の日程をこなした上に、大会に入ってから中三日で試合が続く、というハードなスケジュールゆえ、グループリーグの間にどこかでメンバーを入れ替えなければいけない、という事情があるとはいえ、今はどんな強豪国でもそれで余裕をもって勝てるほどの力差はない。

*8:今の日本のスタイルからすれば対戦相手としてもっともやりやすいチームであることに加え、過去本大会で2度も対戦した縁のある国、ということも含めて、出来すぎた筋書きだな・・・と思わずにはいられない。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html