受験資格、試験日程等、制度が大きく変わってから今年が3回目となった司法試験。
あまりに受からな過ぎて社会問題化していたのも今は昔。ここ数年は合格者数も合格率も安心して見ていられるレベルになったから・・・なのかは分からないが、首都圏の日経紙では夕刊にのみ記事が載り、翌日朝刊ではスルー、というちょっと前までは考えられないような扱いになった*1。
「法務省は12日、2025年司法試験に1581人が合格したと発表した。24年から11人減ったが、政府が掲げる1500人の合格目標を3年連続で上回った。法科大学院を修了していなくても受験資格を得られる予備試験組は428人が合格した。合格者の内訳は男性1102人、女性479人で、女性の合格者は2年連続で30%を超えた。受験者は3837人で24年から58人増えた。合格率は同年比0.93ポイント減の41.2%で、合格者の最年長は69歳で、最年少は18歳だった。」(日本経済新聞2025年11月13日付夕刊・第7面、強調筆者、以下同じ)
多少の増減はあるものの、合格者数や合格率に大きな変動はないし、冒頭でも指摘した通り、合格率が40%を超えていれば力のある者は順当に受かる。
2020年に4,000人を割り込んだ受験者数は、(谷底からは多少回復したものの)3,000人台の壁を超えることは当面なさそうで、それをどう考えるか、というのはあるだろうが、平行して行われている予備試験の受験者数は12,000人台を今年もキープしていたから、裾野としても一定のボリュームは保てている。
試験そのものより「合格者」に関する話題が目立つのが今年の特徴で、六大学野球の現役選手とか、著名アナウンサーが合格した、というニュースも流れて、一見すると、「合格者の多様化が進んだのか?」と誤解してしまいそうだが、合格者の平均年齢を見ても、属性*2を見ても、実質的には多様化より「純化」の方に向かっている、と考えるべきだろうと思う。
そしてそれが、この制度に関わる皆が望んだことなのであれば、それはそれでまぁ良いんじゃない、ということくらいしか自分には言えない。
「26年からは試験会場に用意したパソコンを操作して受験するCBT(Computer Based Testing)方式に切り替わる。論文式を課す国家試験では初めてとみられる。」(同上)
おそらく、これが直近の一連の改革の”トリ”、ということになるのだろう。
そして、ここが切り替わった時、会場のキャンパスに大人数が押しかけ、とてつもない熱気の中、ボールペンを何本もぶっ壊しながら気合と根性で論文試験2問×6科目を書ききった時代は完全に過去の遺物となるのだろうな、と、今漠然と思っているところである。