J1もJ2もレギュラーシーズンはとうに終わり、あとは余興・・・とばかりに12月2週目に突っ込まれたJ1昇格プレーオフ決勝戦。
レギュラーシーズンは僅か勝ち点1差の3位。さらに、前週、大宮アルディージャ相手にクラブ史上かつてないような劇的な逆転劇を見せて準決勝を勝ち上がってきた、となれば当然期待してよい場面だったはずなのだが、そういう期待をいともあっさり裏切るのがジェフユナイテッドというクラブの歴史。
案の定、自軍サポーターで埋め尽くされたホーム・フクアリの試合にもかかわらず、攻撃は何ともぎこちなく、徳島の蟻地獄のような守備陣を突破できない。
そうこうしているうちに、後半、ギアを上げたヴォルティスに散々カウンター攻撃を食らい、どちらがホームなのか分からないような展開に。
トニー・アンデルソン選手のシュートがゴールバーを直撃した瞬間は、もう本当に終わったか・・・と観念した。
だが、それでもジェフは勝った。
徳島の攻めの精度の低さにも助けられ、後半24分、カルリーニョス・ジュニオ選手が挙げた1点を何とか守り抜いての勝利。
昇格のかかった試合でなければ、文句の一つや二つは言いたくなるような試合ではあったが、この日に関しては結果が全て。
そして、終わった瞬間に、あちこちのニュース速報で流れた「17年ぶり」という数字を見て、なんとも言えない感慨が湧いてきた、のだが・・・
Jリーグのレギュラーシーズンが始まったのが1993年だから、計算が正しければ今年は33年目のシーズン。
このうち、ジェフがJ2で戦ったのは、2010年~2025年の16シーズンだから、Jリーグの「オリジナル10」でありながら、これまでのリーグの歴史の後半、ほぼ半分近くを2部リーグで過ごしてきた、ということになるのだが、個人的な事情を言えば、この「前半」と「後半」とでは、自分がクラブに向けていた熱は全く異なる。
日本リーグ時代からの名門クラブを継承し何人もの名選手を抱えながらも、肝心なところで勝ちきれないもどかしいシーズンが続き、半ばあきらめかけていた頃に舞い降りたイビチャ・オシム監督が導いてくれた2005年ナビスコカップでの初タイトル。
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今思えば、あの頃は、リーグが開幕してからまだ12年しか経ってなかったのだが、そこまでの道のりは、ホントに本当に長く感じられたし、だからこそあの2年弱、イビチャ・オシムの下で輝いていた頃の彼らのサッカーは世界で一番美しく見えた。
それから20年。
このブログを見返すと、2008年の奇跡の残留劇も、2009年の順当な降格劇も、しっかりと書き残されている。
J2降格初年度、2010年の始まりは、それでもまだ明るいものだった。
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だが、シーズンを重ねるたびに雲行きは怪しくなり、自動昇格には縁がないまま、2012年には何とか勝ち抜いたプレーオフ決勝戦(対大分戦)でもまさかの悲劇。
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翌々年、フクアリで行われたプレーオフ決勝戦で山形に屈辱的な敗戦を喫したのを見届けたのを最後に、スタジアムへの足も遠のいた。
もちろん、毎シーズン開幕前には選手の出入りを気にして必ずチェックしていたし、シーズン中も毎週の試合の結果には必ず目をやるようにはしていたが、そんなことを惰性で繰り返しているだけでは、あっという間に日は過ぎる・・・。
そんな中、降ってわいたような今シーズンの快進撃と、11年越しの「三度目の正直」、最後の最後で掴み取ったJ1へのチケット。
だから「来年からJ1」と言われても今一つピンとこないし、いざ来年になっても居心地の悪さしか感じないような気がするのだけれど、それでも、あの(今となっては由緒正しき)黄色いユニフォームを画面の中に見かけたら、どんなに弱くてもきっと応援してしまうのだろう。
そして、いつか、世界を変えるはずだった”オシムサッカー”の遺伝子が日本最高峰の舞台で再び花開くと信じ、稀代の名将が残した数々の名言を反芻しながら、フィールドに描かれる絵を暫し堪能したい、と思っている。
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