今更感。

最近は落ち着いている印象もあった著作権法の世界で、久しぶりに権利創設の話が表に出てきたなぁ・・・と思いながら、以下のニュースを眺めていた。

文化庁は9日、商業施設で流すBGM使用料を歌手らが受け取れるようにするため、新たな権利を創設する案を文化審議会の小委員会に示した。23日召集予定の通常国会への著作権法改正案提出を目指す。」(日本経済新聞電子版2026年1月9日19時06分更新)*1

「レコード演奏・伝達権」という名称も登場しているが、BGM利用に対して著作隣接権者にも権利を与えるこの制度に関する議論は2年前くらいから出ている話だし、今年度の著作権分科会政策小委員会では、関係諸団体のヒアリングも行われている*2

日経紙が小委員会開催前に一度記事を出し、小委員会開催後にも改めて・・・というこのパターンは、まさに文化庁が本気でやるよ、というサインだから、おそらく遅かれ早かれ立法化されるのだろう。

振り返れば、実務での自分の著作権とのかかわりは、「附則第14条の廃止」により、店舗BGMの世界にJASRACが入り込んでくる、という、(当時は)極めてインパクトが大きかった出来事が出発点になっていたりもするのだが、気付けばあれから四半世紀。

小委員会の報告書案*3にもあるように、この権利自体は海外各国の法制では「デフォルト」ともいうべき状態でインストールされているようだから*4、そんなに目くじらを立てるような話ではないのだろうし*5、今やコンテンツくらいしか誇れるものがなくなりつつあるこの国で、それを支える人々に少しでも多くの対価回収の機会を!という切実な要望を無碍にすることはできない。

ただ、四半世紀前にいろいろと振り回された身としては、いくら一定の準備期間を設ける、といったところで、制度の立ち上げ期にはどうやっても現場の混乱は生じるだろうな、ということは容易に想像がつく。

そして、何より、大衆音楽をめぐる状況が附則第14条廃止が決まった頃(1999年)とは全く異なったものとなってしまっている今、この新たな権利の創設が、「BGM」というもの自体を決定的に変容させてしまう可能性も念頭に置いておく方が良いだろう*6

ストリーミングの普及によって消費者の嗜好が細分化し、世代を超えて親しまれるヒット曲、というものを目にする機会もほぼなくなっている今、一般の商業店舗や飲食店で”流行りの曲”をBGMで流す意味は乏しくなっているし、あれこれと使用料を払わされるくらいなら生成AIにそれっぽい音楽を作らせて流した方がまだましだ・・・という発想が出てきても不思議ではないこの世の中で、今回の権利創設が果たして何をもたらすか、ということは、しっかりと見守っていく必要があると思っているところである。

*1:www.nikkei.com

*2:第2回(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/seisaku/r07_02/)以降に関係団体が提出した資料やヒアリングの内容も掲載されている。

*3:https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/seisaku/r07_04/pdf/94311501_04.pdf

*4:「「レコード演奏・伝達権」についても、142か国・地域で導入「(部分的な導入も含む)されており、OECD諸国では日本と米国を除く36か国で導入されている。近年では韓国、中国、シンガポールといった東アジア・東南アジア諸国にも導入が進んでおり、東アジア・ 東南アジア諸国の中では日本を含むごく少数のみが導入していない状況である。また、「「レコード演奏・伝達権」の導入が進む中で、世界における徴収額も増加している。」(報告書案4~5頁)。

*5:ただし、権利としては法定されていても実質的にはそんなに機能していない国・地域も相当程度あると思われる中で、この日本という国で「法定」することの重みはまた意味合いが違うものではあるのだが。

*6:古い条約から用語を引っ張ってきているがゆえ、とはいえ、権利に「レコード」という懐かしい香りのする媒体の名称がつけられていることも、そんな未来を暗示しているように思える。まだ「レコード」が普通に流通していた時代にこの権利が創設されていれば、また違う世界が開けたのかもしれないけれど。

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