続・患者は需要者か?(後編)


(前編http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20061113/1163441505#tbのつづき)

「同種商品」の範囲

続いて、上記「商品等表示性」の判断に付随する論点について、
見ていくことにする。


まず、特別顕著性を判断する上での比較対象につき、
控訴人側は、
「医療用医薬品全体の中で判断するのではなく胃潰瘍治療剤の中で判断すべき」
ということを強調したが、
①事件判決においては、
個々の医師や薬剤師の業務実態*1を踏まえて、

「個々の具体的な医師や薬剤師等について経験分野の専門化が進行しても、胃潰瘍治療に当たる平均的な医師、薬剤師についてみれば、胃潰瘍治療剤以外の医薬品を処方する蓋然性は相当程度あるのであるから、医師、薬剤師が「医療用医薬品全体」の「需要者」といえることは明らかである」(①事件・26頁)

と述べられているし、
②事件判決においても、同様の背景事情を踏まえて、

「医師等が日常的に胃潰瘍治療剤に限らず、多種多様な医療用医薬品を取り扱っている実態からすれば、医療機関等において医療用医薬品がその種類や薬効によって分類・保管されているとしても、原告商品についての「同種商品」は、医療用医薬品全体をいうものと解すべきである」(②事件・14頁)

と、控訴人側の主張を退けている。


現実には、必ずしもすべての医師が、
「多種多様な薬剤」に接しているとは限らないだろうし、
「胃腸系疾患に用いる薬剤」といったレベルで限定することも
決して不自然ではなかったように思われるのであるが、
原審では、「胃潰瘍治療剤の効能効果を有する医療用医薬品に限ってみても」
同じ色彩構成のカプセルが計33商品あることが立証されていたりもするから、
仮に控訴人の主張が通ったとしても
結論を覆すには至らなかったのではないだろうか。

患者が「需要者」に該当するか

この論点に関しては、
原審において判断が分かれており*2
個人的には高裁の判断に注目していたのであるが、
結論としては、①、②事件判決ともに、
患者が「需要者」に該当することを肯定した。


まず、①事件判決では、

「患者は、医師が処方した医療用医薬品について、その処方を受けるか拒否するかの最終決定をなしうるのであるから、患者も医療用医薬品について不正競争防止法2条1項1号にいう「需要者」に含まれるというべきである」(①事件・25頁)

とした上で、「原判決は・・・失当である」と明確に述べられているし、
②事件判決でも、

「患者が複数の薬剤の中から自己に使用される薬剤を選択することに関与することがあり得るし、最終的には、患者が対価を負担することを考えると、上記のような限度において、患者も医療用医薬品の「需要者」に該当するということができる」(②事件・22頁)

とされたのである。


もっとも、①事件判決では、
医師が投与する薬剤を選択し、薬剤師がその指示の範囲内で調剤、交付する、
という「一般的実情」から、

「同号にいう主たる「需要者」は医師又は薬剤師であり、患者は従たる「需要者」の立場にあると解すべきである」(①事件・25-26頁)

と述べられており、具体的な検討の場面では
「需要者」たる患者が色彩構成によって商品選別するか否か、について
一切言及していないし*3
②事件判決においても、

「患者が「需要者」に該当するとしても、本件において、胃潰瘍患者が、原告商品を原告配色によって他の胃潰瘍治療剤ないし医療用医薬品一般から識別していることを認めるに足りる証拠はない」(②事件・22頁)

として、患者が「需要者」であることが結論には何ら影響を与えていないことが
明言されてしまっている*4


①、②事件の原審が、患者の「需要者」該当性を否定した地裁29部判決だけに、
控訴人側としては、“一矢報いた”状況であるとはいえ、
「医薬品」という特殊な領域において、
そうでなくても識別性の弱い「色彩構成」が
需要者の選択に影響を与えるとは考えにくいのであって*5
結局は空しい反撃に終わってしまった、というところだろうか*6

不法行為の成否

最後に、高裁段階で控訴人側が追加した「不法行為に基づく請求」について
検討してみることにしたい(予備的請求)。


控訴人は、被控訴人側が、
「後発品に対する漠然とした不安感が存在するなどの状況において」
商品の色彩を意図的に酷似させた点を強調して
不法行為の成立を主張したのであるが、
①事件判決が、上記のような主張に丁寧に応答し、

(1)「後発品に対する漠然とした不安感」なるものの存在が立証されていない。
(2)医薬品そのものの開発に比して、外観を決定するために行う資金、労力が特に多大なものになることは、特段の事情がない限り、通常は考えがたい。

という二点から、

「商道徳としての当否はともかく、被控訴人の上記行為をもって民法709条のいう不法行為に当たるとまで評価することはできないというべきである」(①事件・31頁)

と判断している一方で*7
②事件判決が、そのような具体的事情を踏まえた判断に一切踏み込むことなく、

「一般に、経済活動ないし取引行為は法令等による規制に抵触しない限り、原則としてこれを自由に行うことができるものというべきである。本件において、被控訴人らによる被告商品の販売が不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争行為に該当しないことは既に判示したとおりであるから、被控訴人らにおいて専ら控訴人に損害を与えることを目的として被告商品を販売しているなどといった特段の事情のない限り、被控訴人らによる被告商品の製造販売行為が民法709条所定の一般不法行為を構成することはないというべきであるところ、本件に現れた事実関係及び全証拠を検討しても、そのような特段の事情の存在は認められない」(②事件・23頁)

と控訴人の主張をあっさりと退けたのは、
非常に対照的であり、興味深いものといえる*8


本件の場合、不競法2条1項1号、という“本筋”において、
どう考えても原告に理がなかったように思えるだけに、
①、②事件判決のいずれのアプローチをとったとしても、
結論に変わりはなかっただろうが、
これがもう少し“惜しい”事案だったとしたら、
予備的請求において結論が分かれることも十分に考えられるわけで、
最近はやりの“塚原コート流”アプローチ(①事件判決)と、
“クラシックスタイル”を貫く②事件判決のアプローチのいずれが
今後主流になっていくのか、
実務的には大変気になるw状況なのは確かである。

*1:「臨床の現場において、医師や薬剤師が、自己の専門分野に限らない多種多様な薬剤に接し、医療行為を行っている実情があることは否定できない」

*2:東京地裁民事29部はこの点明確に否定したが、民事47部は一応患者も「需要者」に含まれる、という前提で判断を行ったように読める。

*3:後述する不法行為の成否判断の場面で、若干上記の判示を活用しているようにも見受けられるが、少なくとも不正競争行為該当性の判断場面では、何ら意味のない判示になっているといえるだろう。

*4:このような書き方は、地裁における高部コート(47部)判決の判示に近い。

*5:以前のエントリーでも取り上げた「購買後の混同」法理を我が国において活用できるのであれば、選択の余地が乏しい患者を「需要者」とするよりも、患者を純粋に「処方を受ける立場」と捉え、そこで混同が生じることによって先行者が何らかのダメージを受けるおそれがあることを強調した方が(例えば後発医薬品の側に重大な副作用が見つかった場合、類似の色彩を有する先発医薬品までもが患者から嫌悪されるようになってしまう等)、原告側が救済を受けられる可能性は高まるように思われる。もっとも、「需要者」に混同が生じることを要件とする現行法による限り、あくまで「たられば」の域を出ない議論であるのも確かなのであるが・・・。

*6:議論の実益があるとすれば、薬の正式な商品名と患者間で呼ばれている“通称”が異なる場合において、後発医薬品メーカーが通称のみを類似させた商品を出したような場合だろう。直接製薬会社と取引する医師・薬剤師らは正式な商品名で区別できても、患者にとっては紛らわしい“通称”ゆえ混同が生じるおそれがある。そういった場面であれば、患者が「需要者」と認められることにも一応の意味はあるというべきではないだろうか。

*7:同様に、「患者の自己決定権を侵害している」ことを理由とした不法行為成立の主張についても退けている。

*8:②事件判決の最後に、三村量一裁判官のお名前が燦然と輝いているのを見ると、思わず納得してしまうのであるが・・・(笑)。

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