勝手に連動企画?(その4)

この企画もとうとう最終日。

刺激的な時間があっという間に過ぎていってしまう、というのは世の常ではあるのだけれど、終わりに近づくにつれ一分一秒が惜しいなぁ、と思える機会はそうないもので、何年かぶりにそんなデジャヴを味わって、ちょっとした虚脱感に陥っているところでもある・・・。

店舗等デザイン・営業形態の保護

この分野に関しては、以前の仕事柄、店舗外観にしても内装にしても「一定の範囲で保護される余地は認めてほしい。でも、あまりに軽々しく認められて紛争の嵐になっても困るよね・・・」という立場で長く関わっていたこともあり、昔のエントリーもそれなりに残っている*1

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残念なことに、コメダコーヒーの事件に関しては、ニュースに飛びついた後のフォローをしていなかったことに今更ながら気付いてしまったのだが、不正競争防止法という法律のバランスの良さを改めて見直した意義ある決定だったことは間違いないと思っている。

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なお、立体商標の話や、意匠法の話に関しては前日までのエントリーと重複するので割愛するが、初日には出てこなかった「ひよ子」事件の過去エントリー*2を上げておくことにしたい。

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平成30年不正競争防止法改正

著作権法改正や意匠法改正より早いタイミングで出来上がった改正法だったのに、話自体がポッと出てきたもの、という印象が強くて、このテーマに関しては表面的なところしか追いかけていなかったなぁ、と深く反省しているところ。

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経緯等を改めて伺っても、法改正に対する自分の評価は実のところあまり変わらないのだけど、せめてガイドラインくらいは、もう少し一つ一つのフレーズを噛み締めながら読み直さないといけないな、と思った次第*3


以上、この4日間、(偶然の産物とはいえ)昔のエントリーを掘り返してきたが、結果的に自分自身の暫しのブランクを多少は取り戻すこともできたような気がするし、過去に直感的(衝動的?)に書き残したことを第三者の先生方が精緻に分析された内容をふまえて客観的に見つめ直す、というでも非常に良い機会だったかな、と思っている。

このセミナー自体、振り返ればもう10年*4

貴重な機会を提供し続けてくださっている関係者の皆様のご尽力への心からの感謝の思いと、「東京から新幹線一本で行ける夏が来るまで続いていてほしい」という思いを込めて、本企画の締めとさせていただければ幸いである。

*1:それなりに、といっても今日紹介された2件くらいしかネタになる裁判例はなかった。それ以前の国内裁判例が皆無で、2007年以前に「トレード・ドレス」で修論を書くハードルは非常に高かったから、2件だけでも羨ましいな、と思いながら当時はエントリーをアップしていたのだが。

*2:言い訳だが、この頃はまだ裁判例紹介のスタイルが確立されていないので、自分で眺めてもちょっと読みにくい・・・。

*3:なお、「年報知的財産法」は掛け値なしに良い資料文献なので、是非ご購読を・・・。

*4:当時のエントリーが残っているのでご紹介。正直に白状すると、この頃はちょうど仕事を離れていた時期で、毎月家計は火の車。旅費と滞在費を出すと干上がるくらい余裕のない時期だったこともあり、記念すべき第一回(5日10コマ、今以上にすごいスケール・・・)の参加を断念した・・・(もちろん、それ以前に有給休暇という概念もなかった時期だった、ということも大きかったのだが)というオチもある。それを考えたら今は何と幸せなことか。k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

勝手に連動企画?(その3)

今日は「意匠法デー」だった。
この話も遡ること7年くらい前から、散々火花が散った末に、実務を知悉するほとんどの企業実務者が歓迎しない方向に押し切られた、という印象が強いテーマではあるのだけれど、心ある有識者の先生方が残してくれた「歯止め」が機能してくれることを願うほかない。

平成31年意匠法改正

始まったあたりのエントリー。
この頃は特許庁と「団交」することもしばしば。

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そして、昨年の「デザイン経営」報告書が出た頃のエントリーがこちら。

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その後の動きが急すぎて、ついていけてなかったところはあるのだけど、「企業戦略においてデザインを重視することも大事」という大義名分(このこと自体には誰も反対しない。自分も新サービスのUIとか新店舗のパース図面には人一倍口を出してたし・・・)の前で、余りに不釣り合いな制度改正が世の中に新たな不安定要素を持ち込まないことを今は願うのみである。

ファッションロー

あまり自覚はしてなかったのだけど、振り返るとそこそこ取り上げてはいたようで。

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自分は、この手の流行り廃りのある業界では、不正競争防止法2条1項3号に勝るツールはないと思っているし、今なら著作権も使えるし、周知著名なデザインなら商標権で、ということで、ここでも意匠法を持ち出す話にはならない(そしてそんなことはその業界の方々が一番わかっている)と思うわけだが・・・。

なお、ファッションよりさらに守備範囲の広い企画だったが、BLJ黄金期の特集企画も懐かしく思い出される。

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台風も過ぎ、ようやく当地の夏が戻ってきたところで、あと一日。
最後の最後まで、楽しみはまだまだ続く。

勝手に連動企画?(その2)

セミナー2日目。
本日も充実の一日。

柔軟な権利制限規定

このテーマに関しては、自分も本当に並々ならぬ思い入れがあって、それゆえに過去のエントリーもまぁまぁ過激である。

出発点はこのあたり*1

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平成21年改正前夜は、

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な感じで、その後、ちょっと離れている間に、

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といった流れが出てきて、平成24年改正に期待したものの、現実は、ため息混じり・・・。

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(どちらかと言えば次のお話に関連するが)平行してこんな話もあった。

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そこから先は、ずっと追いかけられ続けてやってきたような気がするし、立場的に、盛り上がっている最中には、「間接話法」で当たり障りのないエントリーしか乗せられなかったもどかしさはあったのだけど、いろんな人たちの思いが結実した平成30年改正は、どこからどうみても「偉業」だと、もと部分的な当事者としては思っている。

かすかに伝えたかったメッセージが残っていたのはこの辺のエントリーだろうか。

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あと「単純なフェアユース」には、結構前から懐疑的だったんだな自分、ということに気づいたエントリーがこちら。

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零細利用等、寛容的利用のあらゆる場面をカバーするにはまだ足りない、というご指摘も当然理解できるところで、今もなお複雑な条文構造も含めて「更なるリフォームを!」という声が出てくるのは決して不思議なことではないのだけれど、それをフォローできるだけの気力・体力を取り戻すのはそんなに容易なことではないな、と昔を思い出しながら思った次第。

海賊版対策の功罪

こちらは、どちらかと言えば離れたところから眺めていた話なので、過去のエントリー、といってもそれほどの熱量ではない。

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もっとも、「幻の間接侵害規定導入案」時代にバタバタしていた身としては、議論が成熟した「リーチサイト」と、それ以外、という区別の有り様は十分すぎるほど腑に落ちた、ということだけは、一応書き残しておくことにしたい。

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*1:タイトルの過激さは若気の至り、ということで何卒ご容赦を・・・

勝手に連動企画?(その1)

諸般の事情で出先でPCが使えない、という事態に陥ってしまったこともあり、昨晩からあまり長い文章が打てなくなっているのだが、これを奇貨として、といって良いのかどうか、今夏のセミナーで講義していただいているテーマに関して、自分今まで何を書いてたっけ?ということを振り返る機会に充てることにしたい。

著作権の保護範囲

いわゆる著作権の類否(類似性)判断の話で、江差追分最高裁判決の読み方から、その後の理論構成や判断手法の変遷まで非常に奥の深い分野なのだけど、振り返ると、このブログではほとんどこのテーマを正面から取り上げたことがなかった・・・。

(学者の先生も含めて)みんなこぞって取り上げるからそこで張り合っても仕方ない(?)と思っていたからなのか、いずれ社外某団体で取り上げる判例のコメントを先に残すことに気が引けたのか、あるいは感覚的な類否の印象を言語化するのに手を焼いたからか、そもそも純粋に分析する時間がなかっただけなのか、今となっては記憶も定かではないのだが、「釣りゲーム」事件ですら、第一審、控訴審ともさらっとしか振れていなかったことには反省しかない。

一応、当時の実務者としての素朴な感想を記したエントリーがあったので、それだけはリンクしておく。

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なお以下補足的に。

講義で取り上げられた横浜地裁平成23年6月1日判決は裁判所のHPにもアップされておらず、辛うじてTKCのデータベースに入っている程度(WestLawには入ってない)の事件なのだが、平成24年改正前夜に、いわゆる「写り込み」(というか「写し込み」)のケースでユーザーが勝った、という点では確かに価値ある事件ではある*1

「写真著作物を機械的に複写する増製行為は,通常,写真著作物の複製権を侵害する行為であると解されるところ,本件縮小写真のパンフレットへの掲載は,増製の一形態であるから,原告が有する本件各写真部分の著作権(複製権)を侵害すると考えられなくもない。しかしながら,写真に法的保護の対象となるべき著作物性が備わるのは,被写体の構図,光のとらえ方,陰影の作り方,シャッター速度,露出,レンズ選択,被写体の一瞬の表情の相違,現像手法等の工夫により凝らされる撮影者の思想及び感情の創作的表現が当該写真から感得されるからであり,後行写真等著作物から,先行写真著作物の保護対象である上記表現内容を感得することができず,これを利用しているとはいえない場合には,形式的には,写真著作物の増製に該当するとしても,実質的には,著作権者が有する複製権の侵害があるとはいえないと考えられる。ところで,本件縮小写真が極めて小さく,殊に,そのうち2枚についてはその一部が他の写真部分に隠れていることは前記第2の2(2)のとおりであって,本件縮小写真自体からは,被写体の属性や構図の一部を除けば,原告が工夫を凝らした思想及び感情の創作的表現を感得することは著しく困難といわざるを得ず,むしろ,本件パンフレットを手にする者に,その創作的表現内容ではなく,村上市の自然や風物が被写体である写真絵はがきが「おもてなしプレゼント」の1つであることを認識させるにとどまるということができる。そうすると,本件縮小写真の掲載された本件パンフレットの頒布は,形式的には増製に該当するとしても,実質的には原告の本件各写真部分における上記創作的表現を利用するものではないというべきであって,その複製権を侵害する行為とは到底いうことができない。

あと、このテーマに関しては、ちょっと前に旬だった「金魚電話ボックス」をどう整理すべきか、という点がやはり気になるところ・・・

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実用品デザインの保護 & 応用美術の保護の可能性

一方、こちらのテーマに関しては、昔からかなり追いかけていた。

実用品デザインに関してはこちら。

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応用美術に関してはこちら。

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正直、昔のエントリーは筆が滑りすぎてて「若気の至りでした、申し訳ございません・・・」というお詫びしか出てこないのだが、時間が経って、「あの頃」のお話を聞けるのは本当に幸せなことだなぁ、とつくづく思う。

なお、「棲み分け」の話に関しては、「応用美術だって著作権で保護されるんだから意匠法の保護範囲広げる必要なんてないだろう!」という筋でやってきたのだが、某庁にはあまり聞く耳はもってもらえなかった、ということは一応書き残しておく・・・。

(翌日のエントリーに続く)

*1:原告側に代理人がいなかった、という事情はあるが。なお、世の中的には被告名もオープンになっていない事件だが、事案の概要から推して知るべし。

歴史は繰り返す。

今年2度目の米国発逆イールドの報道。
しかも、今回は投機筋のレベルを超えて、よりファンダメンタルなところで起きている話なので、いよいよ”再来”かな、という雰囲気になっている。

これまで自分は本当に運が良くて、会社組織の中で仕事をしている時は、一度も「減収」とか「減益」ってやつを経験したことがなかった

もちろんその間、会社として凹んだ時期はあって、ITバブルがはじけた後の不景気とか、リーマンショックとかによる業績悪化の時は、当然ダメージは受けていたのだけれど、それは、たまたま自分が会社を離れている時に、外の人間として「高見の見物」で眺めていた話*1

だからまぁ、今の状況も、高飛車に言うと、「また繰り返している歴史の一コマ」ということになるし、自分が凱旋復帰するまでは、「新規事業が止まって仕事なくなるし、ボーナスも減って何一ついいことないけど、まぁ頑張ってね」ということになるのかもしれないけど、自分とて、後ろ向きな世の訪れを期待しているわけでは決してないので、巫女として天に召されない程度に(笑)、ひそかに祈りをささげようかと思っている。

そして、嵐が過ぎるまでは、北の地で酩酊しながら”アンチパテント!”*2と唱え続けるのも悪くないかな、と。

www.jizakenomarushin.com

いつもの遠征の常で「美味い物漬け&お酒漬け」の状態になっていることは全く否定できないのだけれど、まずは、明日、朝、無事に起きて学び舎に足を運べることを願うのみである。

*1:その意味で、自分は一種の”座敷童”みたいなものだったのかもしれない(笑)。

*2:というか、特許に限らず知財の「権利強化」の方向に対しては、この20年近く一貫してネガティブなスタンス。

香港の「自由」を守るために必要なもの。

以前、このブログでも取り上げた香港の抗議活動。
継続的な活動の結果、発端となった「逃亡犯条例改正案」の審査が「無期限延期」となり、これでヤマを越えたかと思いきや、翌日に「200万人集会」。

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そして、さらに2か月近く経っても収束の気配は見えず、当初は香港島の一部だけに限定されていた活動エリアも香港全域に広がり、ついには世界随一の香港国際空港が事実上マヒ状態に陥る事態にまで至っている。

「香港の航空当局は13日夕、香港国際空港のすべての搭乗手続きを停止したと発表した。「逃亡犯条例」改正案をきっかけとする抗議活動で数千人の若者らが出発ロビーに座り込み、13日の欠航は400便以上に達した。航空当局は12日夕以降の全便を欠航にし、13日朝に業務を再開したばかりだった。抗議活動が空港機能に深刻な影響を与えている。」(日本経済新聞2019年8月13日19時56分配信)

日本のメディアは、全般的に「デモのせいで空港機能(ちょっと前までは中心部の交通機関)が混乱して大変だ」的なトーンでこのニュースを報じることが多いし、日経紙などは「観光客の入り込みが減って経済的なダメージが云々」という話にすぐ持っていってしまうのだが、2か月前のエントリーにも書いたとおり、自分は中国「大陸」とは全く異なる「自由解放区・香港」をこよなく愛する人間。

川一つ隔てただけで(最近では西九龍駅の高鐵の改札をくぐっただけで)信じられないくらい”空気”が違う、という感覚も嫌というほど味わっただけに、「その『自由』が侵されるかもしれない」という恐怖感を抱いた人々がそのエネルギーを集団行動に向けたくなる、という気持ちも非常によく分かる*1

だから、自分たちのコミュニティを守るために体を張って頑張っている現地の人々に対して、「飛行機を止められて迷惑」とか、そんなことを言うつもりは毛頭ない。

ただ、遠く離れたところで一連の報道を見ているうちに分からなくなってきたのは、だんだんとエスカレートしていく抗議活動の中で、参加している彼/彼女たちが、今本当に求めているのは何なのか?ということだ。

6月に盛り上がっていた時は「条例改正案の完全撤回」や「逮捕者の釈放」といったところが争点で、行政府側のメンツもあるとはいえ、まだ香港の枠の中で解決しようと思えばできるレベルの話だったはずだが、それがだんだんとこれまで同様の包括的な「民主化」の話となり、今ではこれまで以上に強烈な、「反大陸政府」のうねりへと向かっているようにも見えてしまう。

そうなると、いくら抗議活動をして香港行政府に訴えたところでどうしても限界はあるだろう、参加者全員が「血を流してでも『独立』まで戦い抜こう」という気概を持っているのであればともかく(そこまで行けば名実ともに「革命」になる)、そこまで組織化されているわけではなく、全ての参加者が同じ方向を向いているわけでもないように思われる今の状況では、どこかで”政治的妥協”をしなければ物事を前に進めることはできないだろう、というのが、客観的に見た時の冷静な分析になってくる。

それにもかかわらず、主張も手段も先鋭化する一方で、誰が、どのレベルでこの活動を終結させようとしているのかすら分からなくなってきている、というのが今の状況ではないだろうか。

だとすると、今の状況は決して理想的なものとはいえない。

日本のSNS界隈だと、元々「中共」嫌いな人はたくさんいるし、それに加えて今回は「民主化闘争」や「香港市民の人権擁護」という側面もあるから、いつもなら罵り合うことも稀ではない”両翼”の意見も珍しく一致して、「香港加油!」一色になっている雰囲気すら感じられる。そして、現地から発信されるツイート(中には警察の”蛮行”を伝えるようなものも含まれている)がそんな風潮をさらに加速させているように思われる。

だが、こういう”異常事態発生時”において、SNSで流れてくる情報のどこまでが真実を示していて、どこからが曲解/誇張されたものか、ということを見分けるのは、物事が起きているエリアの中にいる者ですら(まさにその場にいた人を除けば)非常に難しい。ましてや「遠く」の他国にいるものであればなおさらだ。

だからこそ、今様々なルートで日本に入ってきている情報だけで、軽々に今起きていることへの賛否を表明するのは難しいな、と自分は思っているところ。

そして、これまでもたびたび修羅場をくぐってきたCarrie Lam行政長官が述べた以下のフレーズにこそ、(大陸政府の意を汲んでなされた可能性のあるコメントだ、ということは差し引いても)これからの香港の生きる道を考えていく上で欠かせない要素が含まれているような気もしている。

"Violence, no matter if it's using violence or condoning violence, will push Hong Kong down a path of no return, will plunge Hong Kong society into a very worrying and dangerous situation,"

※以下サイトのテキスト及び動画から引用。
www.channelnewsasia.com


繰り返しになるが、どんな時代、どんな場所でも、自ら体を張って大事なものを守ろうとする行動は非常に尊く、一定の支持と支援を集めて然るべき、というのが自分の考えであることに変わりはない。。

ただ同時に、これから先、未来ある人々が余計な血を流し、一種の”殉教者”まで作ってしまうのは決して誰もが望むことではないはずだから、対立が先鋭化している時こそ客観的、、かつ冷静に誰かが落としどころを探っていかないといけない

そして、本当に「民主的な社会」の実現を目指すのであれば、最後だけでも「集団的行動」ではなく賢明な「政治の力」で決着を付けるのがやはり筋だよね、と思うだけに、今抗議活動を行っている人々も、どこかのタイミングで路線を切り替えて問題解決に向かってくれればそれがベストだと自分は信じている。

ずっと今の「自由な空気のままの香港」であってほしいから。

*1:もちろん、中国大陸の人たちの中にもこれまで自分が親しくしてきた方は大勢いらっしゃるし、気質的には香港人よりも大陸の人たちの方が親しみやすいところがあるくらいなのだが、「人」と「社会の体制」が全く別物、ということは残念ながら多くの国で(そして中国自身の歴史の中でも)証明されてしまっている。

「不調和な結末」から考えさせられた「大事なものの順番」。

先月19日に公開され、封切り3週にして興行収入が60億円に迫る勢いとなっている新海誠監督の最新作、「天気の子」。
封切後の口コミとリピーター続出で250億円まで到達した「君の名は。」と比べるのはちょっと気の毒だが、この3連休の間も大規模シネコンで2スクリーン以上押さえて、各回満席、という状況だから、歴代ベスト10に入ってくるくらいのところまでは伸びてくるのだろう。

この映画に関しては、既に様々な角度からの論評が世に出されていて、純粋にエンタメとして楽しんだ、というものや、登場人物の心情に深く思いを馳せて共感を寄せる感想は今回も多く出ている一方で、結末のあまりの予定不調和ゆえに、その「逆」の感想や戸惑いの声が上がっているのも本作の特徴といえるだろうか*1

自分も、場面場面では爽快感を抱きつつも、見終わった後のモヤモヤ感をどうしても拭いきれないところがあったし、それ以上に「大ヒット後の新作」という猛烈なプレッシャーの下で作品を送り出さないといけなかった「作り手側の”迷い”も、どことなく伝わってくるような作品ではあったので、以下、これだけのスケールの大きな作品を封切りまで持ってきた新海誠監督の功績に敬意を表しつつ、思ったところを書き残しておくことにしたい。

※以下、ネタバレあり。

*1:このほか、前作同様、他の著名アニメーション映画等との比較の見地からの厳しい論評も見かけるのだが、それって「ボリウッドミュージカルにクラシックバレエの要素がない!」と怒るのに近いところがあって、そもそも勝負している土俵が違うでしょ、と思うところもあるので、識者の意見は尊重しつつ、あまり踏み込まずに済ませることにしたい。

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