この熱が国を救う。

2月4日に開幕した、4年に一度の冬のスポーツの祭典、ミラノ・コルティナ五輪。

元々、夏のスポーツに比べるとどの競技もマイナーだから、前哨戦や国内選考会等での盛り上がりもないまま「突然始まる」感が強いイベントだし、今回に関しては開幕直後の日程が”高市祭り”と丸被りになってしまったこともあって、始まる前はハラハラしていたのだが、そこは開幕して早々から、選挙の熱に負けないくらい連日連夜ニュースバリューのある結果速報が飛び込んできて、終わってみれば約20日の日程の最初から最後まで、実にホットな熱を持ち続ける大会となった。

何といっても素晴らしかったのは、金メダル5個、銀メダル7個、銅メダル12個、合計24個、という冬の大会としては驚異的なメダル数*1
メダルを取れるかどうかだけがアスリートと競技の価値を決めるわけではない・・・とはいえ、やっぱり時差の中、眠い目をこすりながら応援した競技で自国の国旗が表彰台に輝くシーンを見るのは格別だったし、今大会に関しては、同じ種目で日本人が複数表彰台に上がる”固め打ち”も多かった。

開幕前のお愉しみ、Number誌の特集*2で取り上げられた選手たちも、スキージャンプの丸山希選手は真っ先に銅メダルに輝いたし、個人戦では振るわなかった小林陵侑、高梨沙羅の両選手も混合団体でしっかり銅メダルを取った。スノーボードのハーフパイプはピンで取り上げられた平野歩夢選手こそ大会前の負傷で本領を発揮できなかったものの、日本選手団全体で見れば男子ではあわや表彰台独占の金・銅、女子でも小野光希選手が銅メダル。モーグルの堀島行真選手は2種目で銀・銅のメダルを奪取したし、村瀨心椛選手もスノーボードのビッグエアで金メダル、スロープスタイルでも銅メダルと2大会連続でメダリストになった*3。高木美帆選手は今大会でも3つメダルを取って日本史上個人では最多のメダル10個、という偉業を成し遂げたし、フィギュア勢も団体銀メダルに続いて男子、女子ともに複数メダル*4、そして何といってもペアで日本史上初の金メダル、と文句なしの結果を残した。

全体を見れば、高木美帆選手以外のスピードスケート陣とか、「前回大会以上」を期待されてあえなくついえたアイスホッケー女子、カーリング女子のように、期待が空回りしたまま終わってしまった競技もあったが、活力ありすぎるその他の競技が、モヤモヤする暇を与えないくらい最初から最後まで「五輪」の話題を覆いつくしていたなぁ、というのが今回の率直な印象だったような気がする。

個人的にはトリノの成田童夢選手をめぐるトラブルからバンクーバーでの国母選手事件と炎上が続き、五輪日本選手団の中でも厄介者扱いになりかけていたスノボの選手たちに助け舟を出した当時の選手団長が、JOC会長として、今大会のスノボ勢の大躍進を誇らしげにコメントする立場になった、というめぐりあわせには何ともキュンと来るところがあったし、自分も現地にいた2018年平昌*5のフィギュアスケート会場で団体のペアを自信なさげに滑走していたように見えた*6木原龍一選手が、その8年後、三浦璃来選手との運命の出会いを経て金メダルに輝いた*7なんて話もちょっと出来すぎてて怖いのだが、そんな分かりやすいストーリーが随所にあったのも、2026年の冬季五輪がこの国で盛り上がった一因だったのかもしれない。

国としての勢いは失っても、スポーツの世界では存在感を示し続ける、そろそろそういうモードに頭を切り替えても良いのではないかなぁ・・・と思いつつ、あっという間にめぐってくる次の夏、その次の冬、に、また思いを馳せられれば、と思っている。

*1:夏の大会と比較しても、アトランタやシドニーの頃は20個を越えられずにいたことを考えると、この結果は凄いの一言に尽きる。

*2:今回もあくまで特集は「フィギュアスケート」で表紙を歴代の一流スケーターが飾る、というあくどい作りになっているのだがw、ちゃんと五輪プレビューの記事も入っている。

*3:スロープスタイルでは下馬評では村瀬選手の後ろに隠れていた深田茉莉選手が金メダルに輝く、という歴史も生まれた。

*4:ただし「金」に届かなかったのは、今大会がロシア勢が出場しない最後の大会になるかもしれない・・・ということを考えると、ちょっと勿体なかった気がしなくもない。

*5:正確に言うと、当時も会場は分散していて、フィギュアスケートの会場は平昌からは遠く離された江陵というエリアで行われていた。

*6:実際、結果も決勝に進出した5組中、断トツの最下位の5位。当時は団体でのメダル獲得はまだまだ遠い夢だった。

*7:しかもSPで大失敗した後にフリーで大逆転、という漫画でもそこまで書くとベタ過ぎる・・・と突っ込まれるような展開の末に、だ。

巡る巡るよ時代はめぐる~

2026年2月8日施行の第51回衆議院議員選挙。

開票直後から出口調査が示した圧倒的な地滑り、そして、「花」を付けることすらままならない野党第1党の惨状を前に、「当確」報道が鳴り響いて止まらない自民党の候補者たち。

結果的には、各メディアの大胆な予測すらはるかに上回る「316議席」という驚異的な議席数を自民党一党が確保する*1、という帰結となってしまった。

”右傾化”云々を嘆くコメントもSNSではチラホラ見かけたのだが、いわゆる「右か左か」といったイデオロギーで帰趨が決まるような選挙は、とっくの昔(たぶん1980年代くらい)に終焉している。

1990年代半ばの政権交代も、2009年の政権交代も、そして立憲民主党がちょっと躍進した何年か前の選挙も、勝敗を分けたのは護憲/改憲とか、安保云々、といった話ではなく、「古いものを守るのか、それとも現状を改革するのか」という一点のみ。そして、常に(ムード的に)「刺さる改革」を旗印に掲げた側が勝つ、というのがこれまで何度も繰り返されてきた歴史だった。

だから、思った以上に極端な結果になってしまったとはいえ、今回の勝敗自体に全く違和感はない。

「中道改革連合」に関しては、投票が近づくにつれ、”昭和”を追慕するようなイメージ戦略に走ったのがまさに致命的なダメージをもたらしたのではないかと思うし、これまで「改革政党」という看板で勝負していた各政党も、高市首相が「減税」を公約に掲げた時点で、それと差別化できるような何かを失った。

唯一今回「躍進」といえるような結果を残した政党が、公約逆張りで候補者の顔ぶれにも真新しさがあったチームみらいだけ、というのはまさにそれだけ自民党の「改革」政党としてのイメージが破壊的なまでに強かったことの裏返しだといえるだろう。

かくして、真冬の選挙は、自民党が憲政史上初めて3分の2超の議席を単独で確保し、維新と合わせた政権与党の議席は75%超(352議席)という壮絶な結果を残して幕を下ろすこととなった。

一つの政党が国会の一つの院の議席を独占することへの警戒感は当然ある。

ただ、個人的には、2000年代前半から政権交代期を挟んでずっと続いていた「民主党」の残滓がここで一掃されたのは、次の、新しい地殻変動の布石としては、ちょうど良かったのではないか、という気がしている。

元々、「民主党」は、自民党にいても全く不思議ではないようなエリートバックグラウンドのある方々と、労組色・市民運動色が強い方々が、何かよく分からないけどまじりあっている、という感じの政党だった。もちろん、その背景には「政権を取るためには細かい違いに目をつむる」というリアリズムがあったことは容易にうかがえるのだが、政権を追われて以降は、政権の対抗勢力になることを狙ったがための不自然なリベラル色の強さ、批判のための批判とも言いたくなるような不合理な政策主張の方がむしろ目に付く集団になってしまっていた。

今回の選挙では、比例候補擁立戦術のまずさもあって、当選した49名の候補者のほとんどが旧公明党系、という惨事にもなっているのだが、本来「中道」という看板がはまるのは旧公明党の方々くらいで、旧立憲民主党が「中道」を名乗ることへの違和感は強かったから、下手に救済されなくてよかったんじゃないかとすら思う。

そして、今回涙を呑んだ各候補者たちが、本当に自分の主義主張に近いところでしっかりまとまって、きちんと筋の通った主張をしていけるようになれば、すぐに挽回できるチャンスは回ってくるだろうとも思っている*2

思えば、小泉首相が「郵政解散」で296議席を奪った総選挙の次に行われたのは、民主党が地滑り的に308議席を獲得した政権交代選挙だった*3

次の選挙が3年後か、はたまた4年後、任期満了ギリギリになるかは分からないが、必ず歴史は繰り返し、また時代もめぐる*4

その時に何が起きるかを今から想像しながら、もうしばらくは続くであろう、”早苗劇場”を生暖かく見守るとともに、湧き上がる東証の上昇相場*5の恩恵をほっこりと味わえればな、と思っているところである。

*1:しかも比例候補者が足りず、一部の地域では他党に議席を譲りつつもこの数字

*2:逆に主義主張も指導もごった煮の「316」という議員を抱え込んでしまった自民党の方が、これからの4年間は遥かに険しい道のりになる。

*3:さらに、その次の選挙では再び自民党が294議席を奪っている。

*4:健康状態等も踏まえると、高市総理自体が4年間任期を全うできるかどうかは50/50だと思っており、そうなるとより昔見た景色につながってくる。

*5:気が付くと、年始に多くの経営者が「年末には」と予想していた(天井を探す一年の始まり - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~)高値の天井を2月にして早々に抜けようとしているw

いつか見た、見飽きた光景。

慌ただしさにかまけている間に、真冬の衆院選があっという間に終盤を迎えているようで、日経紙の1面には、以下のような記事が躍っていた。

日本経済新聞社は8日投開票の衆院選について調査し、終盤情勢を探った。与党の自民党日本維新の会が定数465のうち300を超える議席をうかがう。新党「中道改革連合」は公示前の167議席から半減する可能性がある。」
「自民は序盤の時点で公示前198議席から伸ばして過半数233を得る勢いだった。終盤ではさらに支持を広げているもようだ。全ての常任委員会過半数を確保し、委員長を独占する「絶対安定多数」の261議席超えを視野に入れる。」(日本経済新聞2026年2月6日付朝刊・第1面、強調筆者)

元々、今回の選挙は、高い内閣支持率を背景に、高市首相が自ら打って出た”奇襲”。

国会で立ち往生して追い込まれ・・・というケースとは全く状況が違うので、総理を出している政党が有利だろうな、とは思っていたが、ここまでとは・・・。

解散総選挙が決まって以降、大手メディアからは、”自分勝手だ”という声を聞くようになったし、週刊文春からSNSの投稿まで、首相と自民党をターゲットにした批判がやたら飛び交うようにはなったが、そういった類のものすら取り込んでエネルギーにしてしまっているかのようなこの勢い。

一瞬、なんでだろうな?と考えそうになったのだが、ようやく届いた選挙公報にでかでかと「日本列島を強く豊かに」というフレーズが躍っているのを見て、ちょっと前の安倍晋三政権時代の記憶が蘇ってきた。

そう、右でも左でも、ましてや中道とかいう話は全く関係なく、日本人は、こういうシンプルで、(ちょっとマッチョだけど)何となく将来に希望を持たせるようなフレーズが好きなのだ。

それと比べてしまうと、クソ真面目に政策の束を並べて掲げる他政党はどうしてもかすんでしまう。

昨年の参院選の反省を踏まえて、のことなのだろう。今回の選挙で、高市総理自身が一部品目の「消費税減税」をかなり早い段階で打ち出したのも、選挙戦術としては効いている。

範囲も期間も限定的だし、そもそも実現するかどうかも分からない*1話だが、少なくともこれまで「消費税減税」「消費税廃止」を叫んで票を集めてきた勢力との関係で、争点ごと消してしまう、という効果は絶大だった。

かくして生まれた”雪崩的勝利”ムード。

昔は、選挙報道で「優勢」と打たれてしまうと、直前で他候補に同情票が流れて形勢が・・・みたいな話もあったのだが、”周りの顔色をうかがう”人々が年々増えているこの国では、今やこの手の報道すら追い風を加速させてしまう。

「中道」に関しては、公示前の悪い予感*2が見事に的中して、散々な結果に終わりそうな気配だし、一応与党ながら与党感が全くしない維新の会は、大阪と一部の関西エリア以外ではほぼ全滅の惨事となるだろう。

過去数回の選挙ではそれなりに存在感を示してきた新興政党たちも、今回の選挙に限っては存在感がかなり薄くなってしまっている*3

かくして、再び「強力な政権与党」が誕生する瞬間は目の前に迫っているのだが・・・

*1:個人的には全く実現してほしい政策ではない。

*2:年始からの大乱と、その後に残りそうなもの。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。

*3:それでも参政党あたりは、地方組織の力もあって、終盤でグイっと票を伸ばしてきそうだし、「消費税減税」の同調圧力に果敢に立ち向かったチームみらいも一定の得票は期待できるのではないかと思っている。

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アジアの地殻変動を感じる

年が明けてから、アフリカ選手権と並んでDAZNで楽しみに見ていたのがAFC U-23選手権。

最初から最後まで日本代表は強かったな、という印象のまま終わった大会だったし、これでカテゴリー的には実はU-21なんです・・・というのがまたすごいのだが、個人的にはU-23ベトナム代表の躍進ぶりが印象に残った大会でもあった。

グループリーグでヨルダン、キルギスを連破し、最終戦では開催国のサウジアラビアまで1‐0で下して、相手の決勝トーナメント進出を阻む。

準々決勝ではUAEとの壮絶なシーソーゲームを3‐2で制してベスト4。

ここまで来た時に、自分は間違いなく決勝は日本対ベトナムになる、と確信した。

中でも飛びぬけて輝きを放っていたのは、背番号7のグエン・ディン・バック(Nguyễn Đình Bắc)選手で、一昨年のフル代表のアジア杯(日本戦)でも出場して得点を決めている選手だから、今更知ったのか・・・という突っ込みもありそうだが、フィールドを縦横無尽に切り裂いてチャンスを演出し、大事なところでは自ら得点を決める、というまさに”キング”な存在。

負傷を抱えているという情報もあって、途中出場、途中交代となった試合も多かったのだが、出場している時間ではきっちり存在感を示し、最終的には得点王のタイトルまで獲得・・・ということで、まさに今大会No.1のスターといっても過言ではない存在感だった。

残念ながら、準決勝ではなぜかそんなに強くないはずの中国U-23に敗れ、日本との頂上対決は幻に終わったものの、3位決定戦では韓国と120分互角に戦った末にPK戦を制し、アジアサッカーに新たな歴史を刻んだのはあっぱれの一言に尽きる*1

中東開催の大会で4強を”東”側の国々が独占したり、韓国が表彰台から転落したり、というあたりに、今後のアジアの方向性が何となく見えた気がした大会ではあったのだが、日本とて油断すると、ほぼ同じメンバーで臨むであろう2年後のこの大会で五輪切符を失う可能性だって当然あるわけで、特に最近では大会のたびにサプライズを起こす東南アジア勢(前回大会ではインドネシア、今大会ではベトナム)への対策をきっちり立てることがこれから大事になるんだろうな、と。

そして、元々は日本色の強い指導人材が率いていた国*2が、好敵手として日本の前に立ちはだかる、という時代が来るのだとしたら、それはそれで感慨深いものがある。

できればその前に、グエン・ディン・バック選手の姿をJリーグの試合で見られたらなぁ・・・(それもできれば贔屓チームで)という贅沢な願いもそっと心に秘めつつ、2年後までのそれぞれの進化を見守ることにしたい。

*1:グエン・ディン・バック選手はこの試合でも一時は勝利を決定付けるかと思われた勝ち越しゴールを決めている。その後、後半終了間際にまさかの退場で、ロスタイムの韓国の劇的同点劇の伏線を演出してしまったのはご愛敬というべきか・・・。

*2:今は残念ながら韓国テイストが強い指導陣になってしまっているが、元々ベトナムは代表監督もU-23も日本人(三浦俊也監督)が務めていた時期もあるし、つい最近まであのトルシエ監督が率いていた国でもある。

熱き大陸の戦いの終着点。

昨年末に開幕し、年末年始を跨いで自分の中ではとてつもなく盛り上がっていた、サッカーアフリカネイションズカップ

DAZNで全試合ハイライト映像を確認し、運よく週末に当たったゲームは眠い目をこすりながらリアルタイムで眺め・・・と、W杯並みに力が入っていた大会も、この週末でフィナーレを迎えた。

「アフリカ選手権」といっても、有力国であればあるほど、欧州生まれ欧州育ちの選手が多いのが最近の傾向で、旧宗主国の有力クラブのアカデミーで育ち、その国でユース世代まで代表の看板を背負いながら、シニアレベルになってルーツを持つ母国のユニフォームに初めて袖を通した、という選手も決して珍しくはない。

そういった選手の多くが普段の仕事場にしている欧州の主要リーグは、まさに今シーズン真っ只中だったりもするのだが、そこはトーナメントでNo.1を決める大陸でもっとも権威のある大会、ということで、クラブからの長期離脱もものともせず、母国の誇りをかけて戦っている姿がまた観る側の感情を刺激する。

自分の印象では、ここ数大会見ただけでも、結構波乱が多いな・・・というのがこの大会に対する率直な感想だったのだが*1、今大会は開催国がモロッコだったこともあってか*2、大きな波乱はないまま、トーナメントが進んでいった気がする。

そして、それは裏返せば、準々決勝あたりからはもう完全にW杯級のハイレベルな戦いの連続だった、ということでもある。

ベスト8に残った顔ぶれの中に、既に今年のW杯出場を決めている国が5か国。一方、W杯出場を逃した残りの3か国も大陸選手権では上位常連。

特に落選組のナイジェリアは、フェイスガードを付けたオシムヘン選手が鬼神の如き活躍を見せ、ルックマン選手との強烈コンビでベスト4まで勝ち上がったし*3、同じく落選組のカメルーンも、若手主体のチームになって躍動していたのが印象的だった。

個人的な思いだけで言えば、「自分のここまでの唯一のアフリカ大陸経験の機会に訪れたことがあり、かつ、ネイションズカップの真っただ中に現地の人たちと一緒にその国のチームを応援する、という貴重な経験をしている2つの国」には、毎大会、出来るだけ最後まで残ってほしい・・・と願っていたから、それが初めて実現し、決勝で対決した今大会はまさに夢が叶った気分。

ロッコは、地元の大声援を背に、前回W杯で名を売った選手たちが健在ぶりを見せたし、背番号10を付けたブライム・ディアス選手が面白いように毎試合ゴールを決める*4。そして、ゴール前でもPK戦でも、世界屈指のGK・ボノ選手が壁となって立ちはだかり、準決勝までの失点はわずか「1」・・・。

これに対し、セネガルは全てのポジションの選手が身体能力の高さを存分に発揮。33歳のサディオ・マネ選手も堂々と先発を張り、準決勝ではエジプト相手に貴重な決勝ゴールを蹴りこめば、今が旬のニコラス・ジャクソン選手や、パパラッサン・ゲイェ選手なども毎試合見せ場を作る。

そんな魅力たっぷりの両チームだったから、決勝戦はどんなに凄い試合になるのだろう…と期待したのだが、そこはビッグトーナメント大会あるある、で、大会序盤~中盤で好ゲームが多かった代償というべきか、決勝戦にたどり着いた時点で両チームとも”ガス欠”気味で決め手を欠く雰囲気。

だが、そんな状況だったからこそ・・・なのか、国の威信をかけた魂の激突が最後の最後にドラマを作った。

90分フルに戦って、アディショナルタイムに突入した91分40秒過ぎ、コーナーキック後の混戦からセネガルに待望のゴールが生まれた・・・と思いきや、その直前のペナルティエリア内の反則であえなく取り消し。そしてその3分後、セネガルの壁があっさりとはじき返したと思われたモロッココーナーキックの際、ペナルティエリア内で「倒された!」というブライム・ディアス選手の抗議からVARが発動し、主審がモロッコにPKを与えたことで、フィールド上は大混乱に陥る。

映像を見る限り、決して露骨な「地元の笛」が吹かれた、というわけでもなかったとは思うのだが、激怒したセネガルの監督と一部の選手たちはロッカールームに引き上げ、会場を埋め尽くした地元モロッコの観衆のざわめきとブーイングだけが映像から伝わってくる展開に。

歴戦の勇者、マネ選手が同僚を連れ戻すパフォーマンスを見せて、ようやく再びセネガルの選手たちが戻ってきた時には既に中断から10分以上経過。

そして、PK判定から15分以上が経過した後にようやく出番が回ってきたブライム・ディアス選手が蹴ったあまりに緩すぎるシュートが、セネガルのGKの胸にしっかりと収まってしまった瞬間の実況者の叫びと観衆の嘆き・・・。

結局、延長戦に突入した試合は、最後まで空気を読まなかったセネガルがパパラッサン・ゲイェ選手の決勝ゴールで制し、本来なら名実ともに歴史に名を刻むことになるはずだったブライム・ディアス選手も、それ以外のモロッコの勇敢な戦士たちも力尽きて膝をつく・・・というまさかのフィナーレで大会を終えることになったのである。

まさに「予定調和」など存在しない、混沌とした大陸の象徴のようなゲーム。
決して後味の良い試合ではなかったし、これだからアフリカは・・・と眉を顰める視聴者も決して少なくはなかったと思うが、自分はむしろ、最後の最後にお膳立てされたPKで地元チームが勝つ、というありがちな展開で大会が終わらなくて本当に良かった、と思ったし、改めてこの大陸の底知れぬ熱さを感じた、という点で、これまで見てきた中でも最も、記憶に刷り込まれる大会になった。

禁断の夜更かしには当然代償もある。
だが、いつか現地に張り付いて、グループリーグから最後の決勝まで見届けたい・・・そんな夢を抱えて、また明日からちょっとだけ頑張れそうな気がしている。

*1:2019年はベナンマダガスカルがベスト8進出、2021年はブルキナファソがベスト4、2023年はグループリーグで赤道ギニアカーボベルデアンゴラ、マリが首位通過し、赤道ギニア以外の3か国はベスト8まで残った。

*2:ロッコはW杯ではベスト4まで残れるチームなのに、大陸の大会ではトーナメントの序盤でジャイアント・キリングを献上してしまう典型的な”外弁慶”チームだったのだが、さすがに地元開催となるとギアが2つ、3つ違ったのか、次元の違う戦いで順当に勝ち上がっていた。

*3:ロッコ戦も散々シュートを打たれながらもPK戦まで持ち込む健闘ぶりだった。

*4:結局、グループリーグから準々決勝まで5試合連続の5得点で堂々の得点王となった。

年始からの大乱と、その後に残りそうなもの。

平穏に迎えたはずの2026年、仕事始めの最初の一週間こそ、ゆるりそろり、という感じだったのに、3連休が明けるか明けないかという頃から、急に吹き始めた解散風。

そして、3連休明けの週の後半には、「衆議院解散」の方針が明確に公にされ、「2月総選挙」に向けて一気に世の中は動き始めている。


確かに現総理の支持率は政権発足から2カ月以上経っても依然として高く、年を跨いで外交面でのポイントも積み重ねている*1、というのが今の状況だから、この勢いがある間に、一気に選挙に持ち込んで政権基盤を固めたい、という気持ちは分からないでもない。

ただ、今の状況下で「自民党の大勝」を望むのは、少々読み違えが過ぎるのでは?という見方もあるし*2、まさかの「中道改革連合」結成の話*3が出てきた今となっては、よりバッドシナリオの現実味も増している。

この”天下大乱”を越えて、その後に出来上がるものは何なのか、創りたいものは何なのか。それが見えてくるまでは、何に一票を投じるのか、ということもちょっと考えにくかったりはするのだけれど、もしかしたら、”これが歴史の変わり目”になるかも・・・と思いながら冷静にここからの何週間かを見守っていければ、と思っているところである。

*1:「台湾有事」の件は、元々高市総理の政治思想に批判的な方々にとっては批判すべき材料となるのかもしれないが、多くの高市支持派(さらに遡れば安倍元総理の支持派にもつながる)にとってはむしろポジティブに受け止められるものだったはずだ。

*2:内閣支持率ほど自民党自体の支持率が上がっているわけではないし、足元に目を移せば高市総理になって人々の生活が改善しているわけでも全くない。

*3:今の政権の方向性を見れば、”まとまりたい”気持ちは分からんでもないが、立憲民主左派の方々までここに入ってくるとなると全く「中道」感はないし、このタイミングでの連合は”選挙目当ての野合”批判も当然免れないので、個人的には「悪手」だと思ってはいるが、現実に票がどう動くかは全く見通せない。

ふと気づけばあれから・・・。

この3連休、全国各地の「成人式」に関する報道をよく見かけた。

民法はちょっと前に改正され、今や「20歳」は法的に言えば”節目”ではないのだが*1、未だに昔の名残で、年度内に「20歳」を迎える人々を集める式典が主流だ、という話もどこかで出ていた。

そして、ふと、今年が自分の「成人式」(だったはずの日)から、ちょうどウン十年の節目の年だったことに気付く。

あれから過ぎた歳月の長さと自分の中の実感は全く結びつかないし、あの頃やりたい、と思っていたことの半分もできていない自分がここにはいるから、あの頃の自分だったら今の自分を全力で罵倒した可能性はあるのだが、その一方で、客観的に見れば、当時は想像もしていなかったような世界に足を踏み入れ、経験を積み、多くのものを手に入れた、というのもまた事実。

もっといえば、ここまで過ぎてきたのと同じだけの歳月を、ここから先の自分が過ごせる保証なんてどこにもないのだから、得たものは得たものとして大事にしていくしかないんだろうなぁ・・・と思えるようになったのが、このウン十年の変化といえば変化なのかもしれない*2

なお、ウン十年前の自分に声をかけるとしたら、「人生どう転がっても何とかなるよ」なのか、「もっと楽に生きなよ」なのか。

いずれにせよ、肩の力を抜かせるような言葉しかおそらく出てこない気はするのだけど*3「成人式に行けよ」などと言うことは決してない*4ことは断言できるwし、2006年の呟きから20年経っても残ってしまっている不毛を絵にかいたような式典が、「10年後にはなくなっていてほしい」と願う自分は全く変わっていない、ということはここに書き記しておきたい。

*1:厳密にいえば、一部のパターナリスティックな規制の中に、20歳を節目に解除されるものは依然残っているので全く意味がないわけではないのだが。

*2:「成長」というフレーズはこの文脈ではふさわしくないので使わないw

*3:もっとも、あの頃、精神的にも経済的にもギリギリの経験をしたことが今につながっている、ということを考えると、あの頃の自分に下手に声をかけることなんて到底できないのだけれど。

*4:初期のエントリー(新成人・・・ - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~)参照。この時から20年経っている、ってこと自体が到底信じられない。

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