クジを引き当てること&引き当てられることだけが幸運ではない。

こんな年だから、なのか、今年はこれまでしばらく気にしていなかったようなニュースにも目を向けることが増えた。

典型は、これまでシーズン終盤の数試合と日本シリーズくらいにしか興味が湧かなかったプロ野球の結果がなぜか毎日気になるようになってしまったことで、いつもなら長いシーズン、他のイベントもあっていろいろと関心が分散したり、そもそもしばらく海外にいるから日本で何が起きてたかなんて知らん・・・となっていたりすることも多かったのに、今年は凝縮された日程、しかも”新型コロナ集団感染”といったハラハラさせられるようなイベントも間に挟んだりしていたもので、なんだかんだとここまで結果だけはずっと見ていたような気がする。

で、その流れで、ここ数年は、次の日の新聞見て「あ、昨日だったのか」と気づくくらいの関心度だったのに、なぜか週末からワクワクさせられてしまったのが、ドラフト会議。

もちろん、小さい頃は「甲子園で活躍したカッコいいお兄さんたちがどこのユニフォームを着るんだろう?」と子供心にもワクワクしたものだし、中高生になればなったで、物好きな奴が買ってきた専門雑誌に群がって、このチームの指名戦略はこうあるべきだ等々、今思えば何ら生産性のない議論を滔々としたあげく、(自分の学校から誰が指名されるわけでもないのに)授業中にパンチョ伊東氏の美声を授業中こっそり教室で盗み聞きして怒られる・・・そんな記憶もまだ生々しかったりする。

ただ、ある時から、一部の球団のメディア戦略が功を奏したのか、有識者が「くじ引きで所属球団を決めるなんて職業選択の自由の侵害だ」とあちこちでのたまうようになり、「戦力均衡」という制度の意義を没却するような「逆指名」という悪しき制度が導入されたことで、少なくとも「ドラフト会議当日」への興味は一気に冷めた。

それから10年以上の時を経て、再び全ての選手が「クジ引き」の対象になる、というルール自体は復活したものの、そのきっかけが二度の不幸な「栄養費」問題だったこともあって、依然、どことなく冷めた気持ちが残っていたのも事実。「逆指名」の期間中もそれ以後も、名の売れた高校生に指名が殺到して話題になるのは横目で見つつも、何となく話題先行型だな、と思ってしまうところもあり、引き気味に淡々と眺めて終わり、というのがこのイベントだった。

それがなぜか今年は気になった。

甲子園で春夏ともに選手権が開催されなかった、という特殊な一年だったこともあって、高校生よりも即戦力になりそうな学生野球の選手たちに話題が集中していた、というのが、関心を引く要素としては大きかったのかもしれない。

特に、早大の早川隆久投手は、高校時代から見ていた選手だが、フォームがとにかく美しいし、左腕で球速150キロ台のストレートを投げられるまでに成長したとなれば、獲りに行かない理由がないだろう。何より、大学1年からコンスタントに試合に出つつ、大学4年になって才能全開、というのが素晴らしくて、このタイプの選手はまず失敗しない、と自分は見ている*1

4球団競合してくじを引いた結果、勝ったのが楽天と聞いて、「またか!」と思ったのは確かだが*2、ここ3年は話題の高校生を外し続けていたようだから、確率論的にはちょうどうまい具合に、絶好の選手を引き当てる運がめぐってきた、ということなのだろう。

もう一人の話題選手、近大の佐藤輝明選手も、映像を見る限りでは相当スケールはでかそうな選手。

ただ、引き当てたのが我らがタイガース、というのが何ともため息なわけで、個人的には「巨人とソフトバンクに獲らせなかった」ということ以上の感慨は今一つ湧いてこない。

直近のドラフト1位組、大山悠輔選手、近本光司選手が活躍しているので、さらに柳の下もう一匹、を狙ったのかもしれないが、その前の高山俊伊藤隼太といった鳴り物入りで入団したドラフト1位組の「今」を見れば、まだ懲りないか・・・というのが率直な感想。そして、

なぜこんな素晴らしい左ピッチャーがいるのに獲りに行かない?

というのが、打たれるガルシア投手の姿を見続けてきたファンの偽らざる気持ちではなかろうか*3

狙いに行った選手を引き当てたチームと、そうでないチーム。毎年のことではあるが、「外れ1位」ですら競合して2度もチャンスを逃したチームは今年も出ている。

ただ、クジで勝てば勝者で、負けたら敗者か、と言えば全くそんなことはない、ってことは、長年外し続けている自称・球界の盟主が、今シーズン首位を独走していることからも明らかなわけで、入団した選手が育ってナンボ、そしてどこかが育てた選手を運よく引っ張って来られるような資金力、ブランド力まで備えてナンボ、というのがこの世界の宿命だったりもするわけだから、「クジを引き当てる運」だけで終わってほしくないな、と思わずにはいられない*4

*1:逆に最終学年だけ爆発的に活躍した、という選手は結構当たりはずれが大きいし、さらに入学した当初は旋風を巻き起こしても上級生になって伸び悩んだ、というタイプの選手がプロに入ってからもう一伸び、というケースとなると、ほとんど見かけない気がする。もちろん典型は2010年の日ハムのドラフト1位の選手だが・・・。

*2:何といっても田中将大投手を引き当てた印象が未だに残っており・・・。

*3:2位で社会人の即戦力左腕が取れたからよい、ということなのかもしれないが、個人的には早川投手を狙いに行ってほしかったな、と。

*4:なお、入団1年目からリーグ新人最多安打盗塁王のタイトルまでかっさらった近年まれにみる成功例、近本選手は「外れの外れの1位」だったことも為念で。

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快挙の記憶をより深く刻み込んだ「クビ差」

第81回菊花賞。牡馬クラシックの最終戦だが、勝つ馬は最初から決まっていた。

2枠3番・コントレイル。

既に皐月賞、ダービーの2冠。しかもデビューからGⅠ3戦を含めて未だ負けなしの6連勝で、いずれのレースも完膚なきまでの圧勝・・・とくれば、逆らうなんてとんでもない。

前日発売が始まった頃は、出走18頭のうち3分の2くらいが単勝100倍超、2番人気の馬ですら・・・というとんでもないことになっていて、さすがにレース前はそこまで極端なオッズにはならなかったが、コントレイルの「1.1倍」という数字だけは微動だにせず。

誰しもが本命を確定させて相手探し、という感のあるレースだった。

もちろん、先週の秋華賞が、俗にいう「ヒモ荒れ」だったのと同様に、こういう時の2着、3着を予想するのは非常に難しい。

自分は、神戸新聞杯で良い末脚を見せた旅人・ヴェルトライゼンデ(2番人気・10.3倍)がやっぱり2番手だろうな、とは思いつつも、一度は完全に勝負付けが付いてしまっている西のトライアル組を上位に推すのはちょっと抵抗があり、一方で、東のトライアル、セントライト記念組も顔ぶれ的に半信半疑。

”残念菊花賞”的なメンバー*1となった清滝特別で、神戸新聞杯組(6着)のエンデュミオン、セントライト記念組(4着)のラインハイトを蹴散らして小牧特別3着のヒートオンビートが勝利を飾ったこともあり*2、前走で条件戦を勝利して出走を勝ち取った馬たち(アリストテレス、ディアマンミノル、ダノングロワール)にも目が向いてしまう、という実に悩ましい状況だった。

結局、馬券の方は適当にチョイスして迎えた出走の時。

ファンファーレの後の歓声もなく、スタートを切って1周目のスタンド前に差し掛かった時も実に静かにレースは進んでいったが、前走でダートのレースを使っていたキメラヴェリテが一か八かの大逃げを打ち*3、これまたここまで逃げ戦法で4連勝を飾って来たバビットが続いて縦に長く馬の列ができる、という展開は、いつもの年のそれとほとんど変わりはなかった。

適度にペースが上がり、縦長の隊列でレースが進む。そして本命馬は内枠からすんなり先手を取り比較的好位置につける・・・となれば、レースが進むたびに波乱の要素は消えていく。

向こう正面で派手に仕掛ける馬がいたわけでもなく、第3コーナーを回っても本命馬は安定したポジションをキープ。そのまま最後のコーナーを回って、馬場の中ほど、目の前を遮る馬は一頭もいない、という状況で直線に向きあった映像を見た瞬間、もう後は後続をどれだけ引き離すかだけが見どころだな、と感じたのは自分だけではなかったはずだ。

ズルズルと後退する他の先行馬たちを横目に、コントレイルが一完歩ずつ馬群から体一つ二つ抜け出していく。

そこまでは誰の予想とも全く反するものではなかったはずだ。ただ一点、その斜め後ろにピタッと張り付いた馬が一頭いたことを除けば・・・。

鞍上の騎手たちがこの時どんなことを考えていたのか、自分には想像もつかない。

ただ、見ている側としては、ただただ冷や汗しかなかった。

いつものように別次元のエンジンで置き去りにすることができない。むしろ、ゴールに近づくたびにその差が縮まっていくようにすら思える。

並走する馬の鮮やかな勝負服で「相手がアリストテレスだ」ということは実況を聞くまでもなく分かったし、その鞍上にルメール騎手が乗っていたことも知っていた。だからこそ、なおさらその脚は脅威。

これまでなら、馬群から抜け出した瞬間にゴールの歓喜の瞬間まで予定調和的に演じてくれていた馬が、明らかに苦戦している。

子供の頃ならテレビを消していたかもしれない(なぜなら、好きなものが負けるのを見るのが死ぬほど嫌いだったから・・・。)、そんな息苦しい数秒間・・・。


幸運なことに「クビ」一つの差は、最後まで縮まることがなかった。

最初に映像を見た時は、ルメール騎手がゴール直前で鞭を入れるのをやめたようにも見えて、「空気読んだのか?」という変な邪推までしてしまったりもしたのだが、よく見ると、コントレイルはどれだけ迫られても全く脚色が衰えていなかった(むしろ併せ馬のように、追いかけられてより闘志に火が付いて一伸びしたようにも見えた)し、ルメール騎手も縮まらない差を1センチでも縮めるために、最後に全身の体重をかけて追ったのだろう、という映像だったから、レース後のコメント通り、正面から勝負に行き、それでも最後まで順番を入れ替えることはできなかった、ということなのだろう。

かくして最後の一冠は、福永祐一騎手騎乗のコントレイルの下に収まり、史上3頭目の牡馬無敗三冠馬が誕生。

牡馬の三冠馬オルフェーヴル以来9年ぶり、ということだけでなく、

親子2代で無敗で三冠達成。

とか

牝馬、牡馬ともに無敗で三冠達成。

といった、日本競馬史上に残る「初」の記録まで一緒に付いてきた一戦。

もし、最後の最後でアリストテレスに逆転を許していたら、どこから切り取っても新聞の一面になる上記の見出しは雲散霧消しただろうし、かえって鞍上の福永騎手などは、

「初めて菊花賞タイトルをプレゼントしてくれた馬の子供に”恩を返す”形になってしまった」

という悲劇のストーリーで語られる存在になっていたかもしれない。

だが、結果は結果。クビ差でも2馬身差でも10馬身差でも、一歩でも2着以下の馬の前に出れば文句なしの「優勝馬」として扱われるのがこの世界のルールなのであって、その勝利の価値は、「牡馬三冠史上もっとも薄氷の勝利」と言われるような勝ち方であったとしても全く失われることはない。

そして、父・ディープインパクトが、勝ったレースの中では一番危なかった菊花賞*4と、その次の有馬記念での敗北を契機に「完璧な馬」への進化を遂げていったことを考えると、今回の「クビ差」は実に大きな意味を持つのではないかな、と思わずにはいられない*5

* * * *

今週もゴールした瞬間に先週同様の温かい拍手で包まれた京都競馬場*6

勝った馬は当然のことだが、敗れた側にとっても「これがこの先の大ブレイクの始まりだった」ということになることを信じて、自分も改めて全力で拍手と、この先への祈り*7を捧げたいと思っているところである。

*1:賞金が足りずに菊花賞を除外された2勝組が軒並み出走していた。

*2:後述するとおり、小牧特別に優勝したアリストテレスが「現世代でもっともコントレイルに肉薄した馬」として歴史に残ることになった今となっては、あのレースこそが真の菊花賞トライアルだったのか、と思わずにはいられなかった。

*3:一応若葉S2着の実績もあるので完全な「テレビ馬」ということではないのだろうが・・・。

*4:最後は2馬身差まで突き放したものの、先行して直線に入ってもなお後続に差を付けて粘るアドマイヤジャパンの姿がモニターに映し出された瞬間に悲鳴が上がる、そんなレースだった。

*5:コントレイルの場合、少し休ませてターゲットを年末の有馬記念に絞れば、これまでのコース相性からしてもまず負けることはないだろうと思っている。

*6:先週のエントリーはこちら。この歴史的瞬間を包んだもの。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*7:競走馬の宿命として、どんなに素晴らしいレースを続けても大きな故障をしてしまうと一巻の終わり、というのもあるだけに。

派手なリーク記事の裏で地道に積み上がる利益。

10月も終わりに近づくこの時期。週が変われば3月期決算会社の中間決算を中心に、続々と決算短信が開示される3週間に突入する。

そしてこういうタイミングになると決まって出てくるのが「決算リーク」。

今週話題になったのは、大手航空会社に関する”巨額赤字の見込み”情報など。そして週が変われば、規模の大きい会社を中心に、正式な決算開示情報に交じって様々な「見通し」記事が飛び交うはずだ。

確かに決算短信を出す1~2週間前となれば、売上と営業利益の数字くらいは当然に固まっているはずだし、作業が早ければ下の方の数字も粗方目途は付いているから、正式に取締役会にかける前に出そうと思えば出すこともできる状況なのは間違いないのだが、それだけインパクトのある数字なら当然適時開示で正式に予想公表なり、修正なりをするのが筋。

意図的に抜かせたと思わせる数字が早々に飛び出し、株価へのインパクトまで与えているにもかかわらず、当の会社が「正式に発表したものではありません。」という決まり文句で白を切る(だが、その裏ではその報道をテコに様々な動きを進めている)というのは、見ていてあまり気持ちの良いものではない・・・。

ということで、少々グチ気味な書き出しになってしまったが、自分は今回のタームの決算発表はむしろ”ポジティブ・サプライズ”にあふれる展開になる、と予想している。

既に出始めている業績予想の修正開示を見ても、対前年比でこそ依然マイナス基調ではあるものの、収益、利益ともに予想よりは大きく上振れしている会社が目立つし、特に利益に関しては、今年度の前半、しっかりとコスト削減に努めた成果(&潤沢な補助金の恩恵)がいかんなく発揮されているところはあって、かなりの会社が「前年並み」のレベルにまで戻ってきそうな気配すらある。

エスタブリッシュ系の会社が多い10月中の決算開示は、”バッドニュース”続きになることは容易に想像がつくし、そういう決算ほど、メディアの紙面(特に日経)では大きく取り上げられるのは間違いないところなのだけど、11月に入ってからは一変、中堅、新興勢、特にクラウドサービス主体のベンチャー勢を中心に続々最高益という展開になっても全く不思議ではないわけで、そろそろどちらに取り上げる比重を置くか、ということは考え直されても良い頃なのではないかと思うところ*1

どれだけ「不景気」と言われようが、今年度に入ってから発表された決算で2桁増収&増益で進撃を続けている会社は、ざっと数えただけで全上場企業の1割以上(約400社超)は存在しているし、単純に「増収増益」の会社となればその2~3倍のボリュームにはなるだろう。

もちろん、飲食、陸空運、旅行業、と、期初の想定以上に苦境にあえいでいる業種もあるし、自動車も産業機械もまだまだ本調子には程遠い。

だが、世の中そういった会社だけが全てではないし、エスタブリッシュな企業があえぐ脇で、躍進を遂げる会社が出てきてこそ社会も成長するわけで。

業績、時価総額、学生の就職人気ランキング。様々な指標はあるが、個人的には「主役交代の秋」になることを期待しつつ、連日一喜一憂するのだろうな、と思っているところである。

*1:ここに来て、「回復まだら模様」といったトーンの記事も見かけるようになってきたから、2Qくらいからは「復調」「躍進」を印象付けるような記事の方が目立つようになるのかもしれないが・・・。

またしても繰り返されるこの仕打ち。

遅れて始まったプロ野球も、なんだかんだと順調に試合を消化して、気が付けば最終盤に差し掛かっている。

セ・リーグは、開幕してからずっと独走している東京の某球団がこのまま走り切って終わりそうな気配だし、パ・リーグの方も、一瞬混戦模様になったものの、ここに来てソフトバンクが空気を読まずに連勝街道を突っ走る、ということで、一応まだCSが残っているとはいえ、お金持ち2球団の日本シリーズ対決、という構図がだんだんと見えてきたところではある。

で、そうなるとどの球団でも出てくるのが、よく知られた名前の「戦力外」報道。

特に来週にドラフト会議を控えたこの時期は、来シーズン以降のチーム編成の方向性を決める大事なタイミングだから、有望な1位指名候補選手の名前とセットで、チームを去る選手の名前も次々と出てくることになり、いろんなところでざわめきが起きる*1

・・・で、こういう時に他のどの球団よりも派手なドタバタ劇になりがちなのが、我らが「虎」だ。

長年の功労者、藤川球児投手が、シーズンの早い時期に爽やかに引退を表明した、というところまではまだよかった*2

だが、そんな”円満退社”ばかりではないのが、この関西の老舗企業なわけで、案の定というべきか、ここに来て福留孝介選手、能見篤史投手、という長らくチームの顔になってきた選手たちの「戦力外」のニュースが流れ始めている。

それも、「本人は現役続行希望」という注釈とともに・・・。

もちろん、「戦力外」と言われるのはそれなりの理由があるからで、福留選手に関していえば、何かと神がかっていた2015年~2017年くらいのシーズンをピークに、成績は下降気味。特に昨年矢野監督に変わって以降は起用法の変化にケガが重なって出場機会が減り、今シーズンは打率1割台という極度の不振にあえいでいるし、能見投手も先発陣の一角を担っていたのは3年前までのこと。ここ数年はもっぱらセットアッパーで、今年に入ってからは微妙な状況での登板も増えている。

だから、客観的に実力を評価した結果、球団として当然の判断をしたまでだ、と言われればそれまでなのかもしれないのだが・・・。

チーム生え抜きの大スターだった鳥谷敬選手を、残酷なまでに放り出した昨シーズンの記憶がまだ残っている中で、再びこういう事態になってしまうと、声援を送って来た者としてはやり切れないし、もう少しうまいやり方はないのか、と思わずにはいられない。

もし福留、能見の両選手が他球団に移って再び試合に出るようになったとしても、今シーズンの千葉ロッテでの鳥谷選手と同様に、「名」に匹敵するほどの成績を残することはおそらく難しいだろうし、そうなれば、球団の編成は間違っていなかった、ということになるのも容易に想像がつくのだが、正しい判断かどうか、ということ以前に腑落ちしないところはどうしても残ってしまうのである。

シーズンも残すところあと15試合。多くの選手たちにとってはここから先の1~2週間がチームに生き残るためのアピールになると同時に、引き際を美しく見せる方に舵を切るかどうかを決める大事な時期でもあるだけに、「戦力外」で名前が挙がってしまった選手たちに対してはせめて一矢を、そして悔いのない選択を、と今はただただ願うばかりである。

*1:特に今年はシーズンが後ろ倒しになっているために、「ストーブリーグ」が短期集中型になりそうな気配だし、シーズンの一番大詰めの時期がドラフト会議に重なる、ということもあって例年以上にざわつきは大きいのかもしれない。選手の方で覚悟を決めさえすれば、「公式戦を花道にできる」というメリットはあるのだが、ついこの前シーズンが始まったばかりで、ここまで目の前の一つ一つの試合に集中していた選手にそれを求めるのは酷だ、というのも十分理解できるところである。

*2:残念ながら、最後をリーグ優勝で飾ることは難しそうな状況になってきたが、ここに来て一軍に復帰し、最後の雄姿を披露してくれているのもありがたい限りである。

これが頂点を極めた者の宿命ということは知りつつも・・・。

既に今日は様々なところで話題になっているが、改めて、ということでこのニュースである。

「米司法省は20日反トラスト法(独占禁止法)違反で米グーグルを提訴した。ネット検索市場での圧倒的な支配力を利用し、自社サービスを優遇する契約をスマートフォンメーカーなどと結ぶなど競争を阻害した疑いがあるとした。IT(情報技術)大手を巡る大型訴訟はマイクロソフト以来、約20年ぶりとなる。」(日本経済新聞2020年10月21日付朝刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)

「反トラスト法と言えばマイクロソフト」だった時代を自分はつい最近のことのように思っていたのだが、もう20年、と聞くと何とも言えない気分になる。

そして、世界中で繰り広げられた長きにわたる闘争の末に勢いを失ったマイクロソフトから主役の座を奪ったGoogleがこういう形で再び「主役」の座に躍り出るという運命の皮肉。

そうでなくても”The Four"と並び称される巨大なデジタルプラットフォーマーたちには、ここ数年、世界中で激烈な嵐が吹き付けていた。

元々これらの米国発の企業をハナから敵対視しているように見える欧州では、伝統的な競争法の観点からも、個人情報保護の観点からも当局がいち早く果敢なアプローチを展開し続けてきたし、この日本ですら公取委から個人情報保護委員会まで規制の食指を伸ばし始めていることはご承知のとおり*1

さらに地球をぐるっと回って、遂に母国である米国でも下院司法委員会のエキセントリックな報告書に続いてDOJが動き出した、ということで、とうとう来るところまで来てしまったな、という気がする。

今朝の日経の記事などを見ると、

IT企業の成長を優先してきた米国の競争政策や反トラスト法(独占禁止法)運用の転機となりそうだ。」(日本経済新聞2020年10月21日付朝刊・第3面)

等々、「転機」ということをやたら強調しているのだが、少なくともこれまで伝わってきている報道等を見る限り、自分はDOJのスタンスが大きく変わったという印象は全く受けていなくて、「新興企業が成長を続けた結果独占に至った。だから司法権力をもって成敗する。」というポリシーは全く昔のまま。

ただそれが、ハードのIBMから、ソフトのマイクロソフトになり、そしてインターネット上のプラットフォーマーたるGoogleになった、という、それだけの違いのような気がしてならない。

「市場を独占したい」と思ったところで誰もがそんな大それたことをできるわけではなくて、競争に勝つ、それもただ勝つだけでなく、一歩二歩、最終的にはぶっちぎる勢いで勝てるだけの破壊的なイノベーションを起こしたものだけが「独占」的な地位にたどり着ける、というのは、人類の長い歴史の中で、皆が何度も目撃してきたことでもあるし、苦労してそこまでたどり着いたところで人為的な介入によってその座を奪われる、というのも、何度となく繰り返されてきた歴史であるはず。

だから、今回の提訴の報を受けて、Googleの関係者が訴えている「自分たちは、消費者に提供するサービスが素晴らしかったから選ばれただけだ!」という趣旨の主張は至極真っ当であると同時に、かなりの危うさも秘めている。

”Today’s lawsuit by the Department of Justice is deeply flawed. People use Google because they choose to, not because they're forced to, or because they can't find alternatives. ”
"We understand that with our success comes scrutiny, but we stand by our position. American antitrust law is designed to promote innovation and help consumers, not tilt the playing field in favor of particular competitors or make it harder for people to get the services they want. We’re confident that a court will conclude that this suit doesn’t square with either the facts or the law. "
(by Kent Walker, SVP of Global Affairs)*2

予定されていた出来事だったとはいえ、これだけ整った主張をタイムリーに世に出せる、というところに、自分は世界で覇権を握っている会社の凄さを改めて感じたのだが、彼らが本気でこれまでのビジネスモデルを守ろうとすればするほど、当局の本気度も増すわけで、法廷があたかも競争法理論の実験場となるような事態も想定しなければならないし、そこにエネルギーを費やした結果、太陽の輝きが失われることも覚悟はしなければならないだろう、と思うのである。


振り返れば自分は家人の影響もあって、世の中の人々の多くがヤフーポータル一択だった時代からいち早く「検索はGoogle」に乗り換えていたし、開設してはや15年のこのブログも、これまでの来訪者の多くはググったのを契機に見つけて下さった方々だから、Googleに育ててもらったようなもの。

さすがにメールからWeb会議まで、PCだけでなく持ち運ぶ端末にまでGoogleが入り込んでくる時代が来ることは、15年前はもちろん、10年前ですらちょっと想像が付かなかったが、気が付けばGoogle Mapがなければ知らない街中を歩くことすらできないし、Chromeがパスワードを覚えていてくれないと会員制のサイトにログインすることさえままならない、そんな時代になってしまっている。

そして、自分はそれを便利だと思うことはあっても、「不自由」と感じることはこれまでほとんどなかった、ということも付け加えておかねばなるまい。

もちろん、「問題はそこじゃない、潜在的競争者の芽が摘まれているのが問題なのだ」という突っ込みもあるだろうけど、今のネット広告業界を見回せば、Googleの勢いが衰えることを喜ぶ会社よりも、不安がる会社の方が遥かに多いはずで、”生態系のバランスを保っている巨大鯨”を環境保全の観点から銛で打つような当局の所業に対し、大手を振って歓喜の声を上げるような人々は極めて少ないはずだ。

そうなってくると、いったい誰のため、何のための権力行使か、ということにもなってくるのであるが・・・

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「パフォーマンス」を超えたところにあるのが本当の改革。

9月に新政権に代わってから、「改革」の掛け声がやたらけたたましく響くようになった。

最近は、内閣支持率も政権発足当初と比べて随分落ちてきているから、巻き返しを図るべく、今後もますます看板大臣たちの”一声”があちこちで響き渡ることになるのだろう。

・・・と、出だしから皮肉っぽく書いてしまったが、実のところ、いろいろと打ち出されている施策の中でも、規制改革系、特に「デジタル改革」の分野での動きに関しては、今のところそこまでネガティブには捉えていない。

「行政手続のデジタル化」を高らかに掲げつつも、今のところ派手な話題になっているのは「押印の廃止」だけだったりするのはご愛敬で、この先きっと本気を出してくれるはずだし*1、言及される分野が偏っているように見えるのも、取り上げるメディアの関心が偏っているだけで、分かっている人はきちんと地道にやるべきことをやってくれているはずだ。


アベノミクス時代の「観光立国」だとか「知的財産戦略」といった類の施策の時は、どこの役所もここぞとばかりに一見関係なく、中身を見ても関係ない施策まで押し込んで予算確保にいそしんでいたわけだから、「規制改革」「デジタル改革」の旗印の下でも、ありとあらゆるものが持ち寄られてバッサバッサと改革されていくに違いない・・・

というのはただの幻想にすぎないが、それでも、ここ1か月くらいの動きを見ている限り、たとえ表面的なものに過ぎなくても変わろうとする動きが見られるのは確かだから、世界の重心が完全に動いてしまう前に、先行する新興国たちに数周回で遅れている今の状況を何とか「周回遅れ」の差くらいにまでは詰めておいてほしいな、と思わずにはいられない。

で、そんな中、特に最近華やかな動きが目立つ河野太郎規制改革担当大臣は、どうやら著作権法の世界にも興味を持たれたようで、今朝の日経紙には、以下のような記事も出ていた。

河野太郎規制改革相は日本経済新聞のインタビューで、放送番組をネットで同時配信する際の著作権について、放送と同等に扱う方針を示した。放送と配信で権利に関する規定は異なる。番組で使った映像を配信で流せず画像の一部が映らない事例は多い。事業展開の障害となっている。」
河野氏は「国民にしっかりしたサービスを提供しているとは言いがたい」と述べ、2021年の通常国会著作権法改正案を提出すると明言した。
日本経済新聞2020年10月20日付朝刊・第4面、強調筆者)

今の総理が好みそうな放送分野の話、しかも政権発足前から文化審議会著作権分科会のWGで議論が始まっていて、次期通常国会での法改正スケジュールにも乗っかっていた話だけに*2、パフォーマンス的な香りも漂ってくるが、これまた昨今の流行りの世界に「著作権」が乗っかって、多くの人々の関心を集めるようになること自体は悪い話ではないだろう。

そもそもこの「同時配信における著作権の扱い」というテーマ自体、かなり前から問題提起されていながら*3、しばらく法制化の方向では手が付けられていなかったものであることを考えると、ようやく路線に乗ったところでさらに改正の動きを不可逆的なものにする、という点で、こういう形で取り上げられた意義は大きいと言えるのではなかろうか。

もっとも、気を付けなければいけないのは、著作権法の世界に手を付ける、ということは、「印鑑の廃止」のような行政庁内部の調整だけで進められるような話*4とは全く次元が異なる、ということである。

どんなに美しい言葉で飾ろうが、一方に権利者がいて、もう片方に利用者がいる、という世界の構図は変わらない。

そして、その両者のバランスを細かく調整しているのが、著作権法というガラス細工のような法律である、ということも。

こと「同時配信」の問題に関していえば、乱暴に言ってしまえば「実質的に同じなのにルールが違う」というものの平仄を合わせるだけ*5、という側面はあるので、「ネットだから特別な権利制限をせよ」というような話にでもならない限りは、そこまで実質的な衡平を害することにはならないと思っているのだが、今著作権法の領域で論じられているテーマの中には、そこまで単純には整理できないものも多々存在する(そして、まさに今後ホットイシューになりそうな「図書館関係の権利制限」等、その中の決して少なくないテーマは「デジタル」の文脈で語れるものでもある)。

だから、きっかけはパフォーマンスでも良いのだけど、議論自体は専門家やステークホルダーの意見に耳を傾けながらしっかりやってほしい、というのが率直な思いだったりもするわけで、その試金石となりそうな”河野大臣ご指名テーマ”がどういう形で着地するか(審議会内での結論だけでなく、与党内の手続き等も含めて)は、しっかりと見守っておく必要があるように思う。

ここ数年のことに関していえば、「柔軟な権利制限規定創設」の頃までは辛うじて守り切ることができていた”政治的パフォーマンスを超えたところにある議論領域”が、昨年来の「ダウンロード違法化拡大」の時には少々危うくなっていた*6、そんな経緯もあるだけに、”ポスト2020年改正”の帰趨を占うという観点からも、これからの行く末に注目してみたいと思っているところである。

*1:そもそもベースになる仕組みが使いづらいものであれば、どんなに技術を駆使して手の込んだシステムを作ったところで、利用者にとっても処理する側にとっても使いにくいことになることは避けられないわけで、作業としては「無駄な手続書類そのものをなくす」「なくせないなら複雑な仕組み自体を変える」といったことが先行しないといけないはずなのだが、教科書通りにそういったプロセスを踏める役所がどれだけあるか、は見ものである。

*2:今年度の議論の経緯については放送番組のインターネット同時配信等に係る権利処理の円滑化に関するワーキングチーム | 文化庁参照。

*3:少なくとも「柔軟な権利制限規定」に係る「ニーズ募集」を行っていた頃には既に明確に問題提起されていた。

*4:一応、印鑑製造業者の”反射的利益(損害)”に配慮するかどうか、という話もないわけではないが、それは議論の本筋とは全く異なる話だと自分は思っている。

*5:そして、それを口実に従来のビジネスモデルに固執していた各放送局の重い腰を動かすだけ・・・

*6:あれはむしろ一般市民の感情を背景に「拡大に異を唱える」方向で政治の力が働いたケースだったので好意的に評価されることも多いのだが、専門的知見に則った議論が一度はひっくり返されてしまった、という点では多少なりとも危機感を抱くべきところでもあるわけで、議論のプロセスをすっ飛ばして乱暴な方向に話が行かないか、ということに関しては、どれだけ注意しても注意しすぎることはない、と思うところである。

この歴史的瞬間を包んだもの。

競馬である以上、どんなレースでも波乱はあるし、「絶対」と言われた馬が沈むことだって一度や二度ではない。

そして、本命馬が人気になればなるほど、心のどこかでそれを期待してしまうのが、長くかかわって来た者の性だったりもする。

だが、少なくとも今日は違った。

単勝は断トツの1番人気、1.4倍。誰もが注目した7枠13番・デアリングタクト

既に「牝馬クラシック二冠」のタイトルホルダーであることもさることながら、ここまで土つかずの4戦4勝。

新馬戦では牡馬相手に快勝、2戦目以降は牝馬限定戦とはいえ、調子をキープするのが難しく、これまでの名だたる三冠馬でもトライアルレースではかなりの確率で取りこぼしがある若い牝馬が、ここまで美しい戦績のまま秋の大舞台に臨む、というのは、後にも先にももう見ることはないかもしれない一大事である。

いつもならこういう時にはついつい色気を出してしまいがちな自分も、今日に限っては(そしておそらく来週も、だが・・・)、いわゆる「頭固定」の相手探しに徹していた。

かつては京都の内回りコースで行われる秋華賞は、三冠の中でも最も波乱要素に満ちたレースと言われていて、ファビラスラフィンが出し抜けを食わらせた第1回からして波乱と言えば波乱だったし、先行抜け出しでティコティコタックが勝った2000年など、世紀の変わり目くらいまでは(その時点では)よく分からん馬が来たことも実際にあった。

最近ではどちらかと言えばきっちり差しが決まる展開の方が多いし、比較的人気サイドで収まるパターンも多いから、2着以降も含めて大きな「波乱」が起きることまでは全く期待していなかったのだが、展開としては、前日までの雨で馬場が渋り気味だったことも考慮して、「本命馬と粘った先行勢」という組み合わせが順当なところだろうと思っていた。

ところが、である。

ゲートを出るなり飛び出したマルターズディオサに、かかり気味のホウオウピースフルが絡む形になり、春の実績があるウインマリリン、ミヤマザクラといった馬たちも間髪置かずに追走、さらに先行安定の2番人気・リアアメリアもいつも通り前に行き、気がつくと本命馬以外の人気サイドの馬が全て前がかり、という状況になってしまった。

オークスのレースぶりなどを見れば、デアリングタクトと同じ位置から追い出しても勝ち目がない、ということは誰もが分かることで、それゆえに少しでも先手を取って前に行く、という戦術を多くの騎手が選択したのかもしれないが、この展開だと当然ペースは上がる。そして窮屈な内回りコースでは、コーナーごとに内側もごちゃつく。

一方、道中、前の二冠以上に慎重にレースを運んでいたように見えた松山弘平騎手は3コーナーにかかるくらいのタイミングで後方からスルスルと進出し、4コーナーでは一番安全な外側をきれいに回って直線では先頭とほぼ差のない位置取りに持ってくる。

そしてこうなれば、無敗の二冠馬の独壇場。

オーバーペース気味にレースを引っ張った春の実績組とリアアメリアが次々と馬群に沈んでいくのを横目に、今までGⅠの舞台では見たことのなかったような「好位」から、今までと同じような差し脚を発揮するのを見て、観客、視聴者の誰もが「三冠」を確信したことだろう。

休養明け初戦、馬体も14キロ増だったことも影響したのか、彼女の最後のスパートは、これまでのような「別次元の脚」ではなかった。

むしろ、さらに外から追いかけてきたマジックキャッスルやパラスアテナ、ソフトフルートといった馬たちの方が勢いがあったように見えたし、レース後に発表された上がり3ハロンのタイムを見ても、今回のデアリングタクトはこれまでのような頭一つ抜けたタイムではなく、むしろ上位4頭ほぼ一線、という形になっている。

それでも、付けた着差は1馬身以上。どう見ても負けようがない完勝である。

そして最後の脚色が同じだったからこそ、道中で後方にいながら直線の入り口では一歩も二歩も先に前に馬を持って行くことができた松山騎手の腕と、その指示に的確に応えたデアリングタクトの賢さが際立ったレースだったともいえる。

かくして、日本競馬史上初の「無敗の三冠牝馬が誕生した。

これまで多くの馬がローテーションで使ってきた(そして実力を出し切れずに躓いた)ステップレースを使わず、ぶっつけに近い状態でレースを使ってもきっちり結果を出せる、そんな仕上げができる調教師*1と、それできちんとコンディションを整えられる馬あっての快挙である。

もちろん、これだけ世代で一頭の馬が傑出している(牝馬だけでなく牡馬も・・・)という状況を見れば、「もしかしたら他の3歳馬が弱いだけじゃない?」という意地悪なことを言う人も当然出てくるし、実際そうなのかもしれない*2

だけど、たとえテレビ画面越しでも、今日のレースを目撃することができた者の一人として、今はそんなことはどうでもいいじゃないか、と思う。

それくらい今日の勝ち方は「三冠」にふさわしい強さと美しさを備えていた。

そして、ゴール後にどこからともなく沸き上がった「拍手」の音をテレビのマイクが拾った時、ちょっと胸が熱くなったのも、自分だけではなかったはずだ。

まだ平時ではないが「無観客」でもない。

声援を飛ばすことはできないが「拍手」ならできる。そして全国のファンを代表してその場にいる約800名くらいの入場者が、映像に載せて、ありのままの気持ちを全国の視聴者に届ける・・・。

いつもとは違うが、これまでとも違う。そのことが、これほど心に染みたことはあっただろうか。

馬券の勝ち負けにかかわらず、全ての競馬愛好者に訪れた幸福な週末。来週も引き続き、より大きなインパクトとともに、至福の時を味わえることを願っている。

*1:まだ開業5年目の杉山晴紀調教師だが、元々手腕には定評があったし、これでますます名トレーナーとしての道を歩んでいくことになるのだろう。

*2:古い話になるが、ナリタブライアンヒシアマゾンという歴史に残る牡馬・牝馬が登場した1994年の3歳(当時はまだ4歳)馬も、他の世代との戦いでは常に苦戦していた。

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