「たかが1戦」ではない未検査飼料問題が落とす影

G1ウィークではなかったのが唯一の救い、だが、そういう”閑散期”こそ勝負時、と週末を楽しみにしていた者にとっては、実にショッキングなニュースだった。

中央競馬の競走馬に与えられる飼料添加物「グリーンカル」から禁止薬物のテオブロミンが検出され、開催中の東京、阪神、函館3場で2日間に計156頭が一括で競走除外とされた問題は、現在の競馬の薬物検査システムの信頼性に深刻な影を落としたと言える。」(日本経済新聞2019年6月16日付朝刊・第29面、強調筆者、以下同じ。)

実際にレースが行われてから薬物検査で失格、ということにでもなれば、混乱は余計に大きくなっただろうから、事前に「一括で競走除外」にした、というJRAの判断を「英断」と評価する声は多い。

だが、土曜日の朝起きて、初っ端のレースから「競争除外」の表示とともに塗りつぶされた複数の馬柱を見た時のショックは大きかったし*1、1つのレースのためにローテーションを組んで調整してきた調教師や、貴重な乗り鞍を失った騎手*2、そして、自分が持っている馬を応援するために、遠方まで駆けつける手配をしていた馬主等、より密接な関係者にとっては「一度の週末」の話として片づけるには、あまりに大きすぎる話だったように思う。

「今回の件は、15、16両日の出走馬が確定済みの14日午後、添加物の発売元の日本農産工業から、販売先の各厩舎に、薬物が検出されたため回収したいとの申し出があって表面化した。競走馬の口に入る飼料やサプリメントは、検査済みでないと販売できない。検査は、「ロット」と呼ばれる単位で、製造のたびに競走馬理化学研究所での検査に付されるが、今回は昨年暮れから今年5月にかけて製造された製品が、未検査のまま4つの卸業者経由で流通。業者側は4月になって、今回のロットの検査を依頼した。卸業者も検査済みかを確認していなかった。」(同上)

ことの顛末は上記でまとめられているとおりだが、問題となった「グリーンカル」は、JRA売店で販売され、「(公)競走馬理化学研究所の検査を実施しており、
競馬法に指定される禁止薬物の陰性を確認しております。」という表示まできちんと打たれているいわばお墨付き商品*3

Webサイトで「三菱商事のグループ企業」であることを高らかに謳っている発売元の日本農産工業も当然ことの重大さは理解しているようで、15日付で早々にリリースを出しているが*4、購入した厩舎サイドに落ち度はないことは明白な事案だけに、今後は関係者に対する補償がどこまでなされるか、という点に焦点が移ってくることだろう*5

いわゆる「走り損」ではなく、レースに出す前の競走除外で、加えてJRAは今回の競走除外馬に優先出走権まで与える整理にしたようだから、「来週以降のレースで取り返せばよいではないか」というのが、おそらく正論なのだろう。

ただ、関係者が「これ」と決めていたレースに出せなかったことは、多かれ少なかれ、その馬の競走人生に影を落とす。
特に、「あと数か月以内に勝てなければ引退」というシビアな現実に置かれている3歳未勝利馬の場合、近い時期に最適な条件のレースがあるかどうか、相手関係がどう変わるか、という点も含めて、この一戦を逃したことによる影響は決して少なくない。

上記記事の中にも出てくるが、かつて、キャロットのピンクブーケ(父:メイショウサムソン×母:ピノシェット、小西一男厩舎)という馬が2歳新馬戦を快勝したのに、摂取した飼料の影響でカフェインが検出され、失格の憂き目を見たことがあった。
その後どうなったかと言えば、気を取り直して再度未勝利戦の勝利を目指していたところで「骨折」。
結局、3歳未勝利戦が開催されている時期には復帰が間に合わず、地方・園田競馬への移籍を余儀なくされた、という事例もある。

同馬は、地方移籍後3連勝して中央に復帰し、その後も2勝を挙げて1000万下条件で好走するレベルで踏みとどまったから、一口持っていた方も元は取れたはずだが*6、あの新馬戦の勝利がそのまま認められていれば、もっと上のレベルまで行けたんじゃないか・・・という悔しさは、この手の話には常に付きまとうわけで、「最終的に経済的にカバーされればよい」という話では本来ないはず。

最終的に、販売元とJRAがどう落とし前を付けるのか、はこれからの話になってくるが、願わくば、その結果以上に、「災い転じて福となる」エピソードが生まれてくれることを自分としては願うのみである。

*1:週末の天候があまり良くなかったこともあって、最初は、輸送手段が寸断されたのか?と思ってしまった。

*2:リーディングトップの川田騎手などは、土曜日に2鞍、日曜日もメインの函館スプリントSの騎乗予定馬(しかも有力馬と目されていたダノンスマッシュ)を失っており、気の毒としかいいようがない。

*3:https://www.nosan.co.jp/business/lifetech/pdf/green_cal.pdf参照。

*4:https://www.nosan.co.jp/information/pdf/00000107_1.pdf

*5:最初は、製造物責任法の範疇の話にもなってくるのでは?と思ったのだが、今回の件に関して言うと、実際に競走馬の競走能力に影響を与えたり、禁止薬物が検出されたりしたかどうかにかかわらず、「疑わしきは競走除外」という判断で一律に対応がなされているので、法的な観点というよりは政策的な観点からの補償の話になってくるのではないかと思われる。

*6:何といっても、一口35,000円というリーズナブルな売り出し価格の馬だったので。

受け継がれる「天才」の系譜と、そこにある一抹の不安。

彼の名は、もちろん、バルセロナの下部組織に入団した時から知っていたのだけど、日本に復帰してまだ4年。
雌伏の時を経て、ようやくJリーグでも代表でもトップのカテゴリーに顔を出せるようになってきた・・・というくらいの状況で、まだしばらくは日本を舞台にするのだろう、と思っていただけに、このタイミングでの発表は大きな衝撃だった。

「サッカーの日本代表MF久保建英(18)がJ1のFC東京からスペイン1部リーグのレアル・マドリードに完全移籍することが決まり、14日に両クラブから発表された。関係者の話では5年契約、年俸は2億円超とみられる。Rマドリードの公式サイトによると、来季は2部B(3部相当)のBチームに所属するが、世界一の名門クラブでトップチームに昇格し、活躍できるか注目される。」(日本経済新聞2019年6月15日付朝刊・第33面)

正直に告白すると、自分は、まだ彼のプレーを、スタジアムではおろか、テレビ映像を通じてすらほとんど見たことがない。
今季に入ってからのJリーグでの活躍ぶりや、先日の代表、エルサルバドル戦でのプレーは、あちこちで絶賛されているのだけれど、自分の持っている知識は、あくまで文字ベースのものでしかないから、どれだけ凄いのか、という実感もまだ持てていない。

前号の特集になるが、久保選手が表紙を飾ったNumber誌の特集タイトルが「日本サッカー天才伝説」だった。

久保選手の特集記事も掲載されているし、彼と近いU-20くらいの世代の選手たちも紹介されているのだが、同時に取り上げられているのが、小野伸二中村俊輔中田英寿前園真聖といったかつて一世を風靡した選手たち。

そして細かい記事の中には、菊原志郎選手とか、財前宣之選手といった、Jリーグ創設直後の日本サッカーに熱狂していた者にしか通じない「天才」たちも登場する。

その後数々の実績を残したにもかかわらず、1999年夏のシドニー五輪予選での負傷・長期離脱を「あれを境にすべてが変わってしまった」と評する小野伸二選手のコメントにはかなりのインパクトがあるし(北條聡「史上最高の天才の回想/小野伸二」Number979号42頁)、「天才肌で、人一倍努力をする選手を、ほとんど見たことがない」という槙野智章選手が「そういう選手って、壁にぶつかると脆いんですよね」と評するくだり(飯尾篤史「僕がヤラれた天才たち/槙野智章」Number979号64頁)もなかなか辛辣で身につまされるところはある。

ただ、共通しているのは、天賦の才能で名声をほしいままにしていた選手も、努力で「天才」と評される域に駆け上がっていった選手であっても、欧州の大舞台では真の意味でのトップにまではたどり着けなかった、という現実。

元々スペイン、それも名門バルサカンテラで育まれた素地があり、しかも国際移籍解禁のタイミングで名門クラブに移籍する機会を得た久保選手は、これまで欧州リーグに挑戦した日本人選手たちの中では、最も恵まれた形でスタートを切ることができるわけで、当然、周囲の期待もこれまで以上にヒートアップすることになるのだろうけど、クラブ内での競争に加え、この先、A代表U-23でもフル稼働することが予想される状況で、彼の伸びしろがどこまで発揮されるのか・・・?

一つの怪我で選手生活が大きく暗転した選手は枚挙にいとまがないし、監督との相性一つで活躍できる旬を逃した選手も決して少なくない、そんな厳しい世界をくぐりぬけて、彼が欧州サッカーの頂点にまでたどり着けるのであれば、日本サッカーを愛する者にとって慶事であることは間違いないのだが、今はとにかく、まず久保選手のスタートが平穏無事に切られることを願うのみである。

「不祥事を止める」という発想の限界。

ここ数日、ちょっと慌ただしくて更新も滞り気味だったのだけど、気になったネタはあったので、少し遡ってエントリーを上げてみることにする(2019年6月16日更新)。

国内で企業不祥事の報道があるたびに、「なぜ防げなかったのか?」という声があちこちから噴出して、SNSも含めたメディア上で議論されるのは、もうすっかりお馴染みの光景。企業法務周りの業界の方(「中の人」ではないが、密接にかかわっている方々)と話をしても、「なぜ?」という問いを受けることは多い。

そして、業を煮やした(?)日経紙からは、とうとうこんなコラムまで出た。

株主総会シーズンに入り、社外取締役を巡る議論が活発だ。第三者の視点で企業経営をチェックする機能は企業統治コーポレートガバナンス)に欠かせない。だが現実には「悪い情報」が届かず、チェック機能が働かなかった例が相次ぐ。背景の一つには、情報を知り得たかどうかで責任の重さが変わる日本特有の事情がある。「お飾り」からの脱却を目指す動きも広がり始めた。」(日本経済新聞2019年6月14日付朝刊・第2面、強調筆者、以下同じ。)

おそらく、このコラムの問題意識の背景にあるのは、これに続く以下のようなエピソードだろう。

「スルガ銀の社外役員は、経営のチェック役として期待された機能を果たせなかった。報告書では、問題となった一連の事実を社外役員が「知り、または知り得た証拠もなかった」として善管注意義務違反などの法的責任は認められなかった。」
「当局に通報が寄せられ、悪評が広がっていた時期も内部監査やコンプライアンス部門は形骸化していた。取締役会に悪い情報は届かず、そのほかに情報を得る仕組みもなかった。「知らないことには責任を負えない」。これが日本の社外取締役の原則だ。」(同上)

確かに、あれだけの組織的な不祥事が起きていながら、「知り得ていない」から社外取締役に責任なし、と結論づけられることが腑に落ちない、という気持ちは分からないでもない。

取締役に完全な「結果責任」を負わせるような法制度の国は存在しないし(そんな制度にしたら、誰も社外役員など引き受けないだろう。)、社外役員によるモニタリング制度が発達している国ほど、免責されるロジックも手厚い、というのが自分の理解であり、不祥事を起こした会社における社外取締役の法的責任について、「日本特有の事情」という注釈を付けるのは、いささかお門違いだと思うが*1、これだけガバナンスについて口うるさく言われている時代なのだから、もっと何とかしろ、と言いたくなるのも理解はできる。

ただ、スルガ銀行の問題にしても、最近よく湧き上がる現場レベルの品質偽装等の問題にしても、「不祥事」が起きているのは「現場」であって、役員フロアの会議室ではない。

こと「取締役」という立場の人たちに関して言えば、求められている役割は、「取締役会」という機関を通じた経営上の意思決定への参画と、内部統制システム構築義務等を通じた企業の日常的な業務執行への間接的なモニタリングに留まるわけで、企業買収や大型プロジェクトの実行、といった重要な意思決定の局面で誤った経営判断をしないように意見を述べ、議論を形成することや、内部監査体制や監査役との連携体制の構築等について口を挟むことまでは当然求められるとしても、現場の末端の業務のやり方にまで首を突っ込んであたかも自らマイクロマネジメントを行うかのように「監視」する、というのは本来の職責ではないし、本気でそこまでやろうとしたら、いくら体があっても足りない*2のだから、社外取締役」の力で末端の不祥事の芽を把握し、それを未然に防ぐ、というのは、そもそも制度の立て付け上無理がある、と言わざるを得ないのではないだろうか。

そして、これは、取締役会から離れた社内の「二線」「三線」の組織に関しても言えること。
もちろん、法務部門、財務部門、内部監査部門といった組織は、「社外役員」に比べればはるかに現場に近いところで日常的な業務執行に接することができるのだけれど、部門ごとの情報の壁や、あらかじめ決められた社内ルールの壁、というのは当然存在するわけで、事業を遂行する部署と「部門」が異なる限り、不祥事が顕在化するまでは、そこに直接手を突っ込むことは難しい。

自分は、本当に会社の隅々にまで法令遵守意識を叩き込み、「不祥事」を撲滅しようと考えるならば、法務・財務といった”機能”をコンプライアンス的な側面も含めて”見た目上”は事業部門側に完全に溶け込ませ、”中”から根本的に変えていくしかない、と思っているのだけれど*3、それが一朝一夕にできることではない以上、今は、一定の確率で「不祥事」が生じることはやむを得ない、と割り切って、むしろ「発覚後に誠意を尽くして対応する」方に、重点的にリソースを割く方がよほど世の中にとっては有益なはず。

何か起きるたびに、法令やソフトローをいじって、「上の方のガバナンス体制」に手を入れようとしてきたのがこれまでの日本のやり方(というか、日本に限らずこの手のアプローチは多くの先進国で共通している、といえるかもしれない)だったのだが、今行うべきことはそういうアプローチの「限界」を認識することだし、百害あって一利なしの「上から」の過剰な現場介入の方向性を改めて、逆に根元の方から”問題が発生しにくい企業風土”を作り上げていく、という「モデル」を、実際に一社でも二社でも世の中に広げていくことこそが、これからは大事になってくる、と自分は思っている。

*1:しかも、明示的に情報が示されていなくても、目の前の取締役会議案にちょっと突っ込みを入れたら出てくるような情報を見落とした、ということになれば、「知り得た」という評価を受ける可能性も高いのだから、本来は「何もしない方が得」という話でもない。

*2:仮に身を削ってそこまでやるような献身的な社外取締役がいたとしても、今度は首を突っ込まれた現場や、本来そういった部署の業務の適正をチェックしている社内部署がより疲弊することになるだけで、良いことはほとんどない。

*3:それでも、あらゆる組織が生身の人間で成り立っている以上、会社の衣を被った「個人的」不祥事の発生を完全に防ぐことは不可能だろうが、それが「組織的」なものへと発展していくプロセスを遮断することは可能だと思っている。

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ボーナスの季節に走った戦慄。

自分はこの記事を見た時に思わず目を疑ったし、同様の感想を抱いた人も多かったのではないだろうか。

トヨタ自動車課長級以上の管理職の2019年夏の一時金(賞与)を前年に比べて平均4~5%減らす。足元の業績は堅調だが、自動運転や電動化などの分野の開発競争の激化を受け、危機感を共有する狙いがある。若手社員など管理職ではない組合員平均では夏の賞与は1割下がるが、冬の支給分は秋からの労使交渉で協議する。」(日本経済新聞2019年6月13日付夕刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)

自動車の分野で開発競争が激化している、というのは公知の事実だとしても、全世界で売上高30兆円超、営業利益も2兆5000億円を叩き出している会社が、このタイミングで「賞与引き下げ」をあえて打ち出してきた、ということのインパクトは実に大きい*1

冷静に足元を見れば、「研究開発」に利益を回せる会社はまだマシな方で、これから急激に「人を集めて雇う」コストが上昇することが予想される中、それまでと同じことを普通にやっているだけでどんどん利益が食われていく会社がサービス業を中心に増えていくことは間違いなく、仕事の量も忙しさも変わらないのに、給与・賞与でそれを実感できない虚しさが世の中に広がっていくことは、容易に想像がつくところ。特に大企業の30代後半~40代の管理職層にとっては、マネジメントにかかるプレッシャーに加えて、経済的な恩恵も享受できない苦しい時代になってくることは、ある程度覚悟しないといけない。

ただ、「賞与」というのは、それまでの成果に対する評価なのだから、好業績を上げた期の直後に引き下げる、というのは本来禁じ手だと思うし、そんなことをしても、「危機感を共有」する以前に、社員のモラールダウンを招く蓋然性の方がはるかに高い。

成熟した会社の経営者の中には、業績に追い風が吹いている時にも、ああだこうだと理屈を付けて、組織をムダにいじったり給与体系をいじったりしようとする人が多いし(もちろん、業績が悪かったら悪かったで、社員向けの財布の紐も締めに行く)、挨拶の節々に、常に危機感をあおるようなフレーズを入れて「経営者としての仕事をしてる感」を出そうとする人も時々いるのだけど、「上から押し付けられた危機感」が良い方向に働くことなんてまずないのであって、同じような「改革」、同じような「言葉」が繰り返されることによって、かえって多くの社員の感覚がマヒしてしまう(ゆえに、本当に起きている「危機」すら見過ごしてしまう)リスクすらある。

大事なのはメリハリ。

本当に風向きが変わりそうなタイミングならガチっと引き締めればよいが、そうでない時は、素直に最大限社員を褒め、報いる。
そして、今回のトヨタのような、決して適切とは言い難い「メッセージ」発信の仕方には追随しない・・・。

常識的な日本企業には、そうあってほしい、と願っている。

*1:引き下げても「組合員平均」で120万円、というスケールの会社だから、ここ数年の上げ幅が大きすぎて調整した、というだけなのかもしれないけど。

”黒船”が救世主になる皮肉。

知財業界の中では、ひそかに囁かれていた話ではあったのだけど、いざ記事になったのを見るとやはり複雑な気分になる。
米ネットフリックスと日本のアニメ産業の「包括的業務提携」の話題。

「動画配信世界最大手の米ネットフリックスが、日本のアニメ産業で存在感を示してきた。2018~19年に国内のアニメ制作会社5社と包括提携し、オリジナルアニメの制作体制を整えた。制作会社は長期に作品を供給し、安定収入を確保できる利点がある。海外で評価されながら古い慣習が残る業界を変える転機になりそうだ。」
「ネットフリックスは世界各地でオリジナルコンテンツの制作に力を入れ、18年の制作・調達費用は85億ドル(約9180億円)にのぼる。作品ごとに制作会社と契約し配信する形式が一般的だ。だが今回、日本のアニメ会社とは包括的業務提携という形をとった。数年にわたり複数作品をネットフリックス向けに制作するのが条件で、「世界的にも極めて珍しい」(同社)提携という。ネットフリックス日本法人でアニメ事業を手がける沖浦泰斗・アニメディレクターは「良い制作会社とクリエーターは希少資源。魅力的な日本アニメを安定して配信できるようにしたい」と狙いを語る。」
「日本で一般的な「製作委員会方式」の運営方法や、それを軸とする商慣行にも一石を投じる。ネットフリックスと提携した制作会社の幹部は委員会方式は関係者が多く絡み作品への注文が多く、制作が決まるまで時間がかかる。ネットフリックス向けの作品は自由度が高い」と打ち明ける。」
日本経済新聞2019年6月12日付朝刊・第2面、強調筆者、以下同じ。)

この記事を読んだ自分の感想は、「なぜ、同じことを日本の会社がこれまでできなかったのか?」の一言に尽きる。

もちろん、自分も日本の「製作委員会」の商慣行に馴染んでいた人間だし、海のものとも山のものとも分からない作品の制作に全面的なリスクを取ることを嫌がる日本の多くの会社の体質は嫌というほど理解しているつもりである。
そして、自分自身、自社の関係会社が作品に出資する際のスキーム確認を求められた場合には、当然、「リスクヘッジ」を念頭に置いてコメントしてきた人間でもある。

ただ、「アニメは日本の宝。輸出できる最重要コンテンツだ!」という旗が振られ始めて久しいにもかかわらず、肝心の制作現場はどんどん疲弊している、という話を長らく聞かされていた中で、サービス開始時に〝黒船”と揶揄されたネットフリックスが、アニメ業界のホワイトナイトになっている、という話がこうやって大々的に喧伝されてしまうのは、やっぱり寂しいし、悔しい、の一言。

もしかしたら、記事に登場する日本のアニメ制作会社の関係者が”絶賛”している「包括的業務提携」の契約にも、実は非情なトラップが仕掛けられていて、数年たてば、発注者側から一方的な要求を押し付けられるとか、派生著作物に係る権利まで丸ごと持っていかれて、何かあった時には制作会社が残酷に切り捨てられるとか、そういった実態が露わになって、公取委が「関心を示す」事態になるのかもしれない。

だがそれでも、これまで日本の映像配信企業&広告代理店&スポンサーの各企業が単独では取れなかったリスクを、米国からやってきた創業から20年ちょっとの会社がとってしまっている、という事実は重く受け止めなければならないだろう。

今、日本では、一時期の「日本発のインターネットサービスを育てよう」という熱が醒め、欧州大陸の流行に乗って、「GAFA」に象徴される外から襲来した大型プラットフォーマーに規制の網をかける方向で政策の舵が切られようとしているが、実のところ、Amazonのおかげで売上が伸びて息を吹き返した会社なんて山のように存在するわけだし、他のプラットフォーマーに関しても、低い参入障壁と使い勝手の良いUIのおかげで、自前の展開や既存の国内媒体に依存した展開を行っていた時と比べると、飛躍的に売り上げにつながる効果を得られた、という話はよく耳にするところ。

”黒船”たちを牽制するために規制を強化した結果、彼らに手を引かれてしまうと、途端に日本国内の末端隅々の事業者が苦境に陥る・・・

日本がここ数年誇ってきたアニメ産業までそんなリアルな現実の中に組み込まれていくのだとすれば、それこそ政策的な選択肢は狭まってしまうわけで、個人的には「やられたらやり返せ!」の精神が絶対に必要だと思うところ。

そして、いつか、日本の中からも、思い切った資金投入ができ、登録者を強く引き付けるだけのコンテンツまで提供できるような会社が出てきたとき、初めて本当の「競争市場」が成立し、公取委の介入にも意味が出てくるような気がするのである。

忙しさ、の感覚

ここのところ、比較的ゆったりとした時間を過ごせていて、毎日、朝早くから混んだ電車に乗って同じところに行く必要もないし、夜の食事も、終電を気にすることなく普通の時間から食べられる*1
それでいて、やることはそれなりにあって、アウトプットもコンスタントには出しているから、「一日無為に過ごした」という感覚に襲われることも、今のところほとんどない。

数か月前までは、異常なテンポとスピードの中で生きていた。

午前中だけで打合せが2~3件入って、午後法律事務所に相談に行って戻った後にまた会議だの打ち合わせだの、が続いて、最後に部下社員が作った記録や契約書レビューの中身をチェックした上で、方針を指示、最後に上から落ちてきた宿題に応えるためのペーパーを作成し、気が付いたときには時計の針は限りなく「0時」に近づいている・・・。

心身ともにギリギリの状態で身を削って、当たり前のようにそんな日々を過ごしていたけど、その割には充実感が実に薄かったわけで、その後、しばらく在宅で仕事をさばいていた間の方が、効率もパフォーマンスもはるかに良かったのは言うまでもない。

もちろん、時間の流れが変わることのデメリット、というのは確実にあって、最近は、日に一度でも外出して打合せ、みたいな予定が入ると、”ああ忙しいなぁ”と、ちょっと前まではあり得ないような感覚に襲われるし、ましてや、午前、午後に打合せor会議、夜は会食、みたいな日にぶち当たろうものなら、とてつもなく忙しい一日、ということになってしまう。

この種の話に関しては、”慣れ”ていることが良い、というわけでは決してないのだが、やはり「忙しさ」というのは相対的な感覚なので、あまりにマイペースに仕事をしていると、世間の感覚からどんどんズレていくということは、肝に銘じておかないといけない。

ただ、雨の日も風の日も、会議や打合せがある日もない日も、毎日同じ職場に足を運んである程度の時間までそこにいないといけない、という「非効率」からは、そろそろ”世間”自体が脱却しないといけないんじゃないか、とも思うところで、たとえ「会社に行くだけで忙しい・・・」と感じる人が多数になる世の中になったとしても、その方が多くの人の幸福値を引き上げることになるんじゃないか、と思わずにはいられないのである。

以上、あくまで、今は一個人の主観に過ぎないが、後で振り返って、これが「10年後」を占うエントリーだった、ということになることを、心の中でひそかに願っている。

*1:お酒の入る会食の頻度が多すぎて、連日和洋中ヘビーローテーションみたいな状況になっているのが体に良いかどうかは別として。

「ガバナンス強化」は誰のため?

昨日、ちょうど場つなぎ的に、今年の3月期決算会社の株主総会に関するエントリーを書いたところだったのだが、今日になって、また滅多に聞かないような話が出てきた。

日産自動車が25日の株主総会で諮る経営改革案について、筆頭株主の仏ルノーが投票を棄権する意向を伝えていたことが分かった。統治機能の強化に向けて指名委員会等設置会社に移行する内容だが、ルノー出身の役員が要職に就いていないことに不満を持っているもようだ。」(日本経済新聞2019年6月10日付夕刊・第1面)

日産自動車が6月25日の第120回定時株主総会で、「第2号議案」として付議していたのが、「指名委員会等設置会社への移行」を意図した「定款一部変更の件」である。

そして参考書類には、「変更の理由」として、以下のような記載がなされていた。

元会長らによる一連の重大な『経営者不正』を踏まえ、当社は、平成30年12月に設置したガバナンス改善特別委員会から、ガバナンスの改善策及び将来にわたり事業活動を行っていくための基盤となる健全なガバナンス体制の在り方についての提言をまとめた報告書を受領いたしました。」
ガバナンス改善特別委員会の提言を踏まえた体制の構築は、当社にとって喫緊の課題であり、報告書の提言を踏まえ、当社は、明確な形で執行と監督・監査を分離することにより、意思決定の透明性を向上するとともに、迅速かつ機動的な業務執行を実行するため監査役会設置会社から指名委員会等設置会社に移行することといたしました。」(以下略、強調筆者)

これは言わずもがな、昨年から続くカルロス・ゴーン元会長らの逮捕勾留、起訴、そして4月の臨時株主総会での取締役解任という大きな流れを踏まえた提案である。

そして、これを受けて付議される第3号議案では、選任される取締役11名のうち、日産の西川社長兼CEO、山内COOと、筆頭株主であるルノーのジャンドミニク スナール会長、ティエリー ボロレCEOの4名を除く7名が社外取締役かつ独立役員、という構成になっており、前年度末時点で11名中3名(監査役を含めても15名中6名)と過半数に満たなかった「社外」役員が実に6割強を占める陣容へと、大きく変わることが予定されている。

これら一連の「改革」は、「監督と執行の分離」&「『社外』役員の登用」こそが企業統治強化につながる!という考え方*1が根強い日本では、まさに理想的なものとして評価されるべきものとなるはずだった。

ところが、総会2週間前、というタイミングで、大株主ルノーが、第2号議案に対して事実上の拒否権を発動を示唆する、という驚愕の事態発生・・・。

ここからはあくまで憶測だが、おそらく日産としては、独立社外取締役による企業統治を貫徹するため、既にリリース*2されている取締役会議長のポストだけでなく、指名、報酬、監査の3委員会のトップにも独立社外取締役を据えようとしたのだろうし、それに対して、ルノー側が「日産が新たに設置する指名・監査・報酬の3委員会で、ルノー出身で取締役に就く予定のスナール氏とティエリー・ボロレCEOの2役員が要職に就いていないなどと不満を示し」(同上)たことが、今回の動きの背景にあるのだろうと思われる。

日産が今日付で出したリリース*3では、「一部メディア」の報道に関し、

「本件、ルノーからそれに関する書簡が届いたことは事実です。」

とストレートに認めた上で*4、「ガバナンス改善特別委員会」での議論の経緯等を紹介し、その上で、

「その後、同委員会からの提言をもとに、指名委員会等設置会社に移行することを当社取締役会において全会一致で決議しています。」
「取締役会の中には、ルノー指名による代表者も加わり、議論を尽くし、取締役全員が賛同していただいていたにもかかわらず、ルノーからこのような意向が示されたことは大変な驚きであります。」
「今回のルノーの意向は、コーポレートガバナンス強化の動きに完全に逆行するものであり、誠に遺憾です。」
(強調筆者、以下同じ。)

と、これまたかなり強いトーンで驚愕と遺憾の意を示している。

確かに、4月の臨時株主総会で西川社長の話を聞いたときも、出席した多くの株主は、今回付議されている方向での「統治改革」が既定路線になっていると受け止めたはずだし*5、それを〝何で今更ちゃぶ台ひっくり返すんだ!”というのが、日産の現経営陣の素直な感情なのだろう。

そして、自分も同じ立場なら、当然、同じ感情を抱くことになると思うだけれど・・・

*1:この考え方に対しては自分は非常に懐疑的なのだが、それはまた改めて別の機会に論じてみることにしたい。

*2:コーポレート・ガバナンス体制強化について - 日産自動車ニュースルーム

*3:ルノーによる当社株主総会での一部議案決議棄権に関する報道について - 日産自動車ニュースルーム

*4:ここまでストレートに報道内容を認めるプレスリリース、というのもなかなか珍しいな、と個人的には思うところ。

*5:日産自動車臨時株主総会に出席して~「カルロス・ゴーン時代」の終焉とその先にあるもの。 - 企業法務戦士の雑感も参照。

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