それぞれのストーリーが完結した日。

夏の全国高校野球選手権決勝、「大阪代表の履正社が星稜に勝った」と聞いた時点で「何か」が起きそうな気がしたのだが、やっぱり起きたようだ。

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もしかしたら、今大会に入ってからメディアが作ってきたストーリーや、この日の実況中継の流れの中には、「星稜のエース・奥川恭伸投手を取り巻く物語」がかなり色濃く登場していたのかもしれないし、「エースの力投で石川県勢が悲願の初優勝!」というシナリオが崩れて甲子園に微妙な空気が流れていた、というような状況があったのかもしれない。

だから、それまでに作られてきた”ストーリー”の流れの中で現場にいたインタビュアーにとっては、「奥川(恭伸)投手はすごいピッチャーでしたか?」という質問とか、「相手も素晴らしい決勝戦を戦ってくれました、星稜高校もぜひ褒めてあげて下さい」という質問もごく自然に出てきたもので、同時に、それまでの流れを全部追いかけていた視聴者の中には、そこに共感した方も少なからずいた可能性はある。

だが、そういった「作られた文脈」から切り離されたところにいる普通の視聴者(や、そもそも試合自体見ていなかった自分のような者)が、ここでのインタビュアーと選手との一問一答を冷静に眺めれば、やっぱり違和感は抱かざるを得ないし、これだけの批判が出てくる方が、むしろ健全

思えば、出場校のレベルの高さ、選手層の厚さゆえに、そうでなくても、”ヒール”役になりやすいのが大阪勢で、特に「プロレベルの選手を揃えた常連校」が「一人エースの地方公立校」と戦った昨年の大会などは、優勝した大阪桐蔭の側に、気の毒なくらいの逆風が吹いていた*1

今年はどちらも私立校ではあったものの、大会前から注目を浴びていたのは今大会頭一つ抜けた存在だった奥川投手だったし、「星稜」という校名を聞くと、

山際淳司が描いた箕島高校戦での延長18回サヨナラ負け*2
明徳義塾戦での松井秀喜選手全打席敬遠。
・さらにその数年後、2年生エース・山本省吾投手を擁して勝ち上がった決勝戦での惜敗*3

と、何となく悲劇性を帯びたエピソードを思い出す人も多い*4から、やっぱり応援の声は、「大阪府代表」の履正社よりは星稜の方に向く。

でも、日経紙の今朝の朝刊等でも取り上げられていたように、決勝で勝ったチームにも、当然、涙なしには語れない歴史があるわけで・・・。

「大阪福島商から履正社に校名変更した4年後の1987年、監督に就任した。当初は部員が11人で、うち3人は卓球部などと掛け持ち。「学校の名前すら知られておらず、どこにいっても相手にしてもらえなかった」そこからT―岡田(現オリックス)、山田哲人(現ヤクルト)らの入学で少しずつチーム力を上げ、ついに成し遂げた春夏通じて初の全国制覇に「夢のよう」。33年の労苦が報われ、万感の面持ちだった。」(日本経済新聞2019年8月23日付朝刊・第37面、強調筆者、以下同じ。)

春の選抜で2度の準優勝を誇りながら、「1つ」しか枠のない夏の甲子園にはこれまでわずか4度しか出場できていない*5、そんな厳しい環境の下で選手たちが己を磨き上げ、頂点にたどり着いたのだから、それを褒めたたえずに何を称えろというのか*6


スポーツでも映画でも演劇でも、背景にあるストーリーを知って観た方が、目の前で起きていることを数段奥深く味わうことができるのは間違いないし、それを分かりやすく伝えるのがメディアの役目でもある。

ただ、そういったストーリーは、そこにいる競技者、演者の数だけ存在するのであって、(どれを優先的に伝えるかはメディア側の自由だとしても)どれか一つのストーリーだけ切り取って、別のストーリーを持っている「当事者」に押し付けるのはちょっと違うし、競技そのものを超えたストーリーの補強を「当事者」に求めるのであれば*7、その当事者にふさわしいストーリーを持ってこないと、当事者本人に対しても、本人を支える人、応援する人に対しても非常に失礼なことになってしまう

その意味で、この先、ラグビーのW杯や、来年のオリンピック・パラリンピックと、大きなスポーツイベントが迫っている中、今回のような問題が指摘された、ということには意義があるのではないだろうか。

そして、こと、今年の決勝戦に関して言えば、どちらの側からのストーリーを描いていた人々にとっても十分満足できるような実力伯仲の好試合だった、ということで、率直に両校の選手と関係者を称えるのが一番素直な態度ではないのかな、と思った次第である。

*1:結果的には、むしろ「痛快」なまでの実力差を示して春夏連覇の偉業を達成してくれたわけだが・・・。k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*2:自分はこの試合をリアルで見た世代ではないが、山際淳司さんの作品を初めて読んだ時、同じ短編集に収められている「江夏の21球」より、こちらの作品(「八月のカクテル光線」)の方に強い印象を受けた記憶がある。

スローカーブを、もう一球 (角川文庫)

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*3:ちなみに、あの頃はちょうど北陸を旅行していて、敦賀気比と星稜がベスト4まで勝ち上がっていたこともあって、地元は想像を絶する盛り上がりを見せていた。

*4:箕島高校はともかく、90年代に敗れた相手(明徳義塾、帝京)がいずれも甲子園常連で、ヒール性が強い学校だった、ということも、星稜の人気を後押ししている面はあるような気がする。星稜高校とて、地元では「甲子園常連」の私立高校ではあるのだけど。

*5:そもそも春のセンバツで準優勝した2014年、2017年のいずれも夏の大会の大阪府代表は大阪桐蔭高校で、甲子園に戻ってくるチャンスすら与えられなかったのだ。

*6:あとで映像を見たのだが、井上広大外野手が放ったスリーランホームランも実に見事なものだった。奥川投手に連戦の疲れがあったのは確かだろうが、それを差し引いても、あの一打でプロへの切符は掴めたような気がする。

*7:それ自体、個人的にはあまり好きではない手法ではあるのだが・・・。

気候区分の変化を感じさせる肌感覚。

一昨日、昨今の「東京オリンピックをこんな暑い東京でやって大丈夫なのか?」というネタに反応したエントリーを書いたら、思いのほかリアクションがあったのだが、そういえば、と思い当たることがあって・・・。

ここ数年に比べると短い今年の夏だが、今週は夕方になってから激しい雨に祟られる日々が続き、木曜日は夕方の雨こそなかったものの朝からまとわりつくような湿気。

ちょっと前までは、この季節に急に振り出す雨のことをみんな「ゲリラ豪雨」と呼んでいて、遡るとこのブログにも、2008年くらいに流行り始めた言葉なんだろうな、ということを彷彿させるエントリーが残っているのだが*1、最近は、そんな言葉すら聞かないくらい、夕方の豪雨は当たり前の夏の風物詩になった。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

で、今週に入って何日かこの感覚を味わっているうちに思い出したのが、初めて東南アジアの地に足を踏み入れた夏のこと。

ホーチミンは、道を埋め尽くすバイクの波に気おされてしまうような活気にあふれた街だったが、滞在中は常に雨が降った。
それも、半端ではないレベルの・・・。

その時知ったのは、土砂降りの中、それでも傘を差して道を歩く、というのが決して世界の一般的なプラクティスではない、ということ*2
そして、これが本当の「スコール」ってやつなのか・・・ということだった。

突然の雨が降り出す前の、何とも形容しがたい感覚とともに刻まれた記憶。

その後数年のうちに、クアラルンプールでも、ムンバイでも同じような経験をして、だんだん慣れてしまったところはあるのだけれど、それでも当時は、”日本では味わえない”感覚だったのは間違いなくって、「ゲリラ豪雨、と言っても、本物のスコールに比べたらね・・・」と思っていたところはあったのだが、あれから6年くらい経って、なぜか、日本の、それも東京のど真ん中で味わっている不思議なデジャブ・・・

自分は忘れっぽい人間だから、毎年同じように繰り返される夏の一日一日の「肌感覚」を数年前まで遡って正確に思い出す、なんてことは到底できない。
だから、自分のブログに10年以上前から残されている「暑い!」という叫びが、今感じているそれと同じなのか違うのか、ということも、公式記録として残っている気温とか湿度で比べて推し量るしかないし(そして、それだけ見ても、ここ数年の間だけでそんなに大きな変化が出ている、とまでは言えない)、世の中の多くの人がおそらく同じような感覚で、「暑いのは今に始まったことではない」と感じているのではないかと思う。

ただ、国境を超えて味わった、極めて主観的な「肌感覚」を物差しに今と昔を比べると、五輪誘致に向けて関係者が奔走していた5~6年くらい前の東京と今の東京とでは、やっぱり気候がさらに一段異質な変化を遂げているような気がして・・・。

もちろん、だからといって、招致活動当時に夏の東京を”mild weather”と表現することが妥当だった、というつもりはないし、「肌感覚」のレベルで気候が変わっていたとしてそれが何なんだ!という突っ込みはあるのかもしれないけど*31年後、更にスケールアップした「本物のスコール」が、「酷暑」以上に競技日程に影響を与え、関係者やボランティア、観戦者を撹乱する可能性は十分にあること、そして、そろそろ真面目な東京人も「雨が降ろうが、風が吹こうが・・・」的な発想から、南国熱帯の人々に倣って頭を切り替えた方がいいんじゃないか、ということは、今のうちに書き残しておくことにしたい*4

Squall

Squall

ちなみに、自分の中で「スコール」といえば、永遠にこの曲である。
福山雅治バージョンも嫌いではないが、やっぱりこっちかな、と)

*1:ちなみに、「ゲリラ豪雨」は、この年の流行語大賞トップ10にも選ばれていたようだ(歳末の風物詩 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。10年以上前の「流行語」なんて、もはや博物館に飾られるレベルの”古語”なのだけど、他のフレーズに比べればまだ生き残っている方なのかもしれない)。

*2:雨が降り始めたら誰もが足を止め、商店の軒先やビルの中にたむろして、ムンムンした熱気の中、誰彼となく雨が止むまでひたすらおしゃべりに興じる、という光景は当時かなり新鮮だった。

*3:時代に合わせてオフィス環境も空調も進化するから、多くの勤労者には関係ない話、と言えばそれまでである。

*4:これも人間の性なのか、「ノストラダムス」的な「絶対にありえないだろう」という類の予言は皆躊躇せず口にするのに、ちょっとした(でも結構インパクトのある)身近な変化は、誰か偉い人(?)が明確に宣言するまでは積極的に認めようとはしない、という傾向があるような気がして。もう日本は「温暖湿潤気候」じゃないんだよ、という事実すら、オフィシャルには誰もまだ認めていないんだよな・・・と。

「無期転換認定第1号」事案から考えさせられること。

長らく「2018年問題」として業界の一部では話題になっていた話ではあったのだが、まさかこんな時期に、こんな形で「認定第1号」事案が世に公表されるとは・・・。

契約社員だった客室乗務員(CA)の女性3人が、労働契約法上の「無期転換ルール」に基づき、無期雇用契約に転換するとの申し入れを拒否され雇い止めにあったのは無効として、KLMオランダ航空に職場復帰を求めた労働審判で、東京地裁が無期転換の成立と雇用継続を認める判断をしたことが、21日までに分かった。3人が加入する労働組合が明らかにした。言い渡しは19日付。」(日本経済新聞2019年8月21日付夕刊第12面)

政権交代」前の平成24年8月に成立した改正労働契約法によって導入された「無期労働契約転換ルール」*1

このルールを定めた労働契約法18条の施行日が平成25年4月1日で、よくある「1年単位の有期契約の更新」の場合、淡々と平成30年まで契約を更新し、さらに漫然と「平成30年4月1日から1年の有期雇用契約」を締結してしまうと、その時点で有期契約労働者の側に無期転換を申し込むことができる権利が発生する、ということで、出てきたのが「2018年問題」というフレーズだった。

もちろん、大手企業の人事労務系の世界の人々が、そんな”漫然”とした対応をするはずはない*2、加えてここ数年は労働契約法改正時の世相とはうって変わっての好景気。
人手不足のリスクを恐れた企業サイドが「優秀な契約社員の囲い込み」に走ったこともあって、(少なくとも大手企業においては)「2018年問題」は幻に終わった・・・というのが巷の評価だったように思われるのだが*3、そこで出てきた「2019年認定第1号事件」

記事によれば、KLMオランダ航空が申込権を行使した契約社員と締結していたキャビンアテンダントとしての契約は、あくまで「2年+3年」だったようだが、それに先行する「約2か月」の訓練期間の契約との間に「有期労働契約」としての連続性を認めるかどうかについての会社側と契約社員側との評価の違いが、上記のようなドラスティックな結論を招く原因になったのだろうと思われる。

認められた法律構成によれば、2016年5月の契約更新の時点から行うことができたはずの「無期転換申し込み」が「今年1月」というタイミングになった背景に何があるのか、等々、気になるところはいろいろあるし、今回の結論はあくまで「労働審判」として出されたものであって、判決ではないので、会社からの異議申立て一本でリセットされる可能性は極めて高いだろう。

ただ、CAの社員たちが採用された2014年とはうって変わって、景気の波に乗って日本便の需要好調、というのはKLM航空とて同じようで*4、そのような状況で「5年の経験を積んだCAを雇止めする」というのは、(いかなる理由があったとしても)会社にとってはそれなりに痛手だったはず。

需要の繁閑が大きく、過去には路線撤退による整理解雇事件(ヴァリグ航空など)が起きたこともあるシビアな外資系航空会社の世界だけに、会社側にもそれなりの算段があってのことなのかもしれないけれど、今回の労働審判廷の判断の(法的観点からの)最終的な決着とともに、この判断を会社がどう消化するのか?ということにも目を向けられれば、と思っている。

*1:労働契約法の改正について~有期労働契約の新しいルールができました~参照。その後、現政権下で制定された特別措置法により、一部例外が設けられたが、労働契約法上の原則的な規定は現在に至るまで維持されている。

*2:施行直後の企業サイドの動きに関しては以下参照。k-houmu-sensi2005.hatenablog.com また、経営法曹側からもたびたび警鐘はならされていた。k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*3:もちろん、経営者側が弁護士どころか社労士のまっとうなアドバイスすら受けられる環境になく、労働者側にも十分知識が浸透していないような状況にある中小企業等で、契約が”漫然”と更新されていたり、「気付かれるまで放っておこう」的な発想で5年超の契約更新が引き続きなされていたりする事例があることも否定するつもりは全くない。そもそも「会社にとって欠かせない存在になっている有期雇用契約の社員」と、「one of them の存在に過ぎず紙一枚でどこで何をやらされるか分からない無期雇用契約の社員」のどちらが幸福なのか?という議論はかねてからあるところだし。

*4:成田-アムステルダム便を夏季ダイヤで週10便に増便する、というニュースも。KLMオランダ航空、2019年夏期スケジュールで成田 - アムステルダム路線を週7便から10便に増便 - SankeiBiz(サンケイビズ)

「立候補ファイル」を美しく作り過ぎたツケ。

政治家でも、採用面接を受けに来る学生でも何でも、誰かに「選んで」もらおうとするときには、「自分をいかに美しく見せるか」ということに心を砕くのは当たり前、と言えば当たり前なのだが、

「選ばれる前に”誇張”して書いた(言った)ことのツケは、選ばれた後に回ってくる。」

というのもまた自明の理。

そして、2020東京五輪まで一年を切った今になって、徐々にいろんな話が出始めている。

東京五輪の招致委員会が「温暖で理想的な気候」としていた東京の夏は、猛烈な暑さだった。各競技団体や選手は今夏、テスト大会で様々な「暑さ対策」を講じ、1年後の本番に備えているが、開始時間やコースの変更を求める声もあがっている。」(朝日新聞デジタル・2019年8月19日13時30分配信、強調筆者、以下同じ。)

「夏の東京が、世界的に見ても常軌を逸した暑さだ」なんてことは、招致活動が正式にスタートした2013年の時点で分かっていたことで、いくら「現地視察」が行われた時期がまぁまぁいい季節(3月上旬)だったからといっても、最終的に責任を負うべきは「それでも選んだ」IOCの委員だろ!と開き直るのは簡単。

しかも、ブエノスアイレスで東京が争った相手は、イスタンブールマドリッドで、7~8月のマドリッドの直射日光は東京以上に体に突き刺さるし、イスタンブールもこの時期の気候は決して”穏やか”とは言えないから、オリンピック・パラリンピックの開催時期を「7月15日から8月31日まで」と指定してきたIOCが悪いんじゃい!という突っ込みも当然あり得るだろう*1

でもやっぱり、立候補ファイル(TOKYO 2020 : DISCOVER TOMORROW)*2に、

”With many days of mild and sunny weather, this period provides an ideal climate for athletes to perform at their best

とまで書いてしまったら、何かあるたびにあれこれ言われるのは分かり切っているわけで・・・。

既に2014年の時点で、この文言を引き合いに出して「ありえねーよ」と指摘している英文紙の記事等が出ているし*3、昨年の夏も、その前の夏も、警鐘を鳴らしていた心ある人はたくさんいたはずなのに、もう引き返せない今のタイミングになって大手国内メディアが騒ぎ出す、というのがなんとも日本らしいと言えば”らしい”現象なのだけど、もうこうなったら、最先端の技術を結集させて、屋外競技の会場に強力なミストを展開するか、それが間に合わないなら、どこかから「逆・天気の子」を連れてくるしかなかろう・・・と*4

冗談はともかく、東京で「この時期」にオリンピック・パラリンピックを開催することになったツケを、参加するアスリートや善意で協力しているボランティアスタッフが払わされるようなことだけはないようにしてほしいものだなぁ、と思わずにはいられない。


なお、本ブログ読者の方であれば、この立候補ファイルの7.3章の「Preventing ambush marketing」に関して、招致委員会が、

”The rights of the IOC, TOCOG and their partners are duly protected under existing laws"

と大見えを切ってしまった、ということもよくよくご存じのことであろう。

確かに、日本には商標法も著作権法不正競争防止法もあるのだけれど、五輪のトップスポンサーが口うるさく唱えている”広義のアンブッシュマーケティング”を規制する法律などどこにも存在しないし、むしろ、「五輪」の名称もシンボルマークも使わずに、大会を連想させる”暗喩”や”パロディ”でムードを盛り上げる、というのは、鳥獣戯画の例を引くまでもなく、とってもユーモア好きな日本人がかねてから得意とする表現手法であって、禁止されるべきでないのはもちろんのこと、表現の自由の下で保護すべき、という話でもある。

この点に関しては、立候補時に招致委が「IOCの問いに対してあえて”すれ違い”の回答をする」ことでその場を乗り切った、という前向きな評価もできなくはないところだが、最上位に君臨する世界的なスポンサー企業にとってこれは、期間中の気候よりも、選手やボランティアの健康よりも何よりも、関心の強い話。しかも、ユーモア以上に「忖度」が大好きな人々も多いこの国では、スポンサーが声を上げる前に組織委やその裏にいる広告代理店がいろいろとちょっかいを出してくる。

この先大会が近付くにつれて、大会への批判と同じくらいの勢いで、善良な市民や商店主に「過剰な自制」を促す”広報”が展開されることも予想されるところではあるが、「法律で明確に禁止されていないことは、人々の心のままに。」というのが表現行為に対する規律の大原則なのだから、くれぐれも「立候補ファイル」での美しすぎる公約を盾にコカ・コーラやアリババへの「忖度」を求めるような真似はしないでほしいなぁ・・・というのが、開催国の一市民としての切なる願いである*5

*1:当初立候補申請をしていたドーハはこれで事実上開催が不可能になったわけだし・・・。そして、今思うと、最終候補には残れなかったがアゼルバイジャンのバクーが気候面からみると一番の開催地だったな・・・と思わずにはいられない。かの地で過ごした夏は本当に快適だった。

*2:https://library.olympic.org/Default/doc/SYRACUSE/70447/tokyo-2020-discover-tomorrow-tokyo-2020-olympic-games-bid-committee?_lg=en-GBより。

*3:www.japantimes.co.jp参照。

*4:なお、個人的にはこの2.1章に出てくる次の”As the Games will coincide with the summer holiday season in Japan, the demand on public transport and roads will be eased and it will be easier for many people, including volunteers and children, to be involved in the Games. ”というフレーズも非常に腹立たしくて、少なくとも7月の間に優雅に「夏休み」が取れるのは学生だけ。宮仕えの勤労者は「五輪の練習」と称して、今年の夏、在宅ワークを強制させられているような状況だけに、つじつま合わせにもほどがある、と思ってしまう。

*5:このテーマに関しては、昨年、日商と東商の連名で「アンブッシュマーケティング(便乗商法・便乗広告)の制限に関する意見」というのが出ていて(https://www.jcci.or.jp/chiiki/180314_ambush.pdf)、ホント仰るとおり!、と個人的には思っているところである。2020年は、久々にアンブッシュ規制の特別法がない状況下で開催される五輪になりそうな気配だけに、世界を痛快に笑わせるような非スポンサー企業によるマーケティングを期待したいところなのだが・・・。

再びの日常と、まとわりつく熱波と。

ということで帰京。

飛行機が羽田に着くときに、
「今日の最高気温は28度、過ごしやすい天候となっておりますが・・・」
という感じのアナウンスが流れてオッと思ったのだが、問題なのは、気温以上に湿度そして「狭い街にたくさんの人」というゴミゴミ感。
残念ながら相対的に不快指数が高い、という状況に何ら変わりはなかった。

そして、戻ってきた日常。


引き続き、時期をずらして夏休みを取ってあちこちに出かけている方々の情報にもチラホラ接する上に、商魂たくましいBooking.comが、

「香港の直前割引が可能です!」

という悪魔のようなセールスメールを送り付けてきたりするものだから、思わず飛びつきたい衝動に襲われたりもするのだけれど*1、この季節、赤道に近づいて良いことは何一つない、と自分に言い聞かせ、今夏追加投入したハンディ扇風機(↓)を片手に、熱波をもう一山、乗り切れれば、と思っている。

*1:とはいえ、送られてきた中身を見ると、この時期にリスクを冒してでも行きたくなるほどの価格設定ではない。何事も現地で自分の目で確かめる、ということは大事だと思うので、この時期だからこそ行って現地の人に話聞いてくる、という判断はあり得るし、どこまでの日常が維持されていて、どこからが”非日常”になっているのか、ということをちゃんと確かめて伝えることの意義もあると思っている。ただ、その辺はいずれ仕事に絡めて行く機会も出てきそうなので、今ではないかな、と・・・。

勝手に連動企画?(その4)

この企画もとうとう最終日。

刺激的な時間があっという間に過ぎていってしまう、というのは世の常ではあるのだけれど、終わりに近づくにつれ一分一秒が惜しいなぁ、と思える機会はそうないもので、何年かぶりにそんなデジャヴを味わって、ちょっとした虚脱感に陥っているところでもある・・・。

店舗等デザイン・営業形態の保護

この分野に関しては、以前の仕事柄、店舗外観にしても内装にしても「一定の範囲で保護される余地は認めてほしい。でも、あまりに軽々しく認められて紛争の嵐になっても困るよね・・・」という立場で長く関わっていたこともあり、昔のエントリーもそれなりに残っている*1

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残念なことに、コメダコーヒーの事件に関しては、ニュースに飛びついた後のフォローをしていなかったことに今更ながら気付いてしまったのだが、不正競争防止法という法律のバランスの良さを改めて見直した意義ある決定だったことは間違いないと思っている。

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なお、立体商標の話や、意匠法の話に関しては前日までのエントリーと重複するので割愛するが、初日には出てこなかった「ひよ子」事件の過去エントリー*2を上げておくことにしたい。

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平成30年不正競争防止法改正

著作権法改正や意匠法改正より早いタイミングで出来上がった改正法だったのに、話自体がポッと出てきたもの、という印象が強くて、このテーマに関しては表面的なところしか追いかけていなかったなぁ、と深く反省しているところ。

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経緯等を改めて伺っても、法改正に対する自分の評価は実のところあまり変わらないのだけど、せめてガイドラインくらいは、もう少し一つ一つのフレーズを噛み締めながら読み直さないといけないな、と思った次第*3


以上、この4日間、(偶然の産物とはいえ)昔のエントリーを掘り返してきたが、結果的に自分自身の暫しのブランクを多少は取り戻すこともできたような気がするし、過去に直感的(衝動的?)に書き残したことを第三者の先生方が精緻に分析された内容をふまえて客観的に見つめ直す、というでも非常に良い機会だったかな、と思っている。

このセミナー自体、振り返ればもう10年*4

貴重な機会を提供し続けてくださっている関係者の皆様のご尽力への心からの感謝の思いと、「東京から新幹線一本で行ける夏が来るまで続いていてほしい」という思いを込めて、本企画の締めとさせていただければ幸いである。

*1:それなりに、といっても今日紹介された2件くらいしかネタになる裁判例はなかった。それ以前の国内裁判例が皆無で、2007年以前に「トレード・ドレス」で修論を書くハードルは非常に高かったから、2件だけでも羨ましいな、と思いながら当時はエントリーをアップしていたのだが。

*2:言い訳だが、この頃はまだ裁判例紹介のスタイルが確立されていないので、自分で眺めてもちょっと読みにくい・・・。

*3:なお、「年報知的財産法」は掛け値なしに良い資料文献なので、是非ご購読を・・・。

*4:2009年当時のエントリーが残っているのでご紹介(https://k-houmu-sensi2005.hatenablog.com/entry/20090719/1247972087)。正直に白状すると、この頃はちょうど仕事を離れていた時期で、毎月家計は火の車。旅費と滞在費を出すと干上がるくらい余裕のない時期だったこともあり、記念すべき第一回(5日10コマ、今以上にすごいスケール・・・)の参加を断念した・・・(もちろん、それ以前に有給休暇という概念もなかった時期だった、ということも大きかったのだが)というオチもある。それを考えたら今は何と幸せなことか。

勝手に連動企画?(その3)

今日は「意匠法デー」だった。
この話も遡ること7年くらい前から、散々火花が散った末に、実務を知悉するほとんどの企業実務者が歓迎しない方向に押し切られた、という印象が強いテーマではあるのだけれど、心ある有識者の先生方が残してくれた「歯止め」が機能してくれることを願うほかない。

平成31年意匠法改正

始まったあたりのエントリー。
この頃は特許庁と「団交」することもしばしば。

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そして、昨年の「デザイン経営」報告書が出た頃のエントリーがこちら。

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その後の動きが急すぎて、ついていけてなかったところはあるのだけど、「企業戦略においてデザインを重視することも大事」という大義名分(このこと自体には誰も反対しない。自分も新サービスのUIとか新店舗のパース図面には人一倍口を出してたし・・・)の前で、余りに不釣り合いな制度改正が世の中に新たな不安定要素を持ち込まないことを今は願うのみである。

ファッションロー

あまり自覚はしてなかったのだけど、振り返るとそこそこ取り上げてはいたようで。

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自分は、この手の流行り廃りのある業界では、不正競争防止法2条1項3号に勝るツールはないと思っているし、今なら著作権も使えるし、周知著名なデザインなら商標権で、ということで、ここでも意匠法を持ち出す話にはならない(そしてそんなことはその業界の方々が一番わかっている)と思うわけだが・・・。

なお、ファッションよりさらに守備範囲の広い企画だったが、BLJ黄金期の特集企画も懐かしく思い出される。

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台風も過ぎ、ようやく当地の夏が戻ってきたところで、あと一日。
最後の最後まで、楽しみはまだまだ続く。