6月19日の前か後か、それが本当に問題、なのか?

これまでの1,2か月、仕事で一息ついた後にカフェに行き、冷たいコーヒーを一杯注文したものの、それまでの感覚だと「閉店」するにはあまりに早いタイミングで店員さんに声をかけられて(あるいは店内に大音量で流れる「蛍の光」に追い立てられて・・・)、思索にふける間もなく慌ただしく撤収、という日々を繰り返してきた。

だから、今日もちょっと早めに仕事を切り上げて、”いつものペース”でせわしなく飲んで、慌ただしく店を出る準備をしていたのだけど、そこで流れるはずの音楽は流れず、店員さんに声をかけられることもない・・・。

そうか、これが「緊急事態宣言が明けた」ということなんだ、と実感した中途半端な週の初め、火曜日の夜だった。

もちろん、昨日のエントリーでも書いた通り、どこに行ってもまだまだ人通りは少なく、閉まっていた店舗もタイミングを見ながらおそるおそる、という状況だから、「1席飛ばし」をしているカフェでも席にありつけない、という事態にまではまだなっていないのだけど、そのうち、街中が”飲食店難民”であふれることになってしまうんじゃないか、というのが当座の心配だったりもする。

示された「移行期間」の微妙な線引き

さて、出た時点ではちゃんと資料に目を通していなかったのだが、昨日、令和2年5月25日付で「緊急事態解除宣言」と同時にリリースされたのが、各都道府県知事宛ての「移行期間における都道府県の対応について」という事務連絡文書である。

https://corona.go.jp/news/pdf/ikoukikan_taiou_0525.pdf

この文書には、外出自粛や催物(イベント等)の開催制限、施設の使用制限等に関し、各都道府県が今後の取り組みにおいて留意すべき事項が記されているのだが、そこで意図されている「段階的緩和」の時期的な目安となっているのが、3つのステップに分けられた「移行期間」

そして、このステップは概ね3週間刻みで設定されており、文書の表現をそのまま借りると、

・ステップ① 5月25日~ 
・ステップ② 6月19日~
・ステップ③ 7月10日~
・移行期間後 (感染状況を見つつ、)8月1日を目途

という表現になっている。

これが東京都知事の「休業要請の段階的緩和」という話につながっているし、プロ野球の開幕日程決定、という話ともつながるのだが、自分は、やはり、この「6月19日」という、どことなく中途半端な日付が気になって仕方なかった。

www.nikkei.com

おそらく今年も6月11日のトヨタ自動車あたりからニュースになり始め、15日の週から連日10社、20社、数十社、と続々と開催されていく定時株主総会

そのシーズンのまさにど真ん中に位置する、この「6月19日」という日付。

興味深いことに、先に都道府県知事宛ての連絡文書の別紙では、「イベント開催制限の段階的緩和の目安」として、以下のような数字が挙げられている。

ステップ① 5月25日~ 屋内 収容率50%以内 又は人数上限100人 の小さい方
ステップ② 6月19日~ 屋内 収容率50%以内 又は人数上限1,000人 の小さい方
・ステップ③ 7月10日~ 屋内 収容率50%以内 又は 人数上限5,000人 の小さい方
・移行期間後 8月1日目途~ 屋内 収容率50%以内(人数上限なし) の小さい方

「100人」と「1,000人」の違いは実に大きい。

そんなに目立たない会社であれば、東証一部上場の会社でも出席株主が100名に満たない総会は決して珍しくことではないのだが、逆にそういう会社が、わざわざ200人以上収容できるような「ハコ」をあらかじめ用意していることは少ないから、上の目安を遵守しようとすれば、より少ない人数を「上限」として策を講じないといけなくなることも考えられる。

逆に、BtoCビジネスで、株価が上がっても下がっても株を持ち続けるような熱心な株主が多い会社だと、「100人」のキャパは、動員するスタッフと社員株主だけで優に超えてしまいそうだし、いつもの年なら「1,000人」ですら「上限」とするにはあまりに過酷な状況になってしまうだろう。

もちろん、これまで3月~5月に行われた定時株主総会においては、「お土産の廃止を目立つ形で周知する」「招集通知に『来場はお控えください』と太文字で書く」「招集通知を送付した後にさらに『書面or電子での議決権行使のお願い』ハガキを送る」「事前登録制を採用する or 当日の来場後の『抽選』を予告し、わざわざ足を運んでも入れないかもしれませんよ、と念押しする」等々、事務局があの手この手で涙ぐましい努力をした結果、大幅に来場株主数を減らすことができた会社もあった。

だが、それも、感染判明者数の急激な増加や、「緊急事態宣言」という”非常時”を知らせるお告げの追い風があってこそのことで、既に世の中が雪解けモードになり、これまで「自粛」を強く求めてきた政府、自治体ですら、「さぁ町へ出よう」的な方向に政策の旗印を向け始めた今、過去数か月の成功事例がそのまま通用するかどうかは何とも言えないところがある、と自分は思っている。

あくまで「目安」は目安でしかなく、ここに書かれた「限度」を超えた株主を会場に収容したところで、総会決議に取消事由あり、となるわけでは全くないのだけれど、事務方にしてみれば、そうでなくても緊張感が張り詰めた総会の場で、”絡まれる”要素が増えた、というだけでもなかなか苦しいものがあるわけで・・・。

加えて、たまたま6月3週目の「金曜日」を選択した会社*1と、その前日の「木曜日」を選択した会社*2との間の「たった1日」で、キャパ900人分の差異が生まれるのかと思うと、何ともやるせない気分になってしまう。

*1:前記日経紙の集計によると、6月19日に定時総会の開催を予定している会社は150社超に上る。

*2:これも前記日経紙の集計によると、6月18日に定時総会の開催を予定している会社は60社弱存在する。

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本当に大変なのは、ここからだと思う。

先週の後半くらいから既定路線になっていた「全都道府県での緊急事態宣言解除」が、遂に現実のものとなり、これで、いよいよ経済活動本格再開!とばかりに、市場などはかなり浮足立ったムードになっているようなのだけど・・・。

現実には、「売り上げが立ちさえすれば何とかなる」という一部の個人経営のお店を除き、飲食店や嗜好系の小売店に関しては、「営業再開後」の方が、オペレーション上も収支のやりくりの上でも、遥かに難しい舵取りを強いられる事業者が多いのではないかと思う。

営業を再開すれば当然仕入れも発生するし、人件費も光熱費もかかる。どんなに売り上げが落ちていても、もう雇用調整助成金を足しにすることはできない上に、店を開けているからには家主に賃料減免を求めるのもたやすいことではなくなってくる。

元々のビジネスモデルの中でどの程度の粗利を確保できているかにもよるだろうが、すぐに客の入りが「元通り」になることは到底見込めない以上、しばらくは”持ち出し”の状況で、人繰りにも苦労しながら営業を続けていかざるを得ないし、その過程でクラスタでも発生しようものなら、再び休業を余儀なくされて多大なロスを生じさせてしまう可能性すらある。

そもそも、4月に入ってから「休業」に舵を切った事業者の中には、「自粛」や「休業要請」の圧力に負けたから、というよりは、

「客が入らない状態で中途半端に営業を続けるより、完全に閉めてしまった方が傷を浅くできる」

と判断したのだろう、と思えるようなところも結構あったし*1、上場企業級のチェーン店同士の比較でいえば、緊急事態宣言下でも営業を続けていた事業者の方が、さっさと閉めてしまった事業者より、財務的に余力があるところが多かったようなところもあった。

だから、「早く元通りになれ!」と急く人たちの気持ちも分からんではないのだけれど、「無理やり何でもかんでも店を閉めさせる」のが決して好ましい結果を生まなかったのと同様に、今、このタイミングで、

「無理やり店を開けさせる」

というのも、(「感染再拡大防止」ということ以上に)事業者としての損得勘定の観点から、決して好ましい結果を生むものではない、ということは、ここで呟いておきたい*2

そして、「正常化」を求めるバイアスは日増しに加速していくことになるのだろうし、元に戻った方が皆ハッピーになれるものはちゃんと戻す方向に向かわせた方が良いと思うのだけれど、「新しい稼ぎ方」にしても「新しい働き方」にしても、それらと表裏一体の「積もり積もった無駄のなくし方」にしても、せっかく一連の新型コロナ禍の過程で生まれてきたものがあるのだから、その萌芽を摘むような終わり方にはなってほしくないな、ということも申し上げておきたいところである。

定時株主総会一つとっても、決算手続きが遅れている一部の会社を除けば、”すっかり元通り”になってしまいそうな雰囲気が、続々と開示されている各社の招集通知からチラホラ漂って来たりもするわけで、当日になって、「何で今年はお土産を用意してなかったんだ!」とか、「何で今年株主との懇親会をやらなかったんだ!」みたいな罵声が(株主席からではなく)役員席から飛んで来るようなことにならないように、1か月、2か月前の緊迫した状況の中で「何が大事と判断してそうすべき、と決めたのか」ということは、しっかり共有され、この先も引き継がれてほしいものだな、と思わずにはいられない。

人間はいつの時代でも、忘れっぽい生き物だけに・・・。

*1:実際「早々に閉めた」事業者の方からはそういう話も伺っていたし、その判断の早さは、営業再開後のリカバリープランとセットになっていたりもした。そういった方々は、機を見て営業を再開すれば、いち早く店を軌道に乗せることができるだろう、と自分は思っている。

*2:これがインフラ事業者とかになってくると、損得以外の要素で動かないといけないところも出てくるのは確かだが、それでも、的確な需要予測がなされているかどうかも疑わしい状況で「元通りに動かす」ことが本当に合理的なのか?と思えるような事象に接したこともあり、もう少しちゃんと商売しようよ、という思いも込めてのコメントである。

「63年ぶりの無敗二冠牝馬」を敵に回さなかった幸運。

ずっと「無観客」が続いている中央競馬も、いよいよ春のGⅠクライマックスで、今週はオークス

「異例」と言われ続けていた今の状況も、多くのファンにはすっかり馴染んだ上に、売上も「健闘している」という域を超え、先週は遂に土曜日だけでなく日曜日の売上まで対前年比プラスに転じる、というところまで来た。

おそらくダービー後も1開催くらいは無観客を継続した上で、首尾よく事態が鎮静化したら夏競馬から観客を入れて、というパターンかな、と想像しているが*1、この数か月間、他の公営競技と合わせて、「これまでどおり」の番組進行に徹しきったことは、どれだけ称賛してもしたりない、と自分は思っている。

で、当のレースの方は、先週、天下無双のアーモンドアイに逆らったことでえらい目にあった教訓を生かし・・・というわけではないのだが、今週は、素直にデアリングタクトに従う、という方針に。

元々、自分には、桜花賞でこの馬の清々しい勝ちっぷりに惚れ、その馬が生まれたのが(元々は社台系列ゆかりの血統ながら)長谷川牧場という日高町の小さな牧場だった、ということにそこはかとないドラマを感じ、これだけの大舞台でちゃんと見たのは初めてじゃないか、というくらいのノルマンディーサラブレッドレーシングの勝負服に心を惹かれ、結局、そのまま入会してアイルハヴアナザー産駒を一口購入した、という経緯がある。

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だから、いつもなら「強き者にただ追従するのは競馬じゃない」といきがっている自分も、今週ばかりは、ノリにのっていたレーン騎手騎乗のデビュー3戦目の新星(2番人気になったデゼル)には見向きもせず、この馬を本命指名。

過去の傾向から、それ以外で馬券に絡むのは桜花賞3着以内の馬か、フローラSの勝ち馬だな、と絞り込んだうえで、スマイルカナ(桜花賞3着)に前走のようなレースは無理だろう*2、と消去した結果、フローラS勝ちのウインマリリンが残り、最後にもう一頭絡ませるならさすがにノーザンor社台かな、ということで、妥協的にルメール騎手騎乗のサンクテュエールを選んでいたものの、気分的にも馬券的にも、デアリングタクトが勝てばまぁいいや、というのが、発走前の状況だった。

だが、穴党が本命に賭ける時、というのは、大抵ろくなことがない。

今日のデアリングタクトも、スタートを切るや否や後方に下がり、決してそんなに早いペースではない割に、道中の位置取りも後ろから。

最後の直線に入ったところで鋭く伸びるかと思えば、他の馬に進路を塞がれてもたついていた時間が長く、一歩先んじて抜け出したウインマイティ―*3の背中が離れていく。

残り200m標識の手前あたりでようやく障害を跳ねのけて追い始めたが、それでも無理かな・・・と思いながら眺めていた。

もし、そのままレースが終わっていたら、ウイン勢のワン・ツーで馬連28万馬券、というインパクトに加え、騎乗停止になった息子(横山武史騎手)に代わって父親(横山典弘騎手)がもぎ取った勝利、だとか、新冠のコスモヴューファームの初GⅠ勝利(しかもワンツーでクラシック制覇)といった別のドラマが生まれたことだろう。

でも、そこで主役の座を譲らないのが、真の強者。

全馬中最速の33秒1を記録したデアリングタクトの鬼脚は、府中の長い直線にもピタリとはまり、ゴール前では文句なしの半馬身、お釣りを付けて交わし切っていた。

結果、デビューから4連勝。一度も土がつかないまま牝馬2冠を達成したのは63年ぶり、という記録まで付いてくる見事な勝利を飾ってくれたのである*4

松山騎手は、今の移動制限ルールの下、この馬のためにアウェーの東京で2日間騎乗を余儀なくされ、日曜日のメインまで1勝も挙げられていなかったのだが*5、そんなモヤモヤもこの1勝で全て吹き飛んだことだろう。

それくらい「この馬とコンビを組み続けて良かったね」と言いたくなる勝利だったから。

そして、自分もまた、「強き者に逆らわないことで実を得る」という競馬の鉄則の理を、春GⅠシーズンの最終盤になって改めて噛みしめることができたのは、まぁ良かったと言えばよかった。

先週からのこの流れが来週までそのまま続くのかどうかは容易に予測できるところではないのだけれど、こんな時くらいは勝利の美酒を。そんな気分である。

*1:とはいえ、北海道、小倉、新潟、福島、といったエリアに大都市圏から人が押し寄せることが許されるのかどうか、神のみぞ知る、といったところである。

*2:前走は逃げて3着に粘ったが、東京の芝2400mでは・・・という推理は見事に的中し、今回は残念な結果に終わった。

*3:正直、この13番人気の馬は完全にノーマークだったので、最初はウインマリリンかと誤解。そのうち最内にマリリンがいることに気づき「分身か?」と一瞬唖然とした嘘のような本当の話。

*4:個人的にはマックスビューティあたりが無敗の2冠馬じゃなかったかな、と勝手に思っていたのだが、改めて見返すと彼女も3歳(現2歳)時には2度も負けていて、快進撃が始まったのは明け4歳(現3歳)からであった。

*5:来週も同じ現象が起きそうだが、有力騎手がこぞって東京に集まった結果、川田騎手や松山騎手は苦戦し、逆に残った池添騎手が5勝を京都で荒稼ぎする結果となっている。

似ていてほしくないけど、似ているもの。

今年の初め頃から随分長く続いてきた「新型コロナウイルス禍」への対応も、ようやく一区切りを迎えようとしている今日この頃だが、そんな中、最近気になるのは、これまで国内の対策立案から情報発信まで、八面六臂の活躍をしてこられた政府対策本部の専門家会議や厚労省クラスター対策班の関係者に対して、心ない批判の声が浴びせられているのを見かける機会が多くなっているのではないか、ということである。

元々、緊急事態宣言が発令される前後くらいから、「やれ経済がー!!」と騒ぐ人はいたが、日々増加の一途をたどる感染判明者の数字の前に、「目先のカネより命の方が大事」というごくごく真っ当な理屈が優先されたのは、4月に差し掛かるくらいの時期だった。

そして、そこから約1か月半。

海外諸国に比べれば、はるかに緩やかで自由度も高い「自粛」レベルの話だったとはいえ、それでも世の中に、不要不急の遠出を控え、無駄な通勤・通学を控え、飲み会も控え・・・という大きな流れができた結果、想定されていた最悪のシナリオは回避され、感染した人は、せいぜい7000人に1人くらい。亡くなられた方々の数も(決して少ない数ではないものの)2桁は低く抑えることができた、だからこそ、既にフライング気味に街もポカポカ陽気を楽しむ人々で賑わいを取り戻し始めている、というのが今の状況である。

連日高熱でうなされていても検査が受けられず、病院で治療を受けることさえままならない、という話はあちこちで聞いたが、それでも重症者が全く救われない、というレベルの「医療崩壊」にまで至ることはなかった、と自分は理解しているし、感染拡大ペースを抑え込んだことで、最悪の事態を免れ、無事退院することができた方も多数いるはず。

それにもかかわらず、なぜか巷には、「8割削減は不要だったのではないか」とか新型コロナウイルスを恐れすぎたのではないか」といった類の言説が飛び交っているし、挙句の果てには、「実際の死者数、感染判明者数が、想定されていた理論モデルから大きく乖離した」ことをもって専門家の方々をバッシングする人々すらいるように見受けられる。

そんな光景を見ながら、自分が感じたのは、「これって、相当な手間をかけて内部統制体制とか法令遵守体制を整え、それを徹底させようと汗をかいても、重大な不祥事に遭遇するまでなかなか評価してもらえない法務・コンプライアンス部門が味わっている悲哀と一緒じゃないか」ということである。

他国(他社)の実例や、クラスター追跡結果(監査結果)等のエビデンスに基づいて、具体的なリスクを想定し、それを回避するために知恵を絞って対策を実装すれば、その対策が機能している限り最悪の事態は回避できるはずだし、最悪の事態が起きていない、ということは、対策がうまく行っていることの裏返しでもあるはず。

だが、そうやって汗をかいている当事者以外の人たちには、「最悪の事態が何も起きていない」状況しか見えないものだから、どうしても、

「何でこんな面倒なことをやらされないといけないんだ」

という不満が出てきがちだし、挙句の果てには、

「リスクを恐れすぎだ。こんなこと真面目にやってたら経済(事業)に支障が出る」

といったことまで言う人々が出てくる。

そんなこともあって、この手のリスク回避策は、大抵平時には実装できず、ある程度リスクが顕在化した時に導入されることが多いのだが、導入当初は理解を示していた人の中にも、いずれ最初の危機感が薄れ、「何も起きない」状況が常態化するようになると、掌を返す人は必ず出てきてしまう。

もちろん、あまりに硬直的で厳格な対策を取り過ぎるのは良くない、ということは、COVID-19対策の世界でも、法令遵守体制構築の世界でも同じことで、それはこの国の状況が芳しくない方向に向かっていた時期のエントリーで一度書かせていただいたことでもある。

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得てしてこういう問題は、「本当の意味で状況を理解して、リスクベースアプローチで必要なポイントを押さえようとする専門家」の思いが、オフィシャルなコミュニケーションの過程で十分に伝わらないことに起因することが多く、「出し手」側で”明確さ”、”分かりやすさ”を重視したために、当初の意図よりも広範囲で制約を課す”お達し”になるパターン*1もあれば、「受け手」の側で必要以上に過剰な受け止め方をしてしまう、というパターンもある*2

ただ、いずれにしても共通するのは、思いと実態が噛み合わないことで専門家側が抱えるもどかしさ。そして、そこから出し手、受け手の双方に生まれる様々なフラストレーション。

こと、新型コロナウイルス対策に関しては、4月頃から「専門家」サイドが積極的に行っていた情報発信により、それをきちんと受け止めて理解した人々との間での”溝”は埋まったのでは?と思っていたのだが、相手は日本の全国民、しかもバックグラウンドも思想も全く異なる不特定多数の人々(普段同じ釜の飯を食っているはずの会社の中ですら、見慣れない施策を徹底するのは一大事なのだから・・・)、となれば、それでもさすがに限界があった、ということなのかもしれない。

*1:コンプライアンス施策を打つ場合も、法務部門で起案した段階では「対象」を絞って手を打とうとしていたのに、上の役員のレベルで「分かりやすく」することを試みた結果、影響が及ぶ範囲が広がってしまう、ということはよくある。

*2:「外国公務員への贈賄に注意せよ」という趣旨を伝えた結果、ノベルティのボールペン1本を渡すことすら、然るべき部署の決裁を仰ぐまで話を進められない、という状況に陥ってしまうこと等。

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その「老婆心」が贔屓の引き倒しにならないことを願って・・・。

連日同じようなネタになってしまって恐縮なのだが、本日当局からリリースされた資料の中に、これは・・・というものがあったので、ひとまず取り上げておく。

テーマはもちろん「定時株主総会」。そして、出元は、今それどころではない?(かもしれない)法務省ではなく、経済産業省である。

www.meti.go.jp

元々、「バーチャル総会」をはじめ、今年のかなり早い段階から総会運営等に関して踏み込んだ見解を示し、まさに「株主総会2020」を演出しているのがこの経産省なのだが、今回のリリースは、「株主」に向けた熱いお願いにあふれている。

何といっても、出だしからして、

「今般の定時株主総会の開催に当たっては、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、例年とは異なる状況の中での開催となるため、株主の皆様には、株主総会の招集通知の記載内容を例年以上によく御確認いただきますようお願いいたします。

という強いトーンになっているし、さらに進んで、

特に以下3点について、御理解いただくようお願いいたします。


1.株主総会が例年どおりの開催時期や方法で開催されないことがあること
2.PCやスマートフォン等含む事前の議決権行使を積極的に利用すること
3.御自身を含む来場株主の健康への影響が懸念されることから、株主総会への来場は原則お控えいただくこと
(強調赤字は筆者による)

という記述まで見てしまうと、もうすごいというか何というか・・・。

確かに、こういったスタンスは4月頃から経産省が入ったオフィシャルなリリースでは随所に出てきたものではあるし、昨日のエントリーでも取り上げたように、一部の会社では「非常時モード」全開で株主に「来るな!」という姿勢を前面に出している、というのも事実なのだが、日々開示されている招集通知を眺めていると、そこまでのトーンではない会社も結構ある。

そういった謙抑的な招集通知を出している会社の中には、もしかしたら担当者が深く考えずに去年の原稿を、あるいは3月総会あたりの文例を見て用意していたものをそのまま使ってしまったがゆえにそうなっている、というところも一つ、二つくらいはあるのかもしれないけど、ほとんどの会社は「そうはいっても年に一度の、株主様と対話できる大事な機会なんだから無体な対応はすべきでない」という経営陣や総会・IR担当者の熱い思いだったり、「来場株主を減らせるならそれにこしたことはないが、6月中~下旬頃の空気感を考えると、極端なことをやり過ぎるのもまたリスクが高い」という冷静な判断に基づいて、そのような記述をしたのだろうと思われる。

自分は、以前のエントリーでも触れたとおり*1、法定の決議機関であり、かつ、法令上も様々な制約が課されている「株主総会」という場を「対話」の場として位置付けるのは、あまりに中途半端で無理がある話だと思っているから*2、報告内容を書面で公開して、議決権行使の機会をしっかり設けさえすれば、会議自体は「無人」でも「バーチャル」でもよいではないか、と思っているのだが、そこは会社ごとにそれとは違う意見、違う感覚で動く、というのがあって良いし、そういう各社の「個性」こそが、何よりも尊重されるべきだと考えている。

だから、「株主」に向けて発信しているように見せつつ、返す刀で「平時」の総会運営を志向する会社までバッサリ切ろうとしているかのような、冒頭の「お願い」(良く言っても「老婆心」。悪く言えば・・・)には、ちょっとどころではない違和感を抱かざるを得ないのだが、これが今年のデフォルトだ!と言うのであれば、ここは引き下がらざるを得ないのだろう。

ただ、監査手続の過程で会計監査人から「慎重に検討を要する事案」の存在を指摘され、3月総会で事業報告&計算書類の内容報告ができなかった結果、この6月に「継続会」の開催を余儀なくされている会社まで、

「感染拡大防止を目的として、継続会当日の会場へのご来場は極力控えて頂きますよう、お願い申し上げます。」

というところを強調するのはちょっと違うのではないかなぁ・・・ということは指摘しておきたい*3

また、ここまでの各社の開示等を見ていると、この「コロナ禍」の中でも株主提案の増加傾向に変わりはないようで*4、そういった提案を受けている会社が冒頭の経産省のトーンに合わせるのもさすがに無理があると思うので、踏み込んだリリースを出してもらったのは良いが、それを踏まえて対応した結果、さらに紛争が泥沼化した、なんてことにならないよう、今は願うしかない。

なお、昨日一覧化した6月総会での「イレギュラー対応」だが、本日も続々と「開催方針」のリリースが出ており、おそらく来週以降もさらに増えることが想定されるため、以下で再度まとめた上で、随時更新していければ、と思っている*5

■延期(議決権行使基準日変更)での対応(48社)
・㈱東芝 7月以降 基準日5月15日(配当基準日変更なし)
・㈱スカパーJSATHD 7月30日 基準日5月31日(配当基準日変更なし)
・㈱ナンシン 7月以降 基準日5月31日(配当基準日も変更)
サンデンHD㈱ 7月以降 基準日6月12日*6
・㈱ジャパンディスプレイ 8月末 基準日6月30日 
・㈱サンリツ 8月27日 基準日5月31日(配当基準日も変更)*7
ブロードメディア㈱ 7月下旬 基準日5月31日(株主優待制度は基準日変更なし)
オリンパス㈱ 7月下旬 基準日5月31日(配当基準日も変更)
日本板硝子㈱ 7月以降 基準日6月4日 (配当基準日は変更なし)
・㈱音通 7月下旬 基準日5月25日(配当基準日変更なし)
・㈱レオパレス21 7月22日 基準日5月28日(無配)*8
・㈱三城HD 7月下旬 基準日5月31日(配当基準日変更なし)
・㈱昭和HD 7月 基準日5月31日 (配当基準日への言及はなし)
・㈱リプロセル ※ 7月1日以降に延期の方針のみ発表
・㈱プレステージ・インターナショナル 7月30日 基準日6月10日(配当基準日変更なし)*9
・㈱フォーバルテレコム 未定 基準日5月31日 (配当基準日変更なし)*10
・㈱フォーバル 未定 基準日5月31日 (配当基準日変更なし)*11
凸版印刷㈱ 7月21日 基準日5月31日 (配当基準日変更なし) 
日本電波工業㈱ 未定 基準日5月31日 本社事務所会議室で開催予定(配当基準日変更なし)
・㈱日立製作所 7月下旬以降 基準日5月28日(配当基準日変更なし)
日立建機㈱ 7月以降 基準日5月31日(配当基準日変更なし)
東洋エンジニアリング㈱ 未定 基準日5月31日(無配)
・㈱アールスティ 7月以降 基準日5月31日(無配)
・相模ゴム工業㈱ 7月以降 基準日5月31日(配当基準日変更なし) 
玉井商船㈱ 7月29日 基準日5月31日(無配)
クオールHD㈱ 7月21日 基準日5月31日(配当基準日変更なし)
・㈱ケーヒン 7月以降 基準日6月12日(無配)
岩崎通信機㈱ 7月下旬 基準日5月31日(無配)
・チムニー㈱ 7月下旬 基準日6月8日(無配)
北日本紡績㈱ 7月30日 基準日6月5日*12
・燦キャピタルマーケット㈱ 7月下旬 基準日6月5日(無配予定)
・㈱やまや 7月下旬 基準日6月15日(配当基準日変更なし)
・㈱ショーワ 7月以降 基準日6月8日(配当基準日変更なし)
・㈱電業社機械製作所 7月下旬 基準日6月15日(配当基準日変更なし)
ワイエスフード㈱ 8月中旬 基準日6月30日(配当基準日への言及はなし)
・㈱フレンドリー 7月31日 基準日6月19日(配当基準日への言及はなし)
<20年5月25日開示>
・㈱フジクラ 未定 基準日6月30日(無配)
アジア開発キャピタル㈱ 7月以降 基準日未定(無配)
<20年5月26日開示>
住友精密工業㈱ 未定 基準日6月30日(無配)
理研ビタミン㈱ 8月下旬 基準日6月30日(配当基準日変更なし)*13
<20年5月27日開示>
・㈱ヴィア・ホールディングス 7月下旬 基準日6月13日(無配)
<20年5月29日開示>
富士電機株 6月下旬→8月6日 基準日6月15日(配当基準日変更なし)
曙ブレーキ工業㈱ 6月→7月30日 基準日6月19日(無配/A種種類株式の配当基準日は6月19日に変更)
・東京ボード工業㈱ 6月下旬→7月下旬 基準日6月16日(無配)
・㈱サンリオ 6月下旬→8月下旬 基準日6月30日(配当基準日変更なし)
桂川電機㈱ 7月下旬 基準日6月15日(配当基準日変更なし)
NTN㈱ 7月以降 基準日6月15日(無配)
・ユー・エム・シー・エレクトロニクス㈱ 6月→8月7日 基準日6月16日(無配)

■継続会での対応(28社)
・NKKスイッチズ㈱ 6月26日→継続会予定 ※6月総会初の継続会リリース
アネスト岩田㈱ 6月25日→継続会予定→継続会開催とりやめ*14
・㈱パイオラックス 6月24日→継続会予定
日本農薬㈱ 6月26日→継続会予定*15
芦森工業㈱ 6月19日→継続会予定
・㈱ADEKA 6月29日→継続会予定
・㈱ナカノフドー建設 6月26日→継続会予定
・国際計測器㈱ 6月29日→継続会予定 7月下旬
・㈱三栄コーポレーション 6月26日→継続会予定
・中央ビルト工業㈱ 6月19日→継続会予定
・㈱フェローテックHD 6月26日→継続会予定(7月31日) 
・Fringe81㈱ 7月22日 基準日6月10日
・ユニプレス㈱ 7月下旬 基準日6月11日
鴻池運輸㈱ 7月下旬以降 基準日6月18日(配当基準日変更なし)
・㈱リケン 6月26日→継続会予定
・㈱アイフリークモバイル 6月25日→継続会予定(無配の方針に言及)
大和自動車交通㈱ 6月26日→継続会予定
・㈱ミクニ 6月26日→継続会予定
大同工業㈱ 6月26日→継続会予定
・新田ゼラチン㈱ 6月25日→継続会予定
リズム時計工業㈱ 6月19日→継続会予定
リーダー電子㈱ 6月26日→継続会予定(7月31日)*16
<20年5月25日開示>
尾張精機㈱ 6月25日→継続会予定
<20年5月26日開示>
・岡谷電機産業㈱ 6月30日→継続会予定
・大成温調㈱ 6月29日→継続会予定 
<20年5月27日開示>
・㈱巴川製作所 6月25日→継続会予定
・水道機工㈱ 6月26日→継続会予定
・寺崎電気産業㈱ 6月29日→継続会予定
<20年5月29日開示>
戸田建設㈱ 6月25日→継続会予定

■定時+臨時の2回開催による対応(2社)
・㈱ダイセル 6月19日 → 臨時株主総会で報告予定
・オンキョー㈱ 6月25日 → 臨時株主総会で報告予定

■当初基準日から3か月以内での日時変更による対応(4社)
・㈱ぱど 6月18日→6月30日に延期を発表
高砂熱学工業㈱ 6月23日→6月29日に延期を発表
<20年5月26日開示>
・㈱ディスコ 6月23日→6月26日に延期を発表
<20年5月27日開示>
・プレミアグループ㈱ 6月25日→6月29日に延期を発表

*1:災い転じて福となるか? ~厳戒体制下の「株主総会2020」が気付かせてくれたもの。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*2:会社側の視点で見れば、会社の経営、将来展望に強い関心を持つ人から、お土産目当ての人まで有象無象、しかも「会議」という形でコミュニケーションを図るにはあまりに多すぎる参加者を前に、いったいどうやったら「対話」になるんじゃい、という素朴な問題意識があるし、株主の視点からも、どういう議事運営をされても最後は消化不良になってしまう今の総会の場だけで「対話しました」と開き直られては困る、という話が絶対出てくるので、総会は儀式として淡々と進め、別の機会を設ける方向に持っていく、というのが正しい在り方だと自分は思っている。

*3:当該会社のリリースはこちら(https://ssl4.eir-parts.net/doc/3906/tdnet/1836330/00.pdf)。今後のリリースや有価証券報告書の中に、どこまで詳細が書き込まれるかにもよるが、ここまでの事態となっている以上、きちんと会場で説明を聞いて質問をしたい、という株主はそれなりにいても不思議ではない。「新型コロナウイルス感染防止」を理由にするのなら、さらに先の日程で継続会を設定することだってできたはずで(6月にしたのは、当初総会から概ね3か月が限度、という従来の解釈を保守的に重視したためかもしれないが・・・)、この時期に継続会を設定しながら「控えて」というのはちょっとどうかな、と思わずにはいられなかった。

*4:昨年のLIXILグループの総会での「大逆転劇」等も影響したのか、役員選解任議案もいつになく多く見かける気がする。

*5:レイアウトの美しさや情報の正確性等に関しては、隠れ里@kakurezatさんがTwitterで日々公表されているものに遠く及ばないが、こちらは脚注等で「らしさ」を出せればと・・・。

*6:当初は日程、基準日とも未定。20年5月27日の開示で、基準日を6月12日とすることが公表された。

*7:20年5月29日付開示で決算発表日を7月15日とし、総会開催日時を8月27日とすることを公表したが、この日程は変更後の基準日からもギリギリ3か月、ということで、配当議案も付議する会社であることを考えると、かなり勇気のある選択だな、と個人的には思うところ。

*8:20年5月28日に、決算発表の日程(6/5)と総会開催日時、及び無配の見通しを公表した。

*9:20年5月28日に総会開催日時を公表した。

*10:20年5月29日に決算発表を6月9日に行う旨を開示。

*11:20年5月29日に決算発表を6月9日に行う旨を開示。

*12:5月26日の開示で、延期後の総会開催日時がリリースされている。

*13:現時点(5月26日時点)でスケジュールが示されている会社の中では一番遅い日程となっている。

*14:かなり早い段階で継続会開催方針を開示していたが、20年5月27日の開示で、決算発表が6月10日に可能となり継続会は行わない方針である旨を公表した。

*15:監査等委員会設置会社移行に伴う定款一部変更議案の付議を予定。当初は継続会終結の時をもって効力発生としていたが、2020年5月25日付のリリースで「本総会の休会の時(2020年6月26日の審議終了時)をもって」移行する旨が公表された。日本農薬[4997]:(効力発生日の変更)定款一部変更に関するお知らせ 2020年5月25日(適時開示) :日経会社情報DIGITAL:日本経済新聞

*16:こちらの会社は、継続会方針決定のリリースと同時に決算短信も公表しているため、当初総会の時期を考慮しても、もしかしたら間に合う?という気がしなくもないがさてどうなるか。

変わるのか? 変わらないのか?~「6月定時株主総会」に向けた様々な思惑。

世界では500万人を突破し、なおも増え続けている新型コロナウイルス感染判明者だが、日本国内に目を移せば、本日、関西3府県の緊急事態宣言解除が決定されて残るは1都1道3県。

北海道に関しては気候的な面も含めてまだ微妙な面は残るものの、首都圏1都3県の解除は、ここ数日間の動向を見てもほぼ”秒読み”段階に差し掛かっているとみて間違いはないだろう。

GW前後は本当に静まり返っていた都心部の景色も、ここ1週間くらいの間にかなり変わった。さすがにどこの飲食店も”びっしり満席”という感じで営業しているわけではないし、のれんを下ろす時間も早いのだけれど、テイクアウトの弁当が大ヒット中の近所の大衆料理店の店主は日増しに顔色が良くなっているし、多くの個人経営のお店が一度下したシャッタ―を開けて、それぞれ工夫しながら趣向を凝らした営業を再開している。

さすがに、フライング気味にそれまでどおりの密集状況で営業している居酒屋に飛び込む勇気はまだないのだが、いずれそう遠くないうちに”自粛警察”もお役御免。

これからちょっとずつ日常が戻っていくのだろうな、という雰囲気を日に日に感じているところである。

もちろん、相手は目に見えないウイルス。

宇都宮で、緊急事態宣言解除後に、スーパーの従業員から一気にクラスタが生じた事例が起きてしまったこと*1に象徴されるように、ちょっとしたところから一気に10人、20人単位で突発的に感染判明者が出てくるような事態も十分考えられるとは思うが*2、”自主規制”で「感染爆発」の危機を一度乗り切った、という経験は社会の財産として刻まれているし、「緊急事態宣言発令」のBefore/Afterと、身近なところで出た感染事例等を通じて「何がリスクで、何がリスクでないか」という肌感覚を高めた人も多いはずだから、あえてリスクに抗うような暴挙を冒さず、普通の人々が普通の行動を取り続ける限り、「新しい生活様式」などというものに囚われることなく、普通の日常を取り戻せると自分は確信している。

メディアに目を移せば、様々な経済統計、景気指標が「過去最悪」レベルの数字を示した、というニュースばかり飛び込んでくるし、1か月前、2か月前の数字を見ればそりゃそうなのだが、観光、交通等の一部業界を除けば「需要が消えたわけではなく、先送りになっただけ」というのが今の状況だと思うわけで*3、しかもこの数か月の間、生活の糧を失って苦しい思いをした方々がいる一方で、それまでと変わらない給与を支給され、その一方で諸々の支出が浮いてさらに定額給付金まで・・・という人々の層も決して薄くはないわけだから、ひとたび「戻る」流れができてしまえば、浮いたお金は一気に様々な消費に流れ込み、新たな雇用も生まれる。

直近の各社の決算発表を見ても、スーパー、ドラッグストアが絶好調なのはもちろんだし、多くの会社が今期の決算予想を「未定」とする中で、あえて予想を公表している会社の中には、コロナ禍の影響を差し引いても(あるいはコロナ禍が追い風になって)「強気」の予測を立てられる会社がそれなりにある。

報道では、どうしても、インパクトのあるネガティブ業績発表、業績予想の方が大きく取り上げられがちなのけど、2月、3月にその手の「保守的な」予想を示していた会社の中には、決算発表の段階になって利益ベースで「上方修正」している会社も多いのであって*4、今出ているのが「最大限のネガティブ予想」だと思えば、そこまで悲観することもないだろう。

何より、エコノミストがこぞって口を揃えて「日本経済の立ち直りに時間」と言い出したことは、これまでその手の予想が散々外れてきたことを考えると、むしろ早期の景気回復の予兆ではないか、ともいえるわけで、夏が終わり、慌ただしい年の瀬が近付く頃には、「半年前の騒ぎは何だったのだろう?」と思えてしまうような世の中がまた訪れているはずである*5

続々と開示される招集通知が映し出すもの

さて、世の中が正常化に向かっていく、ということ自体は全く悪いことではないと思うのだが、ここしばらくの「急回復」の傾向は、在宅勤務がすっかり板についたホワイトカラーと、6月の定時株主総会の担当者にとっては、相当悩ましい事態を引き起こしているのではなかろうか。

特に後者に関しては、今週に入って続々と適時開示に上がってくる「招集通知」をざっと眺めるだけでも、各社の中の人々の様々な思いが伝わってくる。

これまで何度も取り上げてきたように、この「緊急事態宣言」下で、金融庁経済産業省法務省といった政策当局が、株主総会の開催に関して様々な考え方を示してきており、その多くは、3月をもって決算年度を終え、6月に定時株主総会の開催を予定していた会社に向けられたものだったから、多くの会社では、それをベースに様々な検討を行ってきたはずだ。

しかし、ここしばらくの状況を見る限り、「6月」は既に緊急事態宣言が明けた月となるはずで、いかに政府が「新しい生活様式」だの「ニューノーマル」だのと言ったところで、「正常化」に向けて動き始める流れは到底止まりそうになく、総会がピークを迎える6月下旬ともなれば、それはなおさら。

3月総会の会社は、日増しに感染拡大の脅威が高まり、緊迫感が強まりつつある中で、これまでと同じ感覚で来場しようとする株主に「今年はいつもと違う」という危機感をどう叩きこむか、ということに苦労させられることになったし、4月総会、5月総会はまさに「緊急事態」という状況の下、予定していた会場が使えなくなり、「プランB」の発動を余儀なくされる、という艱難辛苦を味わった会社も多かった*6

総会の中身を見ても、議事進行の簡略化だったり、質問時間を短縮して打ち切ったり、と、平時であれば異議が出ても不思議ではないような運営をした会社もあったようだが、全ては「今は非常時」という説明で正当化できる余地はあったし、現に3月、4月の状況であれば、それは当然に許容されてしかるべきものであった。

6月総会の会社も、こうした流れを受けて、招集通知に「出席自粛」文言を入れ、会場の座席のセッティングを変え、シナリオを修正して・・・という試みを行っているところは多いはずである。

だが、それは、逆方向に動き出した世の中の流れとは、決して相性の良いものではない。

自分は、6月総会の会社の招集通知が開示され始めて早々に登場した伊藤忠商事㈱の招集通知*7を眺め、そこに記された、

「当社大阪本社セミナールーム(21階)」

という開催場所と、

「株主のみなさまにご来場いただくことなく、当社役員のみで開催させていただきたく」
「株主のみなさまにおかれましては、本株主総会当日にご来場されないようお願い申しあげます」

という赤い文字で記された文言に思わず目を見張ってしまった。

昨年まで、名門総合商社らしくホテルニューオータニ大阪の大宴会場で開催されていた総会が、「セミナールーム」で、しかも「役員のみ」で開かれる、ということの衝撃。

そしてこの趣旨は英文の招集通知でも貫かれており*8

"without the attendance of shareholders"

だとか、

"We therefore ask all shareholders to refrain from attending this Ordinary General Meeting of Shareholders in person."

などといった、来年以降はもう二度と見ることはないであろうフレーズが登場する。

こういったスタンスは、まさに「緊急事態宣言下」での発想そのものであり、これぞ「株主総会2020」の真骨頂だな、と感心させられたものだった。

だが、これと前後して出てきた各社の招集通知を見ても、このレベルで追随している会社はほとんどない。

大手名門企業を中心に、表紙や、狭義の招集通知の中に、

「ご来場をお控えください」

というフレーズを書き込んでいる会社は多いものの、そういった会社の多くは開催場所を例年と変わらない一流ホテルの大宴会場に設定しているし、

・お土産の廃止
・株主との懇親会の中止
・会場までの送迎バスの運転中止

といった対応まではしているものの、それ以上に強い表現での「出席するな要請」はしていないように見受けられる会社も多い。

もちろん、ここまで手を打てば、お土産や、終了後の懇親会を目当てに参加していた株主の参加割合は下がるだろうが、6月下旬頃の雰囲気を考えると、「純粋に社長の説明を聞きたい」とか、「質問したい」という株主の足までは止められないだろうし、「こんな時だからこそ行ってみたい」という株主が出てきても不思議ではない。

そもそも、

「会社から『招集』されたから来たんだ。なんか文句あるか!」

と言われてしまえば何ら反論できない、というのが法制度上の建付けに由来する大前提である以上*9、例年どおり多数の株主が来場することも見越して、後々クレームを付けられない程度の穏便な記載に留めている会社も多いのではないか、というのが、自分の素朴な見立てである。

「開催方針」をめぐる瀬戸際の攻防

一方、現時点においても未だ3月期末の決算を行えておらず、刻一刻と迫るリミットと戦っている会社も少なからず存在する。

そして5月も下旬に差し掛かる中、そういった会社が、「延期」か「継続会」か、それとも他の方法によるか、といった「総会開催方針」を先行して示す事例も増えてきた*10

今月1日付のエントリー*11の中で、ほぼ連日更新しているのだが、改めて「方針」の類型ごとに整理すると、以下のようになる。

■延期(議決権行使基準日変更)での対応(33社)

・㈱東芝 7月以降 基準日5月15日(配当基準日変更なし)
・㈱スカパーJSATHD 7月30日 基準日5月31日(配当基準日変更なし)
・㈱ナンシン 7月以降 基準日5月31日(配当基準日も変更)
サンデンHD㈱ 7月以降
・㈱ジャパンディスプレイ 8月末 基準日6月30日 
・㈱サンリツ 7月以降 基準日5月31日(配当基準日も変更)
ブロードメディア㈱ 7月下旬 基準日5月31日(株主優待制度は基準日変更なし)
オリンパス㈱ 7月下旬 基準日5月31日(配当基準日も変更)
日本板硝子㈱ 7月以降 基準日6月4日 (配当基準日は変更なし)
・㈱音通 7月下旬 基準日5月25日(配当基準日変更なし)
・㈱レオパレス21 7月以降 基準日5月28日(配当基準日への言及はないが、既に無配の予想が出ている)
・㈱三城HD 7月下旬 基準日5月31日(配当基準日変更なし)
・㈱昭和HD 7月 基準日5月31日 (配当基準日への言及はなし)
・㈱リプロセル 7月1日以降に延期の方針のみ発表
・㈱プレステージ・インターナショナル 7月下旬 基準日6月10日(配当基準日変更なし)
・㈱フォーバルテレコム 基準日5月31日 (配当基準日変更なし)
・㈱フォーバル 基準日5月31日 (配当基準日変更なし)
凸版印刷㈱ 7月21日 基準日5月31日 (配当基準日変更なし) 
日本電波工業㈱ 未定 基準日5月31日 本社事務所会議室で開催予定(配当基準日変更なし)
・㈱日立製作所 7月下旬以降 基準日5月28日(配当基準日変更なし)
日立建機㈱ 7月以降 基準日5月31日(配当基準日変更なし)
東洋エンジニアリング㈱ 未定 基準日5月31日(無配)
・㈱アールスティ 7月以降 基準日5月31日(無配)
・相模ゴム工業㈱ 7月以降 基準日5月31日(配当基準日変更なし) 
玉井商船㈱ 7月29日 基準日5月31日(無配)
クオールHD㈱ 7月21日 基準日5月31日(配当基準日変更なし)
・㈱ケーヒン 7月以降 基準日6月12日(無配)
岩崎通信機㈱ 7月下旬 基準日5月31日(無配)
・チムニー㈱ 7月下旬 基準日6月8日(無配)
北日本紡績㈱ 7月下旬 基準日6月5日
・燦キャピタルマーケット㈱ 7月下旬 基準日6月5日(無配予定)
・㈱やまや 7月下旬 基準日6月15日(配当基準日変更なし)
・㈱ショーワ 7月以降 基準日6月8日(配当基準日変更なし)

■継続会での対応(19社)

・NKKスイッチズ㈱ 6月26日→継続会予定 ※6月総会初の継続会リリース
・アネスト岩田㈱ 6月25日→継続会予定
・㈱パイオラックス 6月24日→継続会予定
日本農薬㈱ 6月26日→継続会予定
芦森工業㈱ 6月19日→継続会予定
・㈱ADEKA 6月29日→継続会予定
・㈱ナカノフドー建設 6月26日→継続会予定
・国際計測器㈱ 6月29日→継続会予定 7月下旬
・㈱三栄コーポレーション 6月26日→継続会予定
・中央ビルト工業㈱ 6月19日→継続会予定
・㈱フェローテックHD 6月26日→継続会予定(7月31日) 
・Fringe81㈱ 7月22日 基準日6月10日
・ユニプレス㈱ 7月下旬 基準日6月11日
鴻池運輸㈱ 7月下旬以降 基準日6月18日(配当基準日変更なし)
・㈱リケン 6月26日→継続会予定
・㈱アイフリークモバイル 6月25日→継続会予定(無配の方針に言及)
大和自動車交通㈱ 6月26日→継続会予定
・㈱ミクニ 6月26日→継続会予定
大同工業㈱ 6月26日→継続会予定

■定時+臨時の2回開催による対応(2社)

・㈱ダイセル 6月19日 → 臨時株主総会で報告予定
・オンキョー㈱ 6月25日 → 臨時株主総会で報告予定

■当初基準日から3か月以内での日時変更による対応(2社)

・㈱ぱど 6月18日→6月30日に延期を発表
高砂熱学工業㈱ 6月23日→6月29日に延期を発表

こちらで確認できたものだけでも50社以上、選択肢としては、「延期」>「継続会」>「その他」の順に選ばれる形となっている。

興味深いのは、早い時期に「延期」を発表した会社の中には「配当基準日の変更」もセットで行った会社がそれなりにあったのに対し、最近は、「取締役会決議だけで剰余金処分が可能」「もともと配当の予定がない」というパターンの会社しか「延期」という手段を選択していないように見えることだろうか。

また、当初は少なかった「継続会」方針を公表する会社がここに来て増加傾向にあるように思われ、もしかすると、先週の会社法施行規則の期間限定改正により、「計算書類」の確定がギリギリまで遅れても「郵送」する招集通知の準備を前々で行えるようになったことで、

「ひとまず『継続会』の形式による可能性を予告した上で、間に合えばギリギリのところで計算書類、監査報告等をWeb開示して当初総会で報告まですべて終わらせてしまう」

という展開に賭ける会社も出てきているのかな、と思ったりもしている。

そして、早い段階で「延期」を発表した一部の会社を除けば、上記の方針を発表した会社のほぼすべてが、純粋に、

「決算、監査作業が間に合わない」

という理由でこれらのイレギュラーな方針を採用しているように思われ、それ以外の多くの会社(決算手続等は間に合った会社)が「状況に鑑みて安全な時期に」という選択をしていない、ということも、「招集通知」の話と共通する「6月は平時」という感覚が各社関係者の中でも日に日に強まっているのでは?ということを推察させる。

今朝の日経新聞朝刊には、中村直人弁護士による、

私は3月決算企業に「役員も株主も最小限の参加にとどめ、6月に総会を開くべきだ」と提案したい。役員選任や配当といった重要な議案は、定時総会で決議しないと経営に支障が出かねないからだ。」
「政府は総会延期などを容認する姿勢だが、6月以降も開催できる保証はない。決算が間に合わなくとも、追って(継続会など)臨時の総会を開き、決算と監査を報告すれば問題ない。」
日本経済新聞2020年5月21日付朝刊・第5面、強調筆者、以下同じ)

という実に歯切れのよいコメントが掲載されていたりもして*12、今後は、現在の「延期」>>「継続会」という各社方針内訳のバランスが変わってくることも十分考えられるのではないかと思っている。

また、上記のような方針を表明する会社がある一方で、決算発表を延期・再延期し、それが6月に食い込む日程となることを公表しつつも、依然として例年通りの日程での定時株主総会開催を目指している(延期、継続会、といった方針までは発表していない)会社もある、ということも付言しておかなければならないだろう。

つい2週間くらいほど前は、「延期こそ正義」というムードが世の中を覆いつつあったことを考えると、この短期間のうちに随分と空気が変わったな、と思わざるを得ないのだが、これが来週から再来週にかけて決算発表を予定している会社がどういう選択をするのか、もう少し見守っていくこととしたい。

*1:宇都宮のスーパーで県内初のクラスター 計6人感染(とちぎテレビ) - Yahoo!ニュース参照

*2:ちなみに、当のスーパーは本日21日時点で4人目の陽性者まで発表されているが、最初の1人が出た時のプレスでは「所轄保健所により濃厚接触者がいないという確認が取れている」と発表しており(https://yorkbenimaru.com/images/2020/05/%E6%88%B8%E7%A5%AD%E5%BA%97%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%96%B0%E5%9E%8B%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%99%BA%E7%94%9F%E3%81%A8%E5%AF%BE%E5%BF%9C%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.pdf)、その辺のジャッジの難しさもまだまだ残ってはいる。

*3:残念ながら、国境の事実上の封鎖状態が続き、「知らないところに出かける」ことへのリスク意識も高まっている以上、観光需要が急に回復するとは思えないし(「2,900人」という4月の訪日外国人の数字は、分かっていてもショックを通り越して唖然とする数字である)、交通機関に関しては、根本的に「需要をスライドさせる」ということが基本的にできない構造になっているので(仮に6月以降、通勤・通学客がそれまでと同じレベルに回復したとしても、人の数が突然それまでの倍になる、といったことがない限り、4月、5月に失った通勤・通学客相当の運輸収入を取り返すことは不可能、と言われている)、どうしようもないと言えばそれまで、である。

*4:売上高についてはさらに下方修正、というパターンも決して少なくはないのだが、利益に関しては徹底したコスト削減や余剰資産の売却等で予想から何とか上積みした、というパターンが多いように思う。

*5:もちろん、「コロナ以前」にあったものが全て元通りになるわけではないのだけれど、それはこれまで度々この国を襲った災害全てに共通することでもあるし、何よりもそこに囚われすぎることは、この苦境を自らの才覚で乗り切りここからの残存者利益をまさに得ようとしている人々や、新しいサービス、新しいプロダクトで勝負して時代を変えに行っている人々に失礼だと思うので、これからこの先の「光」にも、もっと目が向けられることを願っている。

*6:5月総会の会場変更は今日の時点でもまだリリースが出ており、対象となった会社は既に確認できただけで30社に達している。もちろん、前々から予想した上で対応している会社が多いとは思うのだが、当日の案内手配等も含め、「できることならやりたくない」ことをやらざるを得なくなった担当者のご苦労は察するに余りある。

*7:https://www.itochu.co.jp/ja/files/96_shoshu.pdf

*8:https://www.itochu.co.jp/en/files/96_shoshu_eng.pdf

*9:「入場を拒否することも可能」という見解は出ているものの、それはあくまで「非常時下」の話であり、これから日々状況が変わってくる、ということにも留意する必要はあるだろう。

*10:最近のエントリーとしては「延期」か「継続会」か、それとも「予定どおり」か? 6月定時株主総会をめぐる瀬戸際の攻防。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*11:「株主総会2020・春」いよいよここが正念場、の5月がやってきた。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~

*12:もっとも中村弁護士は、6月の時点でも「非常時」という前提で話をされており、出席する役員の数や、株主の入場制限等について、かなり思い切った発言をされている。「この危機で決議取り消しを認める裁判官は少ないだろうが、仮に取り消されても訴訟は少なくとも1年は続く。来年の定時総会で「追認の決議」をすればいい。今年の総会の決議無効を争う訴訟は意味がなくなり却下される。」(前記日経記事)というレベルの話にまでなってしまうと、さすがにおいそれとこの路線に同調する、ということにはならないかもしれないし、「今は緊急事態。企業の存続と経営の安定が優先される。日本企業は法的リスクを避けようとするが、そのリスクをとるべき時だ。」(同上)と言われても、「会社はリスクをとれるかもしれないが、担当者個人が背負わされるリスクまでは取れないじゃないか・・・」と悩んでしまう担当者は多いのではないかと思われる。

10年以上の時を超えて蘇った「社保庁の憂鬱」~新聞記事イントラネット無断掲載事件をめぐって

今どきそんなことをやっている会社はない、と言われてしまいそうだが、かつて、入社して間もない社員の朝一の仕事が「新聞の切り抜き」だった時代があった。

かくいう自分も、初めて現場からデスクワークの職場に移り、「総務の何でも雑用係」だった頃は、朝7時台にオフィスに行き、広報室の電話番をしながらその日の朝に届いた新聞各紙を一瞥、関係しそうな記事を片っ端から切り抜いて台紙に張り、朝のうちに社内の偉い人に届ける、というのが日課だったりもした*1

会社で購入している新聞だから、「切り抜く」ところまでは何ら問題ない行為。そしてそれを張り付けた「生」の切り抜き集を誰かに渡すだけならそれも問題ない。

だが、それを一定の数の”偉い人”に渡すためにコピー機で「複製」した瞬間、著作権法上は違法性を帯びてくる

「秘書が社長に渡すために新聞や書籍のコピーをとる」くらいまでの行為なら、「許容される余地はある」という見解を示してくださる学者の先生もいらっしゃるものの、数人、数十人単位で配布する複製になってくると、さすがに寛容的利用ということも難しくなってくるだろうし、世の中が進んで、ことが「切り抜きのコピーの社内配布」から、「切り抜きコピーの電子データのイントラネット配信」というレベルになってくると、さすがにどう言い訳しても、権利者の許諾を得ない限り、著作権侵害の責めは免れ得ないということになってしまう。

とはいえ、つい10年ちょっとくらい前までは、まだ多くの会社でそういった類のことが特段罪の意識なく行われていたし、法務・知財系の担当者が問題意識を持って「そろそろちゃんと各社から許諾をもらったほうがいいんじゃないですか?」という話をしても、メディアの窓口になっている社内の担当者から、

「こういう切り抜きは、自分の記事と他社の記事を一目で比較できるから、新聞記者もありがたがって持っていくんだぞ。いわゆる「暗黙の了解」ってやつがあるんだから、わざわざ寝た子を起こすことはないだろう」

と諭されるのが常だったりもした。

そういった流れは、いち早く記事のデジタルコンテンツ化&マネタイズ戦略を進めてきた日本経済新聞社の果敢な営業活動等によって、2000年代の半ば頃から徐々に変わってきていたのだが、やはり何といっても、決定的に流れを変えたきっかけとなったのは、2008年に東京地裁で判決が出た「社会保険庁雑誌記事無断掲載事件」だったのではないかと自分は思っている。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

消えた年金」をめぐって社会保険庁がありとあらゆるところからバッシングを受けていた時代背景なども考えると、「雑誌記事」を職員に共有しなければいけなかった、という当時の国側の反論も理解できなくはないのだが、庁内LANの掲示板に記事のデータを載せて庁内の職員があまねく閲覧できるようにしていた、という事実だけ見れば、当時も今も、決して被告側に勝ち目のある話ではないし、その結果、当時も、僅かな額とはいえ損害賠償請求がきっちりと認容されている。

で、こういう話が大々的に報道されると、それまで首を縦に振らなかった人たちもさすがに「仕方ないね」ということになり、各新聞社にお伺いを立ててそれぞれの会社のフォーマットで契約した上で、当時多くの新聞社が認めていなかった「デジタル化」をやめ*2、認められた範囲内でささやかに切り抜きコピーを配布する、という実務に移行した会社は、決して少なくなかったと思われる。


・・・ということで、ずいぶんと前振りが長くなってしまったが、そんな10年以上も前の記憶を蘇らせたのが、今朝の朝刊の以下の記事だった。

日本経済新聞社は19日、新聞記事の無断使用で著作権を侵害されたとして、つくばエクスプレスを運行する首都圏新都市鉄道(東京)に約3500万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。訴状によると、首都圏新都市鉄道は2005年8月の開業直後から19年4月にかけて、日本経済新聞や日経電子版の記事を日経の許諾を得ずに画像データ化し、全従業員が閲覧できる社内イントラネットに掲載。日経の著作権を侵害した。無断使用していたのは鉄道業界や沿線地域などに関する記事で、計約4200本。日経は自社の定める使用料相当額などの支払いを求めている。」(日本経済新聞2020年5月20日付朝刊・第34面、強調筆者、以下同じ。)

先ほども触れたように、自社記事の「商材」としての価値を何よりも重視してビジネスを展開してきたのがこの新聞社だと自分は思っているのだが、こういう形で”ユーザー”企業を訴えたケースがこれまでにあったか、と言えば、自分にはほとんど記憶がない。

そもそも、首都圏新都市鉄道の「新聞記事無断使用」に関しては、今年の2月に、

中日新聞社は17日、新聞記事の無断使用で著作権を侵害されたとして、つくばエクスプレス(TX)を運行する首都圏新都市鉄道(東京)に約1250万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。中日新聞社が同日発表した。訴状によると、首都圏新都市鉄道はTXが開業した直後の2005年9月から19年4月までの間、中日新聞社が発行する東京新聞に掲載された記事について、同社の許諾を得ずにコピーするなどして画像データ化し、全従業員が閲覧できる社内イントラネット掲示板に掲載したとしている。」(日本経済新聞電子版2020年2月17日18時50分配信)

といった報道もされていたのだが、この時は、当の日経紙自身が「他人事」のように報じているだけである。

これまでの報道を見る限り、そもそもどういうきっかけで中日新聞社がこの「無断掲載」の事実を知ることになったのか、訴訟提起の前に任意での対価支払協議等が行われたのか、といったことは明らかにされていないようだし、それから約3か月経って、「他人」だったはずの日経新聞まで原告として訴訟提起するに至ったのはなぜなのか? 他の新聞社に追随する動きはあるのか? というところも、明確には見えてこない。

何かのきっかけで、「社内イントラネット掲示板」の存在を新聞各社が知ることになり、諸々交渉している中で提訴にまで踏み切ったのがこの2社だった、ということなのか、それとも、先行した中日新聞社の裁判記録等を通じて自社の記事も「掲示板」に含まれていることを知った日経紙が後から追いかけて提訴したのか等々、様々な推理が働くところでもある。

ただ、確実に言えることは、今回の一連の訴訟でもおそらく被告側にできることは損害額の大小を争うことくらいしかなく、違法性が肯定されてしまうことは間違いないだろう、ということ。

これが普通の民間会社なら、”裁判沙汰”になる前に、「定価」をベースに値切りつつ宥めて透かして交渉して、何とか任意で解決するところなのだが、今回の被告は沿線自治体が出資する三セク会社、しかも、沿線開発が進んだおかげでP/Lレベルでは黒字基調となっているものの、開業時の建設費の負担は未だに重くのしかかっているので、財務的に万全というわけでは決してない*3

それゆえ、数千万円単位の支払いを平場の交渉だけでまとめることはできず、1社のみならず2社にまで法廷に持ち込まれる結果になってしまったのだろうが、確実な「負け戦」をしなければいけない中の人の心情を思うと、何ともやるせない気分になる。

今回の被告は、三セクとはいえれっきとした株式会社で、株主のためにも経済合理性を追及しなければならない立場にあるから、前回の被告(国)とは異なり、おそらくは判決まで行く前に、和解のテーブルについてことを収める方向に持っていくような気がするし、それゆえ、上記の「謎」は謎のまま終わってしまう可能性も高いのだけれど、今回、幸運にも当事者となっていない”潜在的被告”の会社、団体にとっては、まさにこれこそ他山の石とせよ、というような話なわけだから、こんな憂鬱を味わう会社がもう二度と出てこないように、ということを願わずにはいられない。

そして、昔からの”慣習”を脱却できていない会社だけでなく、昨今ムーブメントになっているかもしれない、

「在宅勤務期間の間は、共有すべき資料を全部デジタル化してアップしておきましょう」

という発想で果敢に「快適なリモートワーク」態勢づくりに取り込んでいる会社にとってもこの話は鬼門となり得るのだ、ということも、ここで改めて確認しておきたい。

*1:よく昔話で語っている人がいるように、「幹部がどんな情報を欲しがっているか」というのをインプットした上で、短時間で要領よく必要な情報を選別する(「こんなのいらない」と言われない程度に簡素に、でも、あとで「何であの記事入ってないの?」と突っ込まれない程度の網羅性をもって、というバランスが大事)、という作業を通じていろんな能力が鍛えられるのは事実。ただ、何ぶん手間暇がかかり過ぎる話で、当時ですら人手が足りなくて徐々に派遣社員の方の仕事にシフトしていくようになっていったし、今のようにネットで検索すれば誰でも情報を入手できる時代であればなおさら、そんなところに時間をかけたりはしないよな、と思う。

*2:これは今でも認めていない会社が多いのではないかと思う。特に自社で有料のデジタル記事検索サービスを提供している会社は、ちょっとやそっとの額でおいそれと「自主デジタルクリッピング」を認めるわけにはいかないわけで、許諾を得ようとしても得られない、ということになるのではないかと思っている。

*3:さらに言えば、通勤路線だけにここ数か月の「コロナ」のダメージも確実に受けている。

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