それはコロナのせいじゃない。

そういえば・・・ということで、過ごしている間はすっかり頭の中から抜け落ちていたのだが、さる三連休の真ん中、日曜日は、本当なら東京五輪が閉幕する日だったようである。

半年くらい前までは、五輪のスケジュールとか大体は頭の中に入っていて、それを逆手にとって国外脱出しようかどうしようか・・・といった類の計画まで立てていたのに、そんなこともすっかり吹き飛んでしまっていた。

今年に関しては、輪をかけて空にも祟られ、7月の終わりまで長雨が続いていたり、いつもなら本格的な夏の到来を告げる名物花火大会もなければ、高校野球も地方によって日程がバラバラ、その辺の子供たちの夏休みも始まったり始まらなかったり、というような状況だったりもするから、自分ならずとも、いったい今がいつなんだ!という状況に陥っている人は少なくないはず。

そんなわけで、それまで我々の頭の中に染みついていた日常のカレンダーを全部吹き飛ばしてくれたCOVID-19のインパクトの強さにはただただ呆れるしかない*1

だが、そんな具合に何でもかんでも「新型コロナ」のせいでいいのか?と感じたのが今朝の日経紙1面の記事である。

「上場企業、純利益36%減 今期見通し 6割が減収減益 事業見直し不可欠」という仰々しい見出しで始まるトップ記事。

新型コロナウイルスの影響で遅れていた上場企業の2021年3月期の業績予想の開示が広がってきた。7日までの開示を集計すると、純利益は前期比36%減となり3期連続の減益となる見通しだ。上場企業全体で赤字となったリーマン・ショック時の09年3月期以来の落ち込みとなる。秋以降の回復力を高めるため、踏み込んだコスト構造の見直しや事業改革が欠かせない。」(日本経済新聞2020年8月11日付朝刊・第1面)

最近、企業業績、それもひどい業績開示に関する記事になればなるほど、枕詞のように「新型コロナの影響で・・・」というフレーズがくっついてくる。

確かに先月末から続いている決算発表では、飲食、レジャー、旅客輸送という悲劇の3業種に、自動車、鉄鋼、重機械・工作機械といったセクターの会社が、良くて減収減益、デフォルトは3利益全て赤字、といった状況になってしまっているのだが、先週のエントリーでも書かせていただいたとおり、4~5社に1社くらいは美しい「増収増益」で着地しているのも、この4~6月期決算のもう一つの特徴である。

自分の記憶が正しければ、これは、リーマンショックの影響がもろに出ていた2009年の期末決算や、東日本大震災直後の2011年4~6月期決算の「軒並み討ち死」といった状況に比べると、実にバラエティに富んだ展開ともいえるのであって、「上場企業」とすべてひとくくりにすることが適切だとは到底言えないような気がしてならない。

そして、上の記事のミソは、太字で強調した「3期連続」というところにある。

年明けから新型コロナの影響が長く続いているために、忘れてしまった方も多いのかもしれないが、元々2019年度の各社の決算は、出だしから決して芳しいものではなかった。

製造業に関していえば、2017年度くらいで業績がピークアウトして、下り坂に差し掛かっていた会社も多かったし、2019年度に入ってからは米中摩擦が深刻化してきたこともあって、自動車にしても鉄鋼にしても工作機械にしても、前年比で売上、利益ともに大幅減となっていた会社は結構目立っていた。

この数か月の「悲劇」ばかりが強調されるレジャー、旅客輸送、高級小売といった業界にしても、訪日外国人客数は昨年くらいから完全に頭打ちモードに入っていて、免税店の売上は伸びず、ホテルは過当競争が懸念されていた状況。それでも五輪までは何とか・・・というムードは残っていたが、それが終われば需要の崖が訪れることは火を見るより明らかだった*2

そう考えていくと、今、業績悪化で苦しんでいる業種の中に、「コロナさえなければ・・・」というところはほとんど見当たらない、というのが自分の素朴な感想である。

もちろん、何もなければ1割減、2割減で済んだ減収減益幅が、疑義注記が付いてしまうようなレベルにまで下振れした理由が新型コロナ禍にあるのは疑いないところだし、逆に、堅実に対前年100%台くらいで守っていたいくつかの業種で、「バブル」的な現象が起きているのも確かだから、新型コロナウイルスが多くの企業の業績に影響を与えていることは間違いないのだが、それは上り調子だった会社と下り坂に向かっていた会社の「差を広げた」だけで、状況を逆転させたわけではないというのが自分の見立て。

強いて言えば、消費増税で苦戦が予想された中、大幅に売り上げを伸ばした地方のスーパーマーケットや、マスク、衛生用品を製造する会社の中には「一転増収増益」となったところもそれなりにあるのだろうとは思うが、ドラッグストアが伸びて百貨店が沈む、とか、通信、半導体系のメーカーが伸びて重厚長大型のメーカーが沈む、などという傾向は、ここ数年ずっと変わっていなかったから、「事業改革を」という話をするにはちょっとタイミングが遅かったのではないか、という気もしている。

おそらく、まだニュースで新規感染者数の話題が取り上げられている間は、どれだけ現場が落ち着いてきたといってもまだまだ世の人々の多くはコロナの呪縛から逃れることはできないだろうけど*3、そんな状況が続くことで、これまでいろんな人が旗を振っても動きが鈍かった「電子化」が様々な分野で不可逆的に進められるようになってきているし、そういった特需の波に乗ってますます伸びていく会社はこれからどんどん出てくるはず。

出遅れ気味のスタートとなったBtoBのメーカーや商社等の中にも、7月以降、活発に動き回って、それまでの数か月間のマイナスを一気に取り戻そうとしているところは数多くありそうだし、現に世の中、様々な取引が猛スピードで動き始めている状況。また、前年度の4Qから今年度の1Qまでは仲良くそろって大きな赤字を叩きだしていた業界でも、ビジネスを工夫して進めた会社とそうでない会社との間で、四半期のたびごとに差が広がっていくことは十分考えられる。

できることなら、次の四半期決算発表の時期くらいまでには、あれだけ恐れられた新型コロナウイルスの影響がピタッとなくなり、どの会社も明るい顔で通期予測を開示していただけるようになればな、と思うのだが、そこまで行かなくてもよりはっきりと(同じ業種内の事業者との間ですら)”濃淡”、”明暗”が分かれるのがこれからの数か月だと思うだけに、ここはしっかりと「歴史の変わり目」を見届けられればな、と思っているところである。

*1:正直、一日単位で見れば、朝起きてから夜寝るまでの間にすることは、コロナ前後でほとんど変わっていなかったりもするのだが、週単位、月単位といった具合にスケールを広げていくと、やっぱり「普段とは違う」という感覚がどうしても湧いてきてしまう。

*2:誤解している人は多いが、五輪に伴う観光需要が一番盛り上がるのは「始まる前」までで、期間中は日頃頻繁に日本を訪れているようなヘビーユーザーは高騰したホテル代とセキュリティを嫌ってあえて訪日を避けるし、終わった直後も潮が引くように観光客がいなくなる、というのは、これまでいくつもの五輪開催地で見られた傾向である。もちろん五輪開催で世界中に都市名が連呼され、歴史にもその名が刻まれることで、将来の安定した観光収入につなげることができる、というメリットがあることは否定しないが、短期的にみれば、2020年7月以降は厳しい、というのが冷静な見立てだったように思う。

*3:個人的には、ここにきて感染者数の数字以上にメディアでの取り上げられ方がだいぶ落ち着いたな、という印象もあるので、感染者数がこのまま増え続けようが、そうなるまいが、秋の声を聞く頃にはいったん話題から消えてしまう、ということも十分考えられるのではないかと思っていたりする。ちょっと願望を込めすぎかもしれないが、一方で今日本の外側で起きているうねりは、正直「コロナにかまってる場合じゃない」と言いたくなるくらい大きなものになりつつあるのも事実だったりするので。

「23」の先にあるもの。

相変わらず週末の売上は留まるところを知らず、ここにきて対前年比∔50%前後の数字を開催日ごとにたたき出している中央競馬

それでいて、世の中の変化には機敏に対応し、決して情に流されることなく、「地元限定、僅か600人」という観客入場プランすらここにきて撤回する、という迅速な意思決定ができるところが政府の外郭団体とは思えないくらいの素晴らしさだと思うわけで、このまま秋のシーズンまで、徹底した管理体制で乗り切ってほしいと思わずにはいられない。

そんな中、この週末開催の話題としては3つほど。

1つは、これまで勝ち上がった馬が僅か1頭にとどまり、今年のセレクトセールでも評価ガタ落ち、と伝えられてきた種牡馬モーリスの産駒が新馬戦で3勝を挙げたこと。

モーリスといえば雄大な馬格が目を引くいかにもパワータイプ、という感じの馬だっただけに、新潟競馬場が東京にいると想像もできないようなひどい雨に見舞われ、日本一水はけがよいはずの芝コースまで悪コンディションになったことが産駒たちにはかえって幸運だったのかもしれないし(今週の新潟の2勝は稍重、不良の芝でのもの)、同じ理由で洋芝にも向いていた、ということなのかもしれないが(これまでの唯一の勝利は函館、今週も札幌の芝で1勝)、これでホッと胸をなでおろした人も多いことだろう。

パンパンの新潟コースで息を吹き返したドゥラメンテ産駒に続き、モーリス産駒もこの先勝ち星を積み重ねて行けるようになれば、ますます今後の”ポスト・ディープインパクトキングカメハメハ”の争いが面白くなるはず。

続く2つは、騎手の話、ということで、まずは日曜日の武豊騎手の4200勝

武豊騎手の場合、とっくの昔に「誰も踏み込んだことのない領域」に突入していて、こと通算勝利数の記録に関しては、”自分との戦い”の中で淡々と数字を伸ばしていくだけ、ともいえるから、「節目」だからといっていちいち大騒ぎするのは失礼なことなのかもしれないが、それでも歴代2位の岡部幸雄騎手に水をあけること1200勝以上。

数年前に「衰え」とか「そろそろ終わり」といった類の陰口すら飛び交うようになっていた騎手が、ここにきて完全復活を遂げ、現時点でリーディング3位の71勝を挙げているというのだから、もう何というか・・・である。

このペースでいけば、よりキリの良い「4500勝」、そして「5000勝」も徐々に近づいてくるわけで、その時まではまだまだ自分も追い続けていたい、と思わずにはいられない。

そして、最後はやはり、23歳の誕生日に藤田菜七子騎手が久々の2勝を挙げた、というニュースだろう。

新たに導入された斤量システムの恩恵を受けているところがあるとはいえ、藤田騎手の騎乗には年々確実性が増している。

デビューした頃の単なる”アイドル”的な取り上げ方や、いわゆる”クオーター”的な発想で彼女を見るのは、今や全く適切ではなく、特に今週も勝ち星を挙げた新潟「千直」のようなレースになってくると、話題性よりも何よりも、腕をかって彼女を鞍上に指名したい、と自分が馬主なら間違いなく思うはず((とにかくスタートダッシュを確実に決めてくれる、というのが大きいところで、元々コース相性が良い上に、お手馬が大外枠に入った日曜日の9Rなどは、彼女の馬を軸にしない選択はあり得なかっただろう、と思うところである。

また、変則的な2場開催ゆえ、関西からも多くの一流騎手たちが参戦している中、この開催最終日の新潟で勝ち星を挙げたことも特筆すべきことといえるだろう。

現時点では、迎えた歳の数にわずかに届かない「21勝」という数字にとどまっているが、来週から再び定番の3場開催に戻れば、有力馬への騎乗機会もより増えるはずで、夏の間の固め打ち、というストーリ―だって十分にあり得る。

同じ日に競馬界のレジェンドが記録した「4200」という数字はまだまだ遠いし、いくら彼女が今の人気を背景に果敢に挑み続けたとしても、そこまでたどり着くのはさすがに難しいだろうと思う。

ただ、だからと言って関東リーディングのベスト10争いが目標になってしまっては先々の進歩も望めないわけで、レジェンドと平凡な騎手の真ん中にある「その先」を見据え、さらに、もう再びケガで離脱の憂き目にあうこともなく着実に様々な壁をぶち壊していく存在になってほしい、と思わずにはいられないのである。

以上、とりとめもない語りとなってしまったが、まずは一歩一歩の地道な取り組みが何よりも大事、ということで、来週の開催も無事行われることを願いつつ、再び始まる新しい一週間に備えることとしたい。

「一敗の輝き」がないからこその未来。

春に続いて「夏」も早々と全国大会が消滅してしまった高校野球

現実には、多くの高校球児にとっての高校野球は、「甲子園」ではなく地方予選までだったりもするから、今、全国で無事”独自大会”が行われているのを見ると、最悪の事態を回避できただけまだよかったんじゃないかな、と思ったりもするのだが、それでも、幼い頃から本気で大舞台での頂点を目指し、過酷な練習に耐えてきたスポーツエリートたちにとっては本当に悔しい夏になってしまったはずだし、そんな世界とは無縁のところで生きてきた自分にとっても、例年なら今頃は連日流れていたはずの「全国高等学校野球選手権大会」のニュースが流れない、ということへの寂しさは当然ある*1

そんな中、今年もめぐってきたNumber誌の高校野球特集号。

Number(ナンバー)1008号[雑誌]

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  • 発売日: 2020/07/30
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今回は、”野球親父”たちの郷愁を年に一度呼び覚ます、という例年のコンセプトに加え、「甲子園に出たくても挑む機会すら与えられなかった」球児たちへエールを送る、というトーンも色濃く出ている企画になっていて、その辺はさすがに考えたな・・・という印象は受けたのだが、中でも強烈だったのが、冒頭に登場する、桑田真澄氏と荒木大輔氏という、春夏の甲子園を出尽くした男たちの対談企画*2

甲子園で2度頂点を極めた桑田氏と、結局一度も優勝旗には手が届かなかった荒木氏。バックグラウンドを眺めても、徹底したスパルタ式のPL学園とリベラルな早実、求道者的なストイックさと”野球を楽しむ”精神等々、大きな違いがある両者だが、1年生の夏にエースとして鮮烈なデビューを飾り、一時代を築いたという点では共通している。

そんな2人が、かれこれ40年近く前の思い出話に花を咲かせる、という実に味わい深い企画なのだが、やはり今の状況の下で刺さるのは、対談終盤の以下のようなやり取りである(強調筆者、以下同じ)。

桑田「今年の高校3年生は甲子園を目指すことさえできなかった。もし自分だったら、と問い質してみると、僕もおそらく、ある時期は落ち込んで自暴自棄になったと思います。でも、その時期が過ぎたら次の目標に向かっていたと思うんです。厳しい言い方になるかもしれませんが、落ち込むだけ落ち込んだら線を引いて、次の目標に向かってほしい。甲子園がすべてじゃないから。僕たち野球人は、人生の勝利者にならないといけない。(以下略)」


荒木「子どもたちはよく我慢していると思う。感情を爆発させてもおかしくないくらい酷いことが起こってしまったのに、本当によく我慢している。そんな彼らに掛けられる言葉はないよ、何を言っても、「オレら、甲子園には出られないし」みたいになっちゃいそうな気がして・・・。
(以上13頁)

あくまでストイックに「前へ進め!」と喝破する桑田氏と、素朴な優しさを前面に出す荒木氏の対比がそれぞれの野球人生ともラップするし、「アイツらと同じユニフォームを着て、一緒に野球がやれるなら、甲子園に5回出られないかもしれなくても、最初からやり直したい」という荒木氏の回想と、「あれ以上は頑張れない。・・・絶対にやり直したくない。」という桑田氏のそれとが最後までかみ合わない、というのも、また実に”らしい”ではないか、と思ってしまう。

自分も、楽しかった、充実していたと感じる経験に、悔しかった、力を出し切れなかったという思いが入り混じりつつも、それぞれの局面で全力を出し尽くしてきたようなところはあるから、「やり直したくなんてない。終わったら次の目標に向かうしかない。」という桑田イズムの方がしっくりハマるのだが、対談に出てくる人々が皆そういうスタンスでがんがん語っていたら、それはそれで暑苦しくて読みたくない記事になってしまっていたはずで、そんな読後感を残さなかったこの記事のバランス感覚が絶妙だった、ということは、ここで強調しておきたい。

そして、この対談の中での桑田氏の発言の中でもう一つ印象に残ったもの。

それは、上記引用箇所の前に出てくる、

野球の神様と甲子園の神様は違うと、僕は思います。甲子園に出てマイナスになる選手もいますし、甲子園に出られなかったことがプラスになる選手もいる。その選手がどう活かすかだと思うんですよね。」(13頁)

というフレーズ。

確かに、本号に限らず、毎年「甲子園特集」の企画に接し、過去の名勝負、甲子園を沸かせた選手たちの当時の姿が蘇るたびに、記事の中では触れられたり、触れられなかったりする「あ、でもその後は・・・」という残酷な現実とのギャップに切なさを感じてしまったりもするわけで、この一言に触れた後に、「甲子園一敗の輝き」のタイトルの下登場する様々な”名勝負”記事を見ると、余計に様々な感慨が湧いてくる。

今年に関していえば、「甲子園に続く道」が断たれた時点で、スーパーエリートから公式戦未勝利の学校の選手まで、全ての球児が「負け」を味わったということもできるし、逆に本当の意味での「一敗」を誰も味合わずに済んだ、という見方ももできるところ。

そのことが、今年「3年生」として夏を迎えた選手たち一人ひとりの人生にどうかかわってくるかは分からないが、ここで「壁」とか「燃え尽き感」を味合わなかった(味合うことができなかった)ことで、いつもの年より次のステージで野球を続ける人たちが増えるなら、それはこの最大の不幸の下での数少ない”果実”というべきだし、できることならそうあってほしい、と願うばかりである。

*1:いくら「第2波」の真っただ中だからといっても、一方では、今、入場制限を付しつつも観客を入れた状況でプロ野球が行われている、という状況もあるだけに、春も夏も早々と(残酷な)「中止」を決めてしまった主催者、競技団体の度胸、というか器量のなさには正直がっかりさせられるところもある。過去エントリーも参照のこと(今日のCOVID-19あれこれ~2020年3月5日版 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~)。

*2:石田雄太「悔しさを誇りに変えて」Number1008号8頁。

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悪い数字に騙されるな。

新型コロナウイルス感染判明者が全国で連日1000人を超える中、先月末から四半期の決算発表シーズンに突入している。

日経新聞には、このシーズンの出だしから、連日のように派手な減収減益、巨額の赤字、といった類の記事が掲載されていたし、今月に入ってからも全体としてはその傾向に変わりはないのだが、今朝の朝刊になって、ようやくちょっと毛色の違う記事も出た。

新型コロナウイルスによる生活様式の変化を捉えた企業が利益を伸ばしている。2020年4~6月期の純利益が過去最高となったのは、5日時点で41社となった。テレワークの普及や在宅時間の増加によって、パソコンや食品などは需要が増えている。全体では3社に1社が赤字という逆風下で、最高益はわずか約4%にとどまる。」(日本経済新聞2020年8月6日付朝刊・第2面、強調筆者)

これを眺める限り、「良い業績になったとはいえ、「巣ごもり」「テレワーク」といった特殊要素によるものに過ぎず、それもほんの一部に過ぎない、全体としては依然不景気」というトーンに変わりはないから、読み飛ばしてしまった人の方が多いかもしれない。

だが「最高益」というキーワードを離れ、純粋に「この四半期末時点で前年と比較して業績が良くなかった会社」を探していくと、さらに異なる現実が見えてくる。

先週の決算発表で、増収増益(純利益ベース、業績が好転していても依然赤字、というタイプの会社は除く)だった会社が、だいたい150社ちょっとあった、という話はこのブログでもしたところだが*1、今週、ここまでのところで自分が拾えた数を挙げるなら、今日まででざっと130社超。そのうち2桁増収になっている会社が60社ほど存在する。

もちろん、上場企業全体の中で見ればほんの一握りじゃないか、という突っ込みはあるだろうが、今週の月~木に決算発表を行った会社がざっと750社程度であることを考えると、5~6社に1社、という割合だから、決して”超レア”な存在というわけでもない。

そして、増収増益企業の中には、何かと新型コロナの話と結び付けられがちな食品、ゲーム、Webサービス系の会社だけではなく、半導体電子材料といったところから、官公需に強い建設会社まで、比較的幅広い業種が含まれている、ということにも目を向けるべきだと自分は思っている。

今回のコロナ禍の「直撃」を受けた、旅行、旅客輸送、ホテル、飲食、アパレル、娯楽施設運営といった業種のダメージが激烈なのは疑いようもない事実だし、今の状況を見る限り、おそらく最終の期末まで行っても、よほど逆境耐性が強い会社でない限り、これらの業種の中で浮き上がる会社は出てこないだろう、という予想もおそらく外れることはないのだが、少なくとも上場している企業のレベルで見れば、これらの事業を営むプレイヤーの市場での存在感は、これまでも決して大きなものではなかったわけだし、これらのセクターに生じた出来事が経済全体にインパクトを与える、という事態もちょっと考えにくいところはある。

また、自動車産業を中心に、これまでわが国の「基幹」産業とされてきた機器、機械製造の分野で大きなマイナスが出ていることも確かだが、こういった分野に関しては、ここ数か月の間に需要が消失していたとしても、社会的ニーズが消えない限り、再びそれは戻ってくるのであって、今の状況は「壮大な期ズレ」に過ぎないのではないか、というのが自分の感覚だったりもする。

既に、前年比では芳しくない内容の決算を出した会社でも、3月頃に出した業績予測と比較するとかなり”好転”した、というリリースが様々なところから出てきており、場合によっては、今「通期赤字」で見通しを開示している会社でも、今の四半期で取り返し、次の四半期で追いつき、最後の四半期で増収増益に結論をひっくり返す(少なくとも「減収増益」というところにまでは持って行く)、というケースはそれなりに出てくるはずだ。

マイナスインパクトがある一定の閾値を超えてしまうと、減損だの何だので損失の谷が一気に広がってしまう、というのが今の会計制度だから、特に大きい企業であればあるほど、こういうときに決算に出てくるマイナスの数字の幅が天文学的に大きくなってしまう傾向はあるのだが、よく見ると現実にはそこまで収益構造が悪化しているわけでもなさそうだ、という会社は多かったりもするわけで・・・。

このブログでは、こと「経済」の問題に関しては、自分自身の体感を元に、「一部で騒がれているほど世の中の景気は悪くないぞ~」とか「だから政策選択を間違えるな~」といった強気のスタンスで一貫してエントリーを上げてきたところだったが、今続いている決算発表を見て、なおさらそれは決して間違ってない発想だったのだ・・・ということを改めて感じた、というのが正直なところだろうか。


「年内の最後の四半期で、日本全体の景気が好転する」とか、「結果的に年度が終わってみたら通年で大幅なプラス成長になっていても不思議ではない」という今の自分の戯言が、全て的中するとまで思い込んでいるわけではないが、「悪い方」の話ばかりを誇張して取り上げるより、頑張って結果を出した会社をきちんと取り上げていく方が、心理的にはポジティブな方に繋がりやすいと思うだけに、特にメディアには頼むぞ・・・という思いしかない。

そして、このシーズン最大の山場である明日(7日。同日には720件超の会社の決算発表が予定されている)、少しでも多くの”サプライズ決算”が来週以降の市場を賑わせてくれることを願いつつ、今週の残されたあと一日を楽しめれば、と思っているところである。

目指すべきは「ハイブリッド」の先にある。

月曜日の日経法務面のトップに「バーチャル株主総会」の話題が取り上げられていた。

中身のメインは今年「出席型」のバーチャル株主総会を開催した13社がささやかに取り組みの成果を振り返る、というもので、この手の調査で対象となった全社が回答した、というのはある意味凄いな、と思ったものの、基本的には”自画自賛”だから、それ以上掘り下げる必要はないかな、というのが率直な感想。

ただ、引っかかったのは、その脇に添えられた以下のようなコメント。

三菱UFJ信託銀行によると、6月に「参加型」「出席型」をあわせてバーチャル株主総会を開いた3月期決算企業は122社で、上場企業の5.2%しかない。何が開催を阻んでいるのか。塚本英巨弁護士は「株主総会の実務は保守的なのが伝統だ。関心のある企業は多いが、特に出席型は通信の問題など慎重にならざるを得ないのだろう」と話す。」(日本経済新聞2020年8月3日付朝刊・第11面、強調筆者、以下同じ)

見出しからして、「普及阻む保守的風土」だから、それだけで記者のバイアスが感じ取れる記事になってしまっているのだが、加えて登場する弁護士の、

「合理的な対応を取っている限り、通信断絶を理由に決議が取り消される可能性は低い」(塚本英巨弁護士)

とか、

「ネット株主の動議提出が制限されても、株主の不利益は少ない。来年以降は提出を認めないのが趨勢になるのではないか」(高田剛弁護士)

といったコメントを合わせ読み、とどめの「現実的には動議が提出される機会は少ない。」という記者の解説まで読むと、あたかも総会運営の実務に携わっている企業側の人間が「保守的」であるにすぎないようにも思えてしまう。

だが本当にそうなのか?

個人的には、この「バーチャル総会」について取り上げる際に、システム導入・運営のためのコストに触れなかったり、実際にオペレーションを担当するスタッフの負担に言及しないのはそもそもフェアではないと思っているのだが、そういった点を捨象しても、少なくとも現行法の下での「バーチャル総会」は推しづらい、と感じている。

ちょうどジュリストの先月号でも、この話題が特集で取り上げられていたところでもあったので、それに触れつつ少しコメントを残しておくことにしたい。

ジュリスト1548号(2020年8月号)特集「これからの株主総会-デジタル化への課題」

ジュリスト 2020年 08 月号

ジュリスト 2020年 08 月号

  • 発売日: 2020/07/22
  • メディア: 雑誌

ちょうど怒涛の6月総会が終わって一息ついた頃に出てきたこの企画。
収められている論文数は、冒頭の藤田友敬教授の「特集にあたって」を合わせても5本で、比較的小ぶりな特集、という印象があるが、中身は濃い。

特に、経済産業省が2020年2月に制定した「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」*1を紹介しつつまとめられた澤口実弁護士の論稿*2と、松井秀征教授の「バーチャルオンリー型株主総会」に関する論稿*3を読み比べると、両者が、「根底にある思想の違い」という点において似て非なるものであることが良く分かる*4

そこで、各論稿を紹介しつつ、現在においては「スタンダード」な部類に属するハイブリッド型から思うところを述べてみることにする。

◆ハイブリッド型バーチャル株主総会

澤口弁護士の論稿は、経産省の「実施ガイド」の考え方を確認しつつ、そこから生じる疑問点を端的にまとめておられる、という点で非常に価値のあるものとなっている。

「株主には常にリアル株主総会に出席する機会が与えられており、オンラインで出席する株主はいわばリアル株主総会に出席する権利を放棄しているといえることから、事前に適切な説明をすることを条件に、オンライン出席する株主とリアル株主総会に出席する株主との取扱いの差異を一定の範囲で適法とする点に特徴がある」(澤口・17頁、強調筆者、以下同じ。)

というところを出発点に、その整理の妥当性や、許容される権利制限の範囲について論じられた上で、「このような整理が今後も継続的に認められるのか」という問題*5や、「リアル株主総会が存在したとしても十分に機能していない場合」についても同様の整理が成り立つのか、という点に疑問を投げかけられる。

また、本稿では続けて、要求される「情報伝達の即時性、双方向性」のレベルについて取締役会との比較を踏まえて論じられたり、「出席」概念、賛否の確認方法、質問内容による選定の合理性、といった総会運営にかかわる論点をコンパクトながらくまなく挙げて検討を加えている。

結論としては「個別の賛否の確認が不要である以上、その意思表示ができなくても不適法とはいえないであろう」(19頁)、「会議の目的事項と関連する発言等であっても、より多くの株主の共通の関心事項に関する発言等を優先して取り上げることは合理的といえる」(19頁)といったように、実際に想定される運用を「適法」と解する方向で書かれているものの、それぞれの場面で「争点」となり得る問題があることを改めて確認させられた、というのが、自分の率直な実感だった。

特に「動議」の取扱いに関しては、澤口弁護士ご自身が、「オンライン出席する株主から動議が多数出された場合に対応が難しい」という指摘をされており(20頁)、最終的には、

「動議について濫用的な権利行使がなされる可能性は、リアル株主総会よりも高いのかもしれない。しかし、その差異は相対的なものに過ぎない。」(20頁)

として、これまでの「リアル株主総会」で多用されていたリスク回避策を「オンライン出席株主」に対しても使うことを提唱されているのだが、「総会屋対策」時代から30年近い時を経て練り上げられてきたこの手のリアル総会での「対策」を、まだ歴史の浅い「オンライン株主対応」の場面で使えるのか?という自分の素朴な疑問は消えないままだった。

今の時代、どんな会社の総会でも、いつ何時、アクティビストが現れて存在感を発揮するか分からないし、1年前まで平和なシャンシャン総会だった会社で大きな不祥事や経営権をめぐる騒動が起き、突然委任状争奪戦が始まる、ということだって十分考えられる。

何の安心材料にもならない「現実に動議を出されることは少ない」という一言で終わらせてしまう一般紙の記事に比べれば、踏み込んで書かれている分、まだ少しは勇気づけられるところはあるとしても、オンライン出席する株主の側からアクションを起こされた場合には、大量にテキストで送られてくる動議をどうさばくのか、という問題に直面することになるし、逆に活動的な株主の方々が「リアル出席」してきたときに、これまでのように、大量動員した社員株主や無垢なファン株主の議場での”拍手”で押し切る、という手法が使いにくくなる可能性もあることにも目を向けなければならない。

そう考えた時に、本気で使おうとするとかなり怖い運営方法だな、というのが自分の率直な感想であったし、実務家としては、「リアル」な場での会議と両立させなければいけない、という前提が付されている時点で、「オンライン」側に余計なリソースを割くべきではない、と考える方がむしろ合理的であるようにも思える。

そして、本稿を書いておられる澤口弁護士ご自身が、「ハイブリッド型バーチャル株主総会」の適法性を述べつつも、株主総会を「会議体」として整理することの意義等、今の株主総会制度に関する根本的な疑問を随所で示されている、ということも気になるところではあった。

◆バーチャルオンリー型株主総会

さて、こうした流れの下で登場するのが、「バーチャルオンリー型株主総会」に関する松井教授の論稿である。

この論稿の最大のポイントは、何といっても現行法の下では認められない、と多くの人が考えている「バーチャルオンリー型株主総会」について、理論的に許容される道を示した以下の記述にあるといえるだろう。

「筆者は、株主が分散している公開会社(上場会社)においては、個々の株主が議案に対して影響を与える可能性は皆無であり、会議体による正統化機能は極限まで形骸化していると考えている。したがって理論的には、別の仕組みーたとえば十分な情報開示と適切な投票機会の提供ーによって正統化が可能ならば、このような会社において株主総会が物理的な会議体である必要性はない。」(松井・27頁、強調筆者、以下同じ)

このくだりに対しては一部で批判的な見方もあるようだが、自分は実務サイドからの経験に基づく思いを込めて、上記見解に全面的に賛同する

「資本多数決」という大原則の下、事前の議決権行使で完全に決着が付いた状況で開かれる会合に「意思決定のための会議体」としての意義などあるはずもない

これまで株主総会にかかわる多くの人々がとっくの昔に気づいていたこと。それでも、これまでの会社法の伝統的な解釈の下では「会議体」の体裁を整え、膨大なコストを費やして「リアルな株主総会」を開かなければならなかったから、その場を少しでも有益な場とするために、個人株主に向けたIR 活動の場、広報活動の場としての活用を試み、会場周辺に展示コーナーを設けたり、手土産を用意したり、といったことまでして、当日足を運んでくださる株主のためにありったけのサービスを提供しようとしてきた。

法定の議決機関であるがゆえの制約も感じつつ、それでも何とか上記のような「意義」を持たせようとするための精一杯の工夫。

だが、そんなささやかな関係者の努力は、今年の「新型コロナウイルス禍」とそれに伴う「大人数参加総会=悪」という風潮の前に、悲しくも空しく吹き飛ばされてしまった・・・。

本稿は、海外の状況等に触れつつ、

「会議体としての株主総会というのは、あくまでも組織体としての株主総会、すなわち意思決定機関であるそれのための手段でしかない。その手段が絶対的なものでないことを認めれば、バーチャルオンリー型株主総会に関しても、さまざまな制約から解放され、相当に自由に議論ができるはずである。」(28頁)

と将来に含みを持たせたまとめで締めくくられている。

自分自身の意見をストレートに申し上げるなら、これでもまだ不十分だと思っていて、法改正がなされることを前提に、「会」としての「株主総会」の廃止まで踏み込むかどうかの議論までしてほしいものだ、と思っているところではあるのだが*6、仮にそこまでいかなかったとしても、「会議体」としての様々な制約を解き放つ形で「株主総会」を淡々と済ませることができるようになるだけで、実務サイドの負担は大きく減らすことができ、より多くの、中身のある有益な活動にリソースを振り向けることができるようになるはず*7

そして、「株主総会」というフィクションの会議体に対し、ここまで振り切った方向で整理できるようなコンセンサスが形成されて初めて、多くの会社が「バーチャル総会」へと移行する環境が整うと言えるのではないか、と自分は考えているところである。


最後に冒頭の記事に戻るなら、今の「株主総会」をめぐる価値観と、会社法の通説的解釈の下で「ハイブリッド型」でやらざるを得ない「バーチャル株主総会」に踏み切る会社が少ないのは、株主総会にかかわる企業実務家が「保守的」だからではなく、株主総会をめぐる建前と現実のはざまで、極めて「合理的」な思考の下で行動しているからだ、ということはここで強調しておきたいと思っているし、本当に「バーチャル総会」のメリットを浸透させたいのであれば、中途半端な「ハイブリッド」ではなく「オンリー」、しかも決議結果には影響させない形で開催できるところまで環境を整えるべきだ、ということを申し上げて、本エントリーを締めくくることにしたい*8

*1:https://www.meti.go.jp/press/2019/02/20200226001/20200226001-2.pdf

*2:澤口実「ハイブリッド型バーチャル株主総会」ジュリスト1548号16頁。

*3:松井秀征「バーチャルオンリー型株主総会-その理論的基礎と可能性について」ジュリスト1548号22頁。

*4:これまでの、まさに春先から総会シーズンに向けて出された様々な論稿の中でも、「バーチャル総会」の話題は取り上げられてきたが、それらの論稿の多くが「新型コロナウイルス感染症対策」という課題克服の視点を取り入れたものだったのに対し、今回の特集に掲載されている論稿は、そういった特殊な前提を抜きにして純粋に「未来の総会の姿」としてこれらの「バーチャル総会」を論じている、という点に大きな意義がある気がする。

*5:澤口弁護士は、「リアル株主総会は細々と存在するような状況」になった場合に「追加的な手段」と言っても説得力が欠ける、ということを指摘されている(17頁)。

*6:従来の招集通知に代えて、事業報告とともに議案を開示し、株主に議決権行使のための一定の期間を与えた上で、その結果で意思決定を行えばよい、という発想である。

*7:ホテルの大宴会場を数日間貸切って行うような規模の会社が、それをやめてストレスの少ない「バーチャルオンリー」に移行すれば、システム導入コストを考慮しても確実に費用は浮くし、その浮いた費用だけで、IR担当の社員を3~4人は雇えるはずだから、CGコードあたりで「個人投資家向けの四半期に一度の説明の機会を設けること」を実質的に強制しても、十分お釣りがくるような気がする。

*8:そうでなければ、単にホテル業界と会議系のシステムを提供する業界、そして総会回りのあれこれを手掛ける業界にすべからく恩恵を与えるために「バーチャル」云々と言っているだけではないか、と勘繰られても仕方ないのでは?と思ってしまうのである。

1000の壁を超え、我らはどこに行くのだろう?

じわじわと増えてきた新型コロナウイルス感染判明者数/日は、7月29日、遂に1000人の大台を超え、さらに週末にかけて1300~1500人くらいの大きな数字をコンスタントに出し続けている。

これまで一人も感染判明者を出していなかった岩手県内でも、とうとう感染事例報告が出てしまったし、地域によっては少し数字が落ち着く日曜日になっても、まだびっくりするような大きな数字が出てきていたりもする。

数字が増加する一途だった連休前のことを考えれば、先週が始まった時点では、既にこの国の誰もが「時間の問題だな・・・」と覚悟を決めていただろうとは思うのだが、いざ”4ケタ”の数字を突き付けられると、必要以上の閉じ込め圧力にも我慢した春先の苦労は何だったのだろう?という徒労感に襲われるし、ここ数日の「凪」の後に出てくるのがどんな数字なのか、ということを考えると、正直げんなりするのは確か。

遠くから見ていると、もはや中央政府は腹を括って「どれだけ感染者の数が増えようが、世の中を動かすことが最優先」というポリシーを貫く構えのように見えるし*1、各自治体も一部の自治体を除けば、3月、4月とはうって変わって政府筋の顔色を窺いつつ、世界中で起きている「第2波」を手をこまぬいて眺めているようにすら見えてしまう。

だが、以前にもこのブログで書いた通り、まだまだ感染者が増え続けている、というアブノーマルな状況において、「Withコロナ」だとか「新ノーマル」だとかといった言葉で”平時”を装うのは、どう考えても無理だ*2

感染者数の増加に抗するかのように、観客を入れて試合を催行し始めたプロスポーツの世界でも、「発熱している選手がいるのに試合やるのかどうか」で紛糾し、感染者判明で直前で試合を中止し、と、なかなか落ち着く気配がない。

それでも一晩、一興行で多くのお金が動くプロ野球Jリーグの世界なら、毎試合ハラハラし、させられても”続行”の余地をとことん追求する方が理にかなっている、と言えるのかもしれないが、これが巷の零細飲食店、零細旅行代理店といったところになってくると、あれこれコストかけて対策を施しても何か起きれば営業を止められる、ツアー客を集めても土壇場でキャンセルになる、という変化についていくのは相当苦しいはず。

少なくとも5月くらいまではうまくいっていたはずの「対策」をやめて無理やり「平時」に戻そうとしている背景に、苦境に立たされた中小事業者を救済する、というお題目があることは重々承知しているし、6月から7月半ばくらいまでのつかの間の回復過程が、”干天の慈雨”として機能した一面があることは否定しないが、今のような状況になってくると、中途半端な「両立」政策がかえって事業者の傷を深くするリスクにも思いを馳せなければならないだろう。

どんなに凶悪な感染症でも、対策を徹底すればいつかは収まる。だから、それまではリスクのある営業形態を止めコストを徹底的に押さえる、必要に応じて支援給付でつなぐ、場合によってはいったん撤退して次の参入に備える、という形だってあり得る。知恵を絞れば「平時モード」を押し通そうとしなくてもできることはいくらでもあったはずなのに、中途半端に『経済を回そう』とした結果、かえって事業者の体力を奪い、回復を遅らせているのだとしたら、何とも残念な話だというほかない。

幸か不幸か、こと、この新型コロナウイルス対策に関しては、未だに世界中のどこを見回しても、「対策が決定的に成功した」と言えるような国はほとんど見当たらない。

今の時点では、欧州の一部の国や台湾、ニュージーランドあたりが高い評価を受けているようだが、ちょっとした隙間から力強く勢力範囲を広げてくるのが今蔓延しているウイルスだから、現時点での静けさをもって、1か月後もまだ成功しているといえるかは誰にも分からない、というのが正直なところでもある。

ただ、だからといって、この国において、抜本的な対策を講じないまま感染判明者の数を増やし続けるのが賢い対策だとは思えないし、「第2波」が始まった当初、「平時モードを続ける」ことを正当化していた様々な理屈(集中的に検査しているから人数が増えるだけ、とか、若い世代や無症状者がほとんどだから感染しても深刻な事態にはつながらない、とか、そもそも「コロナはただの風邪」といった類の話とか・・・)は、一部ではすでに破たんしかかっているし、たぶんあと1~2週間もしないうちに、誰も「そんなこと言えない」って状況になってしまうような気がするので、中央政府が「緊急事態宣言」を出そうが出すまいが、生き延びないといけない理由がある者は、もう一度腹を括り直し、リスク回避のためのシェルターを自ら作る気構えで臨まないといけない、と思っているところである。

なお、先週から4-6月期の決算発表が本格的に始まっているのだが、新聞では相変わらず、大幅な減収、巨額の赤字転落の憂き目を見た会社のニュースが大きく取り上げられている一方で、増収増益(純利益ベース)の決算を出している会社も、自分がざっと眺めた限りで150社を超えるくらいはあった。

スーパー・ドラッグストア・100円ショップ、といった分かりやすい業種はもちろんのこと、家庭用食品に電子コミック・ゲーム、個人向けに配送サービスを提供する運送業、さらには証券会社まで巣籠もり族をターゲットにした業種もおおむね好調*3

メーカーでも自動車や産業機械周りが壊滅的な打撃を受けている裏で、半導体電子材料系の会社の中には、かなりの好業績となっていたところも多かった。

そして、「DX」を旗印に掲げた業務支援サービス提供系の会社の中にも、伸びているところはかなりある。

こういう時に苦しんでいる業界に目を向けることは確かに大事なことではあるが、世の中の序列をすべてこれまでどおりにキープすることを政策目的にすべきではないし、ましてや、特定業界を救済しようとした結果、健全に成長を続けていた業界まで止めてしまったら、何のための政策発動か分からない

ここ数か月の試行錯誤の中で、今の状況下では、(大集団ではなく)「個」にフォーカスした商品・サービスや、「個」にアプローチするためのサービスがいかに効果的か、ということを既に多くの人が学んでいるはずだし、成功事例も多々出ているわけだから、今波に乗れていない会社も、従来型のマーケットへの執着を捨て、柔軟に自社商品、サービスのモードチェンジをしていくのが最善手、それができなければ嵐が過ぎるまで穴熊作戦で守り抜く、といった手を打っていくしかないしかないだろう。

一日でも早くこの事態を終わらせたい、というのはすべての人々に共通する願いで、だからこそメリハリをつけ、時に結果的に残酷なジャッジになったとしても、筋の通った政策を貫き通してほしい、というのが今の自分のささやかな願いなのである。

以上、今週、少しでも明るい話が聞けることを願いつつ・・・。

*1:とはいえ、ちょっと世論の風が吹くとあっちへこっちへと流れていく”軽さ”も依然として残っていて、それが様々な政策のブレにもつながってしまっているのが現状ではあるが。

*2:本当の「ノーマル」を取り戻せる日は来るか? - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照

*3:証券会社などは会社によってプラス、マイナスがくっきり分かれているだけに、必ずしも恩恵を受けた業種、とは言い切れない面もあるのだが・・・。

結論には何の異論もないのだけれど。

日経紙で先行報道され、29日には個人情報保護委員会からも正式に命令の内容が公表された「多数の破産者等の個人情報をウェブサイトに違法に掲載している」件で、週末にようやく公表資料*1に目を通すことができた。

この件に関しては、昨年前身のサイト(?)が話題になった時から、”しでかした”側の意図・目的に対しては違和感しかなく、既に免責を受けている破産者の情報を何年も経っているのに”晒す”ことの問題点はもちろんのこと、破産申し立て当時の住所地でマッピングすることにいったい何の意味があるのか・・・という別の観点からの不可解さもあった。

一度消えたはずのサイトが、またいつのまにか復活していた*2、というのは今回の報道を受けて初めて知ったのだが、これが「ウェブサイトを停止せよ」と言われても仕方のないような事案であることは間違いないと思っている*3

ただ、個人的に気になったのは、個人情報保護委員会のリリースがいつもながら非常にあっさりとしたものだったことで、しかも、

「当該2事業者は、破産手続開始決定の公告として官報に掲載された破産者等の個人情報を取得するにあたり、利用目的の通知・公表を行わず(同法第 18 条)、当該個人情報をデータベース化した上、三者に提供することの同意を得ないまま、これをウェブサイトに掲載していたものである(同法第 23 条第1項)。」(強調筆者、以下同じ。)

と、個人情報保護法上の要件を欠くことのみを「命令の原因となる事実」として挙げていたこと。

もちろん利用目的の通知・公表や同意取得、といった手続きが行われていなかったことは事実なのだろうから、処分を行う機関の立場で必要最小限の事実だけを淡々と記載する、というのも、お作法としては間違っていないのだろうが、こと本件に関してこれだけしか書かれていないと、

「それなら、サイト運営者が利用目的の通知・公表を行っていれば良かったのか?」

とか、

個人情報保護法23条2項に基づき、オプトアウト可能にした上で必要事項を公表し、個人情報保護委員会に届け出ればそれでよかったのか?」

といったおかしな方向に議論が向かうことにもなりかねない*4

この辺は、本来私人間の問題であるWebサイトのプライバシー侵害の話に公法的な規制に基づいて処分機関が介入を試みている、という本件の性質上やむを得ないところだとは思うのだが、今回のリリースではさらに進んで、

「本命令の対応期限(本年8月 27 日)までに具体的な対応がなされない場合は、同法第 84 条の罰則適用を求めて刑事告発することを予定している。」

と決して穏やかではない警告も発せられていることにも注意が必要だろう。

「公開されている情報」であっても、個人情報としての保護は受けられるし、だからこそ利用する側が法所定の要件を満たさなければ個人情報保護法違反となる、という理屈は全くそのとおりだとしても、単に「個人情報」の定義に該当する、というだけで公開情報の利用に一律に網をかけられてしまうのだとすれば少々行き過ぎの感は否めないし、こと行政機関に対する情報公開請求等の場面では、「公開されている」情報であるかどうかによって「プライバシー保護を理由に請求を拒めるかどうか」のラインが変わってくることもある(それは「公開されているかどうか」によって、プライバシーの要保護性のレベルを分けるという発想の現れでもあるように思われる)のだから、「公開情報の利用」を規制するにあたっては、本来はより慎重な配慮が必要になるはず。

そして、本件で、個人情報保護委員会の命令が至極当然のものとして受け止められ、刑事告発まで踏み込むことにも(おそらくは)大きな異論が挙がらないのは、

「もともとの公開目的からはかけ離れた目的で個人情報を利用している & 当該個人情報自体が『破産申立てを行った事実』という極めてセンシティブな情報と結びつくものだから」

という特殊な事情があるからに他ならないのに*5、今回のリリースは、そういった理由に一切触れることなく、一見すると形式的な法令違反だけで「刑事告発」まで一気通貫で突き進んでいるように見えてしまうのが気になるところである*6

いずれサイト作成者が特定され、刑事、民事訴訟の場で手続きが進められるようなことになれば、より突っ込んだ議論も展開されることになるのだろうが、もしかしたら本件が「このまま」終息してしまい、「公開されている個人情報の利用に対して、個人情報保護委員会刑事告発まで行った」という事実だけが一人歩きしてしまう可能性もあるだけに、以上、現時点の問題意識として一応書き残しておくことにする。


なお、最近の事例として、ハローページに掲載されていた自己の氏名、住所、電話番号をウェブサイトに掲載された人が、ウェブサイトの作成者を相手に損害賠償&記載削除請求を起こした、というものがあり(京都地判平成29年4月25日)*7、そこでは、ウェブ作成者の行為の違法性が認められ損害賠償が一部認容されているのだが、当然ながらそのような判断を行う上での考慮要素はきちんと明示されている。

「インターネットに掲載された情報の複製(コピー)は極めて容易であるため,いったんインターネットで情報が公開されると,それを閲覧した者なら誰でもその情報の複製を作成してインターネットに掲載することができ,短時間のうちに際限なく複製の掲載を行うことも可能であって,そのように多数の複製の掲載が行われた場合,これらを全て中止させることは事実上不可能であるから,いったんインターネットに公開された原告の氏名,住所及び電話番号は,いつまでもインターネットで閲覧可能な状態に置かれることになる。また,インターネットへ掲載されると,検索サービスを利用することで,氏名から住所及び電話番号を,住所から氏名及び電話番号を容易に知られることとなる。このような開示の相手方及び開示の方法は,紙媒体を用い,配布先が基本的に掲載地域に限定されている電話帳(ハローページ)への氏名,住所及び電話番号への掲載とは,著しく異なるものである。したがって,原告がハローページの掲載を承諾したことをもって,インターネットへの掲載を承諾したとはいえないし,原告が氏名,住所及び電話番号をAで公開されない法的利益は大きいということができる。これに対し,原告の氏名,住所及び電話番号は,公共の利害に関しない個人の情報であり,掲載しなければならない特段の必要性は認められないから,本件情報を公開する法的利益が大きいとはいえない。」
「以上からすれば,本件掲載行為①については,原告の推定的な同意があるとはいえず,受忍限度の範囲内ともいえず,公益の優越が認められる場合ともいえないから,本件掲載行為①は違法であるというべきである。」(以上、判決PDF13~14頁、強調筆者、以下同じ。)

また、この事件では、当該損害賠償請求事件を提起された事実をウェブサイトに掲載したことも請求の対象となっているのだが、その点については、

「他方,本件掲載行為②③のうち,原告が本件訴訟の原告である事実及び本件仮処分事件の債権者である事実を掲載した部分については,住所,電話番号及び郵便番号とは別に解する必要がある。」
「原告が本件訴訟の原告である事実及び本件仮処分事件の債権者である事実は,周知のものとはいえず,一般人を基準として,他人に知られることで私生活上の平穏を害するおそれがあることは否定できず,プライバシーとして法的保護の対象となるということはできる。」
「しかし,裁判の公開は,司法に対する民主的な監視を実現するため,絶対的に保障されるべきものであり憲法82条1項),当事者の権利義務を確定する訴訟については,当事者の氏名も含め,当然に公開が予定されているものである民事訴訟法91条,312条2項5号)。仮処分は,必ずしも公開の手続を予定していないが(民事保全法3条,5条),本案訴訟を前提とするものであるから(同法37条),その内容については秘匿すべき情報とはいえない。そうすると,原告は,本件訴訟を提起し,本件仮処分事件の申立てを行ったことによって,本件訴訟の原告及び本件仮処分事件の債権者として,氏名を他者に知られることを受忍すべきものといえる。また,本件訴訟及び本件仮処分事件において審理の対象となっている情報は,特に私事性,秘匿性が高いものとはいえず,原告の氏名と結びつくことによって,原告の私生活上の平穏を著しく侵害するものとはいえない。このことは,不特定多数人を開示の相手方とし,情報の拡散性,情報取得の容易性を特徴とするインターネットにおける掲載行為においても,同様である。」(判決PDF16~17頁)

として、原告氏名の削除請求を退けている、ということにも留意する必要がある。

2年がかりで世を騒がせた「破産者情報Web掲載」問題を、「やった奴けしからん、やっつけろ!」という話だけで終わらせるのではなく、何がダメで、どこまでなら許容されるのか、ということをしっかり議論するきっかけにすることが、成熟した「個人情報保護」社会のあるべき形なのではないかな、と思う次第である。

*1:https://www.ppc.go.jp/files/pdf/200729_meirei.pdf

*2:同一人によって開設されたものなのか、それとも”模倣犯”なのかは、定かではないようだが・・・。

*3:なお、個人情報保護委員会のリリースには、「このようなウェブサイトの中には、マイニングツール等のプログラムが設置されており、パソコンの処理能力が意図せずに使用され、動作が遅くなるなどの事象が生じる可能性もございますので、いずれのサイトも閲覧されませんようお願いします。」とあり、サイト名等も特定されていないのだが、自分はこれを読む前にネット上の情報を元に対象サイトの一つを閲覧しに行ってしまった(幸いなことにPCには今のところ何の異常もない)。行政機関の命令の妥当性を多くの人が客観的に検証できるようにする、という観点からは、本来対象サイトを明確に特定した上で命令を公表するのが筋なのだが、本件に関しては、「多くの人が見に行くと余計にプライバシー侵害のレベルが増す」ことが避けられないだけに、「マイニングツール」の存在を理由に挙げてでもこういう形で”拡散阻止”を図るのも止むを得ないことだろうと納得はしている。

*4:現に「個人情報保護委員会に届出をしているから」という言い訳をして、勝手に弁護士の登録情報(それも古い、現時点で見れば誤った情報を)載せ続けているウェブサイトもあったりする(最近はかなり数が減ったように思われるが・・・)。個人的には迷惑なことこの上ないのだが、かといってオプトアウトを要求するのも面倒、というか、かえってややこしくなりそうなので、放置するしかないのだが実情だったりもする。

*5:実際、本件に対する報道や、それを受けた有識者のコメントには、そういった観点から個人情報保護委員会の判断を擁護するものが多かった。

*6:例えば、悪意の商標出願を繰り返す出願人(個人)への警戒を促すため、義憤に駆られた弁理士が、公開されている商標公報に基づいて「けしからん出願を繰り返している出願人データベース」を作成し、事務所のウェブサイトに掲載した、というような事例が仮にあったとして、それでも個人情報保護委員会が同じようなリリースを出したら、「おいおい」という突っ込みはあちこちから入るはずである。

*7:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/857/086857_hanrei.pdf

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