法律雑誌記事ダイジェスト(4月後半)

相変わらず遅ればせながら、のエントリーだが、
簡単に振り返ることにする。

ジュリスト1310号(2006.4.15)

特集は「行政訴訟判例の展開」。
改正行政事件訴訟法の施行1周年と、
昨年暮れの「小田急訴訟大法廷判決」を受けた特集、というべきか*1


『連載・知的財産法の新潮流』(第14回)では、
青山学院大教授*2の松田政行弁護士による
「デジタル・コンテンツの利用と同一性保持権に関する一考察」*3


本論文は、「ときめきメモリアル事件」(最三小判H13.2.13)を素材に、
同一性保持権をめぐる「極めて近い将来の法状況を占う」ものであるが、
松田弁護士は、終始一貫して、上記最高裁判決を支持する姿勢を見せている。


すなわち、

①改変ソフトによるゲームのストーリーの改変が同一性保持権侵害になるか、
②ユーザーの私的領域における改変が同一性保持権侵害になるか、
③改変用メモリーカードを輸入、販売した業者の侵害主体性、

といった上記判決から出てくる論点について、
それぞれ最高裁の結論を是認する論旨を展開されるのである。


①、③はともかく、
②については、最高裁自身が明確な判断を示していないところであり、
松田弁護士ご自身が引用されるとおり、
作花文雄教授、上野達弘助教授、岡村久道弁護士等の反対説が有力になっている
この論点において、あえて違法性を肯定する説を唱えるあたり、
実務家としての“凄み”を感じさせられる。


また、③に関しても、
侵害幇助者に対する差止請求の認容に肯定的な姿勢を示されるなど*4
いろいろ議論を呼びそうな内容になっているのは確かである。


著作権法20条2項4号の解釈をめぐって、
上野助教授の「利益衡量説」に対する批判に相当の紙幅を割かれるなど(132頁以下)*5
近年学界で有力になりつつある“強すぎる”著作権への懐疑的姿勢に対する
一種のアンチテーゼとしての色合いが強い論文といえるだろう。


こと私的領域における改変、の話などは、
単なる解釈論を超えた問題ではないか、とも思えるだけに、
そこまで踏み込んだ言及がないのはやや残念であるが、
おそらくは多くのコンテンツホルダーをクライアントに持つ実務家が
書かれた論文である以上、
上記のような帰結になるのも、理解できなくはない。


労働判例研究』で取り上げられているのは、
トナミ運輸事件(富山地判平成17年2月23日)*6


いわずと知れた内部告発に関する事件だが、
評釈者は、判旨におおむね賛成、としつつも、
消滅時効の起算点」、及び「損害額の算定」について疑義を唱えられている。
後者に関しては、事実認定の問題ではあるが、
両角助教授のご指摘には、頷かされるところが多い。

NBL831号(2006.4.15)

ここにも松田弁護士の短いコメントが掲載されている*7
企業内に知財全般を広く理解した人材を抱えることの重要性を説かれているのだが、
チラッと出てくる「MHM知財基礎セミナー」の“宣伝”が何とも奥ゆかしい。


『新判例紹介』では、
早大の鎌田教授による東京高判平成18年2月28日の解説が興味深い*8
以前ジュリストで潮見教授がコメントされていた事件と同種の
外国語会話学校の受講契約の途中契約をめぐる問題であるが、
一見原告(受講生)側に優しいように見える判決に対して、
契約法の原則論に立ち返った上で、潮見教授と同じく裁判所の理論構成に
否定的な見解を示されているあたり、
今後の動きを読む上で示唆的な論稿になっている。


特集記事の中では、
國廣弁護士による論稿が、「コンプライアンスとは何か」を考える上で
有益なものであるように思われる*9

「どんな企業も完全ではない。間違いや不正から完全に免れることのできる企業はない。企業がリスク管理として行うべきことは、このような現実を受け入れ、現に存在するリスクを早期に把握し、リスクの大きさを評価し、迅速・適切な対応を行うという自浄作用の発揮なのである。」(40頁)
「“十分にリスクを説明し、顧客の本当のニーズに合わないことが分かれば商品は売らない”という顧客本位の姿勢が、顧客の信頼につながり、継続的な好成績として現れる」というのが優れた営業担当者に共通した資質である。そして、このような好成績につながる営業姿勢こそが、実は「法令の趣旨・精神」に沿ったコンプライアンス営業なのである。」(42頁)

法務部門の人間でさえ
コンプライアンス”という言葉に対して食傷気味になっている今、
他の部門の人間であればなおさらだろうし、
最近社内で取られようとしている“対策”にも、
どうも方向性がおかしなものが多い*10


束の間の気休めに過ぎないと分かっていても、
時々こういう論稿に触れることが、法務部門の片隅に身を置くものとして、
精神衛生上望ましいことなのかもしれない。


『改正独占禁止法−実務家の観点からの考察』は、
「課徴金制度の改正」をもって最終回。
もう少し長い連載になると思っていただけに、7回で完結とは少し拍子抜け。
白石教授の締めのお言葉が、なかなか印象的であるので一読されたい。

Lexis企業法務4月号(No.4)

『企業法務部インタビュー』は、
三菱UFJ証券株式会社の法務部長・河野誠之氏、
『ローファームインタビュー』は、
アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナーの
川村明、増田健一両弁護士。


企業法務部インタビューについては、
いろいろ興味深い点も多いので、
機会があれば、一度まとめてコメントすることにしたい。

*1:森英明調査官による大法廷判決の解説と判決全文が掲載されている(41頁‐59頁)。 中身の解説は専門家の方々にお任せしたいが、 個人的には、これまで「入り口」論(原告適格や処分性の問題)で 盛り上がることが多かったように見える行政法の世界で、 今後、どこまで実体判断に関する議論が煮詰まったものになっていくか、 に注目したいと思っている。 “門前払い”を食らうことが多かった行政訴訟の世界で、 「入り口」が広がり、「選択しうる紛争解決手段」が増えたということは、 実務サイドにとっての関心も、 実体面での裁判所の判断基準そのものへと移っていくわけで、 現実にも分析対象となりうる実例が増えてくることが予想されるのだから、 それだけ、研究サイドへの期待も大きくなってくるように思われるのである。 いざ行政訴訟を起こそう、という話になると社内をまとめるのに一苦労で、 ヤル気満々の代理人にせっつかれて担当者が難儀する、 という事態も、これまで散々見せ付けられてきたから、 行政事件訴訟法が改正されたからといって、劇的に行政事件が増加する、 というわけでもないのかもしれないが((ビジネス法曹として活躍されてきた先生方にとって、行政訴訟は自分(事務所)の名を挙げるまたとない機会に映るらしく、先生方のモチベーションは極めて高いように思われるが、依頼件数自体は商事関連のそれに比べると格段に少ない。企業にしてみれば、あえて訴訟を起こして喧嘩しなくても、巧く“寝技”を使うことで解決できる問題も多いからだ。一方、“寝技”を使えない一般市民にとっては、行政事件を担当する“優秀な”弁護士にアクセスするのは極めて困難な作業となるのであり、そのあたり、弁護士需給にミスマッチが生じているといえなくもない。

*2:というより、森濱田松本のパートナー弁護士、とご紹介した方が通りが良いか。

*3:116‐136頁

*4:ただし、「選撮見録事件」で大阪地裁がとったような112条1項類推適用論などに対して、無条件に賛同の意を示されるわけではないようである。

*5:松田弁護士は、上野論文において「「やむを得ない」が「正当なる」に置き換えられている」点について、「解釈論の域を超える」と指摘され、利益衡量を行うにしても「権利濫用が肯定される程度と同等の合理的根拠を利用者が示すことが求められる」と述べられている。この点、筆者は元の上野論文を読んでいないため、何ともコメントできないが、この点に関しては、上野先生の再反論にも期待したいところである。

*6:両角道代「内部告発者に対する不利益取扱いと損害賠償」ジュリスト1310号176頁(2006年)。

*7:松田政行「真の「知財立国」を目指して」NBL831号11頁(2006年)。

*8:鎌田薫「前払式継続的役務提供契約の中途解約と精算」NBL831号12頁(2006年)。

*9:國廣正「「やらされ感のコンプライアンス」から「元気の出るコンプライアンス」へ−内部統制システム構築と開示の一視点」NBL831号38頁(2006年)。

*10:「対策」の多くは、あえて言わずとも実行されていて然るべき内容だったり、形式に走りすぎてコスト対効果が疑わしいものであったりする・・・。

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