業務停止命令の波紋

中央青山監査法人の業務停止命令に伴い
日本公認会計士協会が行った「引き抜き自粛要請」に対し、
諸先生方のブログで非難の声が沸きあがっているようだ*1


この手の業界を論ずる上で、
一般的な「市場競争」の原理を厳格に適用すべきかどうか、
という点については議論の余地があるにしても、
確かに、外から見ればあまり感じの良い話ではない。


筆者自身、会計実務に携わったことはないので、
以下は、あくまで専門家の方々と付き合う場合の“一般論”なのだが、
特定の“ビッグファーム”*2から
他の“ビッグファーム”に仕事を振るのは思いのほか簡単、
というのが、企業内で実務を担当する者の共通認識ではないかと思う。


もちろん、企業の側としても、
懇意にしている相手には大なり小なり、
所定の報酬+αの有形無形の“投資”をしているわけで、
それが無になってしまうのは、残念な話ではあるのだが、
長年の付き合いの中で、会社の表も裏も知り尽くしている
個人事務所の先生に比べれば、
事務所が大きくなればなるほど、
ビジネスライクな付き合いになっていくことは否めず、
それゆえ、“痛手”も最小限にとどめられる、というのが実態だろう*3


こと弁護士の先生に関して言えば、
「敵に回すと怖い」という事情があるがゆえに、
切るに切れない、という事情も時々あったりはするが、
会計監査の世界であれば、そういう心配もそうそうあるわけではないだろうから、
より「乗り換え」は容易だと思われる*4


“引き継ぎ”の過程で少々の手間がかかるとしても、
高額の監査報酬を払って、
中央青山ほどの大手監査法人に監査を依頼するような企業であれば、
会社側の体制もしっかり整っているのが通常だし、
その結果、どこの監査法人に監査をやらせても、
「問題なし」の一言で片が付くと考えて差し支えないはずだ*5


ゆえに、ここでいう、

「資本市場に混乱を招きかねない」

という危惧がどのような事情を想定してのことなのか、
個人的には理解に苦しむ。


大企業に混乱をもたらす、と考えているのであれば、
それは「企業の力を舐めた」発想だし、
不適法意見が付くような企業を救済する、ということなのであれば、
そのような発想自体失当というべきだろう。


よく読むと、公認会計士協会とて、
「引き抜き」を自粛せよ、と言っているだけで、
企業が自主的に監査法人を切り替えたり、
会計士が自主的に移籍したりすることまで阻む趣旨ではなさそうだから、
結局、予定調和的に、“勝ち組に流れる”という現象が起きて
収束することになると思われる。


だが、企業にツテを頼って新しい契約先を探すような労苦を
わざわざ負わせるより、
積極的に他の監査法人側から売り込んできてもらったほうが、
会計担当者としては楽なように思えるのは気のせいだろうか*6


以上は、門外漢の意見ゆえ、
会計畑の企業側スタッフの方からは異論が出てくることは
大いに予想される。


だが、どんな業界であれ、
自らの信頼が揺らいでいる時に、
“馴れ合い”という憶測を呼ぶような見解をわざわざ公表する、
というのは、やはり感心できる話ではない。
そう感じてコメントした次第なのであるが・・・。


(追記)
日経新聞のコラム「監査不信(中)・中央青山処分の衝撃」より*7

「米国でも上場しているソニーにとって、「監査人は米PwC」との意識が根強い。中央青山が業務停止処分を受けるからといって、PwCと提携関係にない他の監査法人には簡単には代えられないのが実情だ。まして、中央青山だけでもソニーの05年3月期の監査業務に、会計士83人を中心に計163人を投入した。他の大手監査法人にいきなりくら替えするのも現実的ではない。国際優良企業での監査人交代の困難さが鮮明なだけに、新設する監査法人への思惑は絶えない。」

確かにグローバル企業にとっては、こういう事情もあるのだろう。
また、同コラムの中では、監査法人側の受け入れ余力の乏しさ、も指摘されている。


だが、そういう事情の下で、
従来どおり中央青山を選択するか、それとも他の監査法人を選ぶか、は
企業側が決めれば良い話だし、
クライアントに迷惑をかけない選択をするかどうかは、
個々の会計士の良心とプロ意識に委ねるべき問題であるように思われる。


そうでなくても浮き足だった業界の中で、
本来許される行為であるはずの「引き抜き」が制裁を伴う疑惑として囁かれる、
という状況の方が、よほど混乱を招くのではないかと思うのだが如何・・・。

*1:ニュースソースは、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060511-00000307-yom-bus_all

*2:監査法人を「ファーム」と呼ぶのは、そもそも適切ではないのだと思うが、あくまでモノの例えとしてご容赦いただきたい。

*3:下手に長年懇意にしている先生に持っていくと、(その先生にはできない仕事だ、ということが後に明らかになったとしても)後々他の事務所に仕事を振れなくなってしまうので、先にビッグ・ファームに案件を持ち込んで精査してもらった後にあらためて依頼先を検討する、というのは、日頃から良く使っている“テクニック”である。

*4:実際、自分の会社でも過去に監査法人を代えたという経緯があるが、当時担当していた会計屋さん曰く「周りが心配するほど大変なことはなかった」ということであった。確か当時は四半期決算がまだ一般化していなかったこともあり、現在では状況が少し異なるかもしれないが・・・。

*5:少なくともyahooニュースに名前が挙がっているような企業に関して何らかの問題が起きることは考えにくい。

*6:ちなみに、「チームごと会計士を引き抜く」のであれば、何ら混乱は起きないだろう。問題が起きるとしたら、チームの中に手を突っ込まれて「また裂き」状態が生じることの方だと思うのだが、これも気のせいだろうか?

*7:2006年5月12日付朝刊第4面

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html