続・患者は需要者か?(前編)

胃潰瘍治療剤のカプセル等の類似性をめぐって、
先発品製造販売業者と後発医薬品業者が争った事例を
以前紹介したことがあるが、
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060125/1138122814#tb
9月下旬に知財高裁(控訴審)でも、
相次いで判決が出されている。


本件には、商品の色彩構成が「商品等表示」として保護されるか、
という不競法2条1項1号の“典型的”論点に付随して、
問題となる商品の処方を受ける「患者」が
「需要者」にあたるか、という興味深い論点も出てきており、
後者については、東京地裁でも、
民事29部(清水節裁判長)と民事47部(高部眞規子裁判長)で
結論が分かれていたこともあって、
大合議とはいかないまでも
どこか特定の部で一応の統一的な判断が示されるのでは、
と予想していたのだが、そういう展開にはならなかったようである・・・。


9月27日に出された判決を書いたのは、知財高裁第2部(中野哲弘裁判長)。
一方、翌日に出された判決を書いたのは、知財高裁第3部(佐藤久夫裁判長)。


前者が東和薬品、大正薬品、沢井製薬の三社、
後者が小林薬学工業ら、陽進堂、シー・エイチ・オー新薬、大洋薬品工業の四社、
とバランスよく配分されているのだが、
ここでは被控訴人(原審被告)側代理人*1が共通している
知財高判平成18年9月27日(H18(ネ)第10011号)*2
知財高判平成18年9月28日(H18(ネ)第10012号)*3
便宜のため比較してみることにしたい。

原告商品のカプセル及びPTPシートの色彩構成が不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」に該当するか


本件の結論に直結するこの論点については、表現の違いこそあれ
原審では「該当しない」という結論で一致していたのであるが、
知財高裁においても、①、②事件ともに「商品等表示」該当性が否定された。


控訴人側は、原審における「緑色」「白色」という表現を
「灰青緑色」「淡橙色」と“正確に”言い換えることで、
「特徴的な二色の組合せ」であることを強調しようとしたが、
①事件判決においては、

(原告カプセルの外観の色彩を言い換えたとしても)「原告カプセルの外観の色彩が単純な二色の組み合わせであることが変わるものではなく、・・(略)・・かかる2色を組み合わせた色彩構成自体が特徴的なものとも認めがたい」(①事件・24頁)

とあっさり片付けられているし、
②事件判決においても、

「商品やその容器等の外観に表れた色彩(色彩構成)も、一応、同号にいう「商品等表示」に当たり得るものといえる」(②事件・11頁)

という“リップサービス”に続いて、

(1)商品あるいはその包装の色彩や色彩構成(複数の色彩の組合せ)は、本来的には商品の出所を表示する目的を有するものではなく、その色彩や色彩構成自体が商品と結合して特定の出所を表示する二次的意味を有するに至る場合があるにすぎないこと(②事件・11頁)。
(2) 色彩(色)それ自体の使用は本来何人も自由に行うことができるものであり、色彩あるいは色彩構成を商品等表示として保護することは、工業所有権制度によることなく本来自由に使用できる色彩について特定の事業者の独占を認める結果になることにも留意する必要があること(②事件・11頁)*4

という二点から、

「色彩あるいは色彩構成自体が商品と結合して出所表示機能を有し、不正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」に当たるといえるためには、その色彩をその商品に使用することの特異性など、少なくとも当該色彩あるいは色彩構成が他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有していることが必要であるというべきであり、また、その商品等表示該当性を判断するに当たっては、上記顕著な特徴を有することに加えて、さらに当該商品について当該色彩あるいは色彩構成の使用継続性の程度、需要者が識別要素として当該色彩あるいは色彩構成に着目する度合いなどをも考慮して検討されなければならないというべきである」(太字筆者、②事件・11-12頁)

という“高いハードル”を引き出して、

「ありふれたもので、特異性はなく、他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しているということはできない」(②事件・17頁)

と控訴人商品の色彩構成の「商品等表示」性を否定している*5


ここで興味深いのは、原審で「二要件」として挙げられたもののうち、

②「特定の事業者による長期間の独占的な使用、又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により、需要者において、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっていること」

という「周知性」要件が、
控訴審においては独立した要件としては取り上げられていないように読める、
ということだろうか。


①事件判決においては、需要者に浸透しているかどうか、という問いが、
「特別顕著性」を取得しているかどうか、という問いに吸収されているし、
②事件判決においても、使用継続性の程度等の問題は、
「商品等表示性」を判断するためのひとつの“考慮要素”とされるに
とどまっている(前掲)。

「商品形態の場合、その形態が特定の出所を表す表示として広く認識された場合に初めて商品等表示性を獲得することになるから、商品等表示該当性の認定と周知性の認定が重なることになる」*6

という指摘がなされているところでもあるし、
1号の条文構造上、そもそも「表示」に当たらなければ、
その後の「広く認識されている」か否かを論じる意味はない、
ともいえるから、論理立てとしてはこちらの方が適切なのかもしれない。


いずれにせよ、本件では、
取扱いに細心の注意を要する「薬剤」という商品の特質から
「配色」のみによって薬剤を識別するとは考えにくい、
という事情ともあいまって*7
色彩構成に識別力が認められるためのハードルは相当高かったように思われ、
後述する細かい論点において、控訴人側の主張が一部認められたとしても、
結論を覆すまでには至らなかったように思われる。


(以下、後編に続く)

*1:新保克芳、三森仁、服部薫の三弁護士

*2:第2部、エーザイ東和薬品、原審・東京地裁H17(ワ)第5651号。

*3:第3部、エーザイ対小林薬学工業、日医工、原審・東京地裁H17(ワ)第5654号。

*4:この点、①事件においても、「色彩構成自体は無限にあるとしても、医療用医薬品において需要者に好ましく受け入れられる色彩は自ずから限られてくると考えられるから、これを1事業者が独占することにより他の事業者に与える不利益が極めて限定されていると言い切ることは困難である」(①事件・25頁)として、“独占による弊害”の視点を持ち出している。

*5:なお、①事件判決が、「理由は概ね原判決と同一」であるとし、専ら控訴人の主張を一つ一つ退けていく中で裁判所の考え方を明らかにしているのに対し、②事件判決では、一応「規範定立→あてはめ」パターンで一から順を追って裁判所の考え方が示されている、というのが特徴的である。

*6:田村善之『不正競争法概説〔第2版〕』(有斐閣、2003年)123頁。

*7:①事件・30頁、②事件・20-21頁参照。

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