『法学教室』1月号より

元旦らしく、
雑誌の新年号(もっとも入手したのは昨年末だが)の記事紹介。

法学教室 2006年 01月号

法学教室 2006年 01月号

今号では、『新会社法を学ぶ』と題した特集が組まれており、
東大の山下友信教授を筆頭に、若手助教授陣も含めた11名の先生方が、
テーマ別の解説を執筆されている。


学生をターゲットにしているだけあって、
ジュリストやNBLの同種の記事に比べると、
内容が比較的平易にまとまっており、
さらっと改正法の概要と問題の所在を掴むには向いている*1


既に規則、省令案も公表されており、
今後、より詳細な解説書、解説記事が市中に出回ることになると思われるが、
実務をやる上でも、“趣旨から制度を学ぶ”ことが、
他部署に自信をもって法的アドバイスをする上では欠かせないと思っているので、
“木を見て森を見ず”的な“実務書”から読み始めるよりは、
本書のような記事から読んだほうが、勉強になると思われる*2

演習

安念教授の憲法演習で、
知的財産権憲法上の権利との関係」がテーマとなっている*3


ここで議論されているのは、医師Aが「手術の術式」について特許権を得た場合に、
同種の疾患の研究に従事していた医科大教授Bが、
Aの許諾を得ずしてその術式を「実施」できるか、という設例である。


安念教授は、

知的財産権憲法上の権利との関係
②審査基準の改定による実体上の権利義務の変更の可否*4
特許権と学問の自由

という争点設定をした上で、
知的財産権が他人の「一定の行動」を禁止することにより、
「精神的自由を制限する結果になる」ことの問題性を中心に説かれている。


そして、設例で問題となる「学問の自由」との関係では、
「政府が特許権という人工的な制度を設けてBの学問研究の自由を阻害している」
という事実に違憲の疑いがある、とした上で、
本設例に関しては、「Bにとって事後的なルール変更にあたる」ことを捉えて、
違憲論の突破口くらいにはたどり着けるのではない」か*5
と示唆されている*6


安念教授ご自身が皮肉交じりに指摘されているように、
この種の問題提起は、これまで正面切ってなされたことは
あまりなかったように思われる*7


特許権に関しては、設例のようなケース*8を除けば、
「試験又は研究」に効力が及ばないとする特許法69条1項の解釈論で
切り抜けることが可能だし*9
公共の利益のための裁定実施権(特許法93条)の規定もあるため、
法解釈論で切り抜けることは可能だろうが、
著作権に関しては、適用除外規定が限定されているため*10
その理は通じにくい。


安念教授が述べられているように、

著作権は、思想・感情の「表現」を保護するものですから、一定の表現形態が著作権で保護されてしまうと、権利者以外の者は、許諾なく当該表現形態を用いることはできなくなり、表現の自由の行使に制約を受ける」*11

ことになるのだから、
ここは、もう少し議論が盛り上がってきても良いように思うのだが・・・。


基本的に、知財を扱っている法曹の方々のマインドとして、
憲法論を持ち出すのは“邪道”という発想が強いのかもしれないが、
例えば、適法引用抗弁や“fair use”的抗弁の根拠として、
表現の自由」の意義を徹底的に主張するといった戦法を、
取る余地はあるように思う。


もちろん、法改正で保護強化が図られた(例えば保護期間の延長など)場合に、
正面切って改正法の違憲性を主張する、という手もありうるだろう*12

時の判例

以前、ジュリストに水町助教授の評釈*13が掲載されていた
最二小判平成17年6月3日・関西医科大研修医(未払賃金)事件が、
「時の判例」コーナーで取り上げられている*14


水町助教授のご指摘は、
研修医を最賃法上の「労働者」とする結論自体には問題がないとしても、
その判断基準として、「使用者(委託者)のための労務遂行」
というメルクマールを用いることに問題があるのではないか、
というものであった。
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20051026/1130346863


この点につき、橋本助教授は

「ボランティア活動には労働法は適用されず、特に労災保険による保護の必要性が指摘されている点に鑑みると、労働法の規制は労働の他人利用性を暗黙の前提としてきたのではないか、と考えられる」*15

と述べられた上で、
「委託者のための労務遂行」という基準が、「無償の労務遂行」の事例において
問題になりうることを示唆されている。


以前のエントリーでも述べたように、
本判決が「労働の他人利用性」という要件にどの程度重きを置いていたのかは
定かではない。


もし、「使用従属性」要件に加えて「労働の他人利用性」という要件を課す、
という趣旨であれば、
「労働者」と認められる範囲に厳格な絞りをかけることになろうが*16
逆に「労働の他人利用性」のみをメルクマールとして判断する、という趣旨であれば、
自発的な無償労働であっても「労働者」にあたる、
という結論が導かれる余地が出てくるようにも思われる*17


どうやら民集掲載判例にもなったようなので、
次は調査官解説に期待、といったところだろうか。

その他

上記以外に興味深かった記事としては、
“抵当権実行妨害テクニック”の生々しい実態に言及された道垣内教授の連載*18
「主尋問の技術」に焦点を当てた佐藤弁護士の連載*19など。

*1:中東正文「改正法と敵対的買収防衛策」法教304号64頁(2006年)、田中亘「組織再編と対価柔軟化」同75頁あたりは、最新のトピックを押さえた「読み物」としても楽しめる。

*2:どんな記憶力の良い人間でも、あらゆる規則を完全に頭に入れるのはほぼ不可能で、正確な回答をするためにはきちんと調べ直すほかない場合が多いが、趣旨と主要な争点を頭に入れておけば、即答が求められる場面でも、大きく外すことなく対応できる。

*3:安念潤司憲法」法教304号170頁(2006年)。

*4:現在の審査基準では「手術の術式」は特許付与対象となっていない。

*5:安念・前掲171頁。

*6:他にも、Bが患者の「生命・健康に関する権利」を援用して、許諾なしに特許発明を実施することができる、という論法の可能性も示唆されている。

*7:もっとも、権利制限規定のあり方、といったより具体的な解釈論、立法論のレベルでは当然に意識されていたことだとは思うが。

*8:医療研究の場合、患者に対する施術は、「研究」であると同時に、本来的な意味での「実施行為」そのものともなりうる。

*9:安念教授も、違憲論を展開することなく同条の解釈論で切り抜けることができることを示唆されている((安念・前掲171頁。

*10:政治的表現の自由に対して配慮する40条、報道の自由に配慮する39条、41条等があるが、表現の自由に配慮する包括的な一般規定は見当たらない。「引用」について規定する32条表現の自由に配慮したものといえるが、容認される範囲については相当厳格に解されている。

*11:安念・前掲170頁

*12:海の向こう側でLessig先生が用いた手法。もっとも、予防法務の見地からはお勧めできないが・・・。

*13:ジュリスト1299号182頁。

*14:橋本陽子「研修医の労働者性」法教304号169頁(2006年)

*15:橋本陽子・前掲169頁。

*16:研修生(実習生)のように、会社の指揮監督下に置かれつつも、“労働”の目的は、本人の研究、調査目的を達成することに過ぎない場合には、「労働者」から弾かれることになる。

*17:この結論は、一見すると不合理でとりえないようにも思えるが、“ボランティア”として、休日に接待だの葬儀の手伝いに派遣される事例などを想定すれば、一概に不合理と断定することもできないだろう。

*18:道垣内弘人「抵当権実行に対する妨害」法教304号114頁(2006年)

*19:佐藤博史「公判弁護の技術と倫理(4)」法教304号154頁(2006年)

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