“民意”はどこへ行った?

衆議院で可決後、参議院でたなざらしになっていた改正租税特別措置法が、衆議院で再可決、成立した。

憲法には法案が参院送付後60日以内に採決されない場合、否決したとみなす規定があり、衆院は出席議員の3分の2以上の賛成で再可決し成立させることができる。与党はこの規定を適用し、30日午前、参院で否決したとみなす動議を衆院に提出した。」(日本経済新聞2008年5月1日付朝刊・第1面)

当然ながら、野党陣営は猛反発。


菅直人代表代行は、

「国民の7割が反対する中で通し、あまりに民意とかけ離れていることを(政府・与党は)自ら証明した」

とまで発言しているようである。


だが、今回の再可決は本当に“民意”に反しているのだろうか?



ご存知のとおり、憲法第59条2項は、参議院で否決された法律案を衆議院で再可決して、成立させることができることを明確に規定している。

同じ直接選挙で選ばれた議員で構成されるとはいえ、選挙の時期やその他の事情で、両院の意見が相違することは考えられる。そして、そのような場合に、常に両院を立てようとすると、いつまで経っても法案は通らないし、重要な施策を前進させることができなくなるから、憲法は、両院の意見が相違した場合には、衆議院の意思が参議院に優越する、ということを明確に定めているのだ*1


というのが59条2項に対する一般的な説明だと思われるが、要は、「衆議院」と「参議院」という二院を併存させる、という制度設計を採用した時点で、憲法は今回のような事態が生じることを想定していたということなのである。


そして、今回与党側が行った再可決が、そのようなルールに則って適切に行われたものであることは言うまでもない。


昨年の参議院選挙で民主党を勝たせたのも「民意」なら、2005年の総選挙で与党に3分の2以上の議席を与えたのも「民意」である。そして、このように2つの「民意」が相対立したときには、当然ながら「衆議院議員を選出した際の民意」が何よりも優先されることになる。



本ブログでも以前書いたとおり、2005年に「郵政民営化」パフォーマンスに応えて地すべり的大勝利を自民党に収めさせた「民意」が少々浅はかだったことは否めないだろう。


だが、それでも「民意」は「民意」だし、衆議院議員の構成が次の選挙で変わらない限り、選ばれた「代表者」が依然として国民を代表していることに変わりはない。


憲法は、「テレゴング」(ちょっと古いか?)で国政を決定する権限を国民に与えているわけではなく、あくまで「代表者を通じて」国民が国政に参加する機会を与えているだけなのだから、いかに多くの国民が「暫定税率復活反対」という意思を表明しているとしても*2、選ばれた多数代表者が、「暫定税率維持が必要」という意見を変えなければ暫定税率は維持されるのは当たり前の話なのである*3



筆者は別に自民党支持者ではないし、(2005年も含め)これまでかの党に投票したことは一度もない人間なのだが、最近の野党(特に民主党)の、「憲法上認められたルールがあたかも“暴挙”であるかのように装う」宣伝は、正直見るに堪えないと思っている*4


しかも・・・


今回、野党側は、参議院で「60日」という意思表示を行うための期間を与えられたにもかかわらず、結局それを行使することなく「みなし否決」(59条4項)扱いを許すことになった。


つまり結局は、野党の側にしても、自分たちの存在基盤である「民意」を、参議院議員という代表者を通じて明らかにすることを怠ったといわざるを得ないのである。


そうでありながら、何をかいわんや・・・というのが自分の偽らざる思いである。



尊重されるべき“民意”とは何か。


憲法記念日も近づいている今、考えなければいけないことはいろいろとあるように思う。

*1:それでも法律案の議決の場合、内閣総理大臣の指名や条約の承認に比べて要件が加重されており、その分、両院がより対等に近づいているといえる。

*2:実際には、ガソリンを使う使わないにかかわらず、賢明な人々の多くは、暫定税率廃止を求める声がただの野党のパフォーマンスに過ぎないことを理解しているし、現実に廃止してしまえばどんなに恐ろしいこと(税源不足による生活インフラの崩壊→それを回避するための別の税源導入等々)が待ち受けているか、理解しているので、菅代表代行の発言にもまた説得力はないのであるが。

*3:もちろん、代表者が決定した意思が、現時点での国民の意思を反映していない不合理なものであるとすれば、当該議員は後に政治的責任を負わねばならない(端的に言うと次の選挙で洗礼を受けなければならない)ことになるだろうが、そのような事情も勘案した上で、個々の法律案への賛否を選出された代表者の自由裁量に任せているのが、現在の憲法上の制度だといえる。

*4:人々の無知に付け込んだ悪質なキャッチセールストークを公衆の電波を使ってやっているのだから、何とも性質が悪いというほかない。

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