「ナイフの加工装置」事件最高裁判決(後編)

最一小判平成20年4月24日(H18(受)1772号)に対するコメント。


前編(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080428/1209438224)では、多数意見の内容を見てきたが、後編では泉徳治裁判官の「意見」を中心に見ていくことにしたい。

泉徳治裁判官意見*1

泉徳治裁判官、といえば、元々、第一小法廷で“眼からウロコが落ちるような”法廷意見を連発されていることで有名な方なのであるが、本件における「意見」もなかなか思い切ったものになっている。


まず、泉裁判官は、意見の冒頭で、

「本件訂正審決が確定し、特許請求の範囲が減縮されたことにより、特許査定が当初から減縮後の特許請求の範囲によりされたものとみなされるに至ったとしても、民訴法338条1項8号所定の再審事由には該当しないから、原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとすることはできない」(8頁)

と断言した。


この点につき、多数意見が民訴法の大原則の前に躊躇して、「再審事由が存するものと解される余地がある」という奥歯に物がはさまったような言い方をしているのと比べると、何とも爽快な印象を受ける。


泉裁判官は、このように述べる理由として、特許権侵害訴訟における原告側に、被告側の権利行使制限の抗弁を妨げる機会が与えられていることを挙げている。すなわち、

「原告は,当該特許に係る特許請求の範囲のうち被告主張の無効理由が存在する部分(以下「無効部分」という。)が,訂正審判を請求して特許請求の範囲を減縮することにより排除することができるものであること,及び,被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証して,権利行使制限の抗弁の成立を妨げること
ができる。」(8頁)

ということが、この「意見」においては重視されているのである。


そして、

「同抗弁(注:権利行使制限の抗弁)の成立を妨げるためには、既に訂正審判を請求しているまでの必要はないのであり、訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができ、かつ、被告製品が減縮後の特許請求の範囲に係る発明の技術的範囲に属することを主張立証すれば足りる。すなわち、原告は、訂正審判の請求をした場合には無効部分を排除することができることを主張立証することにより、訂正審決が現実に確定した場合と同様の法律効果を防御方法として主張することができるのである。」(9頁)

ことから、

原告としては、事実審口頭弁論終結時までに、上記の主張立証を尽くして権利行使制限の抗弁を排斥すべきであり,事実審が,当事者双方の主張立証の程度に応じた訴訟状態に基づく自由心証の結果として,権利行使制限の抗弁の成立を認めた以上,事実審口頭弁論終結後になって,原告が訂正審判を請求し訂正審決が確定したとしても,訂正審決によってもたらされる法律効果は事実審口頭弁論終結時までに主張することができたものであるから,訂正審決が確定したことをもって事実審の上記判断を違法とすることはできない」(9-10頁)

とし、事実審が行う判断が、「訂正審決によってもたらされる法律効果も考慮の上で行うものである」ということから、その後に訂正審決が確定したからといって、

「上記判断の基礎となった行政処分が変更されたということはできない」

として、民訴法338条1項8号を適用する余地を排除した。


ここで泉裁判官が引用した判例は、所有権確認訴訟に関する最一小判昭和55年10月23日(民集34巻5号747頁)と白地手形の補充に関する最三小判昭和57年3月30日(民集36巻3号501頁)。


いずれも、事実審で主張されていない抗弁事由の主張を封じた判決であるが、「訂正審決」が通常の抗弁事由と異なるのは、それが特許権の有効・無効に関する特許庁の公権的判断である、ということにあり、それにもかかわらず、“通常の抗弁事由と同じように”「主張できるのに主張しなかった」ことをもって再審事由該当性を否定する本「意見」からは、

「侵害訴訟は(その中で行われる特許の有効性判断も含めて)裁判所の専権領域である」

という明確なポリシーが伝わってくる。

「原被告の主張立証を待たなければ、原判決に法令違反があるということができないところ、法律審である上告審ではこのような原被告の主張立証を審理することができない。そうすると、訂正審決の確定により特許請求の範囲が減縮されたとしても、原判決につき判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとすることはできない。」(11頁)

という説示についても同じことがいえるだろう。


この「意見」によれば、権利者(原告)が如何なる状況に置かれていようが、事実審終結までの間に訂正審決が確定していなかった(あるいは訂正を前提とした再抗弁が認められなかった)以上は、原判決に影響を及ぼすべき法令の違反はない、という結論になる。


あくまでケース・バイ・ケース、というスタンスを崩していない多数意見と比べれば、実務サイドとしてはこちらの理屈の方が“対策を立てやすい”のは確かで、あとは理論上、ここまで言い切ってしまって良いのかどうか、多数意見との比較の中で、今後検証されていくことになるのだろうと思う。


なお、泉裁判官は、従来、「訂正審決確定による当然取消」の事例として取り上げられてきた、最二小判平成15年10月31日について、以下のような評価を加えている。

「上記第二小法廷判決は、特許取消決定により取り消された特許査定処分を審理の対象としているのであるから、審理の対象である特許査定処分が訂正審決により変更されたことは民訴法338条1項8号所定の再審事由に該当すると判断したものである。しかし、特許権侵害訴訟は、特許権そのものを審理の対象として特許権の効力を対世的に確定したり消滅させたりするものではないのであって、特許取消決定の取消しを求める訴訟とは異質のものである。」(12頁)

元々(一部の研究者や法律家には)評判があまりよくなかったH15判決であるが、このような論旨で、「審決系の訴訟と侵害訴訟は異なる」と言われてしまうと、そんなに違うものかな?とも思いたくなる。


また、上記「意見」では、

「事実審が特許権者の請求を認容した場合」

「事実審口頭弁論終結後に訂正審決があり、当該特許権に係る特許査定処分が変更されたとき」


は、民訴法338条1項8号に該当すると解している。


もちろん本件はそのような場面ではないし、民訴法338条1項8号に形式的に該当するとしても、多数意見のように最終的には再審事由にあたらない、と解する余地はあるのだが、「原査定処分の変更」という同じ法律効果をもたらす「訂正審決の確定」について、再審事由該当性が異なる、という帰結が妥当なのか、については、検討する余地があるように思う。



以上、「事実審口頭弁論終結後の訂正審決確定と侵害訴訟の帰趨」をめぐる最高裁判決(最一小判平成20年4月24日)を概観してきた。


今後の調査官解説及び、多数出されるであろう評釈を楽しみに待つことにしたい。

*1:これまで「補足意見」と紹介していたが、泉判事は結論を多数意見と同じくするものの、その理由を大きく異にしているため、判決中でも単なる「意見」として掲載されている。