約款規定を超えた対応の功罪。

今月初めに起きたKDDIの大規模通信障害。

所管官庁の猛烈なプレッシャーもあってのことか、原因究明のための調査は急ピッチで行われ、月も変わらないうちに”総括”ともいうべきリリースが出された。

KDDIは29日、2日に起きた通信障害で携帯電話などが利用しづらくなった3655万人の契約者一律200円を支払うと発表した。」
200円(税抜き)は障害のおわびとして支払う。これとは別に通信サービスが全く利用できなくなった278万人に2日分の基本使用料などに相当する金額を返す。いずれも9月以降の通信料金から差し引く。返金額の合計は75億円で、2023年3月期の決算に計上する見通し。復旧にかかった費用は精査中としている。」
日本経済新聞2022年7月30日付朝刊・第1面、強調筆者、以下同じ。)

正直に申し上げると、自分は最初にこのくだりを読んだとき、意味がよく分からなかった。

KDDIの約款の内容とそれに対する解釈は↓の障害発生直後のエントリーでも少し言及したところで、そもそも今回の障害で個別具体的な賠償にまでは至らないのでは?という意見も有力だったように思うのだが、そんな中で、実に日本国民の3割の人々に支払われるこの「200円」というのは一体どういう位置づけのお金なのか・・・。

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

当のKDDIがウェブサイトに出していた「説明」で分かりやすい書き分けがなされているのを見て、自分はおぼろげながら、ようやく事態を理解した。
www.kddi.com

誰が名付けたか、「約款返金」「お詫び返金」

一方は、約款の損害賠償・責任制限規定に基づき、利用できなかった日数に応じて支払われるお金。
そしてもう一方は、具体的な影響の有無にかかわらず、「通信障害期間中にスマートフォン、携帯電話およびホームプラス電話をご契約いただいていたすべてのお客さま」に対して支払われるお金・・・。

日経紙の記者会見の一問一答を伝える記事の中では、次のようなやり取りも載せられている。

――おわび料200円はどのように算出したのですか。
高橋社長「約款返金の平均である52円をベースに検討した52円×3日間として156円が最初に出てきた。そこにおわびの意味を込め、200円という数字にした。どの範囲のお客様に返金が必要かを検討し、携帯電話やスマートフォンなどのお客様を対象にした」
――返金額75億円の規模感を教えてください。
高橋社長「過去最大の返金額だ。約款にのっとった返金対象に含んだ法人分は一部で、多くはそれぞれの企業とこれから話し合うことになる。個別契約のためコメントは控えたい」
(以上、日本経済新聞2022年7月30日付朝刊・第13面)

auの回線は契約していても、休日に使うことなんてほとんどない、だから通信障害のさ中も、影響が出ていたこと自体気付かなかった、という人はそれなりに世の中にいる、と自分は思っている(かくいう自分自身がそうである)。

それでも一律に支払いの対象としてしまう”気前の良さ”への驚きは、なかなか形容しがたいものがある。

たかだ「200円」、されど「200円」。

電話がつながらなくて困った、という方の中には、「これっぽっちかよ!」という思いももしかしたらあるのかもしれないが、総人口の3割が契約する巨大キャリアにとって、1契約者あたり200円、という数字は決して小さなものではないわけで、「75億円」ともなれば、小さな会社なら利益が全部吹っ飛んでも不思議のないボリューム感だったりもする。

それでもなお、約款上には存在しない”お詫び”の対応として、これだけの規模で「返金」までやってしまうとは・・・。

個人的には、こういったインフラ事業者の対応を見ると、先日最高裁で出された宮古島市の断水をめぐる損害賠償事件の判決(最三小判令和4年7月19日)もふと浮かび上がってくる。

(給水の原則)
第16条 給水は、非常災害、水道施設の損傷、公益上その他やむを得ない事情及び法令又はこの条例の規定による場合のほか、制限又は停止することはない。
2 前項の給水を制限又は停止しようとするときは、その日時及び区域を定めて、その都度これを予告する。ただし、
緊急やむを得ない場合は、この限りではない。
第1項の規定による、給水の制限又は停止のため損害を生ずることがあっても、市はその責めを負わない。

上記の水道事業給水条例の規定に基づいて損害賠償の免責を主張した市側(とそれを認めた福岡高裁那覇支部の判決)*1に対して、最高裁が、

水道法第15条
2 水道事業者は、当該水道により給水を受ける者に対し、常時水を供給しなければならない。ただし、第四十条第一項の規定による水の供給命令を受けた場合又は災害その他正当な理由があつてやむを得ない場合には、給水区域の全部又は一部につきその間給水を停止することができる。この場合には、やむを得ない事情がある場合を除き、給水を停止しようとする区域及び期間をあらかじめ関係者に周知させる措置をとらなければならない。

という水道法の規定(特に15条1項)の存在を示し、

「本件条例16条3項は、被上告人が、水道法15条2項ただし書により水道の使用者に対し給水義務を負わない場合において、当該使用者との関係で給水義務の不履行に基づく損害賠償責任を負うものではないことを確認した規定にすぎず、被上告人が給水義務を負う場合において、同義務の不履行に基づく損害賠償責任を免除した規定ではないと解するのが相当である。」

として現在の条例の免責規定をほぼ無効化してしまうような判断(破棄差戻)をしたことのインパクトは相当大きい。

幸いにも、今の電気通信事業法には、常時サービスを提供し続けることを基本とする水道法の15条2項本文に匹敵するような規定がないため*2、万が一裁判所の判断を仰ぐことになった場合でも、約款の内容や解釈に裁判所が大きく踏み込む、ということまでは考えにくいのだが、今回のKDDIがここで先手を打って約款の規定を超越する(ほぼ)全契約者に返金、という手を打った、というのは、目下の状況等を踏まえてもなかなか興味深く感じるところ。

もちろん、合計すれば全社的には相当な金額になるのに、個々の契約者側ではあまりありがたみが感じられない今回のような返金が、果たして合理的な策なのか、という指摘は当然あり得ることだろう。

ただ、あらぬ方向から飛んできた矢で約款の根本的な解釈を崩されるよりは、多少の持ち出しにはなっても広くあまねく支払対象にして、その先の手続きにもつれ込むリスクを極力減らす、ということには十分合理性も認められるだけに、今回の策が吉と出るか凶と出るか、もう少し様子を見てみてみたい、と思うところである。

*1:最三小判令和4年7月19日、林道晴裁判長、 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/304/091304_hanrei.pdf

*2:「正当な理由がなければ役務の提供を拒んではならない」という水道法第15条1項に対応した規定は存在するが。

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