経済産業省から「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」という、いわば型破りなガイドラインが最初に出されてから、いったいどれくらいの月日が流れただろうか?
思えば、かつて企業の中で著作権法と格闘していた時代から、この準則の”思い切った記述”には随分と助けられてきたものだったのだが、当初は極めてマイナーな存在だったこの準則も、10年以上の月日が流れる中で様々なトピックが追加され、ここ数年は「公権解釈か?」と見まがうような格調高い記述も織り込まれるようになって、ずいぶん変わったものだな、と思っていたところであった。
そんな準則の最新の改訂が、8月末にリリースされている。
「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」 令和2年8月 経済産業省
https://www.meti.go.jp/press/2020/08/20200828001/20200828001-1.pdf
自分の記憶が正しければ、確かパブコメにかかっている、という話は風の便りで一度は耳にしていたはず。だが、忙しさにかまけて放っているうちにパブコメ期間は終了し、出てきたものを見たらあらびっくり・・・。
今回の改訂は様々な箇所に加えられているのだが、中でも「完全書き下し」のような形でびっしりと書かれているのが、「ウェブサイトの利用規約の定型約款該当性」に始まり、契約への組み入れ、開示、変更と続く、改正民法の定型約款に関する規定の解釈にかかわる記述である。
23ページから37ページまで。
言われてみれば確かに「利用規約」の話はこの準則のコアなトピックの一つではあったのだが、法務省の所管領域にここまで正面から攻め込んでいる、というのは想定していなかった展開だし、さらに実務視点に立った解説には定評のある「電子商取引準則」が、これまで立案担当者が注意深く言葉を選んで行ってきた「定型約款」の解説に踏み込むとなれば、一つや二つサプライズ的記述もあるのではないか、ということで、正式にリリースされて早々に、慌てて目を通すことになったのだが・・・。
率直な感想を申し上げるなら、そこから感じたのは、この準則らしからぬ手堅さ、だった。
元々、法律の解説書にありがちなリジッドな定義とか規範の説明にあまり紙幅を遣わず、”実務のかゆいところ”からズバリと切り込んでいくのが、このガイドラインの特徴だったのだが、今回の改訂では、冒頭の「オンライン契約の申込みと承諾」の章からして、かなり基本に忠実な解説に改められている。
それを悪いこと、というつもりはないが、元々のこのガイドラインの利用者層やそのニーズを考慮すると、冗長のように思えてしまうところもあり、そして、そういった「法律解説資料」としての色合いがより強く出たのが、前記の「定型約款」に関する記述の部分だったような気がする。
以下、ざっとご紹介するが、まず「Ⅰ-2-1 ウェブサイトの利用規約の定型約款該当性 」の章では、「定型約款の内容が契約の内容とみなされるための要件」として改正法548条の2の規定内容を丁寧に説明している。
法律の解説の後に、早速具体例を例示しているところはこの準則ならでは、だが、
(定型取引に当たると考えられる場合)
・WEB 上にファイル保存・共有できるように設計されたサービス(クラウドストレージ)の利用
・インターネットショッピングモールの出店者・出品者が販売している商品の購入
・簡単な手続で登録すれば会員になれる会員限定サイトで提供されている商品・サービスの購入・利用
・契約条件が「独身」に限定されている婚活サービスの利用*1
(利用規約が定型約款として契約の内容とみなされると考えられる場合)
・ウェブサイトで定型取引を行う際に、事前に契約の内容とすることを目的として作成した利用規約を端末上に表示させるとともに、その末尾に「この利用規約を契約の内容とすることに同意する」との文章とチェックボックスを用意し、そのチェックボックスにチェックを入れなければ契約の申込みの手続に進めないようになっている場合
・ウェブサイトで定型取引を行う際に、申込みボタンや購入ボタンのすぐ近くの場所に、事前に契約の内容とすることを目的として作成した利用規約を契約の内容とする旨を表示している場合
といった記述は、まぁそりゃ当然だろう、と思うようなものばかりだし、その一方で、
(定型約款とならないと考えられる場合)
・ウェブサイト上に単に掲載されているだけで、それを契約の内容とすることを目的として準備されたものではない Q&A
という微妙な例示があったり(後述)、
(信義則に反して相手方の利益を一方的に害する条項と解され得る場合)
・定型約款準備者の故意又は重過失による損害賠償責任を免責する条項
・過大な違約罰を定める趣旨で定められた高額な解約手数料に関する条項*2
・本来の商品に加えて想定外の別の商品の購入を義務付ける抱き合わせ販売の条項
というこれまた微妙な記述になっていたり、と、出だしからハラハラさせられる。
続く本文の解説では、「その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的であるもの」という548条の2第1項の要件に関して、
「ここでいう「合理的」とは、当事者の一方の主観的な利便性を意味するものではなく、その取引の客観的態様(多数の顧客が存在するか、契約の締結は契約条件の交渉権限を与えられていない代理店等を通じて行われるか、契約締結に当たってどの程度の時間をかけることが想定されているか)を踏まえつつ、その取引が一般的にどのようなものと捉えられているかといった一般的認識を考慮して、相手方が交渉を行わず一方当事者が準備した契約条項の総体をそのまま受け入れて契約締結に至ることが合理的である場合を指す。」(26頁、強調筆者、以下同じ)
という解説を加えた上で、脚注で「フランチャイズ契約のように、個別具体的な取引において当事者間の事実上の力関係等によって交渉可能性がない場合であっても、客観的・抽象的に判断したときに画一的であることが両当事者にとって合理的と言えない場合には、この要件の充足性が否定される。」と言い切ったり、「一方当事者の準備した契約条項の一部について別段の合意が成立した場合であっても、なおその契約条項の総体のうちの相当な部分・重要な部分が画一的であると判断される場合には、その残された部分については定型取引として認められる。」という細かいところまで書かれているのはさすが。
ただ、続く「契約の内容とすることを目的として準備されたものであること」の要件の解説の中で、
「Q&A 等は、ウェブサイトの利用者に対する情報提供を目的として掲載されているものであり、契約の内容とすることを目的として準備された条項の総体ではないと解される場合が多いと考えられる。」(26頁)
と書かれていることに関しては、Q&Aで解説されている中身も含めて契約内容となり得る、と考えるのが実務的な感覚のように思えるし*3、これに続く「特定商取引法第11条によって表示が義務付けられる内容」の捉え方についても、公法、私法の峻別を過度に意識した理論先行型の解説のように思えてならない*4。
「ウェブサイトを通じた電子商取引や、ボタン・スマートスピーカーなどの器具を通じた消費者取引」において、最初の会員契約の場面で登場する「利用規約」が、その後の個別取引まですべてカバーしている、ということを説明するための理屈(28頁)など、実務を円滑に進めるための知恵も登場するのだが、その合間に出てくる上記のような”硬さ”には違和感を抱かざるをえなかった。
また、もっと驚かされたのが、「Ⅰ-2-1-2 定型約款となる利用規約の開示 」で書かれていた内容である。
この改正法548条の3の要件は、一連の「定型約款」に関する規定の中ではそれほど注目を集めていなかったのだが、自分は前々から気になって仕方がなかったもの。
今回の準則でも、以下のようなドキッとするような記述が存在する。
「民法第548条の3第1項ただし書にいう電磁的記録によって提供したというためには、定型約款の内容を記録した媒体を提供する方法や定型約款の内容を記録したデータを電子メールにより提供する方法など、相手方がそのデータを管理し、自由にその内容を確認できる態様で提供されなければならない。」
「電子商取引において、注文画面となるウェブページ上に利用規約へのリンクが張られている場合がある。前述した解釈によれば、このようなリンクの存在のみを持って、民法第548条の3第1項ただし書にいう電磁的記録による定型約款の提供がなされたということはできない。また、電子メールなどで定型約款を掲載しているウェブページの URL を単に表示するだけでも、同様に電磁的記録による定型約款の提供がなされたということはできない。事業者は、相手方に対して、定型約款を電子メールに記述するかたちで送付する、PDF ファイルで送付するなど、定型約款のデータを相手方が自由に管理・確認できるような方法で提供する必要がある。」
これはあくまで、548条の3第1項ただし書きの「相手方の開示請求を封じる」ための手段について述べたものであり、開示請求への対応(第1項本文)においては、「定型約款が掲載されているウェブページを案内する方法」でも良い、ということはこの準則にも書かれている。
ただ、開示請求への対応がURLの案内で足りるのであれば、ただし書きの対応も同様に「メール記載のリンク先を見てもらい、必要ならそれをダウンロードしてもらう」程度の方法で良い、と考えるのが合理的な解釈というべきではなかろうか*5。
これに続く「Ⅰ-2-1-3 定型約款となる利用規約の契約締結後の変更 」では、オフィシャルな解説をベースにあたりさわりのない記述に終始。また、一部で強い関心を持っている人も多いであろう「Ⅰ-2-2 事業者間契約と定型約款 」でも、定型約款に該当する、とされている例は「ワープロ用ソフトウェアを購入する場合」や、「クラウドストレージを利用する場合」に限られており(35頁参照)、最小限の解説に留まっている。
いずれもまだ解釈が定まっておらず、裁判例等の積み重ねもない、という状況だけに踏み込んだことを書きづらいのは理解できるのだが、これではなかなか「実務の指針」としては使いづらいな、というのが率直な印象だった*6。
そして・・・
もしかすると、これまでの「準則」ユーザーが一番ショックを受けたのは、長年「ウェブサイトの利用規約の契約への組入れと契約締結後の規約変更 」として論じられていた内容が、今回の改訂に伴い、「Ⅰ-2-3 定型約款の規定が適用されない利用規約の契約への組入れと契約締結後の規約変更」(38頁以下)と改められてしまったことなのではないか、と思ったりもする。
内容的には、民法の定型約款に関する規定が適用されるかどうか、ということが先決問題となることが追記された程度で、
「インターネットを利用した電子商取引は今日では広く普及しており、ウェブサイトにサイト利用規約を掲載し、これに基づき取引の申込みを行わせる取引の仕組みは、少なくともインターネット利用者の間では相当程度認識が広まっていると考えられる。したがって、取引の申込みにあたりサイト利用規約への同意クリックが要求されている場合は勿論、例えば取引の申込み画面(例えば購入ボタンが表示される画面)にわかりやすくサイト利用規約へのリンクを設置するなど、当該取引がサイト利用規約に従い行われることを明瞭に告知しかつサイト利用規約を容易にアクセスできるように開示している場合には、必ずしもサイト利用規約への同意クリックを要求する仕組みまでなくても、購入ボタンのクリック等により取引の申込みが行われることをもって、サイト利用規約の条件に従って取引を行う意思を認めることができる。」(44頁)
とか、
「利用者による明示的な変更への同意がなくとも、事業者が利用規約の変更について利用者に十分に告知した上で、変更の告知後も利用者が異議なくサイトの利用を継続していた場合は、黙示的にサイト利用規約の変更への同意があったと認定すべき場合があると考えられる。」(47頁)
といった、長年親しまれてきた融通性のある記述は依然として健在である。
ただ、いずれも、「定型約款に関する民法の規定の適用されない」場面というのがここでのミソであり、当然に「定型約款」に該当し得る利用規約を用いている事業者にしてみれば、前者に関しては改正民法548条の2がここまで長々とした論理構築をしなくても難なく解決してくれるのに対し、後者に関しては548条の4との関係をどうとらえるべきか、いろいろと悩ましい疑問は湧いてくるような気がしてならない*7。
おそらく、パブコメ段階から、一連の記述に関して同じようなモヤモヤ感を抱いた方は多かったのだろう。公表されているパブコメの結果を見ると、これら定型約款絡みの記述に関して、実に14件もの問答が取り上げられている*8。
だが、
「本準則令和元年12月改訂版21頁の「(3)サイト利用規約の変更」第4段落にあった、一定の要件を満たせば「(定型約款)変更後の利用継続による黙示的な同
意」が有効であるとする解釈が削除されたことは、サービス変更または拡充を継続的に行う事業者の制約が大きくなることから歓迎はできません。」(No.15)
という意見や、
「定型約款に該当しない約款であっても、下記の場合には、新民法548条の4と同様のルールに基づいて一方当事者が契約の変更をする合意は有効であることを明確にすべきと考える」
「定型約款に該当しない約款であっても、定型約款と類似する性質を有するものは、一般的な理論とは別の理論の適用は可能と考えられる。」
「BtoB取引では、当事者は契約内容に拘束される意思を有しているのが一般的であり、定型約款の変更規定(新民法548条の4)同様の変更の合意は可能であると考えられる。」
(以上No.16)
といった意見を述べた方々の思いは、
「この場合に、なお「利用継続による黙示的な同意」によって約款の変更の効力が認められる場合があるのか等については、今後の実務や裁判例を注視して参ります。」
とか、
「どのような場合であれば当該別の理論が適用され、どのような要件の下で一方的な契約変更が可能であるのかについては、現時点で一般化することは困難であると考えます。」
といった官庁としては極めて模範的な回答により、全く満たされずに終わっている。
一時は消える寸前だった「定型約款」に関する規定が息を吹き返した背景にこの「電子商取引」にかかわる業界(の一部の会社)の存在があることは既に歴史上の事実としてあちこちで語られていることで、改正法がもう施行されてしまった今、そのことについてあれこれ言うつもりはないのだけれど、予想通り見えてきた実務と条文の間のギャップと、それが埋まるのか、それとも深い溝ができるのか、を未だに見通せないモヤモヤ感に、我々があとどれくらいの間付き合えば良いのか・・・。
裁判例が出てくるのが先か、それとも「準則」の起案者が思い切るのが先か、それは知る由もないけれど、できることなら次の改訂のタイミングでは、この準則が、この霧をもう少し晴らし、見通しの良い世界を導く道しるべとなってくれることを期待して、長文のエントリーをひとまず締めておくことにしたい。
*1:この事例に関しては、 村松秀樹=松尾博憲『定型約款の実務Q&A』の記述を引用している。これ以外の箇所でも村松=松尾本はかなりの頻度で今回の準則に引用されている。
*2:強調筆者。疑義のない例を載せたい、という配慮ゆえのことだろうが、解約手数料の規定を設ける事業者の側がそれを「過大」と認識していることは稀だろうし、仮にそういう意図があったとしても、「過大な・・・趣旨です」とは口が裂けても言わないだろうから、ここはかえって分かりにくい例になってしまっているような気がする。
*3:後述するパブコメでも、この点について指摘した意見が出されているが、回答では、「仮に契約に関わる内容が多く含まれるものであったとしても、単に情報提供を目的として掲載されていると解される場合には、定型約款に該当するとはいえないものと考えられます。」と改めて”塩”な見解が述べられている。
*4:この点に関しては後述するパブコメの中でも「特定商取引法に基づく表示のうち、返品特約については、契約の内容とすることを目的として準備されたものであることが明らかであり、特定商取引法上の表示義務を履行することを主目的としているからといって、定型約款該当性を否定されるべきでない。」という意見が出されている。
*5:この点パブコメでも、「現在の電子化の中で、顧客によっては、電子メールでPDFファイルなどの送付は不要で、いつでも見られるURLの送付を希望される場合も相当数あるものと考えらえる。このことから、ウェブページのURL表示では足りないと断定するのではなく、書面での送付を希望する相手方にはPDF送付、そうでない相手方にはURLという形で、顧客の方の希望や求めに応じて柔軟に対応できるようにすべきであるため。」といった理由で記載の修正を求める意見が出ているが(しかも2件)、ここでもまた対応は”塩”であった。
*6:37頁の脚注3には、辛うじて踏み込んだ記述があり、そこでは銀行取引約定書を例に、「事業者間取引について、現時点で適用例として具体例が挙げられている取引以外にも、取引の実態を踏まえて適用範囲が広がる可能性に注意する必要がある」ことや、「ネットモール運営者と出店者の間の出店契約における規約」が定型約款に該当する可能性の示唆等がなされている(個人的には出店時の規約が定型約款に該当しないのであれば、何が定型約款なのか・・・と言う気がしないでもない。あくまで一個人の感想だが)のだが、できればこれは本文に書いてほしかったところである。
*7:これを約款の変更に関して548条の4の要件充足性が否定された場合の救済法理、と考えれば、二重に助けられる可能性が生まれることになるのだが、果たしてそううまくいくのかどうか。事業者にとっては非常にありがたい東京高判平成30年11月28日(携帯電話サービスに係る約款の変更条項が消費者契約法10条に該当しない、として消費者団体の請求が棄却された事例)が、「改正民法施行前の裁判例」という留保付きで取り上げられているくだりも、何とももどかしく思える。
*8:https://www.meti.go.jp/press/2020/08/20200828001/20200828001-4.pdf