明らかにされた真実

著作権法マニアであれば知らぬ人はいない(?)
「初動負荷トレーニング」著作権侵害事件。


このたび、めでたく高裁判決が出された。
阪高判平成18年4月26日(第8民事部・若林諒裁判長)。
H17(ネ)第2410号著作権侵害差止等請求控訴事件。
(大塚先生のブログもご参照のこと*1


この事件、「ワールドウィングエンタープライズ」の代表者である
著名なトレーナー氏が原告となって*2
提起された訴訟であるが、
地裁判決(大阪地判平成17年7月12日・第21部田中俊次裁判長)の段階では、
何が原因でこういう紛争になったのか、が、
いまいち見えていなかった。


原告の主張は、
原告がトレーニング理論において用いていた

「初動負荷」「終動負荷」

という表現が被告書籍において使用されたことが、
著作権及び著作者人格権」を侵害する、というものであったのだが、
元々このような短い「言葉」について著作権を主張する、
というのは相当な無理があるのであって*3
それでもあえて訴訟を提起した、というのは
被告の行為によほど腹に据えかねる何かがあった、と考えるのが普通だろう。


ゆえに、地裁段階で、
著作権侵害、不競法違反と合わせてなされた
「執筆契約における付随義務違反」や「不法行為」の主張の方に、
むしろ、この紛争の核心に迫るヒントがあるように思われたのである。


だが、地裁判決に現れている当事者の主張をもってしても、
そこには、被告が「初動負荷トレーニングの内容を歪曲した」らしい*4
ということくらいしか現れておらず、
裁判所が、純粋なる法解釈に基づいて原告の主張を悉く退けたこともあって*5
それ以上の背景事情は明らかにされていなかった。


ところが、本高裁判決では、一転、
背景事情がかなりはっきり見えるようになっている。


というのも、
控訴審になって代理人を一新した原告(控訴人)が、
攻防の対象までそれまでのものから一新し、
被告書籍の具体的表現を挙げながら、
「翻案権」侵害を主張したからだ。


原告、被告双方が出している出版物などを見たことはないのだが、
判決文に現れているところから推察するに、
この紛争の原因は、
原告・被告両者のトレーニング理論の違いに尽きるように思われる*6


すなわち、
原告の理論が、「初動負荷」の意義を強調し、
同時に「終動負荷」のデメリットを強調するものであるのに対し、
被告の理論は、
「初動負荷」だけでなく「終動負荷」にも意味があるとして、
「終動負荷トレーニングを必要不可欠のトレーニングとして推奨する内容」
であった。


被告書籍に記載されている内容は、
原告が創作したトレーニングの名称に仮託しつつ、
それと正反対のことを述べているもの、と言っても過言ではないだろう。
それゆえ、感情のほつれは訴訟へと発展した・・・。


結論からいえば、
いずれにせよ、「著作権侵害事件」として構成するのは無理な事件であった、
というほかない。


本件判決の別紙として、
「控訴人Aの著作物と本件記事との対比表」が添付されているが、
どうみても、この程度の類似性で翻案を主張するのは無理があるし、
裁判所も、

「自然科学論文における著作者の独創にかかる思想内容については、学問は先人の思想、発見をもとにして発展して行くものであり、その利用を禁止することは文化の発展を阻害することになるから、抽象的な理論体系、思想内容については、アイデアや事実など表現それ自体ではない部分に該当するものと解するのが相当である。」

という規範の下、
「著作物の表現上の本質的な特徴の文言と一致せず、前提を欠く」
「具体的表現に違いがある」
として原告の主張を悉く退けたため、
原告(控訴人)側敗訴、という当然の結末となった*7


もっとも、既に述べたように、
判決文に現れている被告書籍での「表現」を見る限り、
裁判所に訴えた原告の“感情”は分からないでもない。


控訴人側が、著作権侵害と合わせて主張した
「名誉・信用を毀損する不法行為」の成否について、
裁判所は、原告・被告双方の理論があまりに異なる、
ということに着目し、

「本件記事を読んだ平均的な読者が、控訴人Aの提唱する初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングが、それとともに終動負荷トレーニングをも実践しなければならないものであるとの誤った認識を生じるとは認められない。」
「控訴人Aが初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングについての学説の独占権を有するものではない以上、控訴人A以外の者が、控訴人Aの初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングを改良(控訴人らの主張によると改悪であるが)した初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングを考案し、発表することは自由に許されるのであり、控訴人Aの初動負荷理論ないし初動負荷トレーニング以外に初動負荷理論ないし初動負荷トレーニングはあり得ないということはできない。控訴人らの主張は、その前提を誤ったものであり、採用することができない。」(30-31頁)

として不法行為の成立を否定したのであるが、
そもそも「初動負荷」「終動負荷」という用語は、
原告(控訴人)の創作にかかるものであり、
「初動負荷トレーニング」といえば、原告のトレーニング理論を指す、
という認識が一般的だった中で、
“言葉だけ借りて”全く異なるトレーニング理論を論じる、ということは、
あまり褒められた話ではない。


「初動負荷」「終動負荷」という言葉が法的保護を受けることはないにしても、
原告が創作した名称であることを尊重して『 』付きで引用したり、
被告書籍中で、被告の理論が原告の理論とは別物であることを
もっと丁寧に解説しておれば、
原告とて訴訟にまで訴えようとは思わなかったのではないだろうか。
ましてや、被告となった出版社は、
原告がかつて連載記事を出稿し、懇意にしていた出版社である(ように思われる)。
原告の側で何らかの“配慮”を期待したとしても不思議ではないだろう。


このように、一見すると、
“トンでも訴訟”のような感がある本件だが、
原告の側で、「何らかの利益」が侵害された、と考え、
“法的救済”を求めたこと自体には、さほど違和感はない事案だけに*8
法的構成を工夫すれば、原告の主張が一部認められる余地も
あったように思われるのである*9


その意味で、著作権侵害、という構成にこだわったことが、
原告にとっては裏目に出たといえなくもない事案であった。


(追記)
参考までに、原告となったワールドウィング社のウェブサイトは

http://bmlt-worldwing.com/


これを見ると、「初動負荷」が原告の「商標」であることを強調するなど、
自身のトレーニング理論に対するフリーライドに神経を尖らせているのが
良く分かる。


更に参考までに、↓

「奇跡」のトレーニング

「奇跡」のトレーニング

*1:http://ootsuka.livedoor.biz/archives/50464595.html#trackback

*2:Number誌などを読んでいると、時々このトレーナーのお世話になったプロ野球選手やJリーガーなどの話が出てくる。

*3:大阪地裁は、「理論が独創的であるからといって、直ちにその名称に著作物性が認められるわけではない」と述べ、いずれの表現も「日本語において常用される表現方法」であって、「ありふれた表現」に過ぎないとして著作物性を否定した。

*4:これは原告の主張による。

*5:もっとも、「法令等の根拠もなく名称の発案・使用者に対し独占的な使用権を認めることは相当ではない」として不法行為の成立を否定した判旨は、最近のYOL事件や法律書著作権侵害事件といった一連の“塚原Court”の判決に照らすと、見直される余地はあるのかもしれないが。

*6:書籍を出版したゴルフダイジェスト社とその書籍の執筆者の双方が本件の被告となっているため、以下では特に両者を区別せず「被告」として記す。

*7:詳細については判決を参照されたい。

*8:単に自己の理論を批判された腹いせに訴訟提起した、というものでもないように思われる。

*9:タイトルや見出しの付け方、原告の理論の著名性へのフリーライドの意図、等を丁寧に立証すれば、わずかながらでも不法行為の成立が認められる可能性はなかっただろうか。この点については、被告書籍を読まないと何ともいえないのではあるが・・・。

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