手放しで喜べない知財高裁判決の危うさ〜私的録画補償金判決をめぐって

昨年末に引き続き、年末のビッグニュースとなった「私的録画補償金事件」におけるメーカー側勝訴判決の報*1
一審の東京地裁(東京地判平成22年12月27日)に引き続き、SARVH側の請求が退けられたことにより、

「これでデジタル専用録画機器(正確には「アナログチューナー非搭載DVD録画機器」)に私的録画補償金が課金される可能性は、ほとんどなくなった!」

喝采を上げているユーザーも世の中には多くいることだろう。

だが、判決の翌週に公表された知財高裁判決を見ると、結論こそ維持されているが、地裁判決とは打って変わって、何とも微妙な、歯切れの悪い判旨になってしまっているように思えてならない。

以下では、知財高裁判決を地裁判決と対比しつつ、その微妙さ加減を見ていくことにしたい。

知財高判平成23年12月22日(H23(ネ)第10008号)*2

控訴人(原告):一般社団法人私的録画補償金管理協会
被控訴人(被告):株式会社東芝

控訴人が平成23年4月1日に「一般社団法人」に移行したこと、さらに控訴人側の代理人に“助っ人”(?)として前田哲男弁護士が加わったことを除けば、原審とほぼ同じ争点で争われ、控訴人側にとっては、言わば“リベンジ・マッチ”となった控訴審

最高裁HPにアップされた判決文の中では、双方の主張が要領よくまとめられていているのだが、それによると、

◆争点1:アナログチューナー非搭載DVD録画機器の特定機器該当性
<控訴人>
1 施行令1条2項3号ロ及びハが規定する要件
2 1により、被控訴人製品が施行令1条2項3号に該当すること
3 アナログデジタル変換の場所に関して
→ 施行令1条2項3号の特定機器は、「アナログデジタル変換が行われた影像」を連続して固定する機能を有していれば足りる(アナログデジタル変換を機器で行う必要がある、といった限定は施行令上要件としては付されていない)
4 著作権保護技術の存在は特定機器該当性の判断に影響を及ぼさないこと
5 特定機器の要件と「関係者の合意」は無関係であること
6 被控訴人の「二重の負担」論、「二重の利得」論が誤りであること
<被控訴人>
1 施行令1条2項3号の文言
→ 「アナログデジタル変換が行われた影像」とはデジタル方式の録画の機能を有する機器の内部でアナログデジタル変換が行われた影像に限られる。
2 法30条2項及び施行令1条2項3号の趣旨からする特定機器非該当(著作権保護技術関係)
3 関係者の合意ないしコンセンサスを形成する必要性及びその不存在
4 特定機器該当性を否定すべきその他の実質的理由
→ 「二重の負担」「二重の利得」論/著作権者等の許諾がある私的録画であること
◆争点2:協力義務の意義
◆争点3:不法行為の有無

<控訴人>
(追加主張として)条理に基づく補償金相当額の上乗せ徴収・納付義務違反の不法行為責任があること
◆争点4:被控訴人製品による録画についての著作権者等の許諾の有無(控訴審では当事者主張記載を省略)
◆争点5:被控訴人が支払うべき私的録画補償金相当額又は損害額(控訴審では当事者主張記載を省略)

と、不法行為について控訴人が若干の主張を追加した以外は、双方とも、ほぼ地裁での主張を踏襲していることが分かる。

原審、というか、訴訟が始まる前の段階から、当事者双方が“主戦場”と目していたのは、「争点1」の「特定機器該当性」であり、控訴審においてもおそらく双方とも従来通りの主張に基づいて激しく争ったのであろうが、原審の東京地裁判決で、「著作権法104条の5の「協力義務」に関する規定が単なる訓示規定に過ぎず、メーカーがこれに基づく不法行為責任を負うことはない」という結論が出されていた以上*3、この結論をキープできれば、争点1に関する判断の帰趨にかかわらず、被告(被控訴人)メーカー側としては、首尾よく連勝、と行くはずだった。

しかし、知財高裁は、ここで、一気に地裁判決の土俵をひっくり返す判断を示した。

「協力義務の法的意義」(争点2)に対する知財高裁の判断

知財高裁は、法104条の5の制定経緯等を紐解きつつ、同条が「上乗せ徴収・納付の態様による協力を主として念頭に置いて規定されたものと理解できるが、その法文上、そのことは一義的に明確ではない」とし、協力義務の履行方法として他にも様々な方法が想定されることから、「控訴人が上乗せ額を被控訴人に請求することができるとすべき根拠は、一義的にはないことになる」と述べた(以上、25-26頁)。

しかし、これに続いて述べたくだりが、本件訴訟の様相を一気に変えることになってしまう。

「しかし,平成11年7月1日に私的録画に係る特定機器を定めた施行令1条2項が施行されて以来,控訴人による私的録画補償金の徴収は前記「上乗せ徴収・納付」方式というべき方法(原判決別紙「原告の補償金の徴収とその分配」のチャート図)により行われてきたものであり,それ以外の方法で行われてきた事実は見当たらない。製造業者等に協力義務が課せられた趣旨を振り返るに,補償金制度のもとにおいて補償金を支払うのは特定機器を利用して私的録音・録画を行う者であるが(法30条2項),この利用者は極めて多数に及び,かつ,日本全国に分布しているため,著作権者等の権利者が個々の録音録画の実態を把握して補償金請求権を行使すること,あるいは利用者が私的録音・録画の都度個々の権利者に対して補償金を支払うことは,現状においては困難である。そこで,法は,補償金制度の実効性を確保するため,補償金の請求・受領を指定管理団体において集中的に管理する制度を設け,特定機器を購入する者は,法104条の2第1項に定める指定管理団体から補償金の一括の支払として補償金の支払を請求された場合,その購入時に補償金を支払わなければならないとした(法104条の4第1項)。そして,特定機器の購入者と指定管理団体との間には直接の接点はないため,補償金の請求に際し購入行為を把握しうる立場にある第三者の協力が制度の実現に必要となるところ,録音・録画機器の発達普及が私的録音・録画を増大せしめる結果をもたらしていることから,録音・録画機器の提供を行っている製造業者等が,公平の観念上,権利者の報酬取得の実現について協力することが要請されていると考えられることなどとして,特定機器の製造業者等は,「補償金の支払の請求及びその受領に関し」協力しなければならないとされたものと解される(略)。法104条の5が製造業者等の協力義務を法定し,また,指定管理団体が認可を受ける際には製造業者の意見を聴かなければならないと法104条の6第3項で規定されている以上,上記のような実態の下で「上乗せ・納付方式」に協力しない事実関係があれば,その違反について損害賠償義務を負担すべき場合のあることは否定することができない。製造業者等が協力義務に違反したときに,指定管理団体(本件では控訴人)に対する直截の債務とはならないとしても,その違反に至った経緯や違反の態様によってはそれについて指定管理団体が被った損害を賠償しなければならない場合も想定され,法104条の5違反ないし争点3(被控訴人による不法行為の成否)における控訴人主張を前提とする請求が成り立つ可能性がある。」(26-27頁)

自分も法104条の5を「訓示規定」として同規定違反に対する不法行為責任を一切否定した地裁判決に対しては、正直、意外感を持っていたし*4、SARVH側の補償金相当額の請求が否定されるのは当然のこととしても、その後の損害発生の有無や因果関係論が次なる山になるのでは・・・?というのが、第一審判決前の予想だったから、上記のような判断はそんなに驚くべきことではないのかもしれない。

だが、協力義務が法律上の具体的な義務ではない、ゆえに被告は損害賠償責任を負わない、という第一審の判断が、紛争処理方法としては極めて明快であり、しかも、何かと批判の多かった私的録画補償金制度をゼロベースから見直す良い契機となるもののように思えていただけに、ここがひっくり返ってしまった*5のは、何とも残念である。

「特定機器該当性」(争点1)に対する知財高裁の判断

さて、こうなった以上、地裁判決ではあっさりと被告の主張が退けられた「特定機器該当性」に再度スポットライトを当てなければならない。

そして、知財高裁は、主戦場となっていた

著作権法施行令1条2項
「 法第30条第2項の政令で定める機器のうち録画の機能を有するものは,次に掲げる機器(ビデオカメラとしての機能を併せ有するものを除く。)であつて主として録画の用に供するもの(デジタル方式の録音の機能を併せ有するものを含む。)とする。
(1号,2号は省略)
三 光学的方法により,特定の標本化周波数でアナログデジタル変換が行われた影像又はいずれの標本化周波数によるものであるかを問わずアナログデジタル変換が行われた影像を,直径が百二十ミリメートルの光ディスク(レーザー光が照射される面から記録層までの距離が〇・六ミリメートルのものに限る。)であつて次のいずれか一に該当するものに連続して固定する機能を有する機器
イ 記録層の渦巻状の溝がうねつておらず,かつ,連続していないもの
ロ 記録層の渦巻状の溝がうねつており,かつ,連続しているもの
ハ 記録層の渦巻状の溝がうねつており,かつ,連続していないもの

という施行令の解釈に際し、

「改正で追加された施行令の規定についての解釈では,改正に際して念頭に置かれた実態の範囲に即してされなければならないし,とりわけ,著作権法104条の5所定の協力義務違反を問われるべき前提としての特定機器該当性を考えるに際しては,施行令の文言に多義性があるとすれば,厳格でなければならない。」(32頁)

という解釈指針を示したうえで、立法経緯を辿りつつ、

「当裁判所は,客観的かつ一義的に明確でない「アナログデジタル変換が行われた」の要件については,上記経緯にかんがみて総合的な見地から解釈するならば,放送波がアナログであることを前提にしてこれについてアナログデジタル変換を行うことが規定されていると解するものであり,これを超えての範囲を意味するものと解することはできないと判断する。」(35頁)

という結論にたどり着いた。

この結論だけ見れば、結局はメーカー側の従来の主張と同じであり、(アンチSARVH側の視点で言えば)“結果オーライ”ということになりそうである。

しかし、「総合的な見地から・・・」という曖昧な文言に象徴されるとおり、解釈指針を宣言してからこの結論に至るまでの約3ページ近い判決の論旨は、何とも心もとない。

奇しくも地裁判決が指摘したように*6、「施行令の文言上何ら限定されていない」ところで特定機器の要件を限定するのであれば、それなりの強い根拠が必要だと思われるのだが、知財高裁が示している審議録の記載や、そこから「推測」されている「関係者の意識」といったものが、本当にその根拠となりうるものなのかどうか、自分は確信を持てずにいる。

また、知財高裁は、上記施行令の文言解釈とその当てはめ(非該当)に続き、

「少なくともアナログチューナーを搭載していないブルーレイディスク録画機器が補償金の対象となるかの大方の合意は,製造業者や経済産業省はもちろんのこと消費者なども含めた関係者間で調っていなかったことが明らかである。遡って,施行令1条2項3号制定時には,製造業者は,アナログチューナーを搭載しているDVD録画機器については,協力義務を負い私的録画補償金の対象となることで妥協したと認めることができるものの,妥協した限度はそこまでである。次の(6)で検討するように,複製権侵害の態様において質的に異なる様相を示すアナログ放送とデジタル放送について,どこまで録画源として私的録画補償金の対象とすべきか否かの明確な議論を経ていなければならないのに,この議論がないまま,アナログチューナーを搭載していないDVD録画機器についてまでの大方の合意が調っていたと認めるのは,特段の事実関係が認められない限り困難である。」(40頁)

という背景事情を述べたり、「著作権保護技術も含めた総合的検討」という章で、

「DVD録画機が録画の対象とし,施行令1条2項3号が追加された際に主として念頭に置かれた録画源がテレビ放送であったのは,著作権保護技術を伴う市販ビデオテープや市販DVDからの複製が,法30条1項2号によって,ほとんど私的複製として許される範囲外となっていたからであり,録画源に著作権保護技術が伴っているか否かは,私的録画補償金の対象とするか否かにおいて大きな要素となっていることは否めない。上記のようなデジタル放送の実態とデジタル時代におけるDVD録画の実態の下において,デジタル放送が私的録画補償金制度でどのように位置づけられるのかについて,1条2項の3号制定時の審議で議論にされたとは認められないし,当時の審議録には,録画源についての説明すらない。録音源として1条1項制定時の政令審議録にも明示されている市販あるいはレンタルCDからMDに録音する態様にあっては,ほとんどの対象が音楽CDであって私的複製態様の見通しがつきやすいが,実態としてアナログ放送とデジタル放送とで複製権侵害の態様が異なるテレビ番組録画にあっての上記のような現状を前提にして,一律に本来の義務者ではない製造業者等が協力義務を負うものとされる録画補償金の範囲の解釈に当てはめるに際しては,法104条の5(30条)やそれを受ける施行令の解釈,特にテレビ番組を録画対象とするDVD録画機器の特定機器性判断については,客観的かつ一義的に明確でないときには厳格であるべきである。」(42-43頁)

と述べるなど、「非該当」という結論を懸命に補強することを試みているのであるが、歯切れの悪さと説明の分かりにくさばかりが目についてしまう*7


制定に至るまでにどんな背景事情があろうと、省令として制定されて施行されている以上、まずは文言に忠実に解釈する必要があるし、文言に書かれていない要件を付加して限定解釈するのであれば、「制定当時に想定されていなかったこと」を明確に洗い出す、あるいは、字義通り解釈適用した場合の不都合性を明確に描き出す、といった作業が本来は不可欠だと思う。

だが、この知財高裁判決は、残念ながらこの点について“どっちつかず”な迷走を繰り広げており*8、結論に至るまでの明確なプロセスを描けていないように思えてならない。

激しくぶつかり合う双方の主張に配慮しながら、結論となる落とし所に導いた、そんな苦悩の痕が見いだせるだけに、個人的には同情したくなるところもあるが、厳格な最高裁の判事や調査官が、果たして一般人と同じような共感を示してくれるかどうか・・・。

下級審で権利者側の請求が何度も退けられながらも、最高裁で大逆転・・・といえば、今年初めの「まねきTV」の衝撃がまだ記憶に新しいところ。

即座に上告した原告・SARVH側の執念が実る日が来るのか、それとも「二度あることは三度」なのかは分からないけれど、いずれにせよこのままでは終わらない*9、そんな気がする知財高裁判決である。

*1:判決直後の感想については、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20111223/1324694672参照。

*2:第2部・塩月秀平裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111226130724.pdf

*3:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110112/1294768512参照。

*4:それゆえ、地裁判決時のエントリーでは、判決を「予想を超えた」と評していた。http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110112/1294768512参照。

*5:しかも、「請求が成り立つ可能性がある」というところで止めてしまっていて、「本当に協力義務違反による損害の発生を観念し得るのか」という点について明確に判断を示していない、というのが何とももどかしい。

*6:地裁のこの争点に関する判断については、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20110111/1294680786参照。

*7:日頃から知財事件の判決に目を通されている方ならとっくにお気づきだろうが、この知財高裁判決は、内容はともかく、体裁的にはかなりの「悪文」であり、一読して論旨を把握するのが極めて難解な作りになってしまっている。

*8:「アナログ」と「デジタル」の状況の違いだけで押し切ればまだすっきりしたのだろうが、判決はそれを決定的な要素としては用いておらず、法104条の5の性質論なども取り込んで何とか・・・という感じで結論を出しており、その辺がもどかしい。

*9:仮に結論が維持されるとしても、違う論旨で判断が下されるような気がする。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html