1ヶ月遅れのジュリスト特集レビュー

最近、日々のあまりの慌ただしさゆえ、いろいろと入手している法律雑誌の論文も、判例も、読めずに放っておくか、あるいは読んでもなかなかアウトプットにつなげられずにいるのだが、しばらく放置していたジュリスト2月号(1463号)の特集もその一つ。

昨年末、1月号の特集予告が「独禁法」になっているのを見て、“知財の時代”も一昔前のことになってしまったのかなぁ・・・と思い始めたタイミングでの特集だっただけに、嬉しい思いはあったし、「クラウド電子書籍著作権」という企画自体、非常にタイムリーな好企画だったと思う。

何よりも印象に残ったのが、特集冒頭の小泉直樹教授の論文*1

あくまで「企画趣旨の紹介」という位置づけの論稿であり、個々の論点については各執筆者の論稿の紹介にとどめているのだが、冒頭で中山信弘東大名誉教授の『著作権法』での名言、「著作権法の憂鬱」の一節を引用した上で、クラウドサービスと著作権の関係について、今や「規制改革」の文脈でも議論がなされている現状を捉え、

著作権は私人の権利であって、そもそも政府の規制ではない。著作権法は、著作権の保護と著作物の利用の円滑化の調和が図られるよう、私人と私人との権利関係を規定した私法(民法の特別法)であって、他の行政法規とは性格が異なる。にもかかわらず、今日、著作権という私的な財に関する権利の効果としてビジネスが行えないことがあたかも「事実上の規制」と同じような効果を持つととらえられ、規制改革の文脈で論じられようとしていることは、まさに「著作権法の憂鬱」を象徴する出来事といえよう」(13頁、強調筆者)

とある種の皮肉も込めて(?)述べられているくだりなどは、現在の混迷した状況に対する学界の方々のもどかしさが代弁されているような気がして、何とも言えない気分になった*2

また、各論を構成する個々の論文も、それぞれ光を放っている。

宮下佳之弁護士の「クラウドの私的利用をめぐる実務上の問題点」(17頁)では、ロッカーサービスの分類ごとに事業者の行為主体性が検討され、さらに最後で、「ロッカー・サービス用システムの「自動複製機器」該当性」という、目下、関係者の頭を悩ませている最大の問題点に答えを出そうとされている*3

また、三浦正広教授による、EU司法裁判所のVG Wort事件判決等、欧州における補償金制度の紹介に続いて*4、上野達弘教授が、現行の我が国の私的録音録画補償金制度の問題状況と将来展望に言及されたくだり*5などは、補償金制度をめぐる議論に関わろうとする者にとっては必読、と言える。

特に、上野教授が分析されている「基本的な考え方」において、「私的複製というのは本来自由であり、権利者に報酬を支払う必要もないという考え方」(補償金制度を政策の実現手段と捉える考え方)と、「私的複製は完全に自由というわけではなく、著作権等は私的複製について排他的権利を有しないとしても、報酬を受ける権利は有するという考え方」(補償金制度を権利の実現手段と捉える考え方)を分けた上で、我が国の著作権法30条をめぐるこれまでのルールから、

「わが国では、私的複製というものは無許諾かつ無償で行うことができるというのが、いつしか自明の出発点と捉えられてきたようにも思われる。」(34頁)

とし、双方の考え方の是非には立ち入らない、としつつも、

「この点について、いずれの考えも成り立ちうるということを共通の理解にすることによって、本制度に関する生産的な議論が可能になるように思われる」(34頁)

と述べられているあたりは、関係者の意見が“真っ二つ”に分かれがちな現状においては、非常に示唆的、というべきではなかろうか。

一方、横山久芳教授による自炊代行訴訟の判決に関する評釈*6は、このブログですでに取り上げた池村評釈、田村評釈が世に出る前に書かれた*7もの、ということもあり、先行する評釈との絡みがないのが若干残念なのだが、内容的には、

「「枢要な行為」を行っていない者でも、別の実質的考慮により、複製の主体と判断されることはありうるというべきである。」(39頁)

として、利用者の複製主体性をあっさり否定した東京地裁判決を批判した上で、「自炊代行サービスの可否は、30条1項の解釈問題に帰着することとなる」という見解を示しているなど、注目すべき点は多い。

結論としては、

「30条1項は、36条1項とは異なり、複製主体を厳密に「使用する者」に限定している。これは、私的複製の過程に外部の者が介入することを排除し、私的複製の量を抑制することを意図したものとされる。そうだとすると、外部の業者が物理的に複製を行う場合に、利用者が規範的な意味で複製の主体になることを理由として30条1項の適用を認め、権利を制限することは、同条の立法趣旨に反するものというべきである。」(41頁)

ということで、判決の結論を支持しているし、本件のような代行サービスとの関係で結論のバランスが良く問題視される「機材・書籍提供型」についても、

「自炊代行サービスを複製権侵害と解する場合には、「機材・書籍提供型」も複製権侵害になると解するのがバランスの取れた解釈論といえよう。」

と、きちんと辻褄を合わせる姿勢を見せているから、これまでに世に出た評釈の中では、むしろもっとも“自炊”に厳しいもの、ともいえるところだが、こういう形で様々な立場からの論稿が世に出るのは、今後の議論を深める上では、悪いことではない、と思うところである。


他にも、電子書籍に関して、「デジタル消尽」に関する奥邨弘司教授の論文や、これまでの立法に大きな影響を与えている明治大学の金子敏哉専任講師、出版者側の立場から発言されている村瀬拓男弁護士が、それぞれの立場から書かれた論稿が掲載されるなど*8、現在の立法動向を見守る上での資料的価値が高い今回の特集。

ジュリストで次に特集が組まれるのは、おそらく一年後くらいまで待たなければならないのかもしれないが*9、次の特集の時にはいったい何がホットイシューになっているのだろうか・・・というところに思いを巡らせつつ、今回の紹介はひとまずここで終えることにしたい。

*1:小泉直樹「クラウド電子書籍著作権‐企画の趣旨」ジュリスト1463号12頁。

*2:この「規制改革」的アプローチに対しては、自分も極めて懐疑的なのだが(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20131002/1380936808)、それでも時と場合によっては、このアプローチも使わないといけない状況もある中で、小泉教授ほどの立場の方にこうおっしゃられてしまうと一層複雑な気持ちになってしまう。

*3:宮下弁護士の解釈アプローチは、「著作権法30条1項の立法経緯や趣旨等に立ち返って「公衆用設置自動複製機器」の範囲を限定的に解釈しようとするものだが、同時に、これまで一般的に唱えられているいくつかの限定解釈手法への批判も行なっており、複雑な思いをこの論稿を眺めた方も多かったのではないかと思われる。

*4:三浦正広「補償金制度をめぐる欧州の動向」ジュリスト1463号23頁。

*5:上野達弘「私的録音録画補償金制度をめぐる課題と展望」ジュリスト1463号29頁。

*6:横山久芳「自炊代行訴訟判決をめぐって」ジュリスト1463号36頁。

*7:末尾に「脱稿後…接した」とある(42頁)。

*8:特に村瀬弁護士の論稿は、出版者が今回の出版権設定の議論に今一つ乗り切れないように見える理由の一端が明らかにされており、個人的にはとても興味深い内容であった。

*9:もしかしたら年内にもう一回くらいはチャンスが巡ってくるのかもしれないが・・・。

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