おそらくネット住民の興味関心は、次の2点に集約されると思われる。
ここでは、時系列を逆にとって、
2.の問題のうち、簡単に処理できる商標権の問題から考えていく。
既に話題になっているように、
「のまネコ」に関しては、「有限会社ゼン」なる会社が、
「のまネコ」の名称*1と、米酒の瓶を持った「のまネコ」の絵*2
の2種類について商標を出願している。
そして、このことをもって、
エイベックスによる「のまネコ使用権の独占」と捉え、
アスキーアートによる表現の自由を危惧する声も多いようである。
だが、はっきり言って、その懸念は杞憂に終わるだろう。
理由は以下の4点による。
- 商標権侵害は、「業として」商品等の生産等を行うものが他人の商標を使用して初めて問題となるものであること*3。
- 仮に「業として」使用した場合であっても、登録されている区分の商品・役務に関して使用して初めて侵害にあたるに過ぎないこと*4。
- 仮に「業として」登録されている区分の商品・役務に関して「良く似た」図柄を使用したとしても、現実に「類似商標」と認定される可能性は高くはないこと。
- 仮に類似商標と認定される態様で図柄を使用した場合でも、それが「商標的使用」にあたらなければ、商標権侵害とはみなされないこと。
まず、1点目だが、
商標法は、あくまで「業として」商標を使用する者に対して規律を及ぼす法律なので、
個人が2chにアスキーアートをいくら書き込んだところで、
商標権侵害とされることはないと考えて良い*5。
ここで引っかかるのは、お金をもらって運営しているサイトに「モナー」を載せたり、
お金をもらって、アスキーアートやFLASH(及びそれを利用した商品)を
制作している人に限られることになる。
次に、仮に「業として」にあたる場合であっても、
出願されている商標が指定している商品(及びその類似商品)に関して
使用した場合でなければ、商標権侵害とはいえない。
上記「のまネコ」商標は、電気・電子機械器具類、電子出版物等(第9類)、
貴金属類(第14類)、楽器類(第15類)、事務用品・文具(第16類)、
被服類(第25類)、おもちゃ、運動用具類(第28類)、酒類(第33類)など、
一見手広く商品群を抑えているようだが、
通常のキャラクター商標に比べれば、はるかに謙抑的な(笑)押さえ方なので、
いくらでも穴は見つけられる*6。
さらにいえば、商標権侵害にあたる要件としての
商標の「同一」又は「類似」性は、そんなに簡単に認められるものではない。
文字だけで言えば「のまネコ」と「モナー」は明らかに非類似だし、
イラストにしても、ネコの絵は世の中にあふれており、
かつ既に登録されているネコもたくさんいるわけだから(笑)、
少なくとも出願されている「のまネコ」と全く同じ図柄を使うか*7、
「ネコ+米酒」のデザインの組み合わせで図柄を使わない限り、
商標権侵害が成立する可能性は乏しいと思われる*8。
少なくとも、酒瓶を持たせない限りは、「モナー」グッズを販売したとしても、
「ゼン」が商標権に基づく差止めを行うことは困難だろう*9。
最後に、商標権侵害の成否は形式的判断のみで決せられるわけではない、
ということにも注意する必要がある。
「物理的には類似商品に類似商標が付されていても、それがおよそ出所識別機能を果たしていないことが明らかである場合にも、商標として使用されていないということを理由に商標権侵害が否定される」*10
いわゆる、「商標的使用」の問題である*11。
だから、仮に「モナー」が「のまネコ」の「類似商標」と認定されたとしても、
それが商品の「出所識別機能」を果たしていない場合、
例えば、複数のアスキーアートをプリントしたTシャツを販売する場合に、
たまたまプリントされている図柄の一つが「モナー」だったような場合には、
それは「モナー」のTシャツではなくて、あくまで「アスキーアート」のTシャツに
過ぎないため、商標権侵害にはあたらない、ということになると思われる。
以上が、「のまネコ」商標は恐れるに足らず、の根拠となる。
いろいろ検索していると、
2chでは、特許庁への「情報提供」*12を
呼びかけるスレッドが立っていたりして、
ネット住民の執念にはつくづく感服するが、
「のまネコ」商標に関して言えば、明確な登録阻却事由があるわけではないため、
その労力が実る保証はない、ということに注意されたい*13。
*1:商願2005-69971
*2:商願2005-69972
*3:商標法(以下、単に「法」という)2条1項
*4:法37条
*5:田村善之『商標法概説〔第2版〕』(弘文堂、2000年)148-149頁参照
*6:なお、ここで「インターネットその他の電子計算機端末による通信を用いて行うダウンロード可能な映像・文字・音声」(第9類)という商品の指定が少し引っかかるのだが、少なくともこれまでの事例を特許電子図書館(IPDL)で調べた限りにおいては、このような指定商品で登録が認められたケースはない。「音声」はともかく、「ダウンロード可能な文字」が指定商品として認められるかは大いに疑問である。
*7:なお、後で著作権のところで書くつもりだが、「のまネコ」と「モナー」の類似性は乏しいというのが私見である。
*8:田村・前掲129-133頁参照
*10:田村・前掲152頁
*11:田村・前掲151-155頁参照
*12:正確には「刊行物提出」制度。登録査定が下りる前に登録阻却事由の存在を第三者が特許庁に主張することによって、登録されることによるデメリットを未然に防ぐというもの。業界では多用される手ではあるが・・・
*13:これまでAAが存在していたとはいえ、それが特定の商品と結びついて使われていたわけではないし、仮に「のまネコ」が「モナー」の著作権を侵害していたとしても、著作権を侵害して作成された商標の登録を阻却する規定はない(田村・前掲234-235頁)。もちろん、本来の「著作権者」に対して著作権侵害商標の商標権を行使すれば、「権利濫用」になりうるが。