商品名商標をめぐるいくつか紛争事例を眺めていると、
時に面白いものに行き当たるのであるが、
ここで紹介するものもそのうちの一つである。
製薬会社と健康食品会社。
かたや専ら「薬剤」(第5類、旧第1類)の区分の商品群を有し、
かたや専ら「加工食品」(第29類)の区分の商品群を有する。
一見すると両者の接点などさほどないようにも思われるのだが、
どうも実態はそうではないようだ。
その背景には、製薬会社が健康補助食品の製造販売に乗り出している、
という事情などもあるようだが、
ともあれ、なかなか味わい深い商標紛争、とくとご覧いただければ、と思う。
大阪地判平成18年4月18日(第21部・田中俊次裁判長)*1
〔当事者〕
原告・藤本製薬株式会社、フジモト・ブラザーズ、フジモト・コーポレーション*2
被告・株式会社エスロク
本件は、被告が使用していた「サンヨーデル/SUNYODEL」等の標章が、
「YODEL/ヨーデル」(第1914019号の2)を有する原告の商標権を侵害するとして、
商標権侵害、不競法に基づく請求がなされたものであり、
また、両当事者は、本件訴訟に至る前に、
上記の問題に関して和解合意をしているのだが、
原告は被告がこれに違反した、
として合意に基づく違約金の支払い等も請求している。
平成12年1月に原告側から最初の警告を行って以降、
足掛け5年以上にわたって争われている事案であることや、
被告の商品が比較的有名なもので*3、
「便秘治療薬」としての効能において原告商品とも競合する関係にあったために、
双方の主張は多岐にわたり、激しい攻防が展開されている*4。
商標の類否
まず、第一の争点、商標の類否について。
原告側は、商標の類否判断を行う際の一判断要素である「観念」の類似性について、
被告標章が便秘治療に効能のある製品に用いられていることを指摘し、
以下のように主張する。
(以下、食事時の閲覧はお勧めできないので注意されたし・・・)
「標章の観念は、当該商品の内容、特質、用途等との関連において通常一般人を基準として理解されなければならず、特定の語を切り離して意味を理解することは不可能である。そうすると、原告製品と被告製品はいずれも便通を促すものであるから、本件商標も「ヨーデル」を要部とする被告標章も、共通して「便がよく出る」という製品の効能を連想させる。」(20頁)
これに対し、被告側は次のように激しく反論する。
「同原告らは「ヨーデル」が「便がよく出る」という観念を生じさせる単語だと主張するが、かかる現象は、関西語圏の一部に住み、なおかつ「出る」イコール「大便」という尾籠な発想をまず第一に行うような品性の人間に特有のものである。少なくとも標準語では「よく出る」ことを「よー出る」などと表現することはないから「ヨーデル」イコール即「便がよく出る」という観念は、日本国民全般に通用するはずがない。」
「しかも、「ヨーデル」という言葉は、ドイツ語として実在し、その意味は、「スイスやチロルなど、アルプス地方の民衆の間で歌われている特殊なタイプの歌。また、その歌い方」である。ここから爽快感を連想するならともかく、いきなり「便がよく出る」に結びつけるというのは、まさに聞く側の人間の品性や特殊な感性に関する問題である。」
「もし、同原告らの主張に従えば「サンヨーデル」等は「太陽・便がよく出る」という観念が生じることになるが、これは日本語として意味が不明であり、不自然である。これに対して、「ヨーデル」がアルプス地方の歌と考えれば「サンヨーデル」等からは、「陽光がふりそそぐアルプス連峰にこだまするスイス民謡の歌声」という爽やかなイメージが導かれ、極めて自然である。」(22-23頁)
だが、原告は懲りない。
再反論として、
「被告は、ヨーデルはスイスの民謡であり、爽快なイメージがあることを強調する。しかし、被告製品を使用すると、便通が促されて気分が爽快となるのであるから、「ヨーデル」が便通をイメージするかスイス民謡を連想させるのかにこだわる必要はない。」(21頁)(以上、太線筆者)
もはや、ああ言えばこういう、の世界になってしまっているのだが、
品格攻撃まで行った被告の側にしても、
「タレントが吹き出しで「よう出るわよ!」とコメントしているかのような表示」や
「朝のトイレが楽しみになる!」という記載を商品パッケージにしていたことが
認定されており(62頁)、
実のところ両者の感性には大して違いはなかったというほかない(笑)。
裁判所は、上品に
「関西弁を用いた場合の「よく出る」との観念を生じさせることもある」(57頁)
と判示したのみで、少なくとも類否判断に際しては
上記のような主張に対する評価を下してはいないように見えるが、
被告が使用していた標章の一部について商標権侵害を認めた上で、
上記のような「ヨーデル」=「よー出る」がもたらす連想が
商品の売り上げに寄与した、として損害額算定を行っているから、
ここは原告の主張に利があった、というべきだろう。
なお、結論として裁判所は、
「サンヨーデル」は一体として捉えて「ヨーデル」とは非類似と判断した。
また原告が主張した侵害態様のうち、
①小売店の店頭のプライスカードに標章を付して表示したこと、
②URLの文字列における使用、
③業務部長の名刺に「YODEL DIET」との記載があったこと*5
については、それぞれ「商標的使用にあたらない」として、
原告の請求を認めなかった。
上のうち、特に①については、
小売店の店頭でどのような表示を付して売られるか、ということについてまで
製造業者に責任を負わせるのは酷といえ、
「プライスカードにおける標章の使用主体は、小売業者又はせいぜい卸売店というべきであって、それらの者の使用行為を被告の行為と同視すべき特段の事情のない限り、被告による使用行為ということはできない。」
とした裁判所の判断は、妥当なものといえる。
また、商標の類否判断にあたっては、
そもそも「薬剤」と「加工食品」という異なる指定商品間で
類似の問題が生じるのか、という問題も提起されているが、
この点については、裁判所は従来の規範を確認した上で*6、
健康食品がドラッグストアで多数販売されていることや、
製薬会社が健康補助食品の製造販売に乗り出していること、などを認定して、
「商品として類似する」と結論付けている。
この点についても、妥当な判示であるように思われる。
当事者間の和解合意の効力について
さて、本件でもう一つの大きな争点となっているのが、
本件訴訟に先立って当事者間で交わされていた和解合意の効力である。
本件和解合意においては、
被告が合意に違反した場合に、1回あたり50万円の違約金支払いと
謝罪広告を掲載する旨が定められていたため、
原告はそれに基づく請求を行ったのだが、
被告は「そもそも本件合意自体が錯誤ないし詐欺により締結されたものだ」と
本件合意の無効、取消しを主張した。
被告の主張は次のようなものである。
「「Yodel」「ヨーでる」表示の使用が本件商標権を侵害するものではなかったにもかかわらず、被告の代理人として交渉した高橋弁護士は、商標権に対する深い知識がなく、また、被告は、他に弁理士に対してアドバイスを求めることができない状況にあったことから、これらの表示が原告ブラザーズの本件商標権を侵害していると誤信し・・・・(後略)」
「このように、被告は、原告ブラザーズから、強力に短時間での回答を余儀なくされたため、十分な検討をしないまま侵害にあたると誤信し、本件合意を締結するに至ったのである。」(35頁)(太線筆者)
高橋弁護士は本件訴訟でも被告代理人となっている方であり、
いかにクライアントの利益のためとはいえ、
「私が無知でした・・・」という“自白”を
自らの名で出す準備書面上で行わねばならぬことには同情を禁じえない。
だが、こんな主張を一々認めていたらきりがないのであって、
裁判所は本件合意の効力を否定しようとした被告側の主張を悉く排斥した。
実務サイドの感覚からすれば、
一定の金銭を支払って上記のような和解合意をすること自体は、
紛争の長期化を防ぐためには、やむを得ないことと考えられ、
被告側代理人に非があったとすれば、
「1回あたり50万円」という高額の違約金を認めてしまったことや、
「被告以外の第三者が旧商標商品あるいは現商標商品に係る商標を使用していることを知った日から15日以内に当該行為を中止させなければ、被告製品の販売を即時中止し、かつ全国紙各紙に被告製品の販売中止の報告及び謝罪広告を掲載する」
という「被告の努力のみではその完全な実現が困難な作為義務」を
課されてしまったことにあるというべきだろう*7。
権利者側のスタンス次第では、
同様の合意をしても実際に厳格に当該条項が運用されない場合も多いから、
被告側としてはその点に期待して一刻も早い終結を優先したのだと思われるが、
合意として形に残してしまった以上、
権利者側にひとたび牙をむかれてしまえば、
「第三者の行為を停止させることは、その完全な履行が容易ではないとはいえるが、それが不能若しくは著しく困難であるとまでいうことはできない。」
「企業としてその実現が可能であると判断したからこそ、上記回答をしたことが明らかである。」(85頁)
ということになり、
履行することを余儀なくされてしまうのである。
結局、本件合意に基づいて認められたのは違約金700万+謝罪広告。
そして「サンヨーデル」の商標を付した商品の販売中止。
先の純粋な商標権侵害に基づく請求は約105万しか認められていないことを考えると、
被告はつくづく高い授業料を支払わされることになったものだと思う。
おまけ
不競法に基づく請求について、
原告は大学や医療機関に配布した広告やパンフレット等に基づき
「周知性」を立証しようとしたが、
裁判所は、
「上記広告やパンフレットは、処方箋を作成する医師を原告製品の取引者とした場合の周知性の認定をするのであればともかく、被告製品の需要者と競合する需要者、すなわち市販薬を販売する薬店、ドラッグストアなどの取引者あるいは一般消費者(患者)との関係では、周知性認定の資料とすることはできないものというべきである。」
として、他の事情とあわせ、原告の主張を退けた。
パラレルに考えられがちであった商標権侵害の問題と、
不競法2条1項1号該当性の問題について、
ここまで判断がはっきり分かれるというのは、なかなか興味深い。
そして同時に、これは“飛び道具”としての“商標”の意義を
改めて思い知らせてくれる結果ともいえる。
原告製品が、不競法上の周知性が否定される程度の製品なのだとすれば*8、
商標法上の「混同のおそれ」を激しく主張したり、
1回50万円ルールを厳格に適用するような原告の姿勢は、
やや“大人気ない”というべきものといえるのかもしれない。
だが、市場で互いに食い合う関係になってしまっている以上*9、
被告のヒット商品を「撃つ」という、原告の戦略が間違っているともいえない。
*1:H15(ワ)第11661号商標権侵害差止等請求事件
*2:現在、商標を管理しているのはフジモト・コーポレーションであり、藤本製薬は独占的使用許諾を受けて商標を使用していることが認定されている。
*3:美川憲一や、渡部絵美、斉藤こず恵、山田まりや等を起用して、派手な宣伝活動を行っていたようである。
*4:参考までに、ここで争われている両者の製品を紹介しておく。原告側商品・ヨーデルS錠(http://www.cocokarada.jp/medicine/rx/2354002F2028/)、被告側商品・サンヨーデル(http://www.sunyodel.net/)
*5:なお、判決書によると、ここで証拠として挙げられた名刺は、弁護士同席で行われた両当事者の打ち合わせの際に交換されたものだったようである(78頁)。“仁義なき戦い”においては、何がどこで証拠として使われるのか分からないのだから、被告側担当者としても細心の注意を払うべきだったように思われる。
*6:「政令で定める商品の区分は、商品又は役務の類似の範囲を定めるものではな」く、「商品が類似するか否かについては、商品自体が取引上互いに誤認混同を生ずるおそれがないものであっても、それらの商品に同一又は類似の商標を使用すると同一営業主の製造又は販売に係る商品と誤認混同されるおそれがある場合には、これらの商品は、類似の商品に当たると解するのが相当である(最三小判・昭和36年6月27日)」。
*7:他にも、原告側は本件合意に「清算条項」がないことをもって、過去の侵害分についての不当利得返還請求も行った。さすがに裁判所は、当事者の合理的意思解釈により「請求権を黙示的に放棄したもの」と認定して、この請求を認めなかったものの、これも被告側のイージーミスと言わざるを得ない合意書の“欠陥”のひとつだったといえるだろう。
*8:もちろん、既に原告としては“元を取っている”以上、立証にあまり力を入れなかった、という事情もあるように思われ、この点については断言できないのだが。
*9:それが既に顕在化しているものなのか、それとも潜在的なものに過ぎないのかは実際にドラッグ業界にいるわけではないので、よく分からないのだが・・・。