知財法務の世界といえば、「警告書の応酬」というのがお約束で、“法的手段”という言葉を見ただけで胸が高鳴る一部の法務担当者を除けば*1、キリがないやり取りにうんざりしている人は多いことだろう。
ここで紹介する事例は、そんなやり取りが3年越しで続いた挙句、原告が「商標権に基づく差止請求権不存在確認等請求事件」を提起した事件である。
本筋の争いでは原告が見事に勝利したものの、筋の悪い警告書に日々悩まされる法務・知財サイドの人間にとってはちょっと不満も残る判決となっている。
大阪地判平成20年6月10日(H20(ワ)第2149号)*2
原告・株式会社エコリカ
被告・有限会社人と地球社
裁判所が認定した事実によれば、被告は平成17年5月2日以降、以下のような内容のファックス文書を原告に送り続けていた。
「当社(被告)は,貴社(原告)が当社商標を侵害することのないように求めます」
(平成17年5月2日付)
「当社(被告)は,2005年5月2日に,エコリカ株式会社へ貴社(原告)が当社の商標権を侵害することのないように伝達しました。本日,ミドリ店にて『人と地球』の文字を含むインクカートリッジ等の貴社リサイクルBOXを見ました『当社への商標権侵害』とは,当社が商標を使用するに妨害になる行為を含み,また,当社が粗悪品のリサイクル商品を販売している業者と提携があるかのような誤解を生じせしめる表示であります。当社は貴社の不法行為意思があるものと考えており,貴社の『人と地球』なる文字を使用した印刷物等によっては,トラブルが起こるものと考えており,懸念しており」
(平成17年11月23日付)
「(原告の上記内容証明郵便(略)の)内容を検討しましたが,貴社(原告)は当社(被告)がFAXにて言及していない内容にまで踏み込んでおり,…まったく当を得ていない内容であると当社は考えており,被告が上記ファックス文書(略)で「伝達したことは当然のことでありますので,当社としては一切,貴社への不法行為責任が成立するとは考えていません。なお,当社は貴社により,当社商標が使用できなくなった場合には,貴社の当社への不法行為によるものであるとみなします」
(平成17年11月30日付)
「貴社(原告)代理人の主張が当を得ているかどうかは裁判所が判断することであると思います。」
「当社(被告)は貴社代理人が当社に対して、同文書の内容を伝達してくること自体が当社への不法行為ではないのか、と考えており、公正なる裁判所の判断をあおぐ必要があります。」
(平成17年12月6日付、平成17年12月23日付)
「当社(被告)は貴社(原告)に対して,2005年12月6日にも,当社商標を侵害しないように求める連絡をしました。当社商標の一般化をさせる方法で,当社商標を使用できなくすることは当社への詐害行為です」
(平成18年12月6日付)
「2007年9月3日朝日新聞掲載の御社(原告)広告(判決注・本件一面広告)を見ました。人と地球なる文字を含む同広告に,A社のような広告を打つことによる当社(被告)商標と混同を生じる可能性のあるA社みたいな広告の文言中の人と地球を除去するか,出所の混同を生じた場合によるトラブルの除去をするための行為をすることによる当社のトラブルの経費をA社みたいに御社に請求することになるので,6ヶ月以内に当社へ自分のための商標であることを示し,出所の混同を除去するための商標を検討の上,修正してください」
(平成19年9月4日付)
原告は代理人を立て、平成17年11月30日付ファックス、平成17年12月6日付書面、平成17年12月13日付書面で反論を試みていたのだが、出しても出しても返ってくるファックス。
担当者にしてみれば、まさに「不幸の手紙」と戦っている気分だっただろう。
結局、原告は、平成19年10月2日到達の内容証明郵便の最終通告を経て、商標権に基づく差止請求権の不存在確認、という迂遠な訴訟を提起することを余儀なくされた。
で、当の被告の商標がどういうものだったかといえば、
登録番号 第4730609号
「人と地球 HITO TO CHIKYU」
第16類・印刷物(書籍を除く)
登録番号 第4520130号
「人と地球 HITO TO CHIKYU」
第16類・雑誌、書籍、絵はがき、カレンダー
というもの。
これに対し、原告は、「人と地球に貢献します」という文言を含むマークを付した「リサイクルボックス」や、企業広告を打っていたに過ぎない。
被告商標の指定商品の範囲内の使用でもなければ、商標の類否上も非侵害と容易に判断できそうなケースで、ネチネチと日本語になってない書面を送ってくる。しかも、書面では散々「商標権侵害」を振りかざしておきながら、裁判が始まってみれば、
「原告標章が被告商標権を侵害するかどうか法的なことは被告にはわからないので、裁判所に判断してもらうべきだと考えている。」
などと、相手がぶちきれそうな主張を展開してくる*3。
似たような境遇に置かれることも多い、しがない法務担当者としては、原告担当者につくづく同情せざるを得ない。
裁判所の判断への不満
さて、下駄を預けられた形となった裁判所がどのような判断を下したか、であるが、まず裁判所は、原告・被告間の争いの存在を認め、確認の利益を肯定した上で、
「本件リサイクルボックスは、第16類「印刷物(書籍を除く)」や「雑誌、書籍、絵はがき、カレンダー」に当たらず、これに類似する商品でもないというべきである」(11頁)
「本件一面広告は、リサイクルボックスを使用した使用済みプリンター用インクカートリッジの再生を一般消費者に呼びかけることを目的として新聞に掲載されたものであって,原告の特定の商品に原告標章が付されて広告宣伝がなされたものではない。したがって,上記いずれの使用態様においても,原告標章が第16類「印刷物(書籍を除く)」「雑誌,書籍,絵はがき,カレンダー」と同一又は類似の商品に付されたものとはいえない。」(11頁)
とあっさりと常識的な判断を下した。
また、今後も紛争が続くことを懸念したのか、裁判所はさらに親切に、
「もっとも、本件リサイクルボックスを「印刷物」又はこれに類似する商品と見得る余地が全くないわけではない。そこで、以下、原告標章と被告商標との類否についても判断する」(11頁)
とした上で、
「原告標章は,木の幹を模した正方形状の略四角形の右上部に木の幹から右上に伸びるように木の枝と葉を模した絵柄が描かれ,木の幹部分に横書き手書き状の白抜き文字で2行にわたり「eco」 「rica」が縦に並列して記載され,その上部に「人と地球に貢献します」と丸ゴシック体で小さく横書きで書されていることが認められる。原告標章の上記使用態様によれば,被告標章の文字列を含む「人と地球に貢献します」なる部分は, 原告標章の中でも比較的小さく表示され,しかも,環境保護のためにリサイクルを推進する原告の立場を表現する記述的表示というべきものであって,それ自体は商品主体の識別力が高いものとはいえない。これに対し,原告の社名でもある「eco」 「rica」と2行にわたり白抜きで比較的大きく表示された木の幹の部分の商品主体の識別力が相対的に高いと認められ,むしろこの部分が原告標章の要部であると認められる。したがって,原告標章は,その要部である「えこりか」との称呼を生じるものであり,被告商標とは,外観,称呼,観念とも異なり,被告商標と類似するということはできない。」(12頁)
とこれまた常識的な判断を下している。
ゆえに、被告の商標権に基づく差止請求権は不存在。ここまでは良い。
だが、問題はここから。原告が被告に対して求めた、不法行為に基づくわずか“10万円”の損害賠償請求に対する判断にあった。
裁判所は、「訴えの提起」に関して最三小判昭和63年1月26日(民集42巻1号1頁)*4が打ち出した規範を引用し、
「訴訟提起に至らない段階での権利主張においても,上記趣旨は十分尊重されなければならず,不正競争防止法2条1項14号の不正競争行為(競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し,又は流布する行為)にわたるものでない限り,上記判断基準に即してその違法性の有無を判断すべきである(本件においては,被告が上記不正競争行為を行ったものではなく,原告もその旨の主張はしていない)。」(13頁)
という規範を立てた上で、
「被告は,被告商標に関する商標権者なのであるから,被告商標権を侵害する者に対し,その差止めを求める権利を有するところ,一般に,他人が,登録商標の一部を構成要素とする標章(結合標章)を商品又は役務に使用等する場合,それが当該登録商標と同一又は類似するものであって,その使用等が当該登録商標に係る商標権を侵害するものとして他人にその差止めを求め得るか否かの判断は,上記2(4)で説示したとおり登録商標の一部を主に商品主体識別機能を果たす要部と見得るか否かなど比較的高度な法律知識を要するものといえる。」
「本件における法的評価としては,上記2(4)の説示のとおり,原告標章の使用等が被告商標権を侵害しないのであるが,原告標章は「人と地球」の文言を含むものであって,商標法に関する知識に乏しい通常人がその部分だけをみれば,原告標章が被告商標を使用するものである,すなわち原告標章の上記態様での使用が被告商標権を侵害するとみることも無理からぬところがあるというべきである。」
「また,上記権利主張(商標権侵害警告)を受けた原告も,原告標章の使用が被告商標権を侵害することの主張立証責任が被告にあるとはいえ「原告標章は被告商標とは類似せず,指定商品も異なることから,原告標章の使用は被告商標権を侵害していない」と,結論のみに等しいとも見える回答に終始しているところ,原告は,法律専門家である弁護士を代理人として被告との交渉に当たらせていたのであるから,商標権侵害の意味を誤解している疑いが強い被告に対し,原告標章の上記態様での使用が被告商標権を侵害するものではないことの具体的な根拠を本判決が上記に説示した程度に具体的に説明しておくことも可能であったと考えられる。そして,そのような対応をとっておれば,被告の応答も異なっていた可能性があったことも否定できないというべきである。」
「また,被告は,原告標章の使用が被告商標権を侵害するとの主張のほかに,被告の社名も「有限会社人と地球社」というものであり「人と地球」という文字列を含む原告標章が使用されると,原告が被告と混同されるおそれがあるとの主張もしている。これは,必ずしも法律上確たる根拠を伴う主張とはいい難いところもあるが,その趣旨自体は理解し得るものであり,それ自体権利行使に藉口した不当な営業妨害行為と評価できるものではない。」
(以上、13-14頁)
確かに、商標権の侵害成否の判断が素人目には難しい、ということは認めよう(だからこそ、知財部門でも商標のプロを養成しているのだ)。
だが、侵害成否をめぐるやり取りの中で、警告を受けた側に反論の法的根拠を詳細に開示することを求めるのは、この種の紛争に対する対応の定石に反するし、本件でそのような根拠を開示したところで、被告側の非常識な“警告”が収まったとは考えにくい。
さらに言えば、先ほども触れたように、本件被告は、散々「商標権侵害」と煽っておきながら、その具体的な根拠を明らかにせず、いざ訴訟となると、法に根ざしたまともな主張の一つもできない会社なのであって、不競法上の「虚偽告知」に該当しないとしても、戒めで不法行為の成立くらいは認める余地があったように思われる。
なお、筆者がもっとも憤ったのは、以下のくだりだ。
「その他,原告は,被告の警告行為は執拗である旨主張するが,上記認定のとおり,被告の原告に対する警告行為は,平成17年中は4回に及んだものの,これは原告(訴訟代理人)との文書のやり取りの一環として行われたものであるし,その後はしばらく止み,同年中の最後の警告行為から1年近く経過した平成18年12月6日に1回行われ,その次は,それからさらに約9か月経過した平成19年9月に1回なされたのみである。その回数等からすれば,被告の原告に対する警告行為が社会的相当性を逸脱するような執拗さで行われたとはいえない。また,被告の上記警告の内容,態様も特に威迫的なものではなく,比較的穏当というべきものである。その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると,被告の上記警告行為は,権利行使に藉口した社会的相当性を逸脱する違法なものということはできず,原告にある程度の煩わしさを感じさせるものであったとしても,企業としての受忍限度の範囲内のものというべきであって,これをもって原告に対する民法709条の不法行為を構成するということはできない。」(14-15頁)
そもそも6回、という回数が少ないとは思わないし、「年に1回」しか書面が届かなかったとしても、その都度緊張感のある対応を迫られることに変わりはないのだから、それをもって不法行為の成立を否定する事情とするのは疑問である*5。
また、裁判上の請求をちらつかせることが“威迫的なものではない”のだとすれば、何が“威迫”なのか。
先述した説示等と合わせて考えるなら、裁判所は、「株式会社であり、かつちゃんと代理人もついている原告」と「“本人訴訟”で対応している無知な被告」とを対比し、後者に半ば同情しつつ、判決を書いたのではないかと推察される。
でも、エコリカ(原告)だって、そんなにでかい会社ではないだろうし、このあたりは裁判所が「会社」をちょっと過大評価しすぎているように思えてならない。
本筋の請求では既に決着がついている以上、上記のような不法行為の成否について、異なる判断が示される可能性は極めて小さいと言わざるを得ないだろう*6。
筆者としては、それが何とも残念でならない。
*1:筆者もその類だが、さすがにやり取りが3回以上続くとうんざりする・・・。
*2:第21部・田中俊次裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080613134728.pdf
*3:代理人が付いていないので、あまり文句を言っても仕方ないのだが・・・。
*4:http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/1840F341FE86D87549256A8500311F02.pdf
*5:大体、「年に1回」などというスパンだと、一息つきかけたときに再度対応を迫られることになり、受ける側としてはかえってタチが悪い。
*6:原告があえてコストをかけて、“10万円”のためだけに控訴するとは考えにくいし、原告が控訴しない限り、(被告側があえて控訴したとしても)不法行為の成否が争点になることはない、といえる。