地域団体商標登録第1弾

特許庁が、今年4月に鳴り物入りで導入された「地域団体商標」の
登録第1弾として、査定が下りた52件を発表した。
地域団体商標に係る登録査定について」
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/torikumi/hiroba/chidan_touroku_satei.htm


もっとも、記事を読んで違和感を抱いた方も多いのではないかと思う。
なぜなら、

「第1弾の認定は4月中に出願のあった374件のうち約14%にとどまり、戸惑いの声もあがっている。」
「新しい制度なのでまだ認定結果はまちまちだ。例えば「和歌山ラーメン」が認められたにもかかわらず、全国的に有名な「喜多方ラーメン福島県)」は入らなかった。同地方だけでなく「様々な地域の飲食店で提供されているうえ、知名度を高めたのが必ずしも出願団体と言い切れない」(同庁)というのが理由。愛知県の八町味噌も二団体が出願したが、どちらが有名にしたか判断できず、先送りした。」(日経新聞2006年10月28日付朝刊・第3面)

といったくだりからも分かるように、
登録された商標は全国的に見るとマイナーな“ブランド”が多く、
必ずしも事前の予想どおりの展開になっているとはいえないからである。


特別の制度ができたとはいえ、
商品・サービスの出所が特定の団体(商標権者)にあることを示す、
という商標制度の本質には何ら変わりはないのだから、
マイナーなブランドの方が登録されやすい、というのは
何となく分かるような気がする。


ブランドが有名になればなるほど、多くの人が使うようになるから、
商標管理がよほどしっかりしていないと、
商品と特定の団体との結びつきが薄れてしまうわけで、
全国各地で看板が出ているような「喜多方ラーメン」が
簡単には登録されない、というのも理に適った話といえるだろう*1


この制度の導入が議論されていた頃には、
商標制度に対する本質的な理解がないまま、
地域ブランド〜”と空騒ぎしていた輩が多かったが*2
商標権による保護が与えられるのは、
元々ブランド管理をしっかりやっていた事業者団体だけなのであって*3
単に地元の名前が付いた名産品だからといって、
何もせずに権利をとって“大儲け”できるほど、世の中は甘くできていない(笑)*4

「改正商標法で各地の団体はこぞって出願した。地域活性化や産業振興が主な目的だが、「取りあえず手をあげた」という団体も多く、審査結果を巡って様々な思いが交錯している。」
「二つの陣営が商標を出願した駿河湾の特産品「桜えび」。蒲原町桜海老(えび)商業協同組合(静岡市)などの「駿河湾桜えび」と、隣接する由比町桜海老商工業協同組合などの「由比桜えび」の両方が「当選」した。一時は両者の対立もとりざたされただけに、上部団体の静岡県桜海老加工組合連合会は「正直ほっとした」と安堵の様子。」
「対照的だったのは京都の八ツ橋。二団体が「京都八ツ橋」や「京の八ツ橋」など計5件を出願したが、いずれも漏れた。申請団体の一つ京都名産品協同組合は「一本化できなかったから共倒れになったのでは」と語る」(同上)

悲喜こもごも、といったところだが、
「桜えび」にしても、似たような商標が並列して登録されていれば、
それだけお互いの商標の権利範囲は狭くなりそうなもので、
めでたしめでたし、と喜んでばかりはいられないはずだ。


「八ツ橋」に関しては、複数の団体が競合(しかも5つ)している時点で、
特定の団体に名称を独占させることがふさわしくない、ということは、
明らかになっているといえるだろう*5


地域団体商標に関して言えば、
今、権利者としての適格を認められている協同組合が、
更新時(10年後)に消滅していたらどうするんだ(笑)?とか、
いろいろと悩ましい問題はあるようだが、
法理論的に興味深いネタもひとつ。

「商標権の保護は商品とサービスが対象なので、登録分野以外で他者に使われても侵害にはならない。例えば温泉は入浴・宿泊施設を提供するサービスに権利が限られる。医薬品メーカーなどが「○○温泉の湯」と銘打って販売する入浴剤については、同庁は「権利侵害にならないはずだ」との見解を示している」(同上)

この点についても、普通の商標と何ら変わらないはずなので、
類似商品・役務ではない商品、役務(上で言う「入浴剤」)で
使ったところで侵害にならない、というのは当たり前の話なのだが、
問題は、何が類似商品・役務になるのか、ということである。


例えば、温泉の例で言えば、
現在登録が予定されている商標では、次のような役務が指定されている。

黒川温泉(商願2006−29503)
第44類 熊本県阿蘇郡南小国町黒川地区における温泉浴場施設の提供
下呂温泉(商願2006−34179)
第43類 下呂市内における温泉浴場施設を有する宿泊施設の提供

同じ温泉なのに、指定役務の類が違う(笑)、というあたりに、
地域団体商標の商品・役務の指定の仕方の難しさの一端が現れている
といえるだろう*6


「宿泊施設」と「入浴施設」は、審査基準上は類似しない役務とされているはずで、
下呂市の周辺で宿泊施設を設けない日帰り温泉施設を作った場合には、
上の商標ではカバーできないような気がする。


逆に、黒川地区で温泉浴場施設を設けていない旅館が、
「黒川温泉」という看板を掲げても、
果たして上の商標で差し止められるかは心もとない。


さらに言えば、同じ「温泉浴場施設(入浴施設)の提供」
「宿泊施設の提供」のタンザクの中でも、
上記商標の禁止権がどこまで及ぶのか、ということになると
どうもはっきりしない。


常識的に考えれば、
熊本県阿蘇郡南小国町黒川地区における」と付いているからといって、
黒川地区でしか権利行使できない、という話にはならないだろうが、
例えば、北海道に「新黒川温泉」という看板を掲げた温泉浴場施設が
オープンしたときに、類似役務に属する類似商標だ、と叫んで
商標権を行使できるのだろうか?*7


あまり、理論的に詰められた制度とは思えないだけに*8
これからボロボロと問題が出てくるような気がする。


まぁ、とりあえず変な紛争に巻き込まれないように、
気をつけるとしよう・・・。

*1:逆に、どこで作ってるのか良く分からないような「稲城の梨」(東京)だとか「松輪サバ」(神奈川)、市田柿(長野)だとかの方が、全国的知名度が乏しいゆえに管理が行き届いていて、登録が受けやすいということになる。徹底したブランド管理で知られる「関あじ」「関さば」などはともかく、京都府の組合が出願していた「京あられ」だとか「京人形」が登録されたのはむしろ驚きの部類に入る(個人的には普通名称だと思っていたのだが・・・)。

*2:特に地方選出の国会議員とか(笑)。

*3:周知性要件が緩和されたとはいえ、登録要件は、あくまで「出願人が当該商標を使用したことにより出願人の商標として一定程度(例えば隣接都道府県に及ぶ程度)の周知性を獲得していること」なのである。

*4:そもそも商標権自体は、商品・サービスの出所の混同を防ぐ、という極めて受身的な目的を念頭において設けられた権利なのだから、それを収益事業に活用していくためには、それなりの労力が必要になる(ライセンシーの選別だとか、使用態様のチェックだとか、普通名称化防止の取り組みだとか・・・)。それを怠れば、無駄に登録料だけ払って、飾り物の登録証しか手元に残らない、ということにもなりかねない。

*5:そういえば乱立していた「松阪牛」も今回は登録が見送られたようだ。

*6:どちらも出願人は旅館協同組合なのだが・・・。

*7:裁判所に行ったら「混同のおそれ」なし、とか何とか言われて請求棄却されそうな気がする・・・。

*8:もっとも、こっちの方は審議会議事録を読んでいないので何ともいえないのだが(実は念入りに練られているのかもしれない・・・)。

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