先月号ではお休みだった連載も復活し、
厚さが通常バージョンに戻っていることに安堵(笑)。
巻頭言
憲法の日比野教授が、
これまでの最高裁での法令違憲判決において、
「判決が出るまで事件に対する関心が薄かった」ということを指摘し、
「裁判所も学界もメディアも、目利きがあまりよくない」とコメントされている*1。
確かに、郵便法のように、
規定の存在自体、あまり知られていなかったものもあるし、
森林法事件などは元々民事訴訟であるため、
関心が薄かった、というのも、あながち間違いではないのだろう。
ただ、在外邦人の選挙権に関する訴訟については、
「大法廷に審理が回付されてからふたたび注目が集まったにすぎない」
というのは、少し言いすぎではないかと思う。
2004年の参院選では、
在外邦人の代表が自民党から比例代表で出馬して、
この問題について、有権者に問う姿勢を見せていたりもする。
もちろん、社会問題としての問題の大きさと、
研究対象としての問題の大きさとは、次元の違う話だから、
あくまで研究者としての日比野教授の目には、
「不意に現れた」判決のように映ったのかもしれないが。
ベーシック行政法*2
宇賀教授の連載は、いつも体系的にきっちりと書かれていて、
かつ、判例等の引用も適度に用いられているため、
読んでいてなかなか気持ちが良いのだが、
今号では、「取消訴訟の審理・終了」の章を
民事訴訟と比較しながら、コンパクトにまとめてくださっている*3。
あと、体系的な読みやすさ、という点では、
佐伯教授、酒巻教授の連載も個人的にはお勧めなのであるが、
法律の勉強の基礎的な段階で(学部レベルで)、
こういった先生方の教えを直接受けることのできる学生さん達が、
つくづく羨ましい。
刑事弁護の技術と倫理*5
東大の実務家教員の佐藤教授の連載記事。
読み物としては、いつもながらに大変面白い。
今号では、「開示証拠」が持つ「魔力」に対抗するために、
弁護人は何を心がけるべきか、という点について切々と述べられている*6。
また、佐藤教授は、現在の刑事裁判において裁判官が行っている、
「自室証拠調主義」を批判し、裁判員制度の下での口頭主義・直接主義の
真の意味での「復権」に期待を込められている*7。
このあたりは、後日のエントリーで触れるであろう、
ジュリスト最新号の刑事訴訟に関する記事と照らし合わせて読むと、より興味深い。
自分は、個人的には、裁判官の「理性」に比較的信頼を置いている人間だから、
佐藤教授の考え方に全面的に賛同するものではないが、
一つの考え方としては、これまでと同じく、
筋の通った清々しい見解である、という印象を受ける。