“モンスター”の衝撃

その筋ではかなり物議をかもすのではないか、
と思われる商標事件をひとつ。


東京地判平成18年5月24日(第40部・市川正巳裁判長)*1
「モンスター・ケーブル」商標事件。


差止請求権不存在確認」事件なので、
通常の侵害訴訟とは攻守ところをかえ、
商標権者であるコナミ株式会社が被告、
侵害警告を受けた株式会社イース・コーポレーションと
商標侵害の嫌疑がかかった商品を製造販売する
モンスター・ケーブル・プロダクツ.Incが原告となっている。


本件の争点は、
原告が販売する「MONSTER GAME」というケーブルの名称が、
被告の有する「MONSTER GATE」という商標の商標権に抵触するか否か、
という点にあるのだが、
原告の商品はゲームマニアの間では名の通ったもののようで、
ネット上でも結構話題になっていたりする。
http://www.escorp.co.jp/brand/brand_monstergame.aspx


一方、被告は言わずと知れた、
我が国有数のゲームメーカー。
ゆえに、「MONSTER GATE」標章も専らゲームソフトの名称として
使用されているものであるが、
http://www.konami.co.jp/gm/medal/project_team/m_gate/
商標の登録自体は第9類を幅広くカバーしており*2
原告商品が属する「電線及びケーブル」も登録範囲に含まれている。


さて、両者の標章は、上記リンク先でも参照することができるのだが、
読者の皆様は、両者を対比していかなる感想をお持ちだろうか?


両者の類否につき、裁判所は以下のように判断している*3

①観念
「「MONSTER」は「怪物」を、「GAME」は「ゲーム」又は「試合」を意味する語として、いずれも一般に広く認知された英単語であることから、「MONSTER GAME」なる標章からは、「怪物の登場するゲーム」、「怪物により行われる試合」などといった観念を生じるものと認められる。」
「GATE」は「門」ないし「出入口」を意味する語として一般に広く認知された英単語であることから、「MONSTER GATE」(又は「MONSTERGATE」)なる商標からは、「怪物のように巨大な門」、「怪物の住む世界への出入口」、「怪物の使用する出入口」などといった観念を生じるものと認められる。」
「したがって、原告標章と本件登録商標とは、観念において非類似である。」

②外観
「(前略)・・・欧文字部分の相違点は、それぞれ11文字あるうちの、原告標章の「M」と本件登録商標の「T」(又は「t」)の部分のみである。しかも、原告標章、本件登録商標は、いずれも一連一体に表されていることもあって、上記相違点が特に看者の注意を惹く構成にはなっていない。このため、離隔的観察によれば、この程度の相違ではなお両者は相紛らわしいものと見るのが相当である。」
「したがって、原告標章と本件登録商標とは、外観において類似する。」

③称呼
「「ム」と「ト」は、子音及び母音を異にするとはいえ、いずれも語尾に位置することもあって、日常生活上の発声においては、必ずしも強い音として明確に発音されるものではない。このため、離隔的観察によれば、なお両者は相紛らわしいものと見るのが相当である。このことは、日本語としての発音についてのみならず、英語としての発音についても同様である。」
「したがって、原告標章と本件登録商標とは、称呼において類似する。」


両標章が用いているフォントタイプは、
いわゆる“ゲーム文字”とも言うべき
この業界ではありふれたフォントで、
“モンスター”系の名称のロゴの中には他にも似ているものが
あってもおかしくないのであるが、
あくまで両者の対比、という点にこだわるなら、
外観類似、と判断した②の判示はまだ分からないでもない。


だが、③はどうだ?


「ト」(to)と「ム」(mu)である。
いかに末尾の子音で明確に発音されないとはいっても、
「o」と「u」では聴こえ方は大きく異なるし、
少なくともこれで称呼類似とするのは、
商標業界の“常識”には反する、というべきではないだろうか。


裁判所は続いて、
以下のような「取引の実情」を認定し、
「原告標章と本件登録商標とは類似するものと認められる」として、
原告の請求を棄却した。

「原告製品は、平成14年2月という比較的最近になって日本国内の市場に投入されたものであること、いわゆるハイエンド製品としての位置づけ及びその販売価格帯の高さ等から、テレビゲームの音声や映像を特に重視するゲーム愛好家を主要な購買層とすることが推認されると同時に、ゲーム機用ケーブルのメーカーとしては必ずしも一般に広く認知され、高い知名度を獲得するまでにはいまだ至っていないことがうかがわれる。」
「このような取引の実情と、原告製品の需要者としては、取引業者のほか、一部のゲーム愛好家にとどまらず、家庭用ゲーム機を購入・使用する一般消費者(ここには子供も多く含まれる。)が想定されること、原告標章と本件登録商標との外観及び称呼の類似性の程度を総合的に考慮すると、原告製品の包装における他の記載を考慮してもなお、原告標章を原告製品に付すことにより、本件登録商標との関係で、出所の誤認混同を引き起こすおそれが認められるというべきである。」

被告の商標がゲームソフトの名称として使われるもので、
原告標章が「ケーブル」に使われていることを鑑みれば、
両者が混同されることなど起こり得ないようにも思えるが、
商標権自体の効力は、「ケーブル」も含めて広く及ぶものである以上、
「取引の実情」の理解としては裁判所が説示するとおり、
というべきなのかもしれない。


また、原告側は、
原告製品の購買者層が“マニアックな層”に偏っていることを力説したが*4

「その販売に当たっては、そのようなゲーム愛好家のみを対象とした商品陳列がされていることを認めるに足る証拠はなく、かえって、家庭用ゲーム機向け周辺機器の1つとして、ゲーム用機材販売コーナーに他の同種商品と並べて陳列されている例も少なくないと考えられる。」

という実態は確かにありうるのだから、
あまり説得力のある主張とはいえないだろう*5


だが、個人的には、
本件の結論には疑問を感じる。


「ゲート」と「ゲーム」が称呼類似、とされていることの違和感に加え、
外観にも他の2要素における差異を凌駕するほどの極端な類似性は
感じられない、という純粋な商標類否判断の問題もさることながら、
本件が、“たまたま”「ケーブル」の区分を押さえていたゲームメーカーが、
それを盾にケーブルメーカーに攻撃を仕掛けた事案のように
思えてならないからである。


実際には、両者が共存したとしても実害がないことは、
被告が原告に宛てた書簡の中で、
「使用許諾の意思がある」ことが表示されていることからも
明らかであろう*6


また、原告が主張するように、
包装等に「商品がゲーム機用ケーブルであると認識される」ための表示が
付されていたのであれば、
登録審査の場面ならともかく、
侵害成否の場面では、
権利者側にとってもっと厳しい判断になってもおかしくはないからだ。


ちなみに、本件で判決をもらえたのは国内販売代理店のイース社だけで、
実質的に本製品の製造販売を行っているモンスター・ケーブルInc.については、
訴え却下、という判断が下されている。


本件の判決で「差止請求権の存在」が肯定されたことを考えると、
それはむしろ原告にとってはラッキーだったともいえ*7
本判決が確定したとしても、
まだまだ争いが続く余地は残っているように思われるのだが、
果たして本件の原告が、
この先“コナミの商標”という“モンスター”に
どのように立ち向かっていくのか、ゲームの行方は見逃せない*8


(追記)
判決直後に上記リンク先サイトを見つけたときは、
本件で問題になっていると思わしき原告標章が載っていたのだが、
今見ると、どうも見当たらない*9
これも判決の影響だろうか・・・。

*1:H16(ワ)第16445号商標権に基づく差止請求権不存在確認請求事件。

*2:被告が保有する「MONSTER GATE」商標は複数あるが、例えば第4562510号など。

*3:対比の前提として、裁判所は、原告商標、被告標章の双方につき、「MONSTER ○○○○」を一連一体に把握すべき、と述べており、以下の説示もそのような前提に基づいてなされたものである。

*4:ゆえに、「高度な注意能力と知識」で両標章の違いを明確に認識しうる、と主張した。

*5:一般の需要者ならゲーム機に付属しているケーブルを使うのであり、わざわざ専用ケーブルを買い求めようとはしない、ということなのだろうが、小規模スーパーの中の売り場などでは、ゲームソフトも付属用品も特に区別されずに、一箇所にまとめて売られていることも多いはずだから、(言わんとしていることは理解できるとしても)理屈の上で「混同のおそれ」を否定するにはやや足りないように思われる。

*6:本当に混同を恐れるのであれば、そもそも使用許諾という選択肢はとりえないはずだ。

*7:仮にコナミ側が満を持して差止請求を起こしたとしても、販売代理店をすげ替えるか、自ら直接販売することにすれば、理論上は、再び本件の原告側に争う道が開けることになるのではないか(差止請求権の存否に対する判断の既判力が及ばないのではないか)と思われる。

*8:以前取り上げた「DERBYSTAR」事件でも感じたことだが(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060417/1145293121参照)、実際には“侵害商品”の区分で機能していない商標の効力をもって差止請求や損害賠償を認める、というのは、法的な建前としては正しいとしても、具体的な結論の妥当性としては疑問が残るところである(もちろん、“侵害”している側に不正な意図がある場合は別であるが)。最近、他に同種の違和感を抱いた事例があまりなかっただけになおさら気になるのだが、「DERBYSTAR」も本件も同じ民事40部なのは、単なる偶然か、それとも・・・?

*9:ゆえに、外観比較は困難である。このあたり、判決速報にきちんと載せてもらいたいところなのだが・・・。

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