暗雲漂う・・・?

遡ること10年前、
アトランタ五輪でブラジル相手に歴史的勝利を収めた
日本代表チームに関して書かれた金子達仁氏の記事が
大きな波紋を投げかけたことがあった。


同氏のベストセレクションシリーズにも掲載されている
「断層」というタイトルの一稿*1


前園真聖選手や中田英寿選手を中心とする「前の方」と
川口能活選手を中心とした「後ろの方」、
そして西野朗五輪代表監督との間に生まれた“亀裂”を
0-2で敗れたナイジェリア戦のハーフタイムのエピソードを
中心にまとめたセンセーショナルな記事であった。


同じ金子氏が書かれた
川口能活選手のインタビュー記事*2と合わせて、
著者の金子氏自身がその後大ブレイクするきっかけになった
一稿だったのは間違いないし、
その後、サッカーというスポーツにおいて、
選手のバックグラウンドを踏まえた心理分析だとか、
選手相互の人間関係だとか、
に焦点が当てられる記事が増えたのも、
この記事の影響によるところが大きいと思われる。


19歳にして3度目の世界大会、
「当たり前のように怜悧な感覚を保ち続ける」
中田英寿選手の“反逆”が象徴したアトランタチームの悲劇。


だが、金子氏が

「今回の五輪代表メンバーがワールドカップの舞台に立った時、そこでブラジルと当たった時、彼らは、何の迷いもなく勝利を目ざすだろう。・・・(中略)・・・。そして中田は、周囲に自分と同じような皮膚感覚を持つ者がいることに、大いなる一体感を覚えるだろう。」
(「断層」102頁)

と好意的にまとめていることからも分かるように、
当時は日本のサッカーが急激な進化を遂げる中での
過渡期的現象、と捉えることができたのも確かである。


その意味で、ナンバーの6月23日臨時増刊号の記事で
描かれている中田英寿選手の“姿”はより衝撃的である*3



◆◆
練習中でもグループに属さず、
「ただひとり淡々とリフティングをしたり」
「パスの相手を見つけたかと思えば、だいたいはスタッフの誰か」


「ヒデはもう終わった」と陰で言い合う選手たち。


中田選手独特の速く、目の前でショートバウンドするパスを見て
「また“キラーパス”がきたな」とささやくチームメイト*4


本来であれば
選手同士がコミュニケーションをとるべき夕食の時間に、
食堂に顔を出さず、一人でルームサービスをとることもあった。

等々・・・。
◆◆


「人間関係など気にせずに、自分の意見をまわりにぶつける」
ことで、「ヒデ不要論」は一時解消された、としつつも、
木崎氏は容赦なく「ヒデに足りないもの」に言及する。

「中田に足りないもの。それは“自己犠牲”ではないだろうか。頭の良すぎる人はときに教師に向かないように、中田は自分の基準を相手に押し付ける傾向がある。仲間の気持ちになって考え、我慢する行動する懐の深さがない。思いやりがないから、仲間を守ろうとする気持ちもない。」(40頁)

そして、木崎氏は、ドイツとの親善試合で
加地選手が倒された際に抗議に行くことなく、
DFに指示を出し続けていた、というエピソードを
上記のような中田選手の“欠陥”を象徴するものとして取り上げる。


木崎氏曰く、
マルタ戦以降、中田英寿選手は、

「仲間に嫌気がさして、溝を埋める作業をやめてしまった。」

ということで、翌々日の練習中、
「チームメイトの誰とも一言もしゃべらなかった。」
というエピソードも紹介されている。

「このW杯は、中田の人間性をかけた戦いでもある。」

とまで言い切ってしまう木崎氏の筆に、
一読者としての自分は少なからず反発を感じていたりもするのだが、
巻頭の速報リポートを書かれた戸塚啓氏も同様に、
オーストラリア戦終了後、
サポーターに挨拶もせず引き上げた中田選手の姿を

「96年のアトランタ五輪における、ナイジェリア戦の終了後を思い起こさせる場面だった。」
中田英をチームにつなぎ止めていた糸が、この敗戦によって切れてしまったのではないか。ワールドカップで勝つという思いだけが支えていた彼の気持ちが、ついにチームから離れてしまったのではないか。」
(戸塚啓「日本が失ったもの。」24頁)

と危惧しているくらいだから、
相当事態は深刻とみるべきだろう*5


自分自身、周囲の向かっているベクトルが明らかに“違う”
環境に投げ込まれたことがあるから*6
中田選手の行動自体は、理解できなくはないのだが*7
ここに書かれていることが全て真実だとすれば、
(いや、真実でなくても“真実”であるかのように語られれば)
大抵の人は“ヒデの人格に問題あり”と
受け止めるに違いない。


そして、繰り返される10年前の悲劇・・・。


過去を蒸し返さないためには、
今日勝つしかない。
それは当の選手たちが一番良く分かっているはずなのだが・・・。


ちなみに、噂のブラジル×クロアチア戦のビデオを見た。
確かにDFは屈強だし、攻撃にはスピードがあるし、
シュートも枠の中を狙ってきっちり飛ばしてくるが、
反面、ミスパスも多いし、時々守備で集中力を欠くことも
多いように思われる*8


今日負ければ、
「やっぱり相手が一枚上だった」
「日本はまだまだ弱かった」
という無難な結論を各メディアは導こうとするだろうが、
今日の対戦相手は、
そこまでの力の差があるチームでは決してない。


五輪、ユース年代の経験の薄さと、
今後の出場国枠問題を考えると、
次に本大会に出場できるのがいつになるか、
全く想像も付かない状況だけに、
今日は“実力どおりに”勝ってほしい、
心より、そう願う。

*1:金子達仁「断層」『金子達仁ベストセレクション2・伝説』82頁(2000年、文芸春秋)。

*2:こちらは『金子達仁ベストセレクション1・激白』39頁(2000年、文芸春秋)に収録。

*3:木崎伸也「中田英寿・自己犠牲について」39頁。

*4:相手のDFではなく、仲間を殺すパス、という意らしい。

*5:こういった情報はテレビの大本営発表では決して伝わってこない。ハレーションの大きさを考えると、伝えない方が賢明なのかもしれない・・・。

*6:否、今でもその環境は変わっていないのかもしれない。

*7:全然違うレベルで“仕事”をしている人間が比較して論じる話ではないが、彼の行動パターンは恐ろしいほど、昔の自分に良く似ている・・・(苦笑)。

*8:全く動いていないロナウドをフリーにしたシーンなどは失笑ものであった。

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