耳の痛い話

知財管理』の最新号に、商標に関する論稿が二本掲載されていたのだが、いずれも実務の人間にとっては非常にためになる内容だと思うので、この場でご紹介することにしたい。

櫻木信義「商標の類否に関する新たな判断基準について」*1

櫻木先生といえば、知財協の商標Dコース研修の講師として絶大な人気を誇る弁理士の先生。


メーカーの元商標担当者としての実務経験を織り交ぜつつ、膨大な審判決例から商標の類否判断のキモを鮮やかに読み解いていくその講義は、同団体の上級コースの講義の中でも、群を抜いて有意義なもの、というのが専らの評判である。


上記論稿は、そんな講義の内容の一部をぎゅうぎゅうに圧縮したような内容のもので、商標類否判断に関する最近の傾向(総合的全体的考察)をテーマの中心として論じた貴重な資料といえるものである。


本稿では「称呼優位」の傾向が強かった審判決例が「総合的全体的観察」優勢な状況に変わりつつあること、ただし、審決においては未だ「取引の実情」を考察せずに判断している事例が見られること、等が多数の実例とともに指摘されており、

「今後の審査、審判においては、一般的、恒常的なものであっても、「取引の実情」の考察は不可欠な要素になっていくのではなかろうか」(1243頁)

という予測の下、対策として

「今後の意見書、審判請求書は3要素の定型的な主張に止まらず、デジタル技術を駆使した資料の添付によって、当該指定商品特有の取引の実情を審査官、審判官に提供していくことが適切な権利化につながるのではないかと思われる。」(同上)

という示唆がなされているのだが、筆者がより興味深く読んだのはその先の一節である。

「今後このような実務が一般的になることを前提にすれば、指定商品は、使用商品や近く使用が予定されている商品に絞り込んでいくことが重要である。」
「適格な審査と出願人の希望に沿った登録獲得の実現を目指すには、7類似群に甘んじることなく、使用する見込みの高い商品に絞り込んで行くことが望ましい。」

「指定商品が広範にわたる商標の出願依頼は社内に商標専門の担当者を置く企業からの依頼に多く見られるように感じられる。営業部門、事業部門の予定する使用商品の範囲を越えて商標担当者の段階で戦略的に商品が追加拡大されているケースがあるのかもしれない。」
「商標関係者にとって、残された大きな課題の一つが商品の類否の問題であるとすれば、使用する商品について出願をするという基本原則的な考え方がこの課題解決への近道であると思われる。」(以上、1243頁)

あまりに広い指定商品・役務を指定すると、「取引の実情」に基づく全体的考察によって出願人側に有利な結論を導くことが難しくなる、という問題意識がここには込められているのだが、太字部分などは実に耳の痛い話である。


しかも、広範囲にわたって指定する理由が、必ずしも「戦略的」といったものばかりではなく、単に選別するのが面倒だから(あるいは後で権利確保しなかった責任を問われたくないから)といった理由に基づく場合もあるもんだから、余計に痛い。


特許庁の審査における4条1項15号、19号該当性判断の不明確さゆえ、「自己防衛的戦略として広めに権利を押さえる」という手法にも、未だそれなりの存在意義があるのではないか・・・、と思っている自分ではあるが、

「企業の商標担当の経験を持つ筆者の実感」

として語られている本稿の内容は、やはり重く受け止めねばならないだろう。

竹原懋「図形商標の自他商品・役務識別性の判断」*2

もう一本は、知財高判平成18年11月29日*3を素材として、図形商標の識別性について解説する論稿である。


竹原弁理士は、出願商標の識別性を否定した上記判決での判断を「厳しいもの」都指摘しつつ、商標法3条1項3号(及び4条1項16号)に基づく拒絶を回避するための以下のような「実務上の指針」を提唱されている。

1)図形商標を単独で眺めた場合に、自他商品役務の識別性が認められるかをまず考える。
2)図形商標単独で一応識別性があると考えられるときは、商標の特徴的な部分が地模様的でないかさらに考えを進める。その際には、実際のパッケージ等に表された段階で、需要者・取引者にどのように受け取られるかにまで想像を働かせてみる。
3)地模様的であると思われたならば、地模様的部分をより鮮烈なイメージや閉じた図形等に変更できないか検討する。
4)デザイン変更がやはり無理であれば、自社の識別性あるハウスマーク等を組み合わせて出願することも検討する。
5)同時期に創作された複数の商標のうち、比較的識別性の弱いと思われる商標を、識別性の強いと思われる商標と同時に出願することは避ける。
6)図形商標単独で一応識別性がないと考えられるときでも、迷いがあるなら何らかの形で必ず出願をしておく。
(以上、1365-1366頁)

それぞれの内容については、論稿中で丁寧に解説がなされているのだが、特に5)などは、

「同じ審査官・審判官が担当となって、識別性の弱い商標が、識別性の強い商標の横に並べられることにでもなると、識別性の弱い商標は、単独で出願をした場合に比べ、より識別性が弱く感じられるようになるからである」(1368頁)

と述べられるくだりなどは、一般の概説書などにはなかなか記されない貴重な“テクニック”の伝授、として重宝されるべきものであろう。


また、ある程度経験を積んだという過信から、出願前の社内審査の段階で「出してもどうせ拒絶されるから見合わせよう・・・」というセルフジャッジをしがちな自分にとっては、4)や6)の「指針」も、相当耳の痛い話ではある。



以上、ここでは最新の論稿二本の簡単な紹介に留めたが、これらに限らず『知財管理』の商標・著作権関係の論稿には、実務的にも理論的にも興味深いものが多い。


ゆえに、同誌を入手できる環境にありながら目を通していない本ブログの読者の皆様には*4、バックナンバーも含めてご一読をお勧めする次第である。

*1:知財管理57巻8号1235頁(2007年)

*2:知財管理57巻8号1355頁(2007年)

*3:アデランスの図形商標出願に対する拒絶査定不服審判不成立審決が維持された事件。第2部・中野哲弘裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20061130144247.pdf

*4:おそらくそんなにはいないと思われるが・・・。