ナンセンスな施策

相変わらず分かってないなぁ・・・という記事を発見。

文部科学省は2008年度から産業界と連携し、理系の博士課程の学生やポストドクター(博士研究員)を企業に長期間派遣する「博士版インターンシップ」を始める。コミュニケーション能力や商品開発など事業につながる知識を獲得してもらい、即戦力の研究者を育成する。初年度は約500人派遣する計画。博士の高い専門知識を競争力向上に結び付ける狙いだ。」(日本経済新聞2007年8月20日付朝刊・第1面)

「商品開発」のテクニックはともかく、「コミュニケーション能力」なんて、研修で教わるような類の話ではない。恐らくこの施策を考えた人は、普通の会社で仕事をしたことがないんだろうし、この記事を書いた記者も同じなのだろう。

日本経団連の調査では企業の技術系採用者に占める博士は2.9%。専門知識を評価する一方、コミュニケーション能力や協調性の欠如などを敬遠理由に挙げている。」

まぁ、人事の人間にアンケートを取れば、こういうことを言うだろう。誰しも自分と毛色が違い、かつ自分より賢い人間を敬遠したくなるものだから。


そもそも、「コミュニケーション」っていうのは、双方向の営みがあって初めて成り立つものなのだから、AさんとBさんの間でコミュニケーションが取れなかったからといって、Aさんの「コミュニケーション能力が低い」という結論を出すのは明らかにおかしな話だ。


仮にAさんが独特の世界観の持ち主だったとしても、相手のBさんは「コミュニケーション」をとるために、それに合わせなければならないのであって、Aさんの「コミュニケーション能力」が低いというのであれば、合わせられなかったBさんの「コミュニケーション能力」も、また同様に低い、といわざるを得ない。


何が言いたいかといえば、要は、俗世で使われる「コミュニケーション能力」なんていうマジックワードは、単にその会社の既存の人間、既成の価値観に合うか合わないか、ただそれだけの話を高尚に見せかけるために使われている言葉に過ぎないのであって、それを「能力」なんて言葉で括ること自体おこがましい、ということである。


いくら門戸が広がったといっても、博士課程まで進む人間なら、自分の専門分野に低学歴の学部卒とは比較にならないくらいのこだわりを持っていても不思議ではない。


ゆえに受け入れる側としては、下世話な世間話をしたり、上司への媚を売りまくる、といった日頃の行いを改め、優秀なドクター持ちの社員に合わせて「コミュニケーション」をとらねばならないはずなのに、それをしていないから組織として上手く機能しなくなる。


こういった観点からすれば、上記記事の施策は、優秀な高学歴の人間を低レベルの俗世の価値観に合わせようとするものに他ならず、

「競争力向上」

という理念からは程遠い施策といわざるを得ないと考える。


まぁ、普通の学部卒の後輩に相対するより、文系修士や理系博士の人間と話をしている方が、遥かに「コミュニケーション」には苦労しない、という筆者が、イカレタ人間だというのはよくよく自覚しているし、「コミュニケーション能力」を論難される以前に、彼らの大人しすぎる、遠慮しすぎる、といった性格には大いに問題があると考えているが*1、だからといって、「インターンシップ」のようなお遊び企画に彼らを付き合わせるのは失礼以外の何物でもない。


なお、筆者の野望は、「会社で管理職になったときに、部下全員を高学歴の博士、修士持ち(しかも全員文系)で固めること」(笑)。


たぶん、ここに書いている時点で、これが外山恒一の政府転覆レベルの発想でしかないことは、賢明な読者の皆様ならとっくにお見通しのことだろうが、それでも人事と喧嘩する価値は十分にあるような試みだと思っている・・・。

*1:普通の世界でコミュニケーションが取れないのであれば、周囲を激しい自己主張の渦に巻き込んで、「コミュニケーションが取れる自分中心の世界」をさっさと作り上げてしまえばよいのであって、それが自力でできるようにならない限り、高学歴者の民間企業での活躍の道は開けないと思う。