かわいそうな猫

彦根城築城400年祭のPRキャラクター「ひこにゃん」が気の毒な騒動に巻き込まれているらしい。


ウェブ上で流れているニュースによると、

滋賀県彦根市の国宝・彦根城築城400年祭のPRキャラクター「ひこにゃん」をめぐり、デザインした男性イラストレーター、もへろんさん(22)が10日までに、彦根市と400年祭実行委員会に対し、商標の使用中止などを求め彦根簡裁に民事調停を申し立てた。
実行委によるともへろんさんは、ひこにゃんが祭りのPR目的を超えて営利目的で利用され「お肉が好物で、特技はひこにゃんじゃんけん」などと設定されたことに「作者が意図しない性格付けを黙認し、管理を放置している」と批判。400年祭終了後の商標使用中止のほか、指定されたデザイン以外の使用承認取り消しや相当額の支払いを求めている。

http://www.sponichi.co.jp/osaka/soci/200711/11/soci212284.html

ということで、簡裁に対する「民事調停」というあたりに、“おそるおそる”感はあるものの、れっきとした知財紛争であることは間違いない。


もっとも、一見すると、「著作権者vs利用者」の構図のように思えるこのトラブルの現実の様相は、もう少し違うものになっているようだ。


記事等の情報によると、「ひこにゃん」の著作権は400年祭の実行委員会に帰属しており、しかも、使用申請があれば誰でも無料で使えるというフリーライセンス状態。


ざっとネット上を見渡しても、実行委員会のサイトはもちろんのこと*1彦根城下には「ひこにゃんグッズ」があふれ、遠くて実物が見に行けない人でもあちこちのブログやユーチューブの動画で「ひこにゃん」を拝むことができる状況になっているのが良く分かる*2


本来であれば、著作権に基づく差し止め請求でもかけるところで、「祭終了後の商標使用中止」や「指定デザイン以外の承認中止」という局所的な請求に止まっているのはそういった背景があるのであって、本件紛争の構図は「著作者(原著作権者)vs現著作権者」と整理するのが正しい、ということになる。


そしてそれゆえ、本件紛争において、イラストレーター側と実行委員会&彦根市側の主張のいずれが認められるか、は、おそらくイラストレーター(ないし所属するデザイン会社)と実行委員会(ないし彦根市)の間で交わされた権利譲渡に関する契約書(ないしそれに類する書面)がどこまで丁寧に作られているか、にかかってくることになるだろう。


著作権を譲渡した以上、何ら口出しができるはずがないじゃないか」と思うのが普通だろうが、著作権法には譲渡契約に「一切の権利を譲渡する」という文言があっても「翻案権」や「二次的著作物の利用権」の譲渡を特別に明記しない限りこれらの権利が譲渡人側に留保される、という趣旨を定める条項があるし(61条2項)、著作権は譲渡できても、著作者人格権(ここで問題になるのは、主に同一性保持権)は譲渡できない、というのが大原則(59条)*3になっている。


また、上記のような契約書のドラフト段階でクリアしていたとしても、譲渡の目的や譲渡範囲の記載の仕方、そして実行委員会側が支払った対価如何によっては、譲渡の効力が制限的に解釈されてしまい、イラストレーター側が主張するような「400年祭終了後の使用中止」という帰結がもたらされないとも限らない*4


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せっかく短期間で多くの人に愛されるキャラクターに育ち、地域振興にも少なからず貢献している「ひこにゃん*5の今後に水を差すようなイラストレーターはけしからん! という人は多いだろうし、筆者自身もこういったフリーライセンス的な著作物の利用・流通には好意的な立場にいるので、せっかくの好事例をムザムザ潰してほしくはない、と思ってはいるのだが、かといってイラストレーター側の思いも分からなくはない。


イラストレーター側の主張のうち、

ひこにゃんが祭りのPR目的を超えて営利目的で利用され」ている

という問題については、譲渡契約書の中の目的条項の記載や、譲渡時点での当事者の合意内容によるところが大きいし*6

「お肉が好物で、特技はひこにゃんじゃんけん」などと設定されたことに「作者が意図しない性格付けを黙認し」ている

と叫ぶことに対しては、「そもそも、そんなの権利譲渡した著作者がコントロールできる範疇の話ではない」という反論が可能だろう*7


だが、そうでなくても難しいキャラクターのブランド管理を、実行委員会側があまりに開放的にやり過ぎているために、

「粗悪品が出回りかねない」

http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20071110p401.htm

事態が生じているのだとしたら、法的にはともかく著作者感情としては「許せない」という思いを抱いたとしても不思議ではない*8


ここでは、事前に不行使特約等を結んだ場合であっても、

「名誉・声望を害するような態様での著作者人格権(特に同一性保持権)については、原則として「事前」の放棄を認めるべきではない。例えば改変自体に同意しても、悲劇を喜劇に変更して著作者の名誉・声望を害するような極端な改変は、事後的に同一性保持権侵害を主張できることになろう。」

とする、中山教授の見解を重く受け止める必要があるだろう*9


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まぁ、自分が調停委員だったら、権利関係については現状維持のままで、実行委員会(彦根市)側に「せめて最低限の許諾ルールくらいは作れよ」と指示する一文を盛り込んだ調停案でお茶を濁すだろうが*10、果たして現実にはどういう幕引きが図られるのか。


今回のトラブルの帰趨は、実務的にも理論的にも、いろいろと興味深いなぁ、と思う次第である。


ひこねのよいにゃんこのおはなし (ひこにゃん絵本)

ひこねのよいにゃんこのおはなし (ひこにゃん絵本)

*1:http://www.hikone-400th.jp/

*2:厳密に言えば、使用ルール上、ブログやユーチューブでの利用が自由に許されているわけではないのかもしれないが、厳格な権利管理よりも利用によるPR促進を優先する実行委のポリシーからして、通常の掲載が問題視されることはないように思われる。

*3:もっとも「権利不行使」条項があれば、実質的に譲渡したのと同様の効果を得ることができるが。

*4:通常の契約であれば、権利の一切譲渡を定めておけばその効力がひっくり返ることはないだろうが、こと著作権の世界で、かつジャッジが「知財」に強いとは思えない彦根簡裁(しかも一般の調停委員も審理に加わる)ということになれば、妥協的な調停案が示される可能性も俄かには否定できない。

*5:記事によると、「ひこにゃん」は「特別住民登録」まで受けたようである(笑)。

*6:特に限定していなければ、譲り渡した側としては本来何もいえない話のはずである。

*7:もっとも、著作者とのトラブルで一番多いのは、この手の「作者の世界観とのミスマッチ」問題だったりするわけだが。

*8:単に感情レベルにとどまっているだけなら良いが、あまりにヒドイ改変等が加えられた場合には、著作者人格権の不行使条項の射程外の問題として処理されることもありうるかもしれない(筆者自身は過去にこういった問題が争われた事案を知らないのであるが、通常は譲渡を受けた側がきちんと管理するから問題にならないだけであって、理論上は起きても不思議ではないと思う。

*9:中山信弘著作権法』(有斐閣、2007年)365-366頁。一方で中山教授は「細かいところは編集者に一任するような改変には事後的に同一性保持権を主張できないことになろう」と述べられている。元々著作者の過剰な権利行使には消極的な中山教授が引いた“一線”は、仮に裁判所で争われるような事態に至った場合でも大きな意味を持つことだろう。

*10:なお、これはあくまで権利関係が現在の利用実態に合わせて適切に処理されている、ということを前提とした話で、イラストレーターの手元に未だ行使しうる権利が残っているのであれば、そうはいかない、というのは当然の話である。

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