よく考えたら、今年に入ってからほとんど裁判例紹介記事を書いてない、ってことに気付いてしまったので、連休を使っていくつか取り上げてみることにしたい。
大阪地判平成20年1月24日(H18(ワ)第11437号)*1
原告・株式会社エスエスケイ
被告・株式会社コマリョー
本件は、デンマーク王国法人であるヒュンメル社の製品を、日本国内において独占的に輸入販売・製造販売する権利を有する原告が、短靴(スニーカー・カジュアルシューズ)を輸入・販売する被告に対し、
「ヒュンメル社の短靴の図柄模様は、同社の出所を表示する商品等表示として周知性を有するところ、被告の短靴の図柄模様はヒュンメル社の短靴の図柄模様と類似し、ヒュンメル社の商品と混同のおそれがある(不競法2条1項1号)」
として、差し止め、損害賠償を請求した事案である。
何が「商品等表示」として主張されているのか、写真等が添付されていないのではっきりしないところはあるのだが、ヒュンメル社のサイトを見ると、
「側面に「2本のくの字」のデザイン」
が描かれたスポーツシューズが掲載されており、大体想像は付く。
(http://www.ssksports.com/hummel/product/93642.html)
本件で争われたのは、このデザインが不競法2条1項1号の「他人の商品等表示・・・として需要者の間に広く認識されているもの」に当たるかどうか、という点であった。
裁判所は、靴の側面の図柄の商品等表示性について、
「靴の側面の図柄は,第一次的には靴のデザインの一部としての意味を有するものであって,需要者は普通はその図柄を特定の出所と結びつけて認識しないが、その図柄が他社商品の図柄と異なる独自の特徴を有しており、それが長期間にわたって独占的に使用されるなどして,需要者の間に浸透して特定の出所を示すものとして周知となった場合には,二次的に出所を識別する商品等表示として機能する場合があるといえる。」(33-34頁)
という一般論を述べた上で、
「先に・・・で認定したところからすると,靴の側面に「2本のくの字」状と認識される図柄を施していることは,ヒュンメルブランドのサッカーシューズ・フットサルシューズのほとんどやカジュアルシューズの大半に共通する図柄の特徴であると認めることができ,またこのように認識される図柄を施した商品は,他の主要ブランドの商品中には存在していない(略)。そうすると「2本のくの字」状という共通した図の特徴は,需要者に対する浸透度如何によっては,ヒュンメルブランドの商品等表示としての機能を獲得し得る独自性を有しているというべきである。」
(34頁)
とした。
そして、「需要者に対する浸透度」について、
「サッカーシューズに関しては、・・・、同図柄は、マルハナバチを象った商標や「hummel」の名称と並んで、上記のサッカーシューズ等の需要者の間では独自の周知性を獲得したものと認めるのが相当」(36頁)
としつつも、
「本件で問題となっている被告商品はスニーカー(カジュアルシューズ)であり、その需要者はサッカーとの関係の有無を問わない一般消費者であるので、一般消費者に対する「2本のくの字」状の図柄の周知性を検討する必要がある」(36頁)
として、
(1)一般消費者の間でヒュンメルブランドの認識度が低いこと。
(2)スニーカーにおいては,ヒュンメルブランドの中で「2本のくの字」の図柄が施されていると認められるのは全品目の約3分の2にとどまっていること。
(3)ブランド物でないスニーカーの市場では「2本のくの字」の図柄と認識される他社商品も,複数存在していること。
(4)靴の側面の図柄は第一次的には靴のデザインとして認識され,ブランド名と比べて出所識別標識として認識される力は一般に弱く,特定の称呼を持たないため,その図柄に係る商品の出所を認識し,呼ぼうとすれば,第一次的にはブランド名によるものと思われるから,靴の図柄から特定の出所が認識されるようになっているならば,それよりも前にブランド名の方が周知になるものと考えられるが,ヒュンメルブランドの場合は,スニーカー一般の需要者の間でのブランド自体の認知度が低いこと。
を認定し、結果として「商品等表示」性を否定している。
本件において注目されるのは、裁判所が婉曲な表現ながらも*2、被告が行ったアンケート調査の結果を判断に少なからず反映しているように思われるところにある。
以前本ブログで紹介した正露丸事件(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20060807/1154993106)では、原告側のアンケート調査の結果がコテンパンにされているし、青木博通弁理士の論稿*3を見ても、アンケート調査の結果が採用されたケースがそんなに多いわけではない、ということが分かる。
それゆえ、この種のアンケートに対しては“労多くして報われない”という評価もあったところなのだが、今回大阪地裁が証拠としての一定の評価を与えたことで、また流れも変わってくるのか興味深いところである。
もちろん、本件のアンケート調査に対しても、
「母集団の設定にも標本の抽出にも統計学的に求められる確率的正確さを欠いており、この調査結果をもって直ちに全体の調査結果と同視することは統計理論的に許されないものではある」(37頁)
という留保が付されているのだが、裁判所はそれにもかかわらず、
1)一般のスニーカーの需要者層の選定条件としては適切で、関係者も除外しており、調査方法としての誠実さも認められること*4。
2)結果的に年齢・職業構成も一般のスニーカーの需要者層におけるものとしては、さして偏りがあるとはいえないこと。
3)このような調査をしようとした場合、厳密な統計学的正確性を確保することは困難であると考えられること。
からして、
「上記調査は、おおよその傾向を示す補足的な資料としては、斟酌し得るものと認めるのが相当である。」(38頁)
と認め、「商品そのもの」や「商品図柄とブランドの結び付き」について、アンケートが示した「ヒュンメル」と「アディダス」「ナイキ」といった著名ブランドとの間の“認識度の大きな差”を指摘して、上記(1)「一般消費者の間でヒュンメルブランドの認識度が低いこと」という結論につなげている。
なお、全体の結論に対しては、「サッカーシューズ」の市場の需要者と「カジュアルシューズ」の市場の需要者を明確に切り分けられるのか、といった疑問や、いわゆる派生商品・関連商品として「広義の混同」が生じる可能性に配慮しなくて良いのか、といった疑問が湧いてくるところであり*5、高裁レベルで判断が覆る可能性もあるように思われる。
この先、控訴審で引き続き争われるのであれば、上記「アンケート」に対する評価がどのように変わっていくのかについても、注目していく必要があるように思われる。
*1:第26部・山田知司裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080125161126.pdf
*2:「このような一般的な消費者の間における周知性という観点からすると、株式会社日本リサーチセンターが実施したアンケート調査の結果を軽視することはできない」(37頁)。
*3:青木博通「商標・不正競争事件における証拠としてのアンケート調査」『知的財産権としてのブランドとデザイン』(有斐閣、2007年)250頁以下。
*4:選定条件として、(1)調査場所が東京都の新宿区(略)と渋谷区(略)という、全国的に見てファッションやブランドに敏感な人々が比較的存すると考えられる場所であること、(2)調査日が平日である金曜日と土曜日の双方で行っていること、(3)対象年齢も20歳代から50歳までとし、スニーカーを持っていることを条件にしていること、を挙げている。
*5:もっとも、後者については、原告の商品等表示が2条1項2号の要件を満たさない限り、現行不競法の下で主張するのは少し無理筋のようにも思えるが。