“神話”がもたらした勝利

コカ・コーラのリターナブル瓶の形状が立体商標として登録を受けられるか、が争われた審決取消訴訟。少し時間が経ってしまったが、ざっと概観することにしたい*1


争いの対象となった「商標」の実質以上に、コカ・コーラのブランド防衛部隊が培った“神話”が勝敗を分けたと思われるこの判決。


商標管理部署で業務に従事している者にとっても、いろいろと学ぶところの多い事件だといえるだろう。

知財高判平成20年5月29日(H19(行ケ)第10215号)*2


同じ飯村コートでの判決、ということもあり、知財高裁が今回打ち立てた規範は、マグライト事件(知財高判平成19年6月27日)のそれと大きく変わるものではない。


商標法3条1項3号該当性の判断基準について述べる29頁〜32頁の記述などは、まさに一言一句同じだし(ここまでコピペしなくても・・・と思ったw)*3、3条2項該当性については、

「立体的形状からなる商標が使用により自他商品識別力を獲得したかどうかは,当該商標ないし商品等の形状,使用開始時期及び使用期間,使用地域,商品の販売数量,広告宣伝のされた期間・地域及び規模,当該形状に類似した他の商品等の存否などの事情を総合考慮して判断するのが相当である。」
「そして,使用に係る商標ないし商品等の形状は,原則として,出願に係る商標と実質的に同一であり,指定商品に属する商品であることを要する。」
「もっとも,商品等は,その製造,販売等を継続するに当たって,その出所たる企業等の名称や記号・文字等からなる標章などが付されるのが通常であり,また,技術の進展や社会環境,取引慣行の変化等に応じて,品質や機能を維持するために形状を変更することも通常であることに照らすならば,使用に係る商品等の立体的形状において,企業等の名称や記号・文字が付されたこと,又は,ごく僅かに形状変更がされたことのみによって,直ちに使用に係る商標が自他商品識別力を獲得し得ないとするのは妥当ではなく,使用に係る商標ないし商品等に当該名称・標章が付されていることやごく僅かな形状の相違が存在してもなお,立体的形状が需要者の目につき易く,強い印象を与えるものであったか等を総合勘案した上で,立体的形状が独立して自他商品識別力を獲得するに至っているか否かを判断すべきである。」
(以上36頁)

と本件の事情*4に照らして修正した、と思われるところはあるものの、基本的には変わっていない*5


そんな中で、本件の特徴を挙げるとすれば、以下のような点になるだろう。

1)アンケート調査の結果やリターナブル瓶の形状に関する専門家の認識、原告(コカ・コーラ社)のブランド管理に対する姿勢が、3条2項該当性判断に際して重視されている。
2)原告商品の宣伝において、瓶の形状とともに原告商標等が使われていても、3条2項該当性を認める上での障害にはならないと判断している。

このうち、1)については、まず、原告が行った「アンケート調査」(銘柄想起調査)の結果について、

「上記各結果は,本願商標に係る立体的形状は,リターナブル瓶の立体的形状と口部において相違することとはかかわりなく,識別標識として機能していること,また,当該立体的形状のみでなく,これに「Coca−Cola」などの文字を含む平面標章部分を付することが,商品の出所表示のために不可欠であるとまではいえないこと,そして,本願商標の立体的形状の特徴的な部分が,需要者に強い印象,記憶を与えるものであることを示しているといえる。」(42頁)

と高い評価が与えられている。


また、「リターナブル瓶の形状についての認識」の項では、

「リターナブル瓶の形状については,数多くの専門書籍,一般書籍等において,商品の立体的形状に自他商品の識別力が存する典型例として引用されている。例えば,(1)弁理士会が作成,配布した「商標法の改正について」と題する冊子の「立体商標の導入」との項目における「清涼飲料水のビン(写真2)のような立体商標形状も十分に識別標識として機能を果たしています」との記載及びリターナブル瓶の形状を撮影した写真,(2)新・注解「不正競争防止法」(小野昌延編著,青林書院発行)における「商品の形態が,コカコーラの瓶のように,いわゆるセカンダリー・ミーニングを獲得して商品標識として働きだした場合の,周知性のある商品形態の模倣に対しては,不正競争防止法上の周知表示として旧法1条1項1号によって保護され,・・・」との記載,(3)第12版「パリ条約講話」(後藤晴男著,社団法人発明協会発行)における「立体商標は,その典型的なものとしては例のコカコーラのビンがあげられるでありましょう。」との記載など,数多く存在する(甲17〜24,106,108)。」
「また,原告商品のリターナブル瓶の形状に関連した歴史,エピソード,形状の特徴等を解説した書籍,雑誌等が,数多く出版され,紹介されてきた。そのような媒体を通じて,社会一般においも,原告商品のリターナブル瓶の形状が,原告の出所を示すものとして,広く認識されているといえる(甲37ないし40,79,80,107)。」
(42頁)

と、多くの文献が引用され、「リターナブル瓶」の出所表示性を肯定する材料として認定されている。


この項の最後にある、

「さらに,我が国における,他の清涼飲料水メーカーにおいても,原告が本願商標を独占的に使用することが,事実上受け入れられ,尊重されている(甲82〜84)。」

のくだりは、次の項の

「原告は,第三者が,リターナブル瓶と類似する形状の容器を使用したり,リターナブル瓶の特徴を備えた容器を描いた図柄を使用する事実を発見した際は,直ちに厳格な姿勢で臨み,その使用を中止させてきた(甲128,129,118,119)。」

につながっており、「尊重されている」というよりは、“怖いから使わないだけ”だろう(苦笑)と嫌味の一つも言いたくなるところであるが、例示されているような、

(1)平成13年に,原告は,清涼飲料を製造,販売する会社の商品が,原告商品のリターナブル瓶に類似しているのを発見し,同年4月4日付けで,同社に対して,同製品の製造,販売の中止要求を含む警告書を発したところ,同社から,同月11日付けの書面で,製造工場を閉鎖し,製造,販売を中止し,空き瓶の回収,廃棄を確約する等の内容を含む回答書を受けたこと,また,(2)平成19年に,原告は,デザイン広告社が,装飾雑誌の裏表紙に,原告商品のリターナル瓶容器に類似ないし連想させるデザインを掲載したのを発見し,警告したところ,同広告社は,同年2月9日付けで,原告の要求を受けて,原告の了解なくデザインを使用した事実を確認するとともに,原告に対して謝罪する趣旨を含んだ「お詫び」と題する書面を作成,公表したことがある。」

といった動き方は、さすが、ブランド価値7兆700億円、「年間予算約200万ドルほど」の「顧客調査部のメンバー」が「喫茶店やレストランで「コーク」、「コカコーラ」を注文」し、持ち帰って分析した上で飲食業者に警告する、といった普通名称化防止策が紹介される*6コカ・コーラ社ならではであり、このような取り組みは、

「このような原告における,原告商品のリターナブル瓶に類似する容器に対する厳格な管理態勢の結果として,我が国の市場において,リターナブル瓶の立体的形状を備えた容器(瓶)は,原告商品を除いて,市場に流通する清涼飲料水には用いられていない(甲128、129)。」(43頁)

と、裁判所にも高く評価されることになった。


正直、本件で行われているアンケート調査などは、これまで裁判所に散々コケにされてきた、他社のアンケート調査とそう変わるものではないように思われる*7


にもかかわらず、これが肯定的な材料として用いられるのは、「識別力のある商品デザイン」の典型として認知されるようにするためのけた違いの宣伝活動とブランド保護のための努力、そして“神話”の創作活動(笑)の賜物、というほかない*8


こうしてみてくると、以下に挙げる2)の小規範と、そのあてはめについても、一般的なものとして理解しないほうが良いのではないか、と思えてくる。

「リターナブル瓶入りの原告商品及びこれを描いた宣伝広告には,「Coca−Cola」などの表示が付されているが,この点に関し,以下のとおり判断する。」

「取引社会においては,取引者,需要者は,平面的に表記された文字,図形,記号等からなる1つの標章によって,商品の出所を識別する場合が多いし,また,商品の提供者等も,同様に,1つの標章によって,自他商品の区別をする場合が多く,また,便宜であるともいえる。しかし,現実の取引の態様は多様であって,商品の提供者等は,当該商品に,常に1つの標章のみを付すのではなく,むしろ,複数の標章を付して,商品の出所を識別したり,自他商品の区別をしようとする例も散見されるし,また,取引者,需要者も,商品の提供者が付した標章とは全く別の商品形状の特徴(平面的な標章及び立体的形状等を含む。)によって,当該商品の出所を識別し,自他商品の区別することもあり得るところである。そのような取引の実情があることを考慮すると,当該商品に平面的に表記された文字,図形,記号等が付され,また,そのような文字等が商標登録されていたからといって,直ちに,当該商品の他の特徴的部分(平面的な標章及び立体的形状等を含む。)が,商品の出所を識別し,自他商品の区別をするものとして機能する余地がないと解することはできない不正競争防止法2条1項1号ないし3号参照)。」

「そのような観点に立って,リターナブル瓶入りの原告商品の形状をみると,前記(2)アで認定したとおり,当該形状の長年にわたる一貫した使用の事実(ア(イ)),大量の販売実績(ア(ウ)),多大の宣伝広告等の態様及び事実(ア(エ)),当該商品の形状が原告の出所を識別する機能を有しているとの調査結果(ア(オ))等によれば,リターナブル瓶の立体的形状について蓄積された自他商品の識別力は,極めて強いというべきである。そうすると,本件において,リターナブル瓶入りの原告商品に「Coca−Cola」などの表示が付されている点が,本願商標に係る形状が自他商品識別機能を獲得していると認める上で障害になるというべきではない(なお,本願商標に係る形状が,商品等の機能を確保するために不可欠な立体的形状のみからなる商標といえないことはいうまでもない。)
(以上47-48頁)

上記のような論旨は、立体商標で権利を取得しようとしている出願人にとっては、有難いことこの上ないものだろうし、このような帰結が一般的なものになれば、商標実務も相当変わってくるだろうと思う*9


だが、「世界のコカ・コーラ」ではない立体商標が、文字商標と一緒に使われたとして、果たして同じような結論にたどり着くことができるのだろうか?


少なくとも、今回当事者となったブランドの“偉大すぎる神話”の前では、疑問なしとしない。

*1:予告エントリー:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080530/1212201334

*2:第3部・飯村敏明裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080529172621.pdf

*3:結論としては、「本件商標の立体的形状は、審決時(平成19年2月6日)を基準として、客観的に見れば、コーラ飲料の容器の機能又は美感を効果的に高めるために採用するものと認められ、また、コーラ飲料の容器の形状として、需要者において予測可能な範囲内のものというべきである」(34頁)として、3条1項3号該当性を肯定している。

*4:実際に使われているリターナブル瓶と本件商標とでは、口部の形状が相違する、という事情があった。

*5:もっとも、当てはめのレベルで定立した小規範は、マグライトからさらに踏み込んだものになっているが、これは一般化できるものとは言いがたいように思われる。詳細は後述。

*6:以上は、青木博通『知的財産権としてのブランドとデザイン』7頁(有斐閣、2007年)の記述による。「普通名称化防止策」のくだりは、太田勝造訳『法と経済学』からの又引用。為念。

*7:判決39頁〜42頁に詳細な認定が掲載されているが、何のことはない、最初から結果は見えている、ただの調査票調査&ウェブ調査である。

*8:他にも、コーラの製法が「営業秘密」の典型として取り上げられるなど、この会社はミステリアスな“神話”に事欠かない。こういった“神話”が、どうやって作り上げられていったのか、も興味深いところである。

*9:どこかで指摘されていたように思うが、「ひよ子」の判決と比べるとまさに180度違う帰結だといえる。

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