ピンク・レディーは過去の人、か。

いろいろと話題になる割に判決は少ない、とされていた「パブリシティ権侵害」が争点となった事例が出てきている。


名付けて「ピンク・レディーパブリシティ権侵害事件。


もっとも、この判決は、拍子抜けするくらいあっさりと侵害を否定しており、先例としての評価は微妙なところである。

東京地判平成20年7月4日(H19(ワ)第20986号)*1

原告 A、B
被告 株式会社光文社


本件は、被告が、週刊誌「女性自身」(平成19年2月27日号)において、ピンク・レディーの写真14枚とともに、「ピンク・レディーdeダイエット」と題する記事等を掲載したことが、

「原告らの肖像を本件雑誌の販売促進という商業目的のために用いたもの」

であり、

「原告らのパブリシティ権を侵害する」

行為にあたるとして、原告が訴えを提起したものである。


判決で「争いのない事実」として認定されている記事の中身を見ると、

「デビューから30年・・・今,お茶の間で大ブレイク中!」 「ピンク・レディーdeダイエット」「覚えてますよね,あの踊り!親子で踊ってストレス解消!脂肪を燃焼!」 「Cの実践講座」

という,大きさ縦約20cm×横約4.7cmの範囲内に4行にわたって掲載された見出しの上部に、大きさ縦4.8cm×横6.7cmの「サウスポー」をステージで歌唱中の原告らの写真が掲載されていたり、

ピンク・レディーに,また新たな神話が“振付しながら踊って楽しく痩せられる”と。この2人のナイスバディが夢ではないのです。お子さんやお友達とコミュニケーションをとりながら踊っちゃいましょう。詳細は『ピンク・レディーフリツケ完全マスター』(講談社)でどうぞ」(6頁)

との文章とセットで、大きさ縦7.0cm×横4.4cmのビーチでビキニ姿をしている原告らの写真が掲載されていたり、

「上半身のラインを美しく」「『カルメン’77』」 「これぞピンク・レディーSEXYNo.1/ エロティックにいきましょう」

といった見出しの下に、大きさ縦8.0cm×横10.0cmの「カルメン’77」をステージで歌唱中の原告らの写真を配置したり、と、まぁやりたい放題である*2


本件記事の価値がどこにあるか、といえば、「ピンク・レディー」を素材にしたところにあるのは明らかで、それによって、通常の“ダイエット体操”の記事と一線を画するものになっているのも、また明らかといえよう。


これをもって、氏名・肖像の商業的利用の事例と言わなければ、何をもってそういうのだ、というくらいの典型的事例で、それを氏名権・肖像権と呼ぶかパブリシティ権と呼ぶかは単なる言葉の問題に過ぎない。


だが、裁判所は、以下のように述べて、原告の請求を棄却した。

「人は,著名人であるか否かにかかわらず,人格権の一部として,自己の氏名,肖像を他人に冒用されない権利を有する。人の氏名や肖像は,商品の販売において有益な効果,すなわち顧客吸引力を有し,財産的価値を有することがある。このことは,芸能人等の著名人の場合に顕著である。この財産的価値を冒用されない権利は,パブリシティ権と呼ばれることがある。」
「他方,芸能人等の仕事を選択した者は,芸能人等としての活動やそれに関連する事項が大衆の正当な関心事となり,雑誌,新聞,テレビ等のマスメディアによって批判,論評,紹介等の対象となることや,そのような紹介記事等の一部として自らの写真が掲載されること自体は容認せざるを得ない立場にある。そして,そのような紹介記事等に,必然的に当該芸能人等の顧客吸引力が反映することがあるが,それらの影響を紹介記事等から遮断することは困難であることがある。」
「以上の点を考慮すると,芸能人等の氏名,肖像の使用行為がそのパブリシティ権を侵害する不法行為を構成するか否かは,その使用行為の目的,方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して,その使用行為が当該芸能人等の顧客吸引力に着目し,専らその利用を目的とするものであるといえるか否かによって判断すべきである。」

「原告らも被告も,通常モデル料が支払われるべき週刊誌等におけるグラビア写真としての利用と同視できる程度のものか否かの基準に言及するが,この基準ないし説明は,東京地裁平成16年7月14日判決(判例タイムズ1180号232頁〔ブブカアイドル第一次事件〕)の事実関係の下では適切なものであるとしても,他の事実関係の事件にそのまま適用することができるものではないことに注意を要する。」

「本件雑誌及びその表紙の態様((前提事実(2)),本件記事及び本件写真の掲載態様(前提事実(3)) ,本件記事掲載の経緯(前提事実(4))及び本件雑誌の宣伝広告状況(前提事実(5))によれば,(1)ピンク・レディーが歌唱し演じた楽曲の振り付けを利用してダイエットを行うという女性雑誌中の記事において,その振り付けの説明の一部又は読者に振り付け等を思い出させる一助として,本件写真1ないし5及び7を使用し,さらに,ダイエットの目標を実感させるために,本件写真6を使用したものであり,(2)使用の程度は,1楽曲につき1枚のさほど大きくはない白黒写真であり,(3)Cの実演写真,Cのひとことアドバイス,4コマの図解解説など振り付けを実質的に説明する部分が各楽曲の説明の約3分の2を占め,本件写真2ないし5及び7は,各楽曲についての誌面の3分の1程度にとどまり,(4)その宣伝広告や表紙の見出しや目次においても,殊更原告らの肖像を強調しているものではない。」
「したがって,本件写真1ないし7の使用により,必然的に原告らの顧客吸引力が本件記事に反映することがあったとしても,それらの使用が原告らの顧客吸引力に着目し,専らその利用を目的としたものと認めることはできない。」
(以上、15-16頁)

氏名や肖像の財産的価値と、肖像等の使用を甘受すべき著名人としての地位との調整の必要性について説く総論部分には、特に大きな違和感はない。


また、ブブカ事件の規範をそのまま適用することはできない、という説示についても、妥当といえるだろう*3


しかし、最後の“あてはめ”の部分には疑問を感じる。


まず、写真を利用した目的として、

「ダイエットの目標を実感させるために」

などというのは、屁理屈以外の何ものでもない。


また、通常の記事の中で、肖像写真の部分が3分の1も占めていれば、「殊更原告らの肖像を強調しているものではない」と言われても、説得力に欠ける。


そして何よりも、「肖像の利用」にのみこだわって、パブリシティ権侵害の有無を判断しているところに本判決の大きな問題がある。


判決文の中の「原告の主張」を見る限り、原告側も専ら肖像写真の使用しか問題にしていないように読めるから、元々原告の主張の仕方に問題があったのかもしれないし、判決に顕れていない裁判所の訴訟指揮によって、氏名利用等の他の主張が審理から排除されたのかもしれない。


だが、「写真が振り付けの説明のために使われたものかどうか」という些細な事柄に着目する以前に、本件では、「ピンク・レディー」をなぜ(普通に考えれば脈絡のない)“ダイエット体操”に使わなければならなかったのか、ということが問われるべきではないのか。


そして、そのことについて合理的な説明ができない限り、パブリシティ権侵害は一応肯定するのが本来の筋ではないかと思う*4


実のところ、本件記事には、

「本誌秘蔵写真で綴る思い出」

というコーナーがセットになっており、“歴史上のスター”としてのピンクレディの回顧(ある種の「報道」)的な意味合いも見て取ることができるから、裁判所もそのあたりを斟酌したのかもしれず、これが「SMAP」の振り付けでダイエットをする、という企画だったら、裁判所が異なる判断を下した可能性はある*5


そう考えると、「ピンク・レディー」はもはや過去の人だったから、というのが、本判決には一番ふさわしい理由付けなのかもしれない。


往年のファンが未だに集まって記念行事やったりするところを見ると、顧客吸引力が完全に失われた、とまではいえないのだろうけど、少なくとも時の経過が“フリーライド”行為の違法性を中和する方向に作用することは否定できないような気がするのである。

*1:第40部・市川正巳裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080711110045.pdf

*2:それを真に受けて「UFO」とか踊っちゃってるオバサマ方の姿を想像するのはまたちょっと怖いのだが、それはとりあえず脇に置いておくとしよう。

*3:そもそも、写真の使用だけがパブリシティ権侵害を構成するわけではない。

*4:もちろん、これまでの判例の基準に照らせば、差し止め請求まで認められることにはならないだろうし、振り付けそのものの売上げへの寄与度が高いということになれば、損害額についても割り引かれる余地はあるだろうが。

*5:その前に、ジャ●ーズ事務所を恐れて、そんな企画を無断でやること自体考えられないだろうが。

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