最近、写真家が写真の使用者を相手取って提起する訴訟を見かける機会が多いような気がする。
もちろん、使う側とて何ら無警戒に使用しているわけではなく、間に入っている広告代理店やフォトライブラリー会社と著作権者の間の曖昧な関係が末端の紛争を引き起こしているパターンが現実には多いわけだが、そんな中、
「写真が現実には商品に使われなかったのにフォトライブラリー会社が訴えられて負けちゃった」
裁判例が登場している。
原告が本人訴訟で頑張ったこの事件。果たしてどういう論理で裁判所は原告の請求を(一部)認容したのか、以下でご紹介することにしたい。
東京地判平成22年3月30日(H21(ワ)第6604号)*1
原告:A
被告:株式会社アートスペース
本件は、
「別紙写真目録記載の写真(以下「本件写真」という。)の著作者である原告が,写真の現像フィルムの賃貸業等を営む被告に対し,
(1)被告が本件写真のデュープフィルムを作成したこと
(2)被告が本件写真をカタログに掲載したこと
(3)被告が本件写真を第三者に貸し出したこと
(以上、著作権を侵害する行為)
(4)被告がオリジナルフィルムとは逆版の本件写真のデュープフィルムを作成したこと
(5)被告が本件写真をカタログに掲載するに当たって,著作者である原告の氏名を表示しなかったこと
(以上、著作者人格権を侵害する行為)
である旨主張して,不法行為による損害賠償請求権に基づき,金300万円の支払を求める事案
である。
元々原告は、被告の前身である有限会社アートバンクとの間で、平成5年7月29日に「写真の使用権の販売」を委託する契約を結んでいた。
そして、同契約は平成15年1月に原告の解約申入れにより終了し、被告は、原告から預託されていた749点のポジフィルムを返却したものの、契約期間中に被告の販売委託先の写真カタログに原告の写真(本件写真)が掲載されていたために、被告代理人(アマナイメージズ)を通じて、第三者のカレンダー企画用に本件写真が貸し出されることになり、本件紛争に発展することになったのである。
ちなみに、被告の名誉のために述べておくと、被告は、代理人であるアマナイメージズから本件写真の使用料金を受け取り、それを原告に支払おうとして最終的に9975円を供託までしている。
だが、原告には金銭では到底埋め合わせることができないような、被告に対する何か、があったのだろう。
結局、原告は供託された使用料を受け取らないまま、本件写真の貸出行為(前記(3))にとどまらず、そもそもデュープフィルムを作成したことやカタログに写真を掲載したことまで含めて争うことになった。
さて、裁判所は各争点につき、いかなる判断を示したのか。
まず、デュープフィルムの作成について。
「証拠(乙11,証人B)及び弁論の全趣旨によれば,本件カタログが発行された1995年(平成7年)5月ころ,被告は本件写真のデュープフィルムを作成したこと,被告が本件写真のデュープフィルムを作成したのは,販売の促進を目的として本件カタログに本件写真を掲載したことから,本件写真の使用申込みがあった場合に備えるためであり,本件写真の貸出し頻度が増えることが予想されるため,写真のオリジナルフィルムを貸し出すことによって,顧客の側で紛失したり汚損したりする危険を避けるためであったこと,が認められる。」
「上記事実によれば,被告による本件写真のデュープフィルムの作成は,本件委託契約の契約期間中に行われた行為であり,かつ,同契約における被告の受託業務,すなわち,原告の撮影した写真の使用権の販売業務に関連して行われた行為であるといえる。」
「本件委託契約は,写真家である原告が,写真の賃貸業等を行う写真エージェンシー業者である被告に対し,原告の撮影した写真の使用権の販売を委託し,被告が写真の使用権の販売に至った場合には,その売上金を原告と被告とで配分することを内容とするものであり,本件委託契約には,写真の使用権の販売方法等を特に指定したり,あるいは,制限(禁止)したりする旨の約定はなかった(乙1)。上記事実に照らせば,本件委託契約において,原告は,被告に対し,販売方法を特に限定することなく,本件写真の使用権の販売を委託したものと解される。」
「被告が,本件委託契約上,写真の貸出しによってオリジナルフィルムが汚損や破損により,使用に堪えないものになるといったことがないように,写真家から預かった写真の管理保全に務める義務を負うこと(乙1の第7条参照)に照らしても,原被告間において,写真の貸出しを必ずオリジナルフィルムによって行うことが予定されていたとは考え難く,むしろ,被告においてオリジナルフィルムからデュープフィルムを作成し得ることを前提に,写真の保全管理のため,デュープフィルムを顧客に貸し出すことが予定されていたものと認めるのが相当である。」
「以上によれば,被告が本件写真のデュープフィルムを作成したことは,本件委託契約に基づき原告から許諾された範囲内の行為であったと認められる。」
(15-16頁)
最近の厳しい著作権者であれば、デュープフィルムの作成自体にも契約条項で縛りをかけるだろうが、本件では契約に特段の定めもなかったようだし、単に「デュープフィルムを作成すること」それ自体を複製権侵害と構成するのは、さすがに無理があったというべきだろう。この点については、穏当な判断だと思われる*2。
また、カタログへの掲載についても、
「本件委託契約は,写真家である原告が,写真の賃貸業等を行う写真エージェンシー業者である被告に対し,原告の撮影した写真の使用権の販売を委託し,被告が写真の使用権の販売に至った場合には,その売上金を原告と被告とで配分することを内容とするものであり,同契約の第3条には,受託者である被告の販売活動について,「写真を国内,海外の出版物,広告印刷物,その他あらゆる用途に販売することが出来る。」旨が約定されていた(前提事実(2))。そして,本件委託契約には,写真の使用権の販売方法等を特に指定したり,あるいは,制限(禁止)したりする旨の約定はなかったことが認められる(乙1)。上記事実に照らせば,本件委託契約において,原告は,被告に対し,販売先や用途,販売方法を特に限定することなく,本件写真の使用権の販売を委託したものと解される。」
「被告が,使用権の販売を委託された本件写真の販売促進活動のため,本件カタログに本件写真を掲載したことは,本件委託契約に基づき原告から許諾された範囲内の行為であったと認められる。」
(17頁)
と、裁判所は複製権侵害を認めていない。
デュープフィルムとは異なり、この点については被告側が、あらかじめ契約にカタログ掲載を行う約定を盛り込むなり、掲載時に同意書を一筆取るなりしておくべきだったろうと思うのだが、判断としてはこれも妥当だと思う。
で、問題は次の判断である。
「被告は,アマナイメージズとの間で,被告が使用許諾権を有する写真等の著作物をアマナイメージズに預託し,預託著作物に関する複製・貸与等その他預託著作物を使用,利用するために必要なすべての権利を,アマナイメージズが被告の代理人として,全世界において,独占的に第三者に再許諾する権利及び自ら使用する権利をアマナイメージズに与えることを内容とする著作物の使用に関する基本契約(乙5の2)を締結していたこと,アマナイメージズは,被告との間の同契約に基づき,平成20年7月8日,三晃堂に対し,有償で,TWJ社のカレンダー企画用に,本件写真を貸し出したこと,被告は,アマナイメージズから売上金の配分を受けたことは,前提事実(5)及び(6)に記載のとおりである。」
「著作者は,その著作物をその複製物の貸与により公衆に提供する権利を専有する(著作権法26条の3)。ここに「公衆」とは,同法2条5項が「公衆」には,「特定かつ多数の者を含むものとする。」と定めていることから,複製物の貸与を受ける者が,不特定又は特定多数の者であれば,公衆への貸与に該当するものと解される。」
「上記事実によれば,アマナイメージズは被告の受託者として,第三者(三晃堂)に写真の使用を許諾したものであり,三晃堂は,広く一般に写真の貸出業を行う写真エージェンシーであるアマナイメージズにとって,不特定の者に該当すると認められる(アマナイメージズが,本件写真の使用許諾先を三晃堂(特定の者)に限定していたとの事実は認められない。)。そして,アマナイメージズにとって,三晃堂は不特定の者に該当するのであるから,アマナイメージズに対して,本件写真の使用許諾行為を委託した被告にとっても,三晃堂は不特定の者に該当すると認めるのが相当である。」
「したがって,被告が,アマナイメージズに委託して,本件写真を第三者に貸し出した行為は,本件写真に係る原告の著作権(貸与権)の侵害に当たる。」
(18-19頁)
裁判所は、原告が専ら主張していたと思われる「カレンダーに(現実に)使用した」という事実は、あっさりと否定している。
だが、「アマナイメージズ」を被告の「受託者」と構成し、受託者が「不特定の者」に対する貸出を行った本件では貸与権侵害がある、として原告の請求を一部認めたのである。
この点につき、判決で要約されている被告の主張は、
「このような写真エージェンシー間での写真の寄託は,貸与と同様の権原を取得させる行為ではないから,著作権法上の「貸与」(著作権法2条8項)には当たらない。また,著作権法上「公衆」とは,「特定かつ多数の者を含む」と定義されている(著作権法2条5項)から,特定かつ少数の者であるアマナイメージズへの寄託は,貸与の要件たる「公衆への提供」にも当たらない。」
というものであり、これだけ読むと、果たして当事者の主張と判決がかみ合っているのか、若干疑問は残るところだが、本判決の事実認定を前提とする限り、裁判所の判断が間違っているということも難しいと思う。
被告としては、
「原告から本件委託契約の解約の申入れを受けた際,原告に対し,「本件カタログに原告が撮影した写真が1点だけ掲載されているので,カタログを見た顧客から本件写真の使用の申込みがあった場合は,契約終了後も引き続き使用させていただきたい」旨電話で説明し,原告の承諾を得た」
という事実を何としても立証したかったところだろうし、個人的にはそういったやり取りがあったんじゃないか、という想像も何となく働くのだが*3、
「証人Bは,これに沿う供述をする。しかしながら,上記供述部分は,原告から電話で本件委託契約の解約の申入れを受けた際,当該電話でのやり取りの中で,本件カタログに掲載された本件写真を引き続き使用させてもらいたい旨の話をした記憶があるというにとどまり,その具体的なやり取りについてはよく覚えていないというものであり,あいまいさを否定することができないものであること,原告がその本人尋問において,被告との間で上記やり取りがあったことを明確に否定していること,上記供述を裏付ける客観的な証拠がないこと,に照らし採用することができず,他に被告の主張する上記事実を認めるに足りる証拠はない。」(19頁)
と裁判所に認定されてしまえば、手も足も出ないわけで・・・。
裁判所は結局、著作者人格権侵害に関する主張を簡単に片づけた上で*4、前記貸与権侵害に基づく使用料相当損害額として「5万円」の支払いを被告に命じる判決を出した。
本件において、使用を予定していたカレンダーには結局写真が使用されず、被告が実際にアマナイメージズから受け取っていた使用料は2万1000円に過ぎない。
しかも、被告は律義にも、契約終了から5年以上経ってもなお、売上報告書を原告に提出して対価の支払いを行おうとしていた*5。
にもかかわらず、被告に命じられたのは、本来支払うべきだった額の約5倍に相当する損害賠償額。
契約終了後に第三者への著作物無許諾貸出行為を行っている以上、法律上は当然こういう帰結になる、とはいえ、フォトライブラリー側には、何か気の毒な感じがしなくもない、そんな事件である。
*1:民事47部・阿部正幸裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100416161647.pdf
*2:もちろん、契約終了後もデュープフィルムを被告が保有していたこと自体は、(本判決の認定事実を基礎とすれば)あまりほめられたことではないのだろうが、この点については後述する貸与権侵害のところで評価されれば足る話だと思う。
*3:ポジフィルムをすべて返却したにもかかわらず、被告が本件写真のデュープフィルムをわざわざ残していた、という事実は、この点において、被告側に有利にも働きうる事実だと思う。(それを積極的に主張するのはかなりリスキーだと思うけど)。後述するような、被告が原告にわざわざ使用の報告を行った、という事実も、もう少し評価してあげても良いような気がするのだが・・・。
*4:前記(4)については、「逆版」のデュープフィルムの作成をもって改変ということはできない、とし、前記(5)については、契約上「写真家がクレジット表示をアートバンクに一任する」という趣旨の条項があることをもって、いずれも原告の主張を退けた。
*5:カレンダーの頒布予定数がどの程度だったかにもよるが、いい加減な業者だったら、報告をサボることだってできたはずだ。