ポジフィルムはどこに消えた?

先日チラッと触れた、写真家(原告)対小学館(被告)の事件*1


原告側には虎ノ門総合法律事務所(北村行夫弁護士ら)、被告側には橋元総合法律事務所(木澤克之弁護士ら)と、見ごたえのあるガチンコ対決となったこの訴訟、結局原告の一部勝訴(請求額3206万円のうち、328万円認容)となったが、実は認容された支払額のうち、著作権侵害に係るものは僅か4分の1程度(82万円)に過ぎない。


そう、本件では、著作権の問題よりも、もう一つの争点である「ポジフィルムの所有権」の方が大きな問題になっていたのである。

東京地判平成19年5月30日(H17(ワ)第24929号)*2


本件で請求原因とされたのは、

(1)原告が撮影した写真のポジフィルムの写真の一部をデジタルデータ化してサーバのハードディスクに蓄積保存したことによる著作権(主位的に送信可能化権、予備的に複製権)侵害
(2)ポジフィルムの一部を被告が紛失したことによるポジフィルムの所有権侵害
(3)原告撮影写真のポジフィルムの貸出しを希望した第三者に対し、被告が使用料を要求したことにより借受けを断念させ、原告が許諾料を得べき営業を妨害したこと

という3点である。


原告はフリーランスの写真家であったが、被告との間では主に「サライ」に掲載するための写真を撮影する仕事を行っていたようで、掲載にあたっては、「原告が撮影した写真のポジフィルムを何枚か被告に交付し、その中から被告が掲載写真を決定する」という作業を行っていた。


判決には、出版社側が、

「包みものの料理(餃子、コロッケなど)は、中身が見えるように切った状態で撮ること、麺類は引き上げ、丼ものなどは中のご飯が見えるようにスプーンで一部分をすくって撮ること、ドライアイスで湯気を模造するなどの画面の作込みを行うこと」

等の方針を決めて写真家にそれを求めていた、といったようなくだりもあり、ここで争われている写真の中身がどのようなものだったかは凡そ想像が付く。


そんな中、被告側が「サライ」に掲載された写真を社内・社外で有効活用するために、「SVD(小学館ビジュアル・データベース)システム」で写真を管理しようと、写真のデジタルデータ化の作業を始めたのが、今回の悲劇のはじまりとなったのである・・・。

著作権侵害の成否

まず、原告は「デジタルデータをサーバに保存した被告の行為が送信可能化権を侵害する」と主張したのであるが、裁判所は、

「本件デジタルデータが保存されたサーバは,SVDの準備作業を行っていた,被告の担当者4人のコンピュータ端末との関係においてサーバ機能を有するにすぎず,他の被告社員の個々のコンピュータ端末から閲覧することはできなかったのであって,上記担当者4人は,特定かつ少数であり,特定かつ多数の者を含む「公衆」(著作権法2条5項)には該当しないから,他の要件について検討するまでもなく,上記行為は,送信可能化には当たらず,これによる送信可能化権の侵害は認められない。」(22-23頁)

として、原告側の主張を退けた。


原告は、被告社内において「一般社員も閲覧可能な状態になっていた(はず)」と主張していたのであるが、その点は「知的財産管理課長」の説明まで引っ張り出した(乙31号証)被告側の主張が通った形になっている。


だが、残念ながら、被告が「ポジフィルム写真の一部をデジタルデータ化し」、サーバに蓄積する過程で「CD-ROMに保存した事実」には当事者に争いがなかったこともあって、結局、上記ポジフィルム写真に係る複製権侵害は認められてしまっている。


正直言って、社内で何らかの作業を行いたい時や、劣化・紛失を防ごうと考えた時に、写真をデジタルデータ化するような行為は、実務に携わっている人間なら当然に出てくる発想だと思うし、それゆえ「複製利用目的もなく、著作権者の複製権を侵害する行為には該当しない」とする被告側の主張も理解できたのであるが、裁判所はこの主張を

「複製物の利用目的がない複製行為であっても、複製権の侵害となり得る場合があることは明らかであるから、被告の主張は失当といわなければならない。」(24頁)

とあっさり切り捨てた。


このあたり、現行著作権法上はやむを得ない結論というべきで、心情的には、「・・・」と思うところはあるが、法的な筋論の話をされてしまうと、さすがに反論するのは難しい。

交付ポジフィルムの所有権の帰属

さて、著作権に関する争点以上に、実務上議論を呼びそうなのが、ポジフィルムの所有権に関する説示である。


当事者間では、写真家と出版者の間の契約の性質が、「準委任契約」(原告)なのか、「請負契約」(被告)なのか、という点を出発点に争っていたのであるが、裁判所は、

「原告と被告間において締結された,原告が写真を撮影し,撮影された写真が写されているポジフィルムを被告に引き渡すことを内容とする合意の法的性質が,原告が主張するような準委任契約であるのか,被告が主張するような請負契約であるのかについては,その合意の法的性質によって,直ちにポジフィルムの所有権の帰属が導かれるものではないことから,この点をひとまず措く」(29頁)

とした上で、

「上記合意は,写真という著作物をポジフィルムの形で引き渡すことを内容とするものであり,ポジフィルム自体の所有権と,そこに化体されている著作物である写真の著作権とが別個に考えられるのであるから,費用の負担状況,サライ掲載後の報酬等の支払などの諸事情を考慮した上,原告と被告間の合意において,ポジフィルム自体の所有権をいずれに帰属させることを内容としていたのかを合理的に解釈するのが相当である。」(29頁)

と述べている。


そして、

(1)被告が原告に支払っていた額が「複製許諾の対価」に過ぎず、ポジフィルムの所有権が被告に帰属することを考慮した、対価、報酬等の金員の支払がされたとは認められないこと(30頁)。
(2)被告が、原告からポジフィルムの返還要求を受けた後に、その都度対応に務め、返還が遅れたことを詫びるなどの対応をしていたこと(30頁)
(3)契約書の条項等から察するに、被告内でもポジフィルムの所有権が当然に被告にあるとの共通認識は形成されていなかったこと。(31頁)

などを挙げ、結果として「本件交付ポジフィルムの所有権が原告に帰属する」という結論を導いてしまっている。


正直、(2)について言えば、いかにその時点で原告との取引が終了していたとはいっても、相手がフリーのカメラマンとなれば次にいつどこで仕事を頼むか分からないわけで、「所有権の帰属」を意識するより先に、「返せ」といわれればとりあえずポジフィルムを返還しようとするだろうし、社会儀礼上もその際に「返還が遅れたことを詫びる」のは当然ではないか、と思ったりもするのであるが、裁判所はそうは受け止めてくれなかったようである。


また、(1)についての判旨では、

著作物についての著作権と所有権とは,別個に帰属し得るものであるが,著作権者は,当該著作物の所有権を有しない場合,保有する著作権の行使において,事実上,大幅な制約を受けることになるのであるから,当該著作物が,二次使用等が予想される写真の著作物である場合,上記制約を受ける著作権者に対する対価,報酬等の有無なども,所有権の帰属に関する当事者の意思を検討する際の考慮要素になると考えられる。原告と被告間の合意においては,経費としての支払と,上記のとおり,掲載された場合の許諾料の支払があるものの,それ以上に,ポジフィルムの所有権が被告に帰属することを考慮した,対価,報酬等の金員の支払がされたとは認められず,上記の各支払が当該趣旨を含むことをうかがわせる事情も認められない。(30頁)

と結局対価の部分に着目して結論を導いている。


本件では、後に認定された「117枚のポジフィルムの紛失」など、小学館側にも管理不十分があったのは否めず、それゆえなおさら対価のところに比重がかかってしまったのだろうが、本件のようにさほど“芸術的要素”が強くない写真のポジフィルムであれば、当然のごとく「掲載料と引換えに」ポジフィルムの所有権も出版社に移っている、と考えるのが普通だろう。


賠償額の算定の箇所でも認定されているように、

「現実に掲載写真について、第三者からのその二次使用の申込みが行われたのは、わずかな事例にすぎない」(36頁)


にもかかわらず、被告が「所有権」を侵害したとして、紛失ポジフィルムの全てにつき2万円〜5万円の損害賠償を命じた、というのは何とも出版社側に気の毒であるように思えてならない。


「世の中にはいろんな人がいるから、著作物の管理だけはしっかりしておけ」というのは、社内で関係部署の人間によく言うセリフであるが、今回の事件はそういった日々の細かい作業を大事にする上で良い教訓になったのは確か。


あとは、知財高裁の方で、本件をもう少し収まりの良い判決に整えていただくことを期待したい・・・。

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