東京の常識、地方の非常識

会社のブランドを確固たるものとするためには、些細な“穴”も見落としてはならない、というのは「ブランド管理」の鉄則であるが、時にはそんな熱心さが裏目に出ることもある。


本件も、まさにそういった事例の一つに数えられるのではなかろうか。

東京地判平成20年9月30日(H19(ワ)第35028号)*1

原告:東京急行電鉄株式会社
被告:藤久建設株式会社


高知東急」事件で名を馳せたように、東急電鉄グループは元々ブランド管理に力を入れている会社である。


そして、本件でも、被告(藤久(とうきゅう)建設)が、ウェブサイト上で「tokyu」をサブドメイン名として用いたり、Eメールアドレスや被告会社の英語表記に「TOKYU」や「tokyu」を用いていたことが気に障ったのだろう。


不正競争防止法2条1項1号、2号を根拠に、

1 被告は,その営業上の施設又は活動において「TOKYU」,「tokyu」の表示を営業表示として使用してはならない。
2 被告は,表札,看板,印章,印刷物,ウェブアドレス「(略)」等において開設するウェブサイト,その他の営業表示物件から「TOKYU」,「tokyu」の表示を抹消せよ。

という趣旨の請求を行ってきた。


原告は我が国有数の私鉄大手、一方の被告は「石巻市及びその周辺の地域において、建物建築工事、ガーデニング工事等の請負等の取引を行ってきた」零細事業者に過ぎない*2


ゆえに、本来の力関係や取引の実情だけを見れば、“大人げない”と笑われそうな話だが、「TOKYU」の表示がウェブサイト上で使われているとなると、東急電鉄グループの会社を探そうと検索入力した人が、間違って「藤久建設」にたどり着いてしまう可能性もあるから*3、グループに「東急建設」を抱える原告としては看過できなかったのだろう。


“蟻の一穴すら許さない”というポリシーに従って、営業表示の周知・著名性、営業表示の類似性といった典型的主張を定石に従って淡々と繰り返した原告にとって、よもや負けるなどという事態は想像もしなかったはずだ。


だが、裁判所が下した結論は、以下のようなものであった。

「とうきゅう」という称呼に基づいて想起し得る営業主体は,原告及び東急グループに限られるものではなく,全国の各地域ごとの取引の実情に応じて,原告及び東急グループ以外の営業主体を想起し得るものである。このように原告及び東急グループは「とうきゅう」という称呼に基づいて想起し得る営業主体の一つにとどまり,「TOKYU」又は「tokyu」の語から「とうきゅう」という称呼を通じて原告及び東急グループの観念が生じるとまで断ずることはできない。」
「(1)被告は,昭和51年8月30日に設立後,現在まで32年以上にわたり,「藤久建設株式会社」(読み方・「とうきゅうけんせつかぶしきかいしゃ」)の商号で,宮城県石巻市及びその周辺の地域において建物建築工事,ガーデニング工事等の請負等の取引を行っていること(前記(2)ア(ア))からすれば,石巻市及びその周辺の地域では,「とうきゅう」との称呼から営業主体としての被告を想起する者も相当数存在するものとうかがわれること,(2)加えて,大分県大分市内では,東九興産株式会社が,約38年間営業活動を行い,その商号の「東九」の部分を「とうきゅう」と称していること(乙13,弁論の全趣旨),岩手県盛岡市内では,昭和63年に設立された株式会社とうきゅう商事が営業活動を行っていること(乙14,弁論の全趣旨),岡山県倉敷市内では,株式会社東久ストアが営業活動を行い,その商号の「東久」の部分を「とうきゅう」と称していること(弁論の全趣旨)に照らすならば,「とうきゅう」という称呼に基づいて想起し得る営業主体は,全国の各地域ごとの取引の実情に応じて,原告及び東急グループ以外のものも含まれることは明らかであるから,「とうきゅう」という称呼を通じて観念される営業表示が「東急」だけであるとの原告の主張は採用することができない。」
「以上によれば,本件証拠上,「東急」の営業表示と「TOKYU」又は「tokyu」の営業表示とが観念において共通するとまで認めるに足りない。
「前記アないしウの認定事実を総合すれば,「東急」の営業表示と「TOKYU」又は「tokyu」の営業表示とは,いずれも「とうきゅう」の称呼が生じる点で共通点を見いだし得るにすぎず,その外観においては明らかに異なり,その観念においても共通するとはいえないから,取引者,需要者が,「東急」の営業表示及び「TOKYU」又は「tokyu」の営業表示を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるとまで認めることはできない。」
「そうすると,「TOKYU」又は「tokyu」の営業表示は,「東急」の営業表示と「類似のもの」(不正競争防止法2条1項2号)に当たるものとは認められない。」
(16-18頁)

「東急」の表示の著名性こそ認めたものの、営業表示の類似性判断の中で「観念類似」を否定し、それをもって不競法2条1項2号、さらには1号の該当性をも否定したのである。


「藤久(とうきゅう)建設」という社名そのものの使用差し止めであれば、非類似とされる余地もあるだろうが*4、原告が求めていたのはあくまで「TOKYU」という英語表記の使用差し止めであり、原告の営業表示が著名と認められれば、当然に請求が認められても不思議ではなかった*5


なのに待っていたのはこの結末。


原告が受けた衝撃は察するに余りあるし、「TOKYU」と言えば東急電鉄系の電車、百貨店、スーパー等を連想する東京・横浜人にとっても、物凄い違和感がある判決なのは間違いない。


だが、メディアの論調等を見る限り、原告に同情的なものは少ない。


地元の河北新報は比較的冷静だが(http://www.kahoku.co.jp/news/2008/10/20081002t13044.htm)、「asahi.com」は、「藤久だってTOKYUだ」という見出しの下、「うちは石巻周辺でしかやってない、10人ぐらいしかいない会社。東急と競合関係もないのに、相手は何を考えているのか…」という被告会社社員のコメントを紹介するなど、原告にとっては耳の痛い記事になっている(http://www.asahi.com/national/update/0930/TKY200809300355.html)。


被告会社の社長のブログ*6などを読むと、原告は事前交渉もなくいきなり訴状を送りつけたようで、そのあたりは“常識はずれ”とのそしりを免れないだろう*7


だが、「うちは細々とやっているだけだし、実際に混同したことだってないんだから問題ない」という抗弁は、営業表示の稀釈化防止のために設けられた不競法2条1項2号の規律の前には意味を持たないはずで、被告を支持する側の人々の“感情的反発”の背景には、「不正競争防止法」のルールに関する基本的な誤解があるような気もしてならない。



なお、本件の中で、原告は、漢字表記の「東急」のみを自己の営業表示として挙げているのだが、最近ではアルファベットの「TOKYU」と合わせて営業表示としていることも多いのだから、控訴審で主張を追加して、アルファベットの「TOKYU」そのものを自己の営業表示として主張することにより、今回とは異なる結論を導くことは不可能ではないように思う*8


ただ、既に被告のホームページから「TOKYU」の文字が消えていることを考えると、「東京の常識」が通じない「ローカル社会の人々」を敵に回して、これ以上訴訟を続けることが現実的だとも思えない。


かくも難しい「ブランド管理」の実務。


一概に他人事、とも片付けられないのが悩ましいところである。

*1:第46部・大鷹一郎裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081001110947.pdf

*2:被告会社のHPはhttp://www.e-sumai.bz/。ざっと見たところでは現在「TOKYU」等の表示は用いられていない。

*3:だからどうなの?(サイトを見れば無関係なのは誰でも分かるでしょ?)という疑問は当然出てくるのだが・・・。

*4:さらにこの名称は創業者の苗字と名前から一文字ずつ取って組み合わせたものであることから、不競法19条1項2号の(類推)適用を議論する余地があるのかもしれない。

*5:大塚先生が指摘されていたような「営業上の利益の侵害のおそれ」要件で争う余地はあったのかもしれないが(http://ootsuka.livedoor.biz/archives/51699642.html)。

*6:http://blogs.yahoo.co.jp/tokyuwith4118

*7:相手に不正使用の意図が明確ならまだしも、本件のように略称が被ってしまったがゆえに同じ営業表示になってしまった、というような場合には、まず任意交渉で何とかならないか探ってみるのが常識、というべきだろう。任意交渉の末削除してもらう、という手もあるだろうし、場合によっては無償(あるいは有償)ライセンス等を行うことによって、「ブランド管理」のスキームに載せることもできるかもしれないのだが・・・。

*8:少なくとも本判決のように、形式的な比較によって「外観非類似」とされることはないから、その分原告に有利になるのは間違いない。もちろん、「TOKYU」のアルファベットが全国的に「著名」とは認定されない可能性もあるため、原告側としてはリスクの高い戦法ではあるが、試してみる価値はあると思う。

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