ローリング・ストーンズをリアルに体感した世代ではない自分でさえ、「ベロマーク」と言えば、彼らを思い浮かべるのだから、60年代から70年代くらいに青春時代を過ごした人々にとってはなおさらだろう。
以下で取り上げるのは、そんな「ベロマーク」をめぐって争われた事案である。
知財高判平成22年1月13日(H21(行ケ)10274号)*1
原告:有限会社アップライズ・プロダクト
被告:特許庁長官
本件は、原告が出願し平成20年3月7日に登録を受けた商標第5116209号に対して、ムジドール・ビー・ブイという団体が登録異議申立てを行い、特許庁が商標法4条1項15号に該当することを理由として、原告商標の指定商品・役務中、第9類*2及び第41類*3につき、登録取消決定を行ったことに端を発している。
前記商標は、原告に所属する「Acid Black Cherry(アシッド・ブラック・チェリー)」というアーティストが使用する商標であり、「構成中の上部が唇の形状をし,中央部から下部にかけて舌状の図形を配して成る」デザインを基調とした上で、舌の上に「音符のような図形」を載せるなどの装飾を施した図形商標であった。
幾らミーハーな筆者でも、最近のビジュアル系バンドの動向にはとんと疎くなっているから、「ジャンヌダルクのボーカリストによるソロプロジェクト」と言われても全くピンと来ないのだが、彼らが使用しており、原告が出願した商標が、ローリング・ストーンズの「ベロマーク」のパロディなんだろうなぁ、ということは想像がつく。
そして、単にマークを使用するのみならず、一時代を築いたアーティストに挑戦するかのように、原告が商標を出願し、登録を受けたことで、特許庁を間に挟んだ紛争が勃発することになった。
裁判所の判断
結論からいえば、裁判所は原告の商標登録取消決定取消請求を全面的に認容し、前記登録商標の4条1項15号該当性を否定している。
裁判所は、原告の主張のうち、「特許庁が異議申立人の引用に係る3つの商標とは異なる商標を引用した」という点については、
「登録異議の申立制度は,商標登録に対する信頼を高めるという公益的な目的を達成するために,登録異議の申立てがあった場合に,特許庁が自ら登録処分の適否を審理し,瑕疵ある場合にはその是正を図るというものである。そして,登録異議の申立ての審理においては,登録異議の申立てがされてない指定商品又は指定役務については審理することができない(法43条の9第2項)が,登録異議申立人等が申し立てない理由についても審理をすることができる(同第1項)ことになっている」(18-19頁)
と登録異議制度の趣旨、機能に遡った上で、
「登録異議申立人が申し立てた本件商標登録の登録異議の申立てにおける本件決定が,本件商標の指定商品又は指定役務について取消理由の有無を審理するに当たって,登録異議申立人がその申立てにおいて引用した申立人商標1〜3ではなく,同決定が使用商標として認定した引用商標をもって対比判断を行ったとしても,そのこと自体に格別問題とすべきところはなく,原告の主張は採用することができない。」(19頁)
として原告の主張を退けた。
また、いわゆる「ベロマーク」についても、
「我が国においては,ローリングストーンズの業務に係る商品又は役務を表示するものとして,平成19年以前から継続的に使用されて認識が広められてきたものと認めることができ,遅くとも本件商標の登録出願時までには,ローリングストーンズの業務に係る商品又は役務を表示するものとして,音楽関連の取引者・需要者の間に広く認識され,かつ,著名となっていたものであって,その状態は,本件商標の登録査定時においても,なお継続していたということができる。」(23-24頁)
と、それがローリング・ストーンズに係る商品・役務を表示するものとして著名なものであること、マーク自体に独創性があることを認めている。
しかし、裁判所は以下のように述べて、原告商標が「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」に該当することを否定し、原告による商標権の取得を肯定した。
「本件商標と引用商標とでは,称呼及び観念の共通性がないことに加え,外観においても,本件商標では正面方向から見た平面的な図形であるのに対して,引用商標ではやや右斜め方向から見た立体的な図形である点でかなり印象を異にするものである点,本件商標では舌上に3本の黒色の図形が描かれているのに対して,引用商標ではそのようなものがない点において相違していることも看過し得ない構成の特徴である。そして,引用商標がローリングストーンズの業務に係る商品又は役務を表示するものとして音楽関係の取引者・需要者の間で周知・著名であることは,また,それ故に,引用商標と本件商標との上記の相違点は,看者にとってより意識されやすいものであると解されるところである。しかも,需要者についてみると,音楽は嗜好性が高いものであって,音楽CD等の購入,演奏会への参加等をしようとする者は,これらの商品又は役務が自らの対象とするもので間違いないかをそれなりの注意力をもって観察することが一般的であると解されること,取引者についてみるに,音楽について通暁していることが一般であるレコード店や音楽業界関係者等である本件指定商品等の取引者が,本件指定商品等において,本件商標をローリングストーンズの業務に係る商品又は役務と混同することは考え難いことなどの事情が認められるのである。」
「これらの事情を総合考慮すると,引用商標に係る商品又は役務は本件商標に係る本件指定商品等に含まれるものであるとしても,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,本件商標を本件指定商品等に使用した場合,これに接する取引者・需要者が,著名な商標である引用商標を連想・想起して,本件指定商品等がローリングストーンズ若しくはローリングストーンズとの間に緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある者の業務に係る商品又は役務であると誤信するおそれがあるものと認めることはできないといわざるを得ない。」(25-26頁)
原告商標と引用商標の相違点については、リンク先判決文の「別紙」をじっくり見比べていただけばよいと思うのだが、外観について「かなり印象を異にする」という判断や、「引用商標が・・・周知・著名であることは、・・・相違点は、看者にとってより意識されやすいものであると解されるところである」といった説示には、違和感を抱くむきもあることだろう。
裁判所は、被告の主張に応答する形で、
「上記認定のとおりのロック音楽の多義性からして,「ロック音楽」であるということから直ちに統一的に理解することができるものであるか疑問がなくはないこと,ローリングストーンズとアシッドとの中心的なファン層が異なること,音楽は嗜好性が高いものであって,音楽CD等の購入,演奏会への参加等をしようとする者は,これらの商品又は役務が自らの対象とするもので間違いないかをそれなりの注意力をもって観察することが一般的である」(26頁)
とも述べているのだが、ファン層が異なるとしても同じようにCD店で売られる商品であることに変わりはないし、いかに嗜好性が高いジャンルに属する商品、役務だからといっても、需要者が「緊密な営業上の関係」の有無まで見極める目を持っているかどうか、はまた別の話だろう、とも思う。
もちろん実際に使われる場面を想定すると、取引者・需要者はあくまでアーティスト名やCDのタイトルを見て取引するのであって、原告商標のような「シンボルマーク」に着目して取引をすることは稀だろうから、この結論でも問題はないのだろうけど。
いずれにしても、原告及び「Acid Black Cherry」へのローリングストーンズへの“挑戦”は、こと商標の分野に関して言えば、見事に勝利を収める結果となった。
これをパロディの勝利とみるか、偉大なアーティストへの冒涜とみるかは人それぞれだろうが、音楽の世界ではある程度思い切った商標選択も許されるのだなぁ、ということは、記憶にとどめておいても良いように思われる。
*1:第4部・滝澤孝臣裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100113164256.pdf
*2:「レコード,インターネットを利用して受信し,及び保存することができる音楽ファイル,インターネットを利用して受信し,及び保存することができる画像ファイル,録画済みビデオディスク及びビデオテープ,電子出版物」
*3:「映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営,音楽の演奏,教育・文化・娯楽・スポーツ用ビデオの制作(映画・放送番組・広告用のものを除く。)」