それぞれの立場、それぞれの意見。

「新たに法曹になる人々の進路如何」を主なテーマとした当ブログの1月15日付のエントリー*1に対し、いくつかのレスポンスをいただいているので、この場を借りてお礼を申し上げるとともに、それを踏まえて、(水掛け論にならないレベルで)ささやかなコメントをここに記すことにしたい。

dtkさんのコメントについて

dtkさんのブログ↓では、「お返事の、ようなもの。」というタイトルで、非常に丁寧なコメントをいただいている*2
http://dtk2.blog24.fc2.com/blog-date-20100116.html


dtkさんご自身は、

「自分の経験を過度に一般化しすぎたかもしれないと反省する」
「幻想めいたものが混じっている」とご指摘いただいた部分については、「良い面」と「悪い面」がある場合に、前者だけ見過ぎているということだろうし、それは否定できない。」

などとご謙遜されているが、

「企業に入るのが良いかというと、なお、個人的にはすぐには承服しかねるところがある。まさか僕に進路について相談をしてくる人がいるとは思えないが、仮にそういう人がいたとしても、修習直後に企業へ、というのは俄には推薦しかねるような気がしている。」

というご意見は、おそらく今会社の法務部門で働いている方々の多くに共通するものだろうし*3、今の段階では、自分の考え方の方がエキセントリックな少数説であることを否定するつもりはない*4


あと、「有資格者が法務と全く縁のなさそうな部署に配属される」という前提も、自分の中にはなかった*5


ただ、「何が何でも法律事務所に就職したい(しなければならない)」という強迫観念に駆られる法科大学院生や司法修習生が大多数を占めている現状で*6、企業側の人間が弱気なことを言ってどうする!という思いが自分の根底にはあるし*7、「悪い事務所」に行くくらいなら「いい会社」に就職した方がよっぽどまし、という現実もあるのだから、「弁護士となる資格を有する者」の進路を議論する上で、「企業に就職すること」と「法律事務所に就職すること」を「どっちがいいか悪いか」という発想でカテゴリカルに論じる必要はないんじゃないか、という思いは変わらない。


個人的には、今、

「企業の法務部に入るってどうなんですか?」

と相談しにくる人々(修習生や法科大学院生)の質問の中身が、

「どの会社の法務部が面白いですか?」

という質問に、近い将来変わってくれることを願っているところなのだが、いずれにしても貴重なコメントをお寄せいただいたdtkさんには、この場を借りて厚く御礼申し上げたいと思う。


で、一転して・・・・ということけではないが・・・(笑)。


「la_causette」でのコメントについて

小倉先生のブログに、前記15日付エントリーの蛇足部分に対応した、「後進育成の役割を既存の法律事務所にのみ押しつけるのなら、その上限人数について財界は口を挟まないで!」という記事を掲載していただいた(http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2010/01/post-04b8.html)。


論旨は、概ね以下のくだりに集約されている、というべきだろうか。

「司法試験の合格者数を今後どうするかについて、企業人は今後一切口を挟まないでいただきたいところです。」
「企業が新人弁護士を雇う気がないのであれば、既存の法曹三者が無理なく吸収できるのはせいぜい年間800〜1000人前後です(この数年、弁護士のみが、無理して吸収していました。)。すると、新司法試験合格者数を1000人前後に戻すのが合理的だということになります。」

確かに、小倉先生をはじめとする多くの弁護士の先生方にとっては、「法曹人口の増加」なんていうのは、雲の上の方で決まった話なんだろうし、それが現実化して、「いざ負担を」となれば、反発するのは当然のことだろう。


迷走している何とか連合会の意見なんかと比べると、小倉先生の論旨は明快だし、ここ数年ずっと一貫していて、十分に理解できるところはある。


だが、小倉先生が議論の前提としている、

「現在の司法試験合格者数自体、企業が企業内弁護士を多数雇用することを前提としています」

というくだりと、それが、

「企業側の要望により設定された数字である」

という、これまで何度も繰り返されていた主張には、疑問を抱かざるを得ない。


今の「司法試験合格者3000人」という数字が、司法制度改革審議会の議論の中から出てきたものである、ということは周知の事実なのだが、その過程で行われた集中審議の議事録*8を見ると、産業界の代表として出席している委員(東電副社長の山本委員)は、

「将来何年ごろまでに幾らにするという議論は、ちょっと現実離れした議論だと思うんです。確かに、現在足りないということは事実なわけですから、とにかく増やしていくということでいいと思うんです。前提が幾つかあるんですけれども、質・量とも必ず需要は増えていくわけですけれども、弁護士さんの兼職禁止というものを徹底的に自由化するということがまず一つ挙げられるでしょう。」
「現実問題として、かなりの数の隣接職種の人たちがいるわけです。中坊先生が最初におっしゃったように、将来どういう形でいくんだろうかというのはやはり議論する必要があると思います。してみると、多少は整理という方向が出てくるんじゃないかと私は思うんです。その間はその人たちのリーガル・サービスというのは現実に受けていくわけですから、いろんな不確定要素がありますので、何年ごろまでに何万人にするという議論は、余り好ましくないんじゃないか。現実に来年から幾らくらいに増やしていくかというところを我々は議論すべきじゃないかと思っています。」

と、法曹人口増加の方向性自体は支持しているものの、目標設定までして数字を引き上げることまでは求めていない(しかも増やす前提として、隣接職種の整理や兼職禁止制限の撤廃等の問題意識も合わせて提案している)。


「3000人」という数字を引き出したのは、

「そういう意味では、私は法曹人口ということから言えば、まず、ロースクールができて、新司法試験に受かる人は毎年3,000名という提案をしていくべきではないか。そうしないと、何もかもすべてが、今おっしゃったようにロースクールだって、仮に卒業生の8割が新司法試験に合格するとしたら、1学年に4,000人くらいがロースクールにいるということになってくるわけでしょう。そういうものを想定しないで、相当数であるとか、急激に増加するとかいう言葉だけでは、我々司法制度改革審議会が国民に対峙したときに、本当にそれでいいのかという問題がある。」
「私は一つの提案ですけれども、毎年3,000人の新司法試験の合格者をこれから採用していくんだということを審議会の方針として打ち出していくことが、今、必要なのではないか。私はそのように思います。」

と唱えた「(当時)弁護士の」中坊公平委員である*9


また、最終的に出された報告書においては、「3000人」という目標数値に対応した受け入れ先として「裁判官、検察官を大幅に増員すべきである。」とされたほか、

「今後は、弁護士が、個人や法人の代理人、弁護人としての活動にとどまらず、社会のニーズに積極的に対応し、公的機関、国際機関、非営利団体NPO)、民間企業、労働組合など社会の隅々に進出して多様な機能を発揮し、法の支配の理念の下、その健全な運営に貢献することが期待される。 」

と記載されているのであって*10、増えた人数を全て「民間企業」が受け入れることを期待しているような記載はどこにも見当たらない*11


もしかすると小倉先生は、経営法友会が、審議会の議論が始まって間もない平成11年12月21日に、「司法制度改革に関する提言」*12として、

「年間の合格者数は・・・中期的な目処としては4,000〜5,000人程度が妥当ではないかと考える」

という意見を出していること*13などをもって、企業側に全責任を負わせようというお考えなのかもしれないが、この提言の内容は、良く読めば分かるように、現在の法曹養成システム(法科大学院を経て、司法研修所をくぐり抜けてようやく資格が得られるシステム)を前提としたものではなく、より軽い負担で(短期間に)資格を取れることを前提としている*14


このやり方であれば、3000人を目指して試験合格者数を増加させたとしても、雇用のミスマッチは生じにくかっただろうし*15、通常の企業就職→社内のOJT教育の流れの中で、資格者に大きな負担をかけることなく人材育成をすることもできただろう。


残念ながら、結果としては、様々な業界の思惑が絡まりあい、企業サイドの意図しないところで、「法科大学院」のような制度が導入されたり*16、試験に受かった後もさらに長期の研修を積まないと弁護士としての仕事が一切できない、というシステムが維持されたりすることになって、上記提言が前提としていたものとは全く異なる「司法試験」及び「弁護士となる資格を有する者」が生みだされることになってしまった。


それでもなお、同じ前提の下での議論を展開されるのは、ちょっと違うだろうと思う*17


あと、以下のくだりも気になった。

「大企業系の方々は、企業のみが経済合理性に基づいて行動する存在であることを前提とし、それ以外の人々は企業のために自己犠牲を図って然るべきだと考えがちなのですが、自分の収入を減らし、例えば自分の子どもが高校・大学に進学することを断念させてまで、必要もない新人を雇いOJTを施してやろうと既存の弁護士どもは考えるべきといわれても、そうそうなんでも大企業の思い通りには行かないのではないかと思います。」(強調筆者)

どんな組織でも「新人」ほど役に立たないものはない。教える手間がかかる上に、給料はそれなりの額を支払わないといけないわけで、よほどのスーパールーキーでなければ、それは「コスト」以外の何ものでもない。


だけど、それでも古き良き日本の会社は、組織の伝統や文化も守り、次の世代に承継していくために、ちゃんと人を雇ってOJTを施し、一人前になるまで育ててきた。


もちろん、昨今の景気悪化により、こういった日本企業の雇用の伝統は至るところで崩れかけているし、弁護士が経済合理性を追求して「新規雇用を創出しない」という選択をすることが悪いことだとは思わない*18


だが、少なくとも傍で見ている限り、新規採用を中止ないし大幅縮小せざるを得ないような企業と同じくらい、今「弁護士の新規募集をしていない」法律事務所の経営が追いつめられているようには見えないのであって、法律事務所が「人を雇わない」のには、もっと違う理由があるんじゃないの?*19と思いたくなるような状況があるのも確かなのだ*20


ちなみに、新規採用をカットないし大幅抑制したり、大規模なリストラをした会社は、例外なく空気がすさむし、経営陣に対する求心力も低下する。


定年がない、とか、急激な“事業”拡大が難しい、といった、業界ならではの事情があるのは分かるし、個人事業主として、経営上のリスクファクターに人一倍敏感になる、という心情も理解できなくはないが、法曹界の将来を考えるのであれば、「必要もない新人」とバッサリ切り捨てて、法曹を目指してきた卵たちに業界への幻滅感を抱かせる前に、今の多くの修習生のニーズ*21に応えるための手を打つべきなんじゃないか、と老婆心ながら思う。


◆ ◆ ◆


研修所の課程を終えて企業内に就職する新人弁護士の数は、年々倍々ペースで増加している。


現状は小倉先生の高い要求水準に比べれば到底及ばない数かもしれないが、各社で法務部門の充実強化が図られている現況を鑑みれば、近いうちに数百人レベルで吸収できるようになるだろうし、貸与制を嫌って合格者が修習を回避するようになれば、1000人規模で取り込める日も遠くないうちに来るかもしれない*22


その時に、個人事務所の弁護士を中心として形成されてきた現在の法曹ヒエラルキーが、果たして維持されているのかどうか。それは、これからの既存の法曹界の取り組み如何にかかっていると思うのだが・・・

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20100114/1263490220

*2:&不躾な反論コメントでお手を煩わせてしまい、大変恐縮した次第・・・。

*3:生え抜きの企業内弁護士として長年活躍され実績を残している方でさえ、「一般論として聞かれれば、事務所への就職を勧める」と仰っていたとかいないとか・・・。

*4:そもそも、自分の経験、というか、社内でこなしていた役割自体、一般化できる性質のものではない。

*5:よほど社内の法務部門の層が厚い会社でなければ、有資格者が永久に法務部署に行けないような人事をするはずはないし、1年くらいの期間であれば、法務と無関係な部署に行くことが本人にとってプラスになることも多いと思うのだけれど・・・。

*6:そして、それが企業側の採用ニーズと求職者の意図のミスマッチを招いている現状で。

*7:「環境が整っていない」のであれば、自分たちで整えてあげればいいじゃないか!というのが、自分の発想である。

*8:平成12年8月7日、http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/natu/natu1gijiroku.html

*9:それに対し、異議を唱えたのが会計学専門の北村敬子教授であった、という事実は興味深いものがある。

*10:http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/report/ikensyo/iken-3.html

*11:もちろん、挙げられている団体の中では「民間企業」が一番巨大なセクターであることは間違いないのだが、主婦連の代表委員だって当時は法曹人口の増員を求めていたのであって、その意見の中には、「対企業」の役割を担う弁護士を増員する意図が当然に含まれていたと思われる。

*12:http://www.keieihoyukai.jp/opinion/opinion7.html

*13:これ以降も法友会の提言には良くこの数字が出てくる。

*14:それゆえ、現在の「弁護士」と同等に法廷での訴訟活動を行うためには、別途必要な研修を受け、「技能検定試験」に合格することが必要とされている。

*15:試験制度自体が、「受かっただけで実務家として食えるようになる」ということを前提としたものになっていないから、受験者の方でも一般企業や官公庁への就職ありき、で進路選択をすることになっただろうし、採る側だってそんなに身構える必要はなかったはずだ。

*16:経営法友会は法科大学院修了を司法試験受験資格とすることには、極めて消極的なスタンスである。

*17:そもそも、「企業に何が何でも就職したいと思っているけど、できない」という修習生が、どれだけいると小倉先生は思っていらっしゃるのだろうか? 面接の途中で条件が合わない、と辞退する修習生や、入って1年もしないうちに「こんなことをするために弁護士になったわけじゃない」と言って、会社を辞めていく新人弁護士のエピソードは結構聞くのだけれど・・・。

*18:普段、企業側に立っている弁護士ならともかく、普段、企業の経済合理性に基づく行動を批判している弁護士(小倉先生がそうだとは言わない)の事務所が、同じことをしているのを見ると、まさしく“同じ穴の狢”ではないか、と皮肉の一つも言いたくなるのだが(笑)。

*19:単に教育に手間暇かけるのが面倒だから、とか、そもそも他の人と一緒に仕事をしたり、人に教えたりするのが苦手だから云々・・・。

*20:世の中には、「縁故かそれに類する特殊なコネクションがない限り、新人は雇わない」と豪語されている弁護士もいるのも事実だ。

*21:「大都市」の「法律事務所」で働きたい、というニーズ。

*22:あくまで「弁護士」という資格がない前提での配属、人事運用を当人が甘受しうることが前提であるが。

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