小売商標の権利範囲に関する基準定立の試み

小売商標制度が世に導入されてから、はや4年半が経った。

既に総合小売及び各特定小売の区分で登録されている商標は多数にのぼると思うが、その権利行使をめぐって争われるような事例は、少なくとも最高裁HPにアップされている判決例の中には登場していないし、登録の有効性をめぐって争われるケースもまだ少ない。

そんな状況下において、あの知財高裁第3部(通称「飯村コート」)が、小売商標の権利範囲について一つの基準を定立することに挑戦した。

今後の実務に大きな影響を与えると思料されるこの判断を、以下で、ざっと眺めてみることにしたい。

知財高判平成23年9月14日(H23(行ケ)第10086号)*1

原告:キャピトルレコーズリミテッドライアビリティーカンパニー
被告:伊藤忠商事株式会社

本件は、被告が平成19年4月1日に出願し、平成22年12月19日に登録を受けた商標「Blue(音符と五線のマーク)Note」という商標(登録第5190076号)に対し、原告が商標法4条1項15号、19号該当性を主張して無効審判請求をかけた、という事件である。

原告は著名なジャズレーベル「ブルーノート・レコード」の親会社。
これに対し、被告は、これまた著名なジャズクラブを日本国内でチェーン展開する総合商社。

Wikipediaにも書かれているとおり、レコードレーベルとしてのブルーノートと、ジャズクラブとしてのブルーノートとの間に直接的な関係はないようだし*2、ファンの間でも棲み分けはできているのだとは思うが、こと商標出願となると別の話。

平成22年11月4日に特許庁が無効審判不成立審決を出すや否や、原告は知財高裁に取消訴訟を提起することになった。

ちなみに、問題とされている被告の商標の指定役務は、

第35類「衣料品・飲食料品及び生活用品に係る各種商品を一括して取り扱う小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,織物及び寝具類の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,かばん類及び袋物の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,身の回り品(「ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト」を除く。)の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,菓子及びパンの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,牛乳の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,清涼飲料及び果実飲料の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,茶・コーヒー及びココアの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,加工食料品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,自動車の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,二輪自動車の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,自転車の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,家具の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,台所用品・清掃用具及び洗濯用具の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,時計及び眼鏡の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,たばこ及び喫煙用具の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,宝玉及びその模造品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」

と総合小売+各特定小売という組み合わせになっているのだが、原告の主力商品である「レコード(CD)」の小売に関する役務については元々登録を受けていないことが分かる。

仮に「レコードの小売又は卸売の・・・」という区分で権利を確保しようとしても、原告の商標とのクロスサーチに引っかかって権利確保することは難しいだろうし*3、レコードを自ら販売するわけではなく、ジャズクラブとそれに関連するグッズ等に関する権利さえ確保できれば良い被告にとっては上記のような区分を確保すれば十分だったのだろう。

だが、それでも原告は納得せず、

「総合小売等役務の表示として用いられることによって、原告と関係がある小売店舗、商業施設などと誤認混同を生じさせる可能性が高い」
「被告の出願により原告が自らの商標を付した関連商品を販売することができなくなっている」

等の主張を繰り返したのである。

裁判所が示した「基準」

本件の最大のポイントは、小売区分における被告商標の登録を認めることによって、需要者に出所の誤認混同が生じるか、という点にあり、形式的に被告の商標の指定役務と原告の業務に係る商品を対比することによって、結論を導き出すこともできたと思われる。

だが、アグレッシブな第3部は、安直な形式論に走ることなく、商標権の本質論からまず紐解き始める。

「小売等役務商標の査定ないし商標登録」行為は,独占権を付与する行政行為等であるから,独占権の範囲に属するものとして指定される「役務」は,例えば,「金融」,「教育」,「スポーツ」,「文化活動」に属する個別的・具体的な役務のように,少なくとも,役務を示す用語それ自体から,役務の内容,態様等が特定されることが必要不可欠であるといえる。ところで,「小売役務商標」は,上記の,独占権の範囲を明確にさせるとの要請からは大きく離れ,「小売の業務過程で行われる」という経時的な限定等は存在するものの,「便益の提供」と規定するのみであって,提供する便益の内容,行為態様,目的等からの明確な限定はされていない。「便益の提供」とは「役務」とおおむね同義であるので,仮に何らの合理的な解釈をしない場合には,「便益の提供」で示される「役務」の内容,行為態様等は,際限なく拡大して理解,認識される余地があり,そのため,商標登録によって付与された独占権の範囲が,際限なく拡大した範囲に及ぶものと解される疑念が生じ,商標権者と第三者との衡平を図り,円滑な取引を促進する観点からも,望ましくない事態を生じかねない。例えば,譲渡し,引渡をする「物」等(小売の対象たる商品,販売促進品,景品,ソフトウエア,コンテンツ等を含む。)に登録商標と同一又は類似の標章を付するような行為態様について,これを,小売等役務商標に係る独占権の範囲から,当然に除外されると解すべきか否かについても,明確な基準はなく,円滑な取引の遂行を妨げる要因となり得るといえる。」(13-14頁)

そして、飯村コートは、制度導入時から指摘されていたこのような小売商標の“問題点”を踏まえた上で、特定小売、総合小売それぞれの役務の範囲を以下のように描いたのである。

「まず,「特定小売等役務」においては,取扱商品の種類が特定されていることから,特定された商品の小売等の業務において行われる便益提供たる役務は,その特定された取扱商品の小売等という業務目的(販売促進目的,効率化目的など)によって,特定(明確化)がされているといえる。そうすると,本件においても,本件商標権者が本件特定小売等役務について有する専有権の範囲は,小売等の業務において行われる全ての役務のうち,合理的な取引通念に照らし,特定された取扱商品に係る小売等の業務との間で,目的と手段等の関係にあることが認められる役務態様に限定されると解するのが相当である(侵害行為については類似の役務態様を含む。)。」
「次に,「総合小売等役務」においては,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る各種商品」などとされており,取扱商品の種類からは,何ら特定がされていないが,他方,「各種商品を一括して取り扱う小売」との特定がされていることから,一括的に扱われなければならないという「小売等の類型,態様」からの制約が付されている。したがって,商標権者が総合小売等役務について有する専有権の範囲は,小売等の業務において行われる全ての役務のうち,合理的な取引通念に照らし,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る各種商品」を「一括して取り扱う」小売等の業務との間で,目的と手段等の関係にあることが認められる役務態様に限定されると解するのが相当であり(侵害行為については類似の役務態様を含む。),本件においても,本件商標権者が本件総合小売等役務について有する専有権ないし独占権の範囲は上記のように解すべきである。そうだとすると,第三者において,本件商標と同一又は類似のものを使用していた事実があったとしても,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る各種商品」を「一括して取り扱う」小売等の業務の手段としての役務態様(類似を含む。)において使用していない場合,すなわち,(1)第三者が,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る」各種商品のうちの一部の商品しか,小売等の取扱いの対象にしていない場合(総合小売等の業務態様でない場合),あるいは,(2)第三者が,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る」各種商品に属する商品を取扱いの対象とする業態を行っている場合であったとして,それが,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る各種商品を一括して取り扱う」小売等の一部のみに向けた(例えば,一部の販売促進等に向けた)役務についてであって,各種商品の全体に向けた役務ではない場合には,本件総合小売等役務に係る独占権の範囲に含まれず,商標権者は,独占権を行使することはできないものというべきである(なお,商標登録の取消しの審判における,商標権者等による総合小売等役務商標の「使用」の意義も同様に理解すべきである。)。「総合小売等役務商標」の独占権の範囲を,このように解することによって,はじめて,他の「特定小売等役務商標」の独占権の範囲との重複を避けることができる。」(14-15頁)

本件の判断のみならず、不使用取消や侵害訴訟場面まで意識したこの解釈基準定立により、事実上本訴訟の勝負は決した。

まず、商標法4条1項15号該当性については、

「本件商標の登録出願前から,「BLUE NOTE(ブルーノート)」の標章(引用商標)は,これに接する音楽関連の取引者,音楽愛好家などの需要者において,原告ないし原告の子会社であるブルーノート社の製作,販売等に係る「レコード(CDも含む。)」であると広く認識,理解されていたと認められる。しかし,同標章によって,原告ないし原告の子会社等の出所を示すものとして広く認識されるのは,商品「レコード(CDも含む。)」の販売等,又は,せいぜい同商品の販売等をする過程で行われる便益の提供に関連するものに限られるのであって,上記範囲を超えて広く知られていたとまでは認めることができない。」
「一方,前記アで述べたとおり,「総合小売等役務」は,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る各種商品を一括して取り扱う小売」とされていることから,一括的に扱われた小売等の業務との間で,目的と手段等の関係に立つことが,取引上合理的と認められる役務(類似を含む。)を行った場合に限り,その商標を独占できると解すべきである。そうすると,前記(ア) のとおり,原告の引用商標の使用態様は,商品「レコード(CDを含む。)」の販売等又は同商品を販売等する過程で行われる便益の提供に限られるものであり,本件総合小売等役務を指定役務とする本件商標権を被告が有することによって保護される独占権の範囲に含まれるものではないから,被告が同商標を使用したとしても,需要者,取引者において,その役務の出所が原告であると混同するおそれがあると解することはできない。」
「また,本件特定小売等役務には,「『レコード(CDも含む。)』の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」は,含んでいないから,本件商標を本件特定小売等役務に使用することによって,原告の業務に係る商品又は役務との間で,出所の混同を来すことはない。」
「したがって,引用商標が使用される商品と本件商標の指定役務とは類似しないとして,本件商標が商標法4条1項15号に該当しないと判断した審決は,結論において誤りはない。」(16-17頁)*4

また、4条1項19号該当性についても、先の基準を持ち出し、

「被告において,本件特定小売等役務ないし本件総合小売等役務を指定役務とする本件商標を有したとしても,その独占権は,限定された範囲にのみ及ぶものであって,原告が引用商標を付した関連商品を販売することを禁止する効力はない。のみならず,前記のとおり,本件総合小売等役務については,「衣料品,飲食料品及び生活用品に係る各種商品」を「一括して取り扱う」小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供と認められない限り,本件商標の独占権は,当然には及ばない。したがって,原告のこの点の主張は,主張自体失当である。」(18頁)

と、小売商標の権利の狭さゆえ失当、としたのである。

かくして請求棄却。

被告が、4条1項19号該当性に係る反論の中で、

「被告は,平成16年1月28日に事業譲渡を受けてジャズクラブ「Blue Note Tokyo」の運営に携わり,前事業者が小売サービス制度の導入前に保有していた「商品」を指定する多数の「Blue Note」に係る登録商標を譲り受け,株式会社ブルーノートジャパンInc.との間でライセンス契約を締結し,上記ジャズクラブの一角に販売店舗を設けて関連商品を販売し,ウェブサイト上でも関連商品の販売を行っていた。ところで,平成19年4月1日の小売等役務商標制度の導入前には,「総合小売等役務」及び「特定小売等役務」の「小売等役務」に関する商標登録が認められなかったため,次善の策として,各小売・卸売業社が「商品」について商標登録を行うことが一般に行われており,被告が,前権利者より譲り受けた一連の「商品」についての登録商標も,そのような目的の下に登録を受けたものである。その後,商品小売等役務商標制度が導入されたため,被告において,「本件総合小売等役務」及び「本件特定小売等役務」を指定して,商標登録出願を行った。「商品」についての商標登録で間接的に保護を得ていた各小売・卸売業者は,上記制度導入後6か月間の特例期間内に,「小売等役務」を指定する出願を行う例が多く,被告の出願も,特例期間内にされた出願の1つである。すなわち,被告は,「Blue Note」事業の一環として,「Blue NoteTokyo」以外での関連商品の小売販売事業について直接的な保護を得られるというビジネス上の都合から,小売等役務商標制度導入時の出願時の特例期間内に,他の小売・卸売業の動向を見ながら本件商標の登録出願を行ったのであるから,本件商標の登録により,原告の事業に何ら影響を与えることはない。」

と述べているように、これまで「商品」区分で細々と登録を積み重ねるしかなかった卸売・小売事業者にとっては、小売商標の導入、というのは実に画期的な出来事だったのであり、この制度が導入されて新たに出願し直したからといって*5、いきなり無効とされてしまうのではたまったものではない・・・というのが本音だろう。

だが、その一方で、登録を守るために、自分の保有する権利をあまりに狭く解してしまうと、後々の権利行使で困ることも出てくる可能性がある。

本件については、一応妥当な結論を導いたと思われる第3部の「基準」だが、今後当てはめ段階でこれがどのように機能していくのか、によって権利者側の顔色も変ってくるわけで、その辺にも少し注目して、今後の動きを見ていくことにしたい。

*1:第3部・飯村敏明裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110915085437.pdf

*2:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88_(%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%96参照。

*3:原告は、昭和54年8月30日登録の「BLUE NOTE」というかなり古い商標(第1387087号)を保有している。

*4:ただ、あっさりと原告の主張を退けつつも、ブルーノート東京の営業開始直後に締結された「レコード類以外の商品等に被告側がブルーノート商標を使用できるとする契約」の存在ゆえに「訴えの利益を欠く」とした被告の主張もまた、バッサリと切り捨てているところがこの合議体らしい。

*5:ちなみに、出願日を見ると、被告は制度導入初日のタイミングを狙って出したことが分かる。さすがは総合商社。

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