商標法53条の2をめぐる攻防

最近、著作権法以外の分野の事例を取り上げていなかったのだが、商標の審決取消訴訟で、マイナーな条項の解釈が争われていた事例があるので、ご紹介しておくことにしたい。

争われたのは、商標取消審判請求事由の一つである、

商標法53条の2
登録商標がパリ条約の同盟国、世界貿易機関の加盟国若しくは商標法条約の締約国において商標に関する権利(商標権に相当する権利に限る。)を有する者の当該権利に係る商標又はこれに類似する商標であつて当該権利に係る商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務を指定商品又は指定役務とするものであり、かつ、その商標登録出願が、正当な理由がないのに、その商標に関する権利を有する者の承諾を得ないでその代理人若しくは代表者又は当該商標登録出願の日前1年以内に代理人若しくは代表者であつた者によつてされたものであるときは、その商標に関する権利を有する者は、当該商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。」

の解釈である。

知財高判平成23年1月31日(H21(行ケ)第10138号、第10264号)*1

A事件原告・B事件被告:株式会社イデアインターナショナル(以下「イデア社」)
A事件被告・B事件原告:アグロナチュラ ソシエタ コーペラティーヴァ アグリコーラ(以下「アグロナチュラ社」)

本件は、イデア社が商標権を有する日本国商標(「アグロナチュラ/AGRONATURA」、第492737号)が、アグロナチュラ社がイタリア国内で有している商標に類似している、としてアグロナチュラ社が商標法53条の2に基づきイデア社商標の登録取消審判を請求したことに端を発している(イタリアはパリ条約の同盟国である)。

特許庁は、アグロナチュラ社の主張を一部認め、イデア社の登録商標のうち、一部の指定商品に係る登録のみを取り消す審決をしたことから、イデア社が「審決のうち、登録を取り消した部分の取り消し」を求めて提訴するとともに(A事件)、一部請求が退けられたアグロナチュラ社側も、「審決のうち、登録の取消を認めなかった部分の取り消し」(B事件)を求めて提訴し、両事件は併せて知財高裁で審理されることになった。

両事件のうち、A事件(登録取消審決の取り消しを求める事件)の主戦場は、イデア社が「商標の出願日前1年以内に代理人若しくは代表者であった者」に該当するか、という点にあり、「代理人」の意義について、東京高判昭和58年12月22日を援用しつつ、

「原告が被告の代理人として被告製品を販売する法律上の関係ないしは特約店,輸入総代理店等日本において被告製品を販売するについての特別の契約上慣行上の関係が形成されていること」(9-10頁)

が要件となると主張したイデア社と、

「外国メーカーの日本支社,ないしは輸入元又は総代理店の立場を取る我が国の商社等との間に特別な契約上の関係を有するものに限定されることなく,これらのものから当該外国製品を供給されて販売する際に,販売(発売)元,代理店又は特約店を名乗ることについて,間接的ではあるが外国メーカーからそれを許された者についても含まれると解すべきである」(32頁)

という審決が示した判断を支持するアグロナチュラ社の主張が、イデア社‐アグロナチュラ社との取引関係をめぐる事実の主張と絡まって、正面からぶつかる形となった。

また、当事者の攻守が入れ替わったB事件では、アグロナチュラ社側が、

「(指定商品が2以上の商標権についても)1つの権利として扱われる以上、同条における取消審判の審決についても、一部の指定商品又は指定役務についてこれを分離して認容し、商標権を取り消すということは論理上認められない」(55頁)

と主張し、商標法51条と同様に全部について商標登録を取り消すべき、と主張したのに対し、イデア社は商標法51条と53条の2の制度趣旨の違い等を挙げて、これに反論している。

商標の審決取消訴訟にしては珍しく、実に60頁に上る当事者の主張が展開されているこの事件。

イデア社‐アグロナチュラ社間の取引関係の複雑さに加え、これまで、商標法53条の2の解釈が争点となった事例は決して多くなかった、ということが様々な解釈論が飛び出す余地を与えたのかもしれない。

裁判所の判断

そのような中で、裁判所はどのような判断を示したのか?

裁判所は、争いのあったイデア社とアグロナチュラ社間の取引について、様々な証拠から、

「日本法人である原告(注:イデア社)は,平成17年1月ころから,イタリア法人である被告農業協同組合の収穫するハーブ等を製品化し日本等で販売する計画を立ち上げ,同年2月ころから商品サンプルを購入して検討を重ね,同年9月1日付けでIBSイタリアーナ社及び被告との間で独占的販売契約(Exclusive Distributorship Agreement)を締結し,そのころから原告は,被告から大量の商品を購入するようになったが,平成19年3月21日ころ,被告が原告に対し,平成18年2月10日に登録された本件商標はパリ条約に違反する旨の警告文を送付したこと等を契機として,平成19年8月31日の1か月前ころ,原告が被告に対し平成17年9月1日付けの契約関係を終了させる旨の通知をしたことが認められる。」(70頁)

と認定した。

そして、そのうえで、商標法53条の2の文言から、本件では、

「本件商標登録出願がなされた平成17年5月12日の1年前である平成16年5月12日から平成17年5月12日までの間に原告が被告の「代理人」であったことが必要となる」(71頁)

という前提を立てた上で、

「前記のとおり,原告は本件商標登録出願後3か月余を経過した平成17年9月1日付けで被告との間で独占的販売契約( Exclusive Distributorship Agreement)を締結して,原告が何らかの意味で被告の代理人となったことは認められるが,それ以前は,被告から顧客として商品サンプルを購入して上記契約を締結するかどうかを検討する期間であったと認めることができる(原告が被告から商品を業として大量に購入するようになったのは,前記のとおり上記契約締結後である)。」
「確かに,原告は,自らの会社案内に関するウェブページの「沿革」欄に,平成17年1月に被告と業務提携をした旨記載している(略)が,他方,平成17年5月2日付けの日経MJ新聞(略)では,原告とビオリーブス社(被告ではない)が販売代理店契約を締結した旨記載されていて,ウェブページ上の「被告との業務提携」との記載が誤りであったとみる余地もあり,その他前記イの事実関係に照らすと,上記ウェブページの記載は,原告が被告の「代理人」となったのは平成17年9月1日以降であるとする前記認定を左右するものではない。」
「そうすると,本件商標登録出願がなされた平成17年5月12日より1年前以内に原告は被告の「代理人」であったとした審決は誤りであるということになる。」(71頁)

と本件への当てはめを行い、一部取り消しを認めた審決を取り消したのである。

判決の中では商標法53条の2の「代理人」の意義について、明確な規範は立てられておらず、当事者が争っていた同条文の解釈論に立ちいることを、裁判所は意図的に避けたようにも思われる。

だが、イデア社とアグロナチュラ社の間での商品販売検討に際しての契約前のやり取り等について、緻密な認定をすることなく、「独占的販売契約の締結」の時期を基準として、その前後か否かだけで結論を出した、という上記判断過程を見ると、裁判所は実質的にイデア社側の解釈論を採用したともいえるところ。

裁判所の規範的な解釈論が示されていないがゆえに、差し戻し後の審判での拘束力が及ぶ範囲も限定的と考えられ、新証拠等が提出された場合においては、また異なる判断が出てくる可能性もあるのだが、せっかくの貴重な事例だけに、是非じっくり審理していただきたいものだと思っている*2

*1:第1部・中野哲弘裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110203093224.pdf

*2:当事者としてはさっさと決着を付けたいところなのだろうけど・・・。

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