知財判例アーカイブ(H21.4月)

4月は異動直後、ということもあって、数自体は控えめなものであったが、それでも興味深い判決がいくつか出ている。


◆大阪地判平成21年4月7日(H18(ワ)11429)特許権侵害差止請求事件 
 第21民事部・田中俊次裁判長
 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090430111452.pdf


本件は、原告(パナソニック電工)が被告(富士高分子工業)を特許権侵害*1で訴えた事件である。


被告が、原告と特許の実施許諾契約を締結していながら、自社の製品が特許発明の技術的範囲に属しない、と主張して実施料の支払いを拒み、契約解除の意思表示をして製品の製造販売を行ったことが問題となった。

結論としては、一部の製品について侵害が肯定され、差止請求及び損害賠償請求が認容されているのであるが、興味深いのは、被告が原告の損害賠償請求に対して主張した「相殺の抗弁」とそれに関する裁判所の判断である。

被告は、本件特許が出願後、補正により権利範囲を減縮して登録されたものである、という点を指摘し、「本件実施契約における被告の意思表示には動機の錯誤があった」(第一次的主張)、「許諾の範囲は補正により減縮された」(第二次、第三次的主張)、「原告は特許請求の範囲が減縮されたことについての通知義務を怠った」(第四次的主張)として、被告に不当利得返還請求権(第一次〜第三次)ないし損害賠償請求権が発生している、として、原告の損害賠償債権と被告債権との相殺を主張したのであるが、裁判所は「特許請求の範囲に変動が生じうる点は契約上織り込み済みである」、「範囲の減縮により被告製品の一部について実施料支払義務がなくなったとしても、不返還条項が適用されるから不当利得は生じない」、「特許請求範囲の減縮についてライセンサー側がライセンシーにそれを積極的に通知する信義則上の義務は認められない」等の理由により、被告の主張を退けている。
おおむね、ライセンス契約の実務に沿った妥当な判断ではないか、というのが筆者の感想。


知財高判平成21年4月8日(H20(行ケ)10362)審決取消請求事件
 第1部・塚原朋一裁判長
 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090413103003.pdf
 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090413104047.pdf
 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090413104459.pdf
 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090413101858.pdf
 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090413134135.pdf


商標無効審判不成立審決の取消訴訟である。

 → http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20090413/1241341087 参照。


◆大阪地判平成21年4月14日(H18(ワ)7097)損害賠償等請求事件
 第21民事部・田中俊次裁判長
 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090423114120.pdf


「眉トリートメント」をめぐる不正競業系の事件。


原告(ピアス株式会社等)が、自社を退社した被告8名に対し、訴外会社店舗での眉トリートメント技術の使用禁止と損害賠償請求を行ったところ、請求が一部認容された。

率直な感想としては、いかにも大阪地裁らしいというかなんというか・・・。
問題となっていたのは「誓約書」上の義務の履行義務違反だったのであるが、明示的には「誓約書」を差し入れていない被告2名に対して「黙示の合意」により誓約書上の義務を負わせてみたり、対象となっていた技術を「他から入手することが容易であった情報を除外した」形で限定解釈することによって公序良俗違反となることを否定したり、と、原告側にとても優しい判決になっている、との印象は否めない。

知財高判平成21年4月27日(H20(行ケ)10380)審決取消請求事件
 第3部・飯村敏明裁判長
 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090427161410.pdf


まだやっているのか、という感のある、「ラブコスメ」対「LOVE」商標の事件。


今度は「ラブコスメ」(原告・株式会社ナチュラルプランツ)側が、商標を無効とした審決の取消を求め、「LOVE」(被告・株式会社クラブコスメチックス)がこれに応戦する、という構図になっていたのだが、結果的には原審決が取り消された(4条1項11号該当性否定)。

本判決のポイントは、「複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されないというべきである」(8頁)という判旨部分に尽きるのではないかと思う。
いつも類否判断の基準として引用される古い最高裁判例に交じって、最二小判平成20年9月8日(「つつみのおひなっこや」)も引用されていたのが、個人的には印象に残っている。


知財高判平成21年4月27日(H21(ネ)10018)商標権移転登録抹消登録請求控訴事件
 第3部・飯村敏明裁判長
 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090427165247.pdf
 
以前のエントリーで紹介した「借り腹」事件の控訴審判決である。
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20090209/1241335744参照)


結論だけ見ると、原判決を変更して移転登録を命じているので、ウィルコム敗訴か!?と一瞬びっくりしたのであるが・・・

何のことはなく、元々契約が平成21年2月末日まで、となっていたので当初の予定どおり被告(株式会社ウィルコム)から原告(アイティティ国際電電株式会社)に商標を返すことにした、というだけの話である*2
どうせ時間がたてば戻ってくるものをなぜに訴訟まで起こしたのか、原告の心情にはいまいち理解しかねるものがあるのだが、被告側としては、とりあえず片が付いてやれやれ、といったところではなかろうか。


なお、上記では個別に取り上げていないのだが、拒絶不服審判不成立審決の取消訴訟で審決取消となるパターンが相変わらず目立っている。


再びプロ・パテントへと舵を切り始めたかのように見える知財高裁が、この先どんなアメイジングな判断を下していくことになるのか、引き続き注目してみていくことにしたい*3

*1:特許は「熱伝導性シリコーンゴム組成物及びこの熱伝導性シリコーンゴム組成物によりなる放熱シート」に関するもの。

*2:被告が出願した商標(I=PHS)は平成20年2月15日付で登録されたため、既に一時譲渡の目的も達成されている。

*3:ちなみに、帰ってきた高部判事は第4部を担当されることになったようである。

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