久々に見た「小売商標」の本質を突く攻防~「MUSUBI」商標の不使用取消をめぐって

思えば商標法の世界に「小売商標」なる得体のしれないものが導入され、「当局の説明を何度聞いても運用のイメージがわかない!」という担当者の悲鳴と阿鼻叫喚の中、施行されてからはや12年。干支がくるっと一回りするくらいの月日が流れた。

幸いにも、特許庁の比較的”柔軟”な査定運用のおかげで、昨今の「新しいタイプの商標」のような悲劇的な事態*1は生じなかったし、さらに幸いなことに、小売等役務の区分で登録された商標が紛争の道具として使われることもそう多くはなかったように思われる。

それゆえ、「小売・卸売の区分で商標を使いたい会社が淡々と商標を出願して登録し、淡々と使っている」という実務者的には極めて幸福な時間が今に至るまで流れているわけだが、それは裏返すと、制度導入当時にいろいろと議論されていた「小売等役務商標の本質」とか、そこから導き出される「小売等役務商標の権利範囲」はどこまでか?という解釈論があまり煮詰まってこない、ということにもつながる話なわけで・・・。

この辺の解釈論がしっかり示された裁判例としては、かなり前にこのブログで取り上げた「Blue Note」商標の無効審判不成立審決取消事件の判決(知財高判平成23年9月14日)*2を挙げることができるが、その後、これに続くような判断には長らく接していない気がする。

また、侵害事件としては昨年、「ジョイファーム」という小売等役務が指定された商標を保有する原告が、類似の標章を付して商品販売をしている被告を訴え、被告商品と小売役務との類似性が争点になった興味深い事案があったが(東京地判平成30年2月14日)、ここでも、小売商標の本質論まで遡る、というよりは、原告商標の指定役務と被告商品と具体的に比較した上で、事例固有の判断として非類似、という結論が導かれており、若干フラストレーションがたまるところはある。

そんな中、「カタログギフト販売」という昔ながらのビジネスにおいて、「『小売商標が使用されている』といえるかどうか」が真正面から争点となった審決取消訴訟(不使用取消審判不成立審決取消請求事件)の判決がアップされた。

結論から言うと、「商標は使用されている」という特許庁の結論は維持されているし、事案に照らせば、自分もまぁそうだろうな、と思うところではあるのだが、当事者の主張も含め、いろいろと興味深いところはあるので、ここでご紹介させていただくことにしたい。

知財高裁令和元年7月11日判決(平成30年(行ケ)第10179号)*3

原告:株式会社カケハシ
被告:株式会社千趣会

原告はいわゆるメディカルテック系の会社、一方被告は「ベルメゾン」のブランドで通販事業を展開する老舗企業。

そんな両当事者が「使っていない」「いや、使っている」という争いを繰り広げたのは、総合小売から特定小売までかなり広範囲の小売等役務を指定して被告が登録した「MUSUBI」(登録番号第5275079号、登録日平成21年10月23日)という商標である。

被告は「カタログギフト」のブランドとして現在でもこの商標を使っているし*4、一方の原告は電子薬歴システムの名称として「Musubi」を使っている模様*5

特許情報プラットフォームを見ると、原告は2018年2月16日に「Musubi」の文字を含む商標を「薬剤及び医療補助品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,化粧品・歯磨き及びせっけん類の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」を指定役務として出願しており(商願2018-19435)、同日に被告に対する不使用取消審判請求を行っているので、何のためにこの請求を行ったか、ということは容易に理解できるのだが、原告が自社出願商標に関連する指定役務だけでなく、被告登録商標の第35類のほぼすべての役務に対して不使用取消審判を仕掛けたこと、そしてその理由として、

「被告の事業は「小売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」ではない」

という直球を投げたことで、事件はがぜん興味深いものとなった。

原告の主張はまず、

「商標法上の「役務」とは,他人のためにする労務又は便益であって,独立して商取引の目的となるものをいい,商品の販売又は役務の提供等に付随して提供される,例えば,買上げ商品の配送のようなものは含まれないと解される。」(5頁)

というところから始まる。

そして、原告は、被告の取引態様を分析した上で、

・被告は需要者である「贈り主」(「ギフトカタログ」の購入者)に対し,ギフトの贈答の媒介又は代行を行っており,これによって「ギフトを通し人と人を結びつけ」るという価値を提供している。上記取引において,「受取手」が選択した商品の商標権者である被告から当該受取手への商品の配送は,被告から「贈り主」に対するギフトカタログの販売がなければ存在し得ないものであるから,当該商品の配送は,ギフトカタログの販売に付随するものであって,独立した商取引の対象になっていない
・被告は,カタログギフト業を「ギフトカタログ」を「贈り主」に販売することによって実現しているから,商標法上の商品役務としては,被告の事業は,「印刷物」の販売に当たる*6
・被告による「ギフトカタログ」の販売は,第36類の「前払式支払手段の発行」に当たる。
(以上、5~7頁、強調筆者、以下同じ。)

という趣旨を述べ、「被告は『小売の業務において行われる顧客に対する便益の提供』に関して商標を使用していない」と主張したのである。

「前払式支払手段の発行」とまで言ってしまうのはさすがに言い過ぎかな、と思うところはあるが、「ギフトカタログを通じた取引」が「カタログ掲載商品のストレートな『小売り』行為ではない」というのはまさに原告の指摘するとおりだし、各商品に関して『小売』を行っていないのだとしたら、付随する配送等の行為だけで広範囲な小売等役務の区分での登録を維持することを認めるべきではない、という主張はちゃんと理屈も通っている。

これに対し、被告は、

「贈り主」は,ギフトカタログそのものに価値を認めて対価を支払っているのではなく,カタログオーダーギフトにおける,被告が選別した商品群が掲載されたギフトカタログの送付及びその商品群から「受取手」が選択した商品の配送等の一連のサービスに価値を認めて被告に対価を支払い,また「受取手」も,「贈り主」自身によるサービスではなく,「贈り主」が購入した被告によるサービスを受けているものと認識する。したがって,被告はいわゆる小売業者に相当する。」
「そして,被告は,被告のギフトカタログに各種商品を掲載し,「受取手」が好みの商品を選べる形式で商品を販売したものであって,「受取手」は各種商品が取り揃えられ,掲載されたギフトカタログを見るだけで商品の選択及び注文ができるようしていたといえるから,被告は,需要者である「受取手」に対して商品選択の便宜のために販売する各種商品が掲載された被告のギフトカタログの提供を行っているということができる。これは,小売業者が顧客に対して行う便益の提供に該当する。」(以上8頁)

と、「自らが小売の業務を行っており」かつ「顧客に対して便益の提供をしている」という二段構えの構成で反論した。

両者を並べて眺めると、一見噛み合っていないようにも見えるのだが、これまで議論されていた点*7とは少々異なる角度から「(商品の)小売」とは何か、というのが争われた、ということもあって、掘り下げるとより面白い議論になったのではないかと思う。

裁判所の判旨への疑問~シャディ判決の「原点」は忘れられたのか?

さて、裁判所は、以下のように述べて、原告の請求を退けた。

「被告のカタログオーダーギフト事業においては,「受取手」に被告が発行したギフトカタログが送られ,「受取手」は被告に同ギフトカタログに掲載された各種の商品の中から選んで商品を注文し,被告から商品を受け取り,その商品の代金は,「贈り主」から被告に支払われるのであるから,被告は,「贈り主」との間では,「贈り主」の費用負担で,「受取手」が注文した商品を「受取手」に譲渡することを約し,「受取手」に対しては,「受取手」から注文を受けた商品を引き渡していると認められる。したがって,被告は,ギフトカタログに掲載された商品について,業として,ギフトカタログを利用して,一般の消費者に対し,贈答商品の譲渡を行っているものと認められるから,被告は,小売業者であると認められ,小売の業務において行われる顧客に対する便益の提供を行っているものと認められる。そして,上記便益の提供には,本件使用カタログが用いられているから,本件使用カタログは,「役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物」と認められる。」(12~13頁)

冒頭にも記した通り、商標法50条1項にいうところの「使用」の事実あり、と認めた裁判所の結論に対しては、自分はそんなに大きな違和感は抱いていない。

だが、気になったのは、上記説示の中で、「被告=小売業者」と認めた後に、そのまま「顧客に対する便益の提供を行っているものと認められる」と認定したくだりで、その前段の事実認定部分と合わせ読むと、あたかも「業として・・・一般の消費者に対し、贈答商品の譲渡を行っている」ことだけで、「便益の提供を行っている」と言えるかのように読めてしまう点である。

この点に関しては、「小売り」=「物品の譲渡」それ自体は、商品商標の権利範囲に含まれる使用態様であり、第35類の指定役務は「譲渡」そのものとは異なる何か、を指している、というのが、小売商標制度施行当時の特許庁の公式見解だったはずだし、「Blue Note」の知財高裁判決等においても前提となっていたはず。

そして、「通販カタログ」に関しては、「小売商標」制度創設の「原点」ともいえる「シャディ」事件高裁判決(拒絶査定不服不成立審決取消請求事件、東京高判平成12年8月29日*8)の中で、まさに以下のように指摘されていたところだった。

「原告の営業は、まず、原告が、一般消費者である顧客に対して本件カタログを頒布することによって、自己の取り扱う各種の商品を広告宣伝し、かつ、売買取引を誘引し、顧客は、上記代理店を通じて原告に商品購入の申込みをし、これを受けて、原告は、代理店を通じて、在庫の商品を顧客に手渡し又は配送して、売買が成立するという仕組みであることが認められる。これによれば、本件カタログに工夫が凝らされ、顧客において、本件カタログを見るだけで商品の選択ができるようになっており、この点において、顧客を誘引し、販売を促進するための他の手段との間に相違があるとしても、原告の営業が個々の商品の売買という取引以外の何物でもないものであり、本件カタログを利用したサービスは、結局のところ、上記売買において顧客を誘引し、販売を促進するための手段の一つにすぎないことが明らかである。」
「また、前記(1)掲記の事実によれば、顧客は、原告の提供するカタログによるサービスを積極的に利用するとしても、原告に支払うのは、商品代金のみであり、サービスに対する対価としての支払いは存在しないから、原告が商品の価格に実質的に上記サービス費用等を上乗せしているとしても、それは、他の販売促進手段が採用された場合にその費用等が上乗せされる場合と何ら異なるものではなく(原告が上記上乗せの限度を超えたものを商品価格に加えていることは、本件全証拠によっても認めることができない。)、上記サービスは独立して取引の対象となっているわけではないことが明らかである。以上によれば、原告の本件カタログによるサービス業務は、商品の売買に伴い、付随的に行われる労務又は便益にすぎず、商標法にいう「役務」に該当しないものというべきである。」

当時は、この「商品の売買に伴い、付随的に行われる労務又は便益」を商標として保護する制度がなかったために当時のシャディ株式会社の主張は認められなかったのだが、それを「独立した役務」として保護するために小売商標制度が作られた、というのが2007年当時の立法担当者の説明だったし、だとしたら「ギフトカタログを利用して商品を譲渡すること」ではなく、「商品の譲渡に際してギフトカタログを利用すること」こそが、被告商標の指定役務の内容、というべきではなかろうか。

知財高裁は、シャディ事件高裁判決も当然念頭に置いた上で、「ギフトカタログを利用して」の一節だけで十分趣旨は理解されるだろうと考えたのかもしれないが、一方で、逆に、「物品の譲渡=小売」を行っていれば「・・・便益の提供」の指定役務で使用しているといえると判断した、という読み方もできるところ。

元々、自分の考えは、「商品区分との間で守備範囲が重複するとしても「小売等役務」の権利が及ぶ範囲に「小売」行為そのものを含めるべきだ」*9というものなので、裁判所がそういう考え方に舵を切ってくれた、というのであれば喜ぶべきなのかもしれないが、その部分の解釈があまり煮詰まっていないために、新たな事例が出てくるたびに判断が揺れるようでは、実務者としてはちょっと困るわけで・・・。

この分野に関しては、裁判例が少ない分、いざという場面での判断の予測が付きづらい、という問題がどうしても付きまとうのだが、せめて「小売商標」の本質にかかわる部分に関しては、筋の通った判断で早めに解釈を固めていただければな、というのが、今のささやかな願いである。

*1:2015年に多くの会社が競うように出し合った「色彩のみからなる商標」のその後の惨状については、別の機会にまたまとめておきたいと思っている。

*2:小売商標の権利範囲に関する基準定立の試み - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。ここでかなりしっかりした規範が示された、ということで、皆安心したところはあるのかもしれないが・・・。

*3:第2部・森義之裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/789/088789_hanrei.pdf

*4:ベルメゾンのカタログギフト人気No.1 MUSUBI(むすび) | 通販のベルメゾンネット参照。

*5:https://www.kakehashi.life/参照。

*6:なお、本件被告商標は第16類「印刷物」の区分でも登録されている。

*7:例えば、制度創設初期の頃からよく話題になるのが、「各出店者が商品を販売しているショッピングモールの運営者が「小売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」を行っているといえるかどうか」という問題である。最近は見た目は以前と同じようなショッピングモールでも、単なる賃貸借契約ではなく、消化仕入れ契約で、法的構成としてはモール運営者が自ら販売者の地位に入るパターンも混在するようになっているから、モールのオーナーでも躊躇せず小売等役務の区分で商標を確保するようになってきているが、2007年頃は権利取得の必要性についてかなり真剣に議論したものだった。なお、本件被告の千趣会のビジネスモデルは基本的には自ら商品を仕入れて売りさばく、というモデルのようなので(千趣会・新中計のポイントは? 通販事業の在庫圧縮に注力、19年までに体制整備へ | アパレルウェブ:アパレル・ファッション業界情報サイトなども参照。小売業界全般の例にもれず、ネット通販全盛期においてはなかなか厳しい状況が続いているようではあるが・・・)、この論点自体はあっさりクリアできると思われるが、逆に、将来的に在庫を持たないモデル(軒貸しモデル)に転換した場合にはどうなるのだろうな?という興味は湧くところである。

*8:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/023/013023_hanrei.pdf

*9:2019/7/25 追加注:というか、そもそも、メーカー直営ショップのようなごく限られた例外を除けば、現実の取引において、「小売等役務」に関して用いられる標章(小売店そのもののブランド)と、「商品(の譲渡)」の場面で用いられる標章(譲渡する商品を示すためのブランド)とでは、機能も需要者の受け止め方も全く異なるのであって、「小売」において用いられる商標には、商品商標からは独立した権利範囲を認めるべき(したがって一律にクロスサーチを行う、という運用も論外)、というのが自分の長年の持論である。したがって、第9類「電子出版物」及び第16類「雑 誌,書籍」の指定商品と、の第35類「印刷物の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供」が互いに類似する、と安易に判断した知財高判平成30年12月20日(Violet)のような判断も、個人的にはいかがなものかと思っている。

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