月曜日の日経紙に「領空侵犯」というインタビューコラムがある。
このコラム、テーマによって当たり外れが大きくって、脱力させられることもしばしばなのだが、今日のは良かった。
題して「ワーカホリックも悪くない」*1。語るのは明石康・元国連事務次長。
「『ワーク・ライフ・バランス』というフレーズには違和感がある」、「働く意義を軽んじている印象を『ワーク・ライフ・バランス論』から受ける」というところから始まるインタビューなのだが、例えば、
「ワーク・ライフ・バランス論を聞いていると、仕事と生活はまるで水と油、相いれぬ対立関係にあるように扱われます。しかも仕事は苦しみで、オフタイムの生活が楽しみであるかのようにいわれます。それは一面的な見方です。」
「私自身は『ライフ・イズ・ワーク』、仕事こそが人生だと思っています。・・・仕事を通じて国や社会の発展に貢献できることは自己実現の手段ですし、大きな喜びです。」
と言ったくだりを読むと、わが意を得たり・・・という気分になる。
そもそも、ある程度の裁量を与えられて、自分の才覚でいろんなものを一から組み立てられるような立場になってくれば、どんな仕事だって楽しくないはずがないのだ。
周囲の反応を見ながら、良ければよいでさらにもう一段ギアを上げる。悪ければ悪いで、巻き返すために知恵を絞る。たとえサラリーマンであっても、組織のしがらみとか面倒くささを差し引いてもなお、ただの娯楽では味わえない面白さがそこにはある*2。
もちろん、自分の場合、たまたまここ数年ずっとやっている仕事が、自分の嗜好にマッチしている、というこの上ない幸運に恵まれている、というのも事実で、実際会社に入ってからしばらくは、「ライフ8割」みたいな生活をしていた時期も長かったから(笑)、「仕事人生万歳!」を一般論にするつもりはないのだけれど、「ワーク・ライフ・バランス」の名の下に“働く自由”を奪おうとする一部の論者には、
「何に人生の重きを置くかは人それぞれ。心から仕事を楽しめるならば比重が80対20でも構わないし、家庭を重視したいなら20対80でも問題はない。大切なのは比重を自ら選べ、それに応じた働き方が実現できることです。」
という明石氏の言葉を、しっかり受け止めてほしいものだと思う。
あと、「ライフも何とかしなきゃ」的な良く分からない強迫観念に駆られて、結局「ライフ」も「ワーク」も中途半端になってしまっている悩める若者にも・・・。
一日は24時間。一週間は7日。一年は365日。
これを効果的に使えば、目一杯仕事に打ち込んだとしても、今の日本の普通の会社のホワイトカラーなら「ライフ」にかける時間が全くない、なんてことにはならないわけで(逆もまた然り)、迷ったら片方に目をつむってどちらか一方に手ごたえ掴めるまで打ちこんでみるのが吉だと、自分は思う。
男だろうが、女だろうが、中途半端に趣味に手を出したり、家事や育児に時間を費やすよりも、有意義なことがこの世にはたくさんあるのだから・・・*3。